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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と祝福
43/63

6-4

 魔導書を使ってから、更に寝込んだ。


 枕に沈む頭を撫でていたクリスが、めそめそ泣く私に溜息交じりに言う。まだ若いのだから、直ぐに良くなるよと。子どもが言うには可笑しな台詞だ。老成し過ぎて、言い回しがジジ臭い。見た目は可愛い天使なのに。


「若いしって…………」


 緩慢に寝返りを打つと、陰りの無い空色の瞳が不満げに細くなったのが見えた。


「僕は事実を言っているんだよ?」


 手を伸ばして、柔らかなクリスの髪を撫でた。さらさらで柔らかい。その淡い金の髪に埋まる指で、薄紫の石が煌めいた。指輪…………クリスは、最初から死なせる気が無かったのかもしれない。私が死ななきゃいけないと思っている事を知らなかったの?言わなかったから、生かした?


 疑問は暖かい風のように心の中を撫でた。


 でも、問題は解決する訳じゃない。


「…………そうだ、魔獣達は?この国はどうなったの?」


 召喚の塔で起こった異変。魔法が正しく動いていなかったとしたら大変だ。あからさまに話題を変えた紬喜の手を掴まえて、クリスは穏やかな笑みを浮かべた。


「実体化している魔獣達は全消滅したよ。ありがとう紬喜。君のお陰で、やっと彼らは女神の膝元に侍る事が許された――――今やこの国、いや、この世界から、魔力そのものが蒸発しているんだ。召喚魔法は、二度と使えなくなった…………街はまだ混乱しているけれど、予想より暴動は少ないと思う」


 クリスの計画は概ね成功したようだった。多分、これで良かったのだろう。私達としては、これで良かったのだ。その上でクリスは、私を生かした。それだけが、私にとって良くなかったというだけだ。


 確かに、死にたいとは言わなかった。


 クリスは守ると言った。


「信じてなかったの?酷いな」


 そう言ってクリスは、天使の微笑みを浮かべた。その笑みが、紬喜にはとても残酷に見えた。


「紬喜、僕は君に…………幸せな、本来過ごす筈だった穏やかな。そんな日々を生きて欲しいんだ」


 そういうクリスこそ、そんな日々を過ごして欲しいと思う。だから、彼に同じ言葉を返した。熱が上がってきて、最後まで言えたかは分からなかったけれど。


 病人生活の続く日々。これでもかと言うほど、アルフレートさんが看病してくれて、危うくお風呂まで世話を焼かれるところだった。


「ちゃんと元気になってください」


 その言葉が胸に痛い。窓の外は今日も天気だ。それなのに気分は晴れそうに無く、曖昧な笑みしか返せない。


「紬喜様を、巻き込むべきではありませんでした」

「アルフレートさん」

「こんなに弱ってしまわれるなら…………」


 ベッド脇に膝を付いてしまった彼に、なんと言えば良いのか分からなかった。確かに弱ってる。でも、首を突っ込んだのは私の方だ。


「アルフレートさん、私は自分で選んだんです。だから、後悔していません」

「ならば何故…………」


 アルフレートと視線が絡む。果実のような赤い瞳に冷たいものが混ざって、表情がどんどん冷え込んだ。


「ならば何故、死のうとしたのです?」


 咎めるなんてものじゃ無かった。噴火する前の火山のように、彼は怒っていたのだ。


「貴女が命をかける必要は、ありませんでした。そうでしょう?この世界から、召喚魔法が失われれば、素材となる危機は無いのです」


 唇を噛む。生き残ったと言うことは、死のうとした事がバレているということだ。過保護で心配性の彼に。謝るのは違う気がする。だって、それも含めて後悔していない。


 違う。


 私は自分が死んだ後の事を考えなかったんだ。親も友達も居ないこの世界で、心配して、惜しんで泣いてくれるだろう彼らの事を、ちゃんと意識しなかった。


「アルフレートさん…………」

「なのに何故、まだ死のうとしているのです?」


 頬に手が添えられる。白くて冷たい指先が、数本耳にまで届いた。思わず跳ねた肩。逃れようと顔を背けた先に、アルフレートの腕が見えた。


「やっ!」

「お話し下さい」


 背中に回る腕。抱き締められる前の、ギリギリの距離。今、身体を締め付けているのは、自分の両腕だった。言いたくないと、言葉ごと封じるように抑え込む。


「やめて…………」


 そんな事やめようよ、もう終わったんだよ。


「やだ…………」


 言わせようとするアルフレートと、言いそうになる心の間で強く拒絶する。それでも堪えきれないものがはみ出した。


 見えたのは白い魔力…………魔力!?


「離れて!」


 言う前にアルフレートは身を引いていた。半ば呆然とした表情で、魔力漏れ、と呟く。


「アルフレートさん、怪我はっ!?」

「…………ありません」

「ごめんなさい、私…………」

「いいえ、私が浅はかでした。紬喜様、申し訳ありません」


 アルフレートの笑みが、酷く胸に刺さった。


 たとえ世界から魔力が無くなっても、私の不安は消えなかった。切り刻まれて素材にされてしまう悪夢は、熱に魘された夜に何度も襲ってくる。この世界で、私は生きて行けるのだろうか。きっと、酷く憎まれている筈だ。


「紬喜、君はよく休むべきだ」


 クリスはそう言う。秋晴れのような水色の瞳で、心配しないでと甘やかす。大丈夫だよ、君は僕達の国に来ればいいと。


 出来る筈がない。


 クリス達だって、闇の魔力を持っている。私を連れて帰ると言うことは、私にその気が無くても危険でしかないと。


 もう、やるべき事はないんだ…………現実は、この世界は、やっぱり優しくなんて無かった。


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