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跳ねて堅そうなラルスの髪は、明るい所で見ると水色ではなく銀色にも見える。毛先に向かうにつれ深まる青色。そのグラデーションは美しい。
クリスの毛先もアメジストのような紫で、紬喜は流行りなのかと考える。自分の茶色い毛先は、頭頂が地色の黒なので、恥ずかしいのだ。でも、それが流行りの染め方だったら、ラッキーかもしれない。
「ラルスの髪って、染めてるの?」
「髪?」
意外と丁寧に水回りの説明をしていたラルスは振り向くと、切れ長の金の瞳を細めた。
「説明、ちゃんと聞いてただろうな?」
「ボットンが、共同下水に繋がっているんでしょ?」
「ぼっとん?」
黙っていれば冷たい印象を受ける長身美形のラルスは、随分気さくな性格だった。同年代と話すような気安さに、色事任せろ、みたいな性格かと心配したのが杞憂に終わりそうだ。
しかし先程から、上手く成り立たない会話に溜息が出る。何でそこに、興味いくかなぁ。
「こういうトイレの事。ほら、ボットンって落ちるでしょ?」
「なんだよそれ」
「私の国に昔あった時は、そういう呼び名だったんだって」
「いや、そこじゃないだろ」
「は?」
ラルスは難しい顔をして言った。
「そんな音がする量と勢いが、人の身で出せるかって方だ」
そっち!?
「あの、昔の話だから…………それで、髪を染め直さないの?」
「…………ん、あぁ、これな」
強引に話を戻すと、ラルスは自身の髪を一瞥した。右肩で纏める細い紺のリボン。しなやかな上体はグレーみのある白のハイネックブラウスで、此方でよく見かける幅広袖。はだける事無く几帳面に並ぶ小さなボタンと並行して、青い毛先は腰より下に落ちている。
「これか…………」
ラルスは視線を彷徨わせると、おもむろに紬喜の肩に手を伸ばす。広めとはいってもトイレ室の中だ。二人の距離はいつの間にか近い。無遠慮に伸ばされた手に、紬喜の髪は、ひと房捕まった。
ここに来た時、と紬喜は目を細めてそれを見る。茶色に染めた髪は肩上でカールしていた。だが、たったひと月。異常な速さで伸び続け、今は胸下にまで来ている。よって、残念なプリンなのだ。不思議な事に、顔まわりの毛は伸びずそのままなので、何とも言えないヘアスタイルになっている。
この呪いの人形みたいで不気味な髪を、まじまじ見ないで欲しい。呪われても責任は取れないから、尚更だ。
「ラルス…………」
非難めいた声で呼べば、彼は色恋の「い」の字も無いような不思議顔を披露した。きょとんとしても可愛くない。思わず睨めば、首を傾げる始末だ。
「女性の髪の毛に無暗に触らない。あと、私のは染めたからそうなったのよ!」
「ふぅん?」
分かってないな。特に前半の意味が。クリスの心の成長に悪影響を及ぼしかねない頓珍漢め。紬喜は今朝の事を思い出し、情操教育の必要性を感じた。
「なんで染たんだ?」
「気分?」
毛先を取り戻しつつ、紬喜はトイレの外に後退した。
「気分で染まるのか?」
「気分で、染め変えるの」
「お前、違う色にも染められるのか?」
あぁもう、ここのカラーリング事情はどうなってるの。まさか一色限定?
「いろんな色があるの。ラルスはどうやって染めるのよ?」
「…………自然とこうなった」
「自然と?」
「あー…………」
ラルスは呻いた。続いて額を抑える。どうやら聞いてはいけない事を聞いたらしい。何処にそれがあるのかお互い分からない為、こういう事が起こるのだ。例えば、ぼっとん、の意味とかね。
「なんか、ごめんね?」
「知りたきゃアルフレートに聞け」
溜息交じり言うと、彼は浴室の扉を開けてくれた。
「溺れるなよ」
そんな深さ無いのに、と呆れつつラルスを見返す。不思議そうな表情を浮かべた彼は、何処まで本気で言っているのか分からない。
「気を付けるね。色々説明してくれてありがとう」
ラルスは、そっと息を吐いた。浴室に消えて行った少女は、アルフレートから聞いていた通りの、小柄な人間だ。
城の奴らに殺されそうになって、やっと逃げる気になった――――つまり、それまで逃げようとしなかった、という変わり者。
自分だったら…………そんな奴を許さない。間違いなく出会い頭に、全力の一撃を叩きこんでいる筈だし、本人にそれが出来なければ、同胞が同じ事をするだろう。
違う世界から来た少女には、勿論、同胞どころか仲間も居ない。そのせいか、群からはぐれた子どものように、少し窶れて見えた。
細いし小さいくせに無理をして、結局、王城で何がしたかったのか分からない。
ラルス・レイナスにとってその少女は、訳の分からない生き物だったのだ。しかしそれは、紬喜にとっても同じ事。
切れ長の目を僅かに見開き、不思議顔をされると困ってしまう。行動と表情が、どうにもミスマッチで思考がイマイチ分からない。
ここまで成長する前に、誰かが何とかしておいてくれなかったものか。
不機嫌では無いのに、笑顔は噛み付きそうな悪人顔で。もちろん威圧感が半端なくて怖い。本当に機嫌が悪い時の顔も、怖いのだろう。大笑いしたらどうなるか…………不安要素しか無い。
この家に居るという事は、それなりに訳アリなのだろう彼。
教育する人が変わっていたのか、居なかったのかもしれない。だからって、その役を買って出るほど、紬喜も良い人を演じる余裕などない。クリスも仲良くしてねとは言っても、要はそれだけだしか求めなかった。
割り切ってしまえば良い。だが、それが出来るかどうかは怪しい所だった。何しろ、一言多いのだ、私は。
紬喜の溜息が浴室に響いた。