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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と祝福
40/63

6-1

残酷な描写があります。

苦手な方はご注意ください。

 

 二つの月が西に傾き、夜が最も深まった頃。アストレブン王城に火の手が上がる。


「大丈夫なのかアレ」


 ラルスの呟きに、クリスは苦笑を返す。


「もう少し頼られたいんだけれど」


 クリスの言葉は爆風に消え、ラルスが物理攻撃から少女を守る水障壁を展開した。先陣を切る紬喜は堂々たる丸腰だ。こうなるなら、散々言われた剣の指南をしておけば良かった、と何処かで思う。


「下がれ!」

「大丈夫っ!!」


 どこも大丈夫に見えない少女の横に、クリスが並ぶ。その手の浮かぶ紫の魔導書。もう一人、大丈夫じゃない奴が居た!!


「そろそろ減らしていこう」


 歌うように言う少年は、容赦無く紬喜の肩をラルスの方へ押した。驚いて目をつぶる事は予測済み。その間にラルスの水障壁ごと対象を消し飛ばす。


 誰も居なくなった廊下は、そこを迂回したと思うほど何も残っていない。


「ここを曲がった方が早いよ?」


 先頭に出た少年の手から、スッと魔導書が消える。同じ丸腰でも怖さが違う。ワンクッションの無い状態のクリスからは、何時、何が出て来るかさえ分からなかった。


「紬喜?」


 呼ばれた少女は、ラルスに支えられた礼を言うとクリスに並ぶ。まずその位置が可笑しいだろうと叫びたい。この陣形では、ラルスが二人に守られている状態だ。または、子どものお使いを見守る保護者ともいう。


 どういう状況何だよ。


 隠し通路から侵入し、アルフレートと二手に分かれて以降、紬喜はずっと先頭を歩いていた。内部に詳しいという事もあったが、ともかく急いでいたのだ。


 まったく懐かしくない…………


 そう思った視線が無機質に、魔導書を抱えた男達を捕える。そっと誘うように差し出した手、そこに吐息を乗せれば、展開紋の白い光を受けた魔法の光が周囲に浮かぶ。慣れたものだ。僅かに手首を上げれば、横殴りの吹雪のように煌めいて視界を白く染め上げる。的にされた男達の手から、魔導書が粒子になって消えていくのが見えた。私の魔法は、人の体は傷付けない。


「いい加減、下がってくれ」


 ラルスに肩を掴まれた。すれ違いざまに、彼は剣を抜く。


「紬喜、後はラルスに」


 キンッと頭に響く金属音。ラルスは二人の太刀を受けたまま、ニヤリと笑った。


「さっさと行け」

「ラルスっ!」


 クリスに手を引かれて角を曲がる。聞こえ続ける金属音はラルスが応戦しているからだ。待ってと言えば、僕らは足手まといだよと笑顔で返される。ラルスは心配だが、召喚の塔は近い。クリスに手を引かれ、足早に白い廊下を突き進む。逃げ行く人の手にある、黒い魔導書。目に止まったそれを、慌てて浄化しようとすると、クリスは制止した。


「あれは残しておいて、伝達の魔導書には攻撃性は無いから」


 頷きを返して、再び先を急ぐ。もうすぐ、アルフレートと合流できる筈なのだ。


「私が謁見して参りましょう」


 そう話していた彼は、この日、王城で開かれた夜会の会場に居た。華やかに盛装せいそうした人々は静まり返り、張り詰めた空気の中心で、彼は優雅に膝を折る。


「お初にお目にかかります」


 するりと広がった白銀の髪、その美しい男にあちらこちから場違いな吐息が洩れた。


「私はローデンシュバルト侯爵家の者――――二百年前、貴殿方が召喚した白き魔獣の兄…………」


 ふわりと、グレーみの強い白銀の魔力が溢れた。それは、人の目には見えない。


「なんだとっ!?」

「馬鹿な!!」


 じわじわと動揺が広がるものの、彼の美しさは魔獣とはかけ離れていた。敏い召喚士と魔法士数名が、陛下と叫ぶ時には既に遅く。アルフレートの完成した魔法が実体化する。その足元に複雑な正方形が描かれた。それはアルフレートの微笑みに合わせて一度一つに重なり、くるくる回って八芒星へ十六芒星へと急速に多重展開し始める。今更焦っても遅かった。


 一気に緑色が濃くなった瞬間、爆風が襲う。


 自分の隣で、弟王子の首が胴から離れていく。背後には父、国王が居た。


「王太子殿下、お逃げ下さい!」


 目の前で魔法士長が叫ぶ。振り返った背後で、父王の身体が三つに別れた。圧倒的な力の差。これが魔獣と同じ、あり得ない!


