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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と青い空
53/63

7-4

 クリス達の祖国ヴァスカディアは、建国八千年を誇る魔族達の帝国。その中の宗主国だという。


 皇帝は慣習として魔王を名乗っているらしく、クリスの父…………あのトウモロコシ髭のお爺さんが、今代の魔王様だとか。全く魔王とは思えないふわふわした雰囲気の人だったので、大丈夫かな、と少し不安になった。


 勇者にやられないか、とは流石に言えないけれど。


 縦に長い窓から見える空。眼下に広がる建物と森。此処は、浮遊魔石の上に建てられた天空の城だ。全体像をまだ見れていない私に、看病に付いてくれたアルフレートさんが色々と話をしてくれた。


 白灰色の自然石を壁材に瑪瑙めのう翡翠石で屋根を飾った絢爛な建造物。塔と宮殿、回廊が今や一体化し、建設当初は王冠の形状をしていたという名残は、残念ながらもう見られないらしい。建物の上に建物が立っている場所があったり、地上八階に森があったり、川が流れていたりと構造は迷宮化している、との事だ。


 しかも一番狭いという第一王女の住まいである水晶宮、正式名称ヘルブラウ宮殿で例えても――――宮の上に庭。そこに上宮殿と塔があり、その上宮の上に天宮殿があるという。庭など数えたらきりが無く、名前のない場所もあるとか。


 迷子になったら二度と帰れないかもしれない。


 聞くだけで不安になる此処で、私が暮らす事になったのがテイルキース宮殿、別名を翡翠宮という。この宮殿は地上四階から始まり、一階部分にある森と池が窓から見えた。三階の上に庭と天宮殿、三つの塔があるらしい。好きに使ってと言われたのはその塔の内の一つ、まるまる一塔だった。その二階の寝室で目覚めた私は、転移から丸一日経った昼間だと告げられたばかりだ。


「また病人食なんですか?」


 紬喜が真っ先に聞いたのは、そんな食い意地の張った質問である。元の姿に戻ったアルフレートが笑ったのは、無理も無い事だった。


「熱はありませんでしょう?お好きな食べ物を、ご用意いたしますよ。移転の魔力は闇属性ですから、紬喜様には負担が大きかったのです」

「じゃぁ私、どうしてベッドから出ちゃダメなんですか?」

「クリスファルト様のご指示です」


 隠すのは限界かもしれないと、アルフレートは思った。紬喜はもう、人の身では無い可能性が高い。体制限の指輪が二つ。それほど魔力の限界値が上がっていて、尚且つ自覚が無い。この宮殿に殆ど使用人を配置できなかったのは、クリスファルトの敷いた隔離結界の強力さと、光属性の紬喜が恐れられたからだ。


「日が暮れれば、殿下がお越しになります。それまで、私との世間話でお許し下さい」


 アルフレートの心配性が、クリスにまで移ってしまったのだろうか。紬喜は思わず溜息をついた。ベッド横に彼が居る以上、出し抜く事など不可能だ。また子ども姿にならないのかと聞いたら、分かり易く嫌そうな顔をして、なりません、と断言された。残念です。


 このお城の事は、いくら聞いても尽きない。アルフレート自身も話し上手で、その穏やかな雰囲気が不安を薄れさせてくれた。


 大分日が傾いた頃、リンと涼やかな音色が響く。アルフレートのカフスボタンから鳴った音は、傍仕えの呼鈴なのだと言う。知らない事ばかりで気が重い。


「支度が出来たようです。紬喜様、この部屋に二人女官入れますが、良いでしょうか?」

「はい?」


 よく分からないまま返事をした紬喜は、寝室からアルフレートが出て行った隙にベッドから逃げ出した。引きずる丈の寝間着を捲し上げ、気になっていた窓に駆け寄る。夕方に向かう空。キラキラと光を反射する屋根や窓が、溜息の出るほど美しい壮観な眺めだった。本当に私は、アストレブンでは無い所に来たんだ、そう実感する。


 目線を部屋に戻すと、全体的に黄緑色で春のような雰囲気の部屋だ。調度品も高そうだし、さっきまで押し込められていたベッドの天蓋の見事な事…………部屋奥、開いたままの扉から白銀の髪を揺らせてアルフレートが戻って来た。絨毯のせいで、足音が聞こえない。


「紬喜様、ベッドにお戻り下さい」

「えー…………」

「ほほほ、私達は構いませんよ」


 聞こえた女性の声に、紬喜はピシッと固まった。そういえば、何か入れるって言っていた。


「アルフレート様、後は私達が」

「男性は外でお待ち下さいな」


 アルフレートを押し退けて部屋入って来たのは、二人の老婦人だった。揃いの栗色の髪に、黒い瞳。お仕着せも同じ深緑で、紬喜はきょとんと目を瞬いた。


「御初にお目にかかります。私達は翡翠宮の専属女官でございます」

「さぁ姫様、まずはお湯を使いましょうね」

「えっ?」


 姫様…………って私!?この人達何?双子?


「さぁさ、此方ですよ」

「まぁ、もうおぐしが色化を?可愛らしいお色です事」

「えっ、えっ!?」


 紬喜は押されて引かれて、あんなに出たかった寝室から引き摺るように出された。アルフレートはもう居ない。私どうなるの!?


「あ、あのっ!」

「水はお嫌いですか?大丈夫ですよ、目を瞑っていれば、痛くありませんから」

「時間に余裕もありますし、天塩に掛けて磨いて差し上げますよ」


 何をっ!?


 慣れているアルフレートが言いそびれたばかりに、紬喜はとても心臓に悪い目に合った。



「紬喜?ねぇ紬喜、大丈夫?」


 夕暮れにやって来たクリスは、翡翠宮本殿の応接室でぐったりしている紬喜と対面した。


「大丈夫じゃない…………なんなの、なんなのぉ」

「…………なんか、ごめんね?」


 困惑気味にクリスは謝った。紬喜が女官に不慣れだとは思わなかったのだ。何しろ、アストレブンの王城に一月も居た。その生活の報告もアルフレートから聞いている。紬喜は確かに、女官に付きまとわれる事には慣れていた。しかし、あんなに喋る女官には不慣れだった。


 一言いえば、返事は二倍。やたら褒めてくるのもこそばゆく、手取り足取り世話をする甲斐甲斐しさが恥ずかしい。能面メイドは最低限しかしなかったし、それが紬喜にも許容出来る範囲だったのだ。


 頭を洗うのにシャンプーハットを付けられたのは、黒歴史だ。


「クリス、ここの人達って、みんなこうなの?」


 聞かずには居られない。王族を筆頭に押しが強すぎる。


「ハース達は有能な女官だった筈なんだけれど、駄目だった?」

「駄目じゃないけど、私一人でもちゃんと出来るよ!?」


 紬喜があまりに必死に言うので、クリスは苦笑した。


「じゃぁ、用がある時以外は下がらせるよ。それでいい?」

「ありがとうー!!」


 クリスは何時もの調子だった。浮かべる笑顔の可愛さも、少し首を傾けて問う様子も変わらない。


 安心した。


 でも、安心している場合ではないのだ。私はここで、クリスの荷物になどなれない。支える事は不可能かもしれないけれど、せめて、何か役に立たなければ。



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