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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と祝福
47/63

6-8

 うっすらと浮上した意識。白い光の差し込む部屋で、紬喜は身を起こした。ふらふらと寝間着のまま出窓に歩みより、何となく飾られた花瓶から花を一輪抜き出す。


 その花に指先から小さく魔力を流すと、サラサラと白い光が舞った。


「私も、クリスと同じ…………」


 何故、気が付かなかったんだろう。窓から目を反らすと、鏡に映る自分と目が合った。見慣れた姿。不気味に伸びた髪を切ろうとした時、クリスは何と言って止めた?


 この世界に召喚された時点で、私は人とは違うものに変わっていたんだ。


 以前は受け入れられなかったそれを、今は安堵に似た気持ちで受け止める事が出来る。手を伸ばして触れた鏡の中の私が、困ったように微笑んだ。どうなってしまうのだろう。


 私は、どうしたい?


 その問いに、結局答えは出ないのだ。けれど、一つだけ確かな事がある。長生きしたい――――死を目の当たりにして、そう強く思った。


「紬喜、起きたの?」


 ノックと共に、廊下からクリスの声がした。思わずビクついた紬喜は、急に気まずくなって一人でオロオロ狼狽える。大泣きして縋りついてしまった。顔合わせるのが、恥ずかしくなったのだ。パッと頬を抑えて、横目で鏡を見る。耳が赤い気がする。そんな自分の姿を見るのも、猛烈に恥ずかしくなった。


「紬喜?」


 その声に含まれる疑問符に、慌てて扉に走り寄る。両手で扉を押さえつけ、開かない扉にやっと人心地が付いた。


「…………うん、大丈夫だよ」

「熱は?」


 言われて額に手を当てると、狙ったように扉が少し開かれた。もう一度押し返す事は流石に出来ず、数歩後退してクリスの入室を許すしかない。顔色、大丈夫かな。余計に気まずくなった紬喜は、そのままどんどん後退った。


「…………紬喜、僕が怖いの?」

「クリス…………」


 よく考えたら、とても失礼な事をしている。そう思い至り、ゆっくり息を吸い込んだ。肺が満たされる感覚が、気分を少し落ち着かせる。


「違うよ。ごめん、何だかまだ、整理が付かなくて…………」

「うん」

「でも、気が軽くなったよ」


 クリスは優しく微笑んだ。


「紬喜は結構、内向的なんだ。これからは、もっと話そう?そうすれば、悩み事は話した方が良いって、すぐ分かるようになる」

「そうだね」

「心配したんだよ。人は簡単に死んでしまうから」


 本当に頭の下がる思いだった。話せば良かったのに、たったそれだけの事が出来なかった。


「ねぇ、君に触れてもいい?」

「え?う、うん、いいよ?」


 近寄ってきたクリスはそっと、壊れ物を扱うように腕を伸ばしてきた。一番心配をかけたのは、クリスなんだ。その事に気付いて、情けなさに苦しくなる。頬に触れた手は少し冷たかった。それが熱の引かない身体には心地良い。無意識にすり寄った紬喜に、クリスは小さく笑みを溢した。


「まだ、寝ていた方がいいね」


 淡い金の髪が光を弾いて、とても綺麗で。思わず見とれていると、水色の瞳が緩やかに笑みの形を描く。


「クリス天使みたい」

「え?」


 うっかり言ってしまった口を押さえて、それも変だと思い直し、紬喜は両手を振ってみせた。あからさまに失言した、という行動を取った彼女に、クリスはゆっくり目を細める。


「天使と言うなら、光属性の紬喜だろう?」

「えっ」

「捕まえておかないと、空の国に帰ってしまいそうだよ」

「えぇ…………」


 私が天使とか、そんな恥ずかしい話になってしまった。紬喜は会話の流れに焦る。


「でも、鳥籠に閉じ込めるのは可哀想だね。いっその事、その羽をいでしまおうか?」


 クリスの口から、耳を疑うような台詞が飛び出した。可愛い顔して、なんて恐ろしい事を言うのやら。羽をもいだら、死ぬと思うよ?


