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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と祝福
48/63

6-9

 漸く熱の下がった紬喜に、アルフレートは一つの箱を渡した。


 真紅のビロード張りで、ちょっと大きな宝石箱を思わせるそれ。左右の留め金を外して開けてみると、中には色紙のような物が詰まっていた。自分で作った翻訳の魔導書には、文字の知識が含まれていない。だから紬喜は、丁度良くやって来たクリスに尋ねたのだ。


「クリス、これは?」


 何故それが此処に。クリスは目を見開いて固まった。その後、みるみる意地悪な笑顔になっていく。


「あいつ…………」


 唸るような言葉に、隠しきれない棘があった。


「クリス…………?」


 おそるおそる名前を呼ぶと、ニッコリ微笑んだクリスがアルフレートの所在を聞いてくる。そこはかとなく、嫌な予感がした。


「これ、何?」

「釣書」

「なにそれ?」

「…………知らない方が幸せな事もあるよね」

「クリス…………私、文字が読めないんだ。これ、何て書いてあるの?」

「人の名前だよ。紬喜、アルフレートは何処に行ったの?」


 そのゆったりとした声に、重さを感じた。笑顔なのに、背筋が寒くなる。


「何で、怒ってるの?」

「…………中を見てごらん?」


 言われて、箱に視線を戻す。明らかに高価な、装飾の施された厚紙。手に取って複雑な文様の描かれた表紙を開くと、写真のような絵に目が留まった。波打つ長い金髪に、明るい青い目の青年。かっちりとした黒の衣装には紐飾りが絡み、手に持つ槍が精悍な印象を際立たせる。豪華というよりは洗練された装いで、ファッションモデルや普通の人という雰囲気では無かった。


「これは?」

「ヴァスカディアの皇太子だよ」


 無言で次の紙を手に取ると、また金髪に青い目の青年が描かれていた。悪い予感に、紬喜はすぐに表紙を閉じる。


「これは?」

「第二皇子」

「これは…………?」

「アルフレートの兄上だよ」

「…………なにこれ」


 釣書って、釣り…………私を釣るって事?なんで男の人ばっかり?というか皇太子って、随分偉い人だと思うんだけど。


 それと名前を並べる、アルフレートさんの兄?


「アルフレートは何処?」

「お風呂の掃除に行きました!」


 問題の箱をベッドに放置し、紬喜はクリスと一階へ降りた。容疑者は、階段下の踊り場で荷物整理している。


「アルフレートさん、何ですかあれ!?」

「あぁ、もう目を通されましたか」


 至って穏やかな彼に、紬喜はぐぐっと詰め寄った。


「ちょっとしか見てないです。釣書って何ですか!?」

「紬喜様の後ろ楯となる、転化式の婚約者候補ですよ」

「はぁ!?」


 寄った分後退した紬喜の背を支え、クリスはスッと目を細めた。


「アルフレート」


 その程度で動じる男では無い。彼の視線を勝ち取ったのは、うぎゃぁと妙な声を上げた紬喜だった。


「なんであんなに!」

「落ち着いて紬喜。僕達の国でも、未成年と婚約なんて異例だよ」

「じゃあっ!」


 じゃぁ、あの箱の大きさは何。あと何人入っているの!?


「君はね、僕らの世界では既に有名なんだよ。召喚阻止の功労者としても、同胞達を女神の元へ誘った聖女としてもね」

「なっ!」


 世界を越えても、また聖女扱い!?ガーンと、金属音が頭に響く。婚約者と聖女のダブルパンチだ。へなへなと力が抜けて床に座り込むと、重力を何時もより多く感じた。ズーンとのしかかる何かに、思考が追い付かない。


「私…………どうしたら」


 転化を望んだから、あんなものが届いてしまった?だからクリスは、あの時困ったように話していたの?疑問が脳裏を飛び交う。けれど、転化は諦める事が出来なかった。


「紬喜は、どんな暮らしを望んでいるの?」

「え?暮らし…………」


 さっぱり分からない。クリスの国が、此処と似ている事くらいしか知らなかった。だから、単純に望みであれば口にする事が出来る。


「今と変わらないような生活なのかと、思って」


 それでも、今みたいな生活は無理なんじゃないかな、とも思って。だから自立を目指した。なのに。


「いきなり婚約者?だって、どんな人かも知らないのに」


 そんな風に将来が決まるなんて、考えもしなかった。


「なら、アルフレートを選ぶかい?」

「えっ!?」

「ラルスのもあるよ?」

「いやいやいや…………ん?ラルス、のも?」


 紬喜はまじまじとクリスを見詰めた。


「僕を選んでも構わないよ?」


 クリスがにっこりと微笑んだ。


「本気で言ってるの?」

「酷いよ紬喜…………」

「だってクリス、まだ子どもなのに」


 そんな普通の事みたいに言えちゃうの?そういうお国柄?


「あぁ、またそこから始まるんだね…………」


 困ったように笑うクリスが、ひとまず立てる、と手を差し伸べた。彼の傍に居たいと、その気持ちに嘘は無い。クリスには幸せになって欲しい。明るく無邪気に、笑っていて欲しい…………


「クリスは、嫌じゃない?」

「どうして?」


 私の気持ちは、きっと恋じゃない。


 だから口約束でも良いんだ。彼に本当に好きな人が出来るまで、隣で私が出来ることをする。精一杯、クリスの幸せを守っていく。それが、こんな狡い決断をする私の責任だ。


「紬喜が選んでくれるなら、僕は頑張って長生きするよ」

「クリス…………」


 嬉しいのに、湧いてくる罪悪感。澄んだ空色がこんなにも眩しい。転化をすれば寿命が揃う、たったそれだけだ。子どものクリスなら年齢という猶予で、将来も選び直せるだろう。


 優秀で優しくて、大切な男の子。


 少しでも長く、見守っていたい。だからごめん。後悔したって思わせないよう頑張るから。少しだけ、未来を貰っていいですか。


「あの…………その内の破棄して良いから。私と…………私と、婚約してくれますか?」

「喜んで――――」


 クリスは嬉しそうに微笑んだ。


 その裏で、苦い気持ちが渦を巻く。破棄が防波堤なのだろう。紬喜の表情は安堵一色に変わって、なんと分かり易いのかと溜息を付きたくなった。知らない男を押し付けられそうになったら――――怖がりで臆病な彼女は、知り合いを選ぶだろう。そして、婚約という考えてもいなかった事柄と結びつかない子ども、僕を選ぶ確率が高い事も分かっていた。


 こんな強固な手段を取られた理由が分からない。


 国は、父は何を考えている?


 もう彼女を手放せないと自覚している分、こうなってしまったのは辛い状況だった。



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