 白銀の髪を風に遊ばせ、変わらぬ微笑みにを浮かべた男。果実のような赤い目に、二百年前の古い文献の一節が浮かぶ。


 白き魔獣、赤き目を抉りて、新たなる魔獣の召喚に成功せし。


 目の前が赤くなる。魔法士長が切り刻まれた。痛みより前に視界がぶれる。あんなものが出てくるならば、召喚などしなかった。この場の誰もが思っただろう。血の海と化した広間で、一滴たりとも赤に汚れず、アルフレートは佇んでいた。


「呆気ないものです」


 復讐などしても、妹は喜びはしない。


「ですが、溜飲は下げて差し上げましょう」


 紬喜のお陰で今日、この世界から生命線とも言える魔力自体が消え失せるのだ。聖女様には綺麗なままで居て欲しかった。だから誰も言わなかったが…………魔力喪失によって、死人が出るのは確実だ。


「後は、召喚士長ですね」


 呟いたアルフレートの身体がふわりと浮き上がる。


 ラルスは剣を振り切って、間合いを開いた。正直、一人ずつ切り伏せるのさえ面倒で仕方ない。水魔法でまとめて野外に押し出すと、わらわらと新たな人間が湧いて出た。げんなりしながら感覚を広げ、クリスの位置を探る。


 紬喜の前で人を殺めるな。


 主の気遣いのせいで、変な場所が凝ってしまった。ガシガシ頭を掻いて辺りを見回すと、対峙する召喚士達が、自身の魔獣を呼び寄せ始めていた。身体に埋る枷が、魔力の動きに応じて光を帯びる。


 めんどくせぇ、全員バラバラかよ。


 位置の違いに、ラルスは眉を寄せた。切り刻むか?枷が残っちゃ話にならねぇ…………いっその事、叩き潰すか!


 ラルスは鞘に剣を納めた。


「きゃっ、何!?」


 ごぉんという音と揺れに、紬喜が飛び上がる。ラルスはやり過ぎだと思いながら、クリスは手を引く力を強めた。


「早く第三の塔に入ってしまおう」

「う、うん!」


 アルフレートは、既に召喚の塔に居た。紬喜以上に王城の地理に明るい彼は、取り零した召喚士長らと対峙している。


「我らが女神は、命を弄ぶ事を禁止しておられます」


 そうは言うものの、とアルフレートは不吉に笑みを深めた。


「私は、不信人なものでして」


 誰も反撃してこないのは、最初の一撃で大半が頭部を負傷しているからだ。それも、狙ったように目の辺り。辺りから聞こえる呻き声。果敢にも逃げ出そうとした召喚士の足を風の刃で切り捨てて、楽に死なせは致ませんよ、と歌うように言う。


 動いた者から切り付け、壁際に風で投げ捨てる。この塔の一階は、階段まで一直線に深紅の絨毯が引かれていた。多少汚れても目立たないだろう。大切な少女を贄にしようとした彼らに、アルフレートがかける情けは微塵も残っていなかった。


「何やってんだよ」


 到着したラルスは、真っ先に呆れた声で言った。


「後で幻惑めかくしをかけますから、大丈夫ですよ?」


 おっとり微笑むアルフレートが肩を竦める。やり過ぎた自覚があるのか、少し照れる様子が薄ら寒い。


「嬢ちゃん来ちまうぞ、換気だ、換気」


 言いながらラルスは、生死不明の召喚士達を壁際に水で押し流し、闇属性を乗せて氷漬けにする。それは、流石の彼でも目を反らしたくなる阿鼻叫喚の壁となった。


「こりゃあ、聖女サマには見せらんねぇな」

「最期まで見苦しい」


 元はと言えばアルフレートのせいではあるが、ラルスも思うところがあったので黙って同意した。


 クリスファルトの気配が近い。アルフレートに幻惑魔法を任せ、ラルスは塔横の更地に魔導具を設置する。本国から送られたそれは、八千年振りに作ったという代物である。


「大丈夫、なんだよな?」


 そう思うほど小型で、小さなさかずきを模した華奢な姿。これで、最大千に届こうかという光の魔力を防ぐのだ。思わず唸っている背に、ラルス大丈夫、と紬喜の声がした。


 これから大丈夫じゃない方向にするかもしれない彼女に、どんな顔を向けたら良いか分からない。


 何しろこの聖女サマは、クリスファルトの策に嵌められている。間違いなく、全力で魔法を使うだろう。


「俺はまだ、死にたくないんだぞ」


 そう言ったラルスに、後は任せてと紬喜は硬い笑みを作った。

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