「私は天使じゃないし、空は元から飛べないから」

「本当に?」

「本当に。それより…………クリスの方が、手の届かないところへ飛んで行ってしまいそうだよ」


 こんな出来る美少年、引く手も数多だろう。クリスの国に行ったら、最悪、二度と会えなくなるかもしれない。三人で楽しく、とはいかないだろうと想像できた。


「なら僕を、鳥籠に閉じ込めてみる?」

「…………私、そういう趣味は無いんだよ?これは、ものの喩えだからね?」


 クリスなら、鳥籠に入っていても違和感が無さそうではある。けれど、人道的によろしくない。


「残念だな」


 面白そうに笑う少年に、紬喜は少し引いた。


「クリス…………まず、閉じ込めるって発想止めようね?そんな事しなくても、懐いたら逃げないもんだよ」

「どうかな?」


 疑わしそうな表情をするから、過去にペットにでも逃げられたのかな、と紬喜は思う。そこで一気に血の気が引いた。


「ね、ねぇ、ジジはどうしてる?」

「ジジ?」

「黒い猫…………私、浄化しちゃった?」


 困り顔で話していた紬喜は、急に青ざめてクリスの肩を掴んだ。話が飛んだな、とクリスは思いながら少し沈黙する。アルフレートの事は勿論話せない。


「元気にしているよ。ちょっと、会わせてあげられないけれど」


 そう答えると紬喜は、余程安心したのか床にへなへなと座り込んだ。


「あの猫は、懐いていても逃げてしまうよね?」


 クリスが話を蒸し返すと、紬喜は猫ってそうだよね、と相づちを打った後…………首輪をしてリードにでも繋ぐしかないかな、と不穏な単語を口にした。


「紬喜の世界では、そういうの合法なの?」

「そういうの?」

「首輪とか、リード、とか」

「猫ならね…………ってクリス、この話を鳥籠の話と繋げちゃ駄目だよ?人にやったら違法だからね?」

「そうなんだ?」


 不味い。私、子ども相手に何教えてるの!?


「だだだ、駄目だよ?言葉が通じる相手にそんな事したら、犯罪だからね!?」

「あぁ分かった。お仕置き用なんだ?」


 ひぃぃぃっ!クリスっ!!何なのこの会話、私、天使のクリスに何やらかしてるの…………あまりに愕然として、目尻に涙が浮かぶ。


「…………ごめん紬喜、泣かないで」


 クリスは苦笑して、紬喜の頭を撫でた。不馴れだろうと分かりきっている彼女を、からかいすぎた。勿論、そうとは言えなかったが。アルフレートに首輪、吹き出してしまいそうだ。


「クリス…………」


 罪悪感の籠った目線を遮るように、クリスは紬喜の額から髪を払った。まだ熱が高い――――


「僕は不安なんだよ。国に帰ったら君が、傍に居てくれないかもしれないと…………」

「やっぱり、傍に居られなくなるの?」


 そんな気はしていた。分かりやすく悄気た紬喜が、とても可愛らしく目尻を下げる。


「君が僕を選ぶなら、傍に居られるよ。ずっとね。でも、まだ猶予があるから、急がなくていい。立てる?」


 クリスは意外としっかりした力で、手を引いてくれた。立ち上がった紬喜は、少年を見下ろす。


 きっと、あっという間に大人になるだろう。背だってすぐに追い越されて、綺麗で歳の近い彼女が出来る。それを傍で見ていて、自分は祝福出来るだろうか。


 彼の好意を疑う訳じゃない。でも、人は変わる。


「クリス、私から魔力を無くす事って出来ないかな?」

「…………そんな事、出来ないよ」


 一瞬湧いた怒りを収め、クリスは取り繕って無難な言葉を返した。紬喜はまだ、自分が魔力体に成りつつある事を知らないのだ。魔力が無くなれば死ぬと知らない。


「どうしてそう思ったの?」

「私が光属性じゃなければ良かったなって」


 そうしたら私は、多分クリス達の世界に溶け込める。それこそ一人でも生きていけるだろう。クリスは綺麗な笑みに表情を隠した。困った子だ、とはっきり思ったからだ。


「…………闇属性に転化する事は可能だよ」

「転化?私、闇属性になれるの?」


 思わぬ事を聞いた。紬喜はクリスを覗き込む。


「なれるんだけど…………」

「だったら私、闇属性になりたい!」

「えっ?」

「だってそうすれば、クリス達のところにいても問題無いよね?」


 非常に乗り気な彼女に、クリスは内心狼狽えた。魔力の転化は、隷属の魔法なのだ。傲慢な天の人族を地に落とし、誇りとも言うべき寿命を縛る。この話は、今すべきではないと言うのに。


「そうなんだけれどね…………」

「クリスの魔導書も、使えるようになるんだよね?」


 紬喜には、良い事づくめに思えた。これで不安の一つどころか、大半が無くなる気がする。


「…………そうだね。下位属性の揃う範囲でなら」

「クリスは、反対なの?」


 しかし、クリスの歯切れは悪かった。


「反対?まさか…………ただ、転化をする場合」


 とても困った顔で紬喜を見上げたクリスは、重い口を開いた。


「君は、婚約者を立てる必要があるんだよ」

「こんやくしゃ…………」


 婚約者?って、結婚相手!?


「はぃ!?」


 硬直した紬喜に、クリスは申し訳なさそうな顔をした。聞き間違えでは無いようだ。思い返せば異世界魔法、恥ずかしいものが条件でも不思議ではない。婚約者と聞いて、キス以上の関係かと紬喜は一気に飛躍した。


「ど、どど、どういう事っ!?」

「転化をすると、軸となった相手と寿命が揃ってしまうんだよ」

「え?」

「軸となった相手が死ぬ時、一緒に死ぬしかないんだ…………」

「それだけ?」


 頷くクリスに、紬喜は盛大に拍子抜けした。つまりあれだ。死でさえも二人を別つ事がないと。本命同士なら美談だろうけど…………婚約までする必要ある?いや、凄い返事が来なくて良かった。ほーっと大きな安堵の溜息が零れる。そこで安心する紬喜に、クリスは眉を寄せた。


「急いで答えを出さなくても良いよ。紬喜が何を選んでも、僕はそれを支持していく」

「クリス…………」


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