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リンゴのタルトにベリーの砂糖浸け。アプリコットのジュレを掛けたチーズケーキと、サクサクのシナモンクッキーにサワークリーム。快気祝いにとアルフレートが作ってくれたスウィーツに、紬喜は歓喜した。
「ん~っ!美味しい!!」
やっと熱が下がって、固形物が解禁になったのだ。何が食べたいかの一言に、甘味を所望したのは必然と言ってもいい。
「紬喜、慌てないで…………」
「気分が悪くなったら、直ぐに言って下さいね」
クリスとアルフレートが不安げに見守る中、砂糖浸けの甘さに身悶える。たまらないっ!病人食は、香りはするのに食感も味気も無くて辛かった…………やっぱりご飯は、見た目より味だ。
「アルフレートさん、美味しいです!」
「あ、ありがとうございます」
アルフレートは渋いお茶に変えましょうか、と困惑顔で問いかけた。紬喜は首を横に振る。今日はとことん甘くて良い気分だった。この甘さに、色々な事を忘れてしまいたい。
例え、今だけでも。
見れば見るほど、クリスは天使のような皇子様だった。こんな所に普通に居るから、気付く筈もない。見落としていたのだ。ラルスは騎士で、クリスに様を付けて呼んでいた。アルフレートさんだって、貴族のように優雅な人だ。実際、貴族なのだろう。その上、彼もクリスを丁寧に扱っている。お目付け役どころか、臣下なのだ。
クリスが王族と分かっていたら、もう少し考えた。
考えたけれど、きっと同じ選択をしただろう。その理由を、紬喜は深く考えない。クリスは心配ないの一言で、確かに聞く限り心配は無さそうだったのだ。私は人の姿しか持たない。王家に入るのに問題が無く、聖女として民にも評価されていて。
――――僕だって、君を望んでいるんだ。
面と向かって言われれば、食い下がる事も出来ない。婚約をお願いしたのは、私からなのだ。チーズケーキをもぐもぐ咀嚼し、紬喜は花茶を呷った。こんな日にお行儀なんて、気にしてられますか!
クリスは花茶を口にしながら、タルトを頬張る少女を盗み見た。その食いっぷりに表れる、感情の揺れ。仕方のない事だろう。
熱のある間、彼女は幻惑魔法の空気食を食べていたのだ。つまり、七日近くまともに食べておらず、薬として本国から取り寄せた薬湯のみで生活していた事になる。人であれば間違いなく衰弱が進んだ状態で、婚約者選定。
荒れるのも無理はない。
しかし、身体の魔力体化は、安定期に入ったと言える。もう、この世界に留まる理由は無くなった。
「そろそろ国に戻ろうか」
「こんなに、晴れやかな終わりが来るとは、思いませんでした」
「そうだね」
和やかに話す二人に、紬喜はハッとして口を挟んだ。
「ねぇ、クリスの国って、どんなところ?」
「そうだね、この世界と少し似ているかな?」
受け入れやすい言葉を選び、クリスは祖国の要点を話をした。一つと指を立て、交互に巡る昼と夜。二つ目に青い双月。三つ、文明としては此方の世界より進んでいて、でも、しきたりや文化は似ている。四つ、ただの人間はおらず、魔族という陸と海の人族が暮らす。五つ――――生まれより、魔力量が身分の差を生みやすい。
そう片手の指だけで片付けた。話せば話すほど、余計な事を彼女は考えるからだ。
「心配はいらないよ。君の魔力量は十分多い」
「色々と自信が無い…………」
「此処との暮らしに、さして違いは無いんだ。それとも紬喜は、僕の生まれにこだわるの?」
頷きたい。頷けない。
異世界人の私を差別しなかったクリスを、王族だと差別する事は出来なかった。それでも、王家に名を連ねる彼と安易に婚約してしまった事は、後悔した。
「何か、私が覚えておいた方が良い事ってある?」
紬喜はかなり慎重になっていた。
「転化が済めば、魔導書で知識の焼き付けが出来るよ」
「…………行ってみないと分からない?」
ズバリ訪ねると、クリスは明るい笑顔でうん、と答えた。
「紬喜は暫く、僕の宮でのんびりしているといい」
「でも…………」
「でも、は禁止。何が気になるの?」
真っ直ぐ聞いてくるクリスに、紬喜はフォークを置いた。
「私、働かなくて良いの?」
クリスは小さく吹き出した。
「本当に君は、仕事が好きだね…………転化が終わったら、いくらでもあげるよ。王家の仕事は沢山あるから」
王家の仕事…………紬喜は、そういう事じゃ無いと心の中で叫んだ。このままだと、本当にクリスに嫁ぐ事になる。
嫌いじゃない。けれど、それをよく考える事は嫌だと思う…………だから逃げるように、子どもを見る目でクリスを見てしまう。実際問題、彼は子どもだ。
そこに安堵があり、息苦しいほどの不安があった。
「クリス様、移転陣に反応が」
居間に顔を出したラルスの言葉に、クリスはすぐ席を立つ。
「紬喜ごめん、席を外すよ。ラルス、僕の替わりにお茶してて」
「えっ!?」
「お茶!?」
足早に部屋から出ていくクリスに、アルフレートが付き従う。甘い香りの漂う部屋に、一人でも良かった紬喜と、甘味の苦手なラルスが残された。
「そんなに食って、大丈夫か?」
向かいのソファーに腰を下ろしたラルスに、礼儀として、花茶を飲むかと尋ねる。
「いや。いい、気にするな…………」
予想通りの返事に、紬喜は少し気まずいと感じた。飲まないし食べない相手の前で、黙々と食べ続けるほど無神経ではない。
「ねぇ、ラルス…………」
だから食べるのを止めて、紬喜は今の隙にと思った。
「クリスが王族だって、知ってた?」
「当然だろう。知らなかったのか?」
「昨日聞いた…………」
「それで?」
少し面白そうな、悪い笑顔でラルスが問う。
「クリス様が王族で、どうかしたのか?」
どうもしていない。クリスは至って普段通りで、身構えた自分の方が逆に恥ずかしかった。
「私、今のまま接していて、良いのかな」
「何だそれ?」
「だって、本当はこんな気安くしてちゃ駄目だよね?」
「はぁ?」
ラルスはぽかんとした様子で、呆れたようだった。
「ひとまず、前提が違っている。王族が距離を取られるんだ。あの尋常じゃない魔力の濃さに、普通の奴は近づく事さえ出来ない。で、王族の方々は…………揃いも揃って気さくだ」
「え?」
「あー、何で分かんねぇかな…………」
ガシガシと頭を掻いたラルスは、何かを思い出したようにニヤっと凶悪な笑みを浮かべた。思わず距離を取った紬喜に、ネズミの天敵は何か、と彼は聞いた。
「猫かな?」
「そ、猫が王族な。で、ネズミがその他だ」
随分とアバウトな区切りだったが、話しの腰を折らないよう大人しく頷く。
「猫は、ネズミを庇護したいし、仲良くなりたい。どうする?」
「えぇ?」
無理じゃないの。答えは即答だ。けれどこれは、例え話。
「ネズミを襲わない姿を見せる?」
「嬢ちゃんと、初めてまともに会話した!」
ラルスが謎の達成感に浸るのを尻目に、紬喜は話をまとめてみる。王族の事を皆が畏れていて。でも王族はそれが嫌って事?
結局、私が態度を改めるべきか分からない。
ラルス…………やっぱり話が噛み合って無いよ。
最終章になります。




