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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と青い空
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7-1

 リンゴのタルトにベリーの砂糖浸け。アプリコットのジュレを掛けたチーズケーキと、サクサクのシナモンクッキーにサワークリーム。快気祝いにとアルフレートが作ってくれたスウィーツに、紬喜は歓喜した。


「ん~っ!美味しい!!」


 やっと熱が下がって、固形物が解禁になったのだ。何が食べたいかの一言に、甘味を所望したのは必然と言ってもいい。


「紬喜、慌てないで…………」

「気分が悪くなったら、直ぐに言って下さいね」


 クリスとアルフレートが不安げに見守る中、砂糖浸けの甘さに身悶える。たまらないっ!病人食は、香りはするのに食感も味気も無くて辛かった…………やっぱりご飯は、見た目より味だ。


「アルフレートさん、美味しいです!」

「あ、ありがとうございます」


 アルフレートは渋いお茶に変えましょうか、と困惑顔で問いかけた。紬喜は首を横に振る。今日はとことん甘くて良い気分だった。この甘さに、色々な事を忘れてしまいたい。


 例え、今だけでも。


 見れば見るほど、クリスは天使のような皇子おうじ様だった。こんな所に普通に居るから、気付く筈もない。見落としていたのだ。ラルスは騎士で、クリスに様を付けて呼んでいた。アルフレートさんだって、貴族のように優雅な人だ。実際、貴族なのだろう。その上、彼もクリスを丁寧に扱っている。お目付け役どころか、臣下なのだ。


 クリスが王族と分かっていたら、もう少し考えた。


 考えたけれど、きっと同じ選択をしただろう。その理由を、紬喜は深く考えない。クリスは心配ないの一言で、確かに聞く限り心配は無さそうだったのだ。私は人の姿しか持たない。王家に入るのに問題が無く、聖女として民にも評価されていて。


 ――――僕だって、君を望んでいるんだ。


 面と向かって言われれば、食い下がる事も出来ない。婚約をお願いしたのは、私からなのだ。チーズケーキをもぐもぐ咀嚼し、紬喜は花茶を呷った。こんな日にお行儀なんて、気にしてられますか!


 クリスは花茶を口にしながら、タルトを頬張る少女を盗み見た。その食いっぷりに表れる、感情の揺れ。仕方のない事だろう。


 熱のある間、彼女は幻惑魔法の空気食を食べていたのだ。つまり、七日近くまともに食べておらず、薬として本国から取り寄せた薬湯のみで生活していた事になる。人であれば間違いなく衰弱が進んだ状態で、婚約者選定。


 荒れるのも無理はない。


 しかし、身体の魔力体化は、安定期に入ったと言える。もう、この世界に留まる理由は無くなった。


「そろそろ国に戻ろうか」

「こんなに、晴れやかな終わりが来るとは、思いませんでした」

「そうだね」


 和やかに話す二人に、紬喜はハッとして口を挟んだ。


「ねぇ、クリスの国って、どんなところ?」

「そうだね、この世界と少し似ているかな?」


 受け入れやすい言葉を選び、クリスは祖国の要点を話をした。一つと指を立て、交互に巡る昼と夜。二つ目に青い双月。三つ、文明としては此方の世界より進んでいて、でも、しきたりや文化は似ている。四つ、ただの人間はおらず、魔族という陸と海の人族が暮らす。五つ――――生まれより、魔力量が身分の差を生みやすい。


 そう片手の指だけで片付けた。話せば話すほど、余計な事を彼女は考えるからだ。


「心配はいらないよ。君の魔力量は十分多い」

「色々と自信が無い…………」

「此処との暮らしに、さして違いは無いんだ。それとも紬喜は、僕の生まれにこだわるの?」


 頷きたい。頷けない。


 異世界人の私を差別しなかったクリスを、王族だと差別する事は出来なかった。それでも、王家に名を連ねる彼と安易に婚約してしまった事は、後悔した。


「何か、私が覚えておいた方が良い事ってある?」


 紬喜はかなり慎重になっていた。


「転化が済めば、魔導書で知識の焼き付けが出来るよ」

「…………行ってみないと分からない?」


 ズバリ訪ねると、クリスは明るい笑顔でうん、と答えた。


「紬喜は暫く、僕の宮でのんびりしているといい」

「でも…………」

「でも、は禁止。何が気になるの?」


 真っ直ぐ聞いてくるクリスに、紬喜はフォークを置いた。


「私、働かなくて良いの?」


 クリスは小さく吹き出した。


「本当に君は、仕事が好きだね…………転化が終わったら、いくらでもあげるよ。王家の仕事は沢山あるから」


 王家の仕事…………紬喜は、そういう事じゃ無いと心の中で叫んだ。このままだと、本当にクリスに嫁ぐ事になる。


 嫌いじゃない。けれど、それをよく考える事は嫌だと思う…………だから逃げるように、子どもを見る目でクリスを見てしまう。実際問題、彼は子どもだ。


 そこに安堵があり、息苦しいほどの不安があった。


「クリス様、移転陣に反応が」


 居間に顔を出したラルスの言葉に、クリスはすぐ席を立つ。


「紬喜ごめん、席を外すよ。ラルス、僕の替わりにお茶してて」

「えっ!?」

「お茶!?」


 足早に部屋から出ていくクリスに、アルフレートが付き従う。甘い香りの漂う部屋に、一人でも良かった紬喜と、甘味の苦手なラルスが残された。


「そんなに食って、大丈夫か?」


 向かいのソファーに腰を下ろしたラルスに、礼儀として、花茶を飲むかと尋ねる。


「いや。いい、気にするな…………」


 予想通りの返事に、紬喜は少し気まずいと感じた。飲まないし食べない相手の前で、黙々と食べ続けるほど無神経ではない。


「ねぇ、ラルス…………」


 だから食べるのを止めて、紬喜は今の隙にと思った。


「クリスが王族だって、知ってた?」

「当然だろう。知らなかったのか?」

「昨日聞いた…………」

「それで?」


 少し面白そうな、悪い笑顔でラルスが問う。


「クリス様が王族で、どうかしたのか?」


 どうもしていない。クリスは至って普段通りで、身構えた自分の方が逆に恥ずかしかった。


「私、今のまま接していて、良いのかな」

「何だそれ?」

「だって、本当はこんな気安くしてちゃ駄目だよね?」

「はぁ?」


 ラルスはぽかんとした様子で、呆れたようだった。


「ひとまず、前提が違っている。王族が距離を取られるんだ。あの尋常じゃない魔力の濃さに、普通の奴は近づく事さえ出来ない。で、王族の方々は…………揃いも揃って気さくだ」

「え?」

「あー、何で分かんねぇかな…………」


 ガシガシと頭を掻いたラルスは、何かを思い出したようにニヤっと凶悪な笑みを浮かべた。思わず距離を取った紬喜に、ネズミの天敵は何か、と彼は聞いた。


「猫かな?」

「そ、猫が王族な。で、ネズミがその他だ」


 随分とアバウトな区切りだったが、話しの腰を折らないよう大人しく頷く。


「猫は、ネズミを庇護したいし、仲良くなりたい。どうする?」

「えぇ?」


 無理じゃないの。答えは即答だ。けれどこれは、例え話。


「ネズミを襲わない姿を見せる?」

「嬢ちゃんと、初めてまともに会話した!」


 ラルスが謎の達成感に浸るのを尻目に、紬喜は話をまとめてみる。王族の事を皆が畏れていて。でも王族はそれが嫌って事?


 結局、私が態度を改めるべきか分からない。


 ラルス…………やっぱり話が噛み合って無いよ。





最終章になります。


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