6-5
夜半に目が覚めて、ふらりと階段を下る。
何日経っても、熱は下がらない。行き場の無いものが吹き荒れて、身体の内側を食い荒らすような感覚。でも痛みはなくて、何時か風船のように外側しか無くなってしまうのではないかと思う。そんな漠然とした不安。
「ふらふらじゃねぇか」
居間から出てきたラルスが、腕を掴んで支えてくれた。
「ラルス、久しぶり…………」
「数日留守にしただけだろう?お前、まだ動かねぇ方がいいぞ」
「お水飲んだら、寝るよ」
「水?」
不思議そうに聞き返すラルスを見上げると、眉を顰められた。その顔、怖いよ…………
「不純物を入れる時期じゃ無いだろ、ともかく寝てろ」
「え?」
「抱えてやるから、騒ぐなよ。暴れるなよ。いいな?」
「えっ、ちょっとまっ」
言い終わる前に抱き上げられる。しかも片腕に座るように、ひょいとされたから、ラルスの肩に掴まるしかない。
「ラルス、お水が欲しい」
「諦めろ」
黙々と階段を登ったラルスは、部屋前で降ろしてくれた。けれど、到底眠れる筈がない。熱のある病人に、水を飲むなって拷問だ。恨めしげに見上げていると、金の瞳を瞬いて、それをスッと細めたラルスが顔を近付けてきた。
「今、アルフレートもクリス様も手が放せないんだ。諦めて寝ててくれ」
「寝れない…………」
「寝れる」
「じゃあ…………街の様子を教えて」
「アストレブンの?」
ラルスは溜息を付いた。紬喜は寝る気が無いと一目で分かる様子だった。このまま目を放すと、水を求めて二階に降りてくるだろう。アルフレートから魔力漏れがあったと聞いたからには、扱いに注意が必要だった。恐らく、魔力の限界値が著しく上昇しているのだ。彼女の身体が本来の姿に戻ろうとしている副作用ではあるが、二人がその事を伝えれいないとなると自分が言う訳にもいかない。
水色の髪を掻き上げて、金の瞳をさ迷わせたラルスは、しぶしぶ話すことを選んだ。
「不本意だが…………王都の平民たちは感謝してたな。魔力の支配から解き放たれて、空の神に祈るくらいに」
「…………そうなんだ」
「寝ろ」
ラルスは大分怖い顔になっていた。眠れるかは分からないけれど、部屋には入った方が良いだろう。
「ラルスありがとう。もう、思い残す事も無い」
安堵と話しやすさから、うっかり本音が溢れ落ちた。
「思い残す?」
ラルスの声が低くなる。失敗に気付いた紬喜は、慌ててドアノブに手をかける。
「お前な!」
ドンッという音と共に、目の前がラルスの腕で塞がれた。左肩を押され、壁に背中を押し付けられる。
「ふざけんなよ、なんだそれは」
見上げると、予想通りラルスは金の目を吊り上げて怒っていた。けれどその怒気も熱のせいか、布の一枚向こう側のように薄れた感じしかしない。
「お前の居場所は、ここにあるだろうが。何が不満なんだ」
国に帰る彼らにだって、私は要らない存在だ。浄化の力は闇と相反する。危険しかもたらさないと、分かっている筈。ラルスは生気の無い紬喜の顔を見下ろして、舌打ちをした。唯々イライラが募る。全部終わって、何故前より萎れているのか。こんな世界を気にしてやる必要など、彼女には無い筈だ。まるで何かが足りない。目標に辿り着いて、失速した状態に似ている気がした。
「望め」
「え?」
「欲しいものがあるなら望め。お前が望んだ結果は、もたらされたんだぞ?何故、目を反らす」
望むもの。私の生きる価値?
この為という何か。全てを失うだけの対価。帰れない自分を納得させられる何か。全部要らない。私が欲しいものは、召喚を阻止する事。私の身体の消滅――――それだけだ。
「もう、欲しいものなんて…………」
思い付かない。
「考えろよ、紬喜っ!」
トクンと脈が跳ねた。
「ラルスに…………ラルスに初めて、名前呼ばれた」
「は?」
実は嫌われているのでは無いかと、どこかで思っていた。気さくで話しやすいのに、彼から話しかけて来る事は殆ど無かったのだ。名前を呼ばれるって、嬉しいものだと気付く。でもそれは、タイミングの悪い事だった。
「一つ、無くなっちゃったね?」
「ちょっと待てっ!」
「おやすみ、ラルス」
今度こそ部屋に逃げ込んで、扉を背に膝を抱える。ラルスは何故怒ったのか。どうして死なせてくれなかったのか。その気持ちが分からない訳じゃ無い。けれど、受け入れられるかと言われたら、答えは否だ。クリスは私をどうするつもりなのか。彼は見た目ほど子どもじゃない。初期召喚で、光属性の魔力持ちで、クリス達の正体を知っている私が生きているデメリットを、よく分かっていると思う。
仮に、彼らの世界なら居てもいいかって?結局そこでもお世話になりっぱなしで、何も出来ないに違いない。死ななくても、この世界から居なくなれば目的は果たせるのか。そんなの、無責任に逃げるだけだ。
今度は私が理不尽を押し付けるのか。
魔力ありきで回っていた世界から、それを奪った。でも守りたいものは守れた。誰もその事に気付かず、平和を謳歌する懐かしい世界。私が死ななければ終わらない。全ての連鎖を断ち切る事で、将来への不安も払拭できる。その口実がもはや、責任を取る、という事だけだとしても。
涙が溢れて、喉の奥が痛い。魔獣達が解放された今、ついでに死ぬという筋書きが、ついででは無くなってしまった。自ら選ぶそれは、未練なのか何なのか分からないもので囲まれていて、近付く事さえ苦痛だった。
「ラルスを怒らせたんだって?」
部屋に閉じ籠っていても、扉には鍵がない。ノックの音を無視していたら、クリスは扉を開いてすたすたと入ってきた。夜中の部屋にはカーテンが開けっ放しの出窓から、双子月の光が差し込んでいる。
「君は本当に面倒くさいというか、焦れったいというか」
そう言ってクリスは水色の視線を反らした。




