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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と少年達
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2-2

 跳ねて堅そうなラルスの髪は、明るい所で見ると水色ではなく銀色にも見える。毛先に向かうにつれ深まる青色。そのグラデーションは美しい。


 クリスの毛先もアメジストのような紫で、紬喜は流行りなのかと考える。自分の茶色い毛先は、頭頂が地色の黒なので、恥ずかしいのだ。でも、それが流行りの染め方だったら、ラッキーかもしれない。


「ラルスの髪って、染めてるの?」

「髪?」


 意外と丁寧に水回りの説明をしていたラルスは振り向くと、切れ長の金の瞳を細めた。


「説明、ちゃんと聞いてただろうな?」

「ボットンが、共同下水に繋がっているんでしょ?」

「ぼっとん?」


 黙っていれば冷たい印象を受ける長身美形のラルスは、随分気さくな性格だった。同年代と話すような気安さに、色事任せろ、みたいな性格かと心配したのが杞憂に終わりそうだ。


 しかし先程から、上手く成り立たない会話に溜息が出る。何でそこに、興味いくかなぁ。


「こういうトイレの事。ほら、ボットンって落ちるでしょ?」

「なんだよそれ」

「私の国に昔あった時は、そういう呼び名だったんだって」

「いや、そこじゃないだろ」

「は?」


 ラルスは難しい顔をして言った。


「そんな音がする量と勢いが、人の身で出せるかって方だ」


 そっち!?


「あの、昔の話だから…………それで、髪を染め直さないの?」

「…………ん、あぁ、これな」


 強引に話を戻すと、ラルスは自身の髪を一瞥した。右肩で纏める細い紺のリボン。しなやかな上体はグレーみのある白のハイネックブラウスで、此方でよく見かける幅広袖ベルスリーブ。はだける事無く几帳面に並ぶ小さなボタンと並行して、青い毛先は腰より下に落ちている。


「これか…………」


 ラルスは視線を彷徨わせると、おもむろに紬喜の肩に手を伸ばす。広めとはいってもトイレ室の中だ。二人の距離はいつの間にか近い。無遠慮に伸ばされた手に、紬喜の髪は、ひと房捕まった。


 ここに来た時、と紬喜は目を細めてそれを見る。茶色に染めた髪は肩上でカールしていた。だが、たったひと月。異常な速さで伸び続け、今は胸下にまで来ている。よって、残念なプリンなのだ。不思議な事に、顔まわりの毛は伸びずそのままなので、何とも言えないヘアスタイルになっている。


 この呪いの人形みたいで不気味な髪を、まじまじ見ないで欲しい。呪われても責任は取れないから、尚更だ。


「ラルス…………」


 非難めいた声で呼べば、彼は色恋の「い」の字も無いような不思議顔を披露した。きょとんとしても可愛くない。思わず睨めば、首を傾げる始末だ。


「女性の髪の毛に無暗に触らない。あと、私のは染めたからそうなったのよ!」

「ふぅん?」


 分かってないな。特に前半の意味が。クリスの心の成長に悪影響を及ぼしかねない頓珍漢め。紬喜は今朝の事を思い出し、情操教育の必要性を感じた。


「なんで染たんだ?」

「気分?」


 毛先を取り戻しつつ、紬喜はトイレの外に後退した。


「気分で染まるのか?」

「気分で、染め変えるの」

「お前、違う色にも染められるのか?」


 あぁもう、ここのカラーリング事情はどうなってるの。まさか一色限定?


「いろんな色があるの。ラルスはどうやって染めるのよ?」

「…………自然とこうなった」

「自然と?」

「あー…………」


 ラルスは呻いた。続いて額を抑える。どうやら聞いてはいけない事を聞いたらしい。何処にそれがあるのかお互い分からない為、こういう事が起こるのだ。例えば、ぼっとん、の意味とかね。


「なんか、ごめんね?」

「知りたきゃアルフレートに聞け」


 溜息交じり言うと、彼は浴室の扉を開けてくれた。


「溺れるなよ」


 そんな深さ無いのに、と呆れつつラルスを見返す。不思議そうな表情を浮かべた彼は、何処まで本気で言っているのか分からない。


「気を付けるね。色々説明してくれてありがとう」


 ラルスは、そっと息を吐いた。浴室に消えて行った少女は、アルフレートから聞いていた通りの、小柄な人間だ。


 城の奴らに殺されそうになって、やっと逃げる気になった――――つまり、それまで逃げようとしなかった、という変わり者。


 自分だったら…………そんな奴を許さない。間違いなく出会い頭に、全力の一撃を叩きこんでいる筈だし、本人にそれが出来なければ、同胞が同じ事をするだろう。


 違う世界から来た少女には、勿論、同胞どころか仲間も居ない。そのせいか、群からはぐれた子どものように、少しやつれて見えた。


 細いし小さいくせに無理をして、結局、王城で何がしたかったのか分からない。


 ラルス・レイナスにとってその少女は、訳の分からない生き物だったのだ。しかしそれは、紬喜にとっても同じ事。


 切れ長の目を僅かに見開き、不思議顔をされると困ってしまう。行動と表情が、どうにもミスマッチで思考がイマイチ分からない。


 ここまで成長する前に、誰かが何とかしておいてくれなかったものか。


 不機嫌では無いのに、笑顔は噛み付きそうな悪人顔で。もちろん威圧感が半端なくて怖い。本当に機嫌が悪い時の顔も、怖いのだろう。大笑いしたらどうなるか…………不安要素しか無い。


 この家に居るという事は、それなりに訳アリなのだろう彼。


 教育する人が変わっていたのか、居なかったのかもしれない。だからって、その役を買って出るほど、紬喜も良い人を演じる余裕などない。クリスも仲良くしてねとは言っても、要はそれだけだしか求めなかった。


 割り切ってしまえば良い。だが、それが出来るかどうかは怪しい所だった。何しろ、一言多いのだ、私は。


 紬喜の溜息が浴室に響いた。




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