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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と願い
38/63

5-11

 クリスの脇腹に両手を当てる。そのまま遠慮無く、くすぐった。一瞬きょとんとしていたクリスは、途端に笑い声をあげる。


「紬喜っ!」

「秘技!大根おろしー!!」

「あはははっ!こら、やめっ!!」

「肋骨階段登り!!」

「うわあぁぁぁっ!」


 居間にまで聞こえたクリスの声に、ラルスは咄嗟に立ち上がる。多分、主の身に危険は無い。驚いたのだ。彼が声を上げて笑っている事に。


「クリス様、遂に嬢ちゃんに感化されたか?」


 しかしそこで、しんと声が途絶えた。結界だ。多分これは魔導書を使っていない。その分強力で、物音さえ遮断されてしまった。


「…………嬢ちゃん、大丈夫か?」


 ラルスは金の瞳で天井を見上げた。クリスが魔導書を使うのには理由がある。それが出来ないほどの事態。ラルスは一先ず、自分の身に起こらなくて良かったと思う事にした。


 予想通り紬喜は、大丈夫では無かった。過剰な反撃に合い、呼吸もままならない。


「くっすっやっあぁーっ!」

「んー?」

「ぎぶっぎっ!」

「何処の言語かな?」


 肋骨の隙間はとてもくすぐったいのだ。教えてしまった紬喜は、笑い過ぎて涙目になっていた。どうにか彼と距離を取り、呼吸を整える。


「僕にこんな事させるなんて」


 呟くクリスを尻目に、ぜーはーと肩で息をする。しかし、基本的に紬喜は諦めが悪い。すでに本来の目的も忘れ、背を向ける無防備な少年の脇腹目指して襲いかかる。ぽすん、とベッドに背を付けたのは、紬喜だった。


「延長戦がお望みかな?」


 クリスは容赦無かった。


 体格差的には有利な筈なのに、紬喜は敗北した。解放されてからも、ネジが抜けてしまったのかお腹を抱えて笑い転げたままである。身悶えし続けて暫し、やっと落ち着いてきた頃に仰向けになる。お腹を吊るかと思った。頬もひくついている。ひどい目にあった…………


「こんなに簡単に、君を笑わせる方法があったなんて、ね?」


 クリスが隣に、腹這いになって寝転んだ。


「呼吸困難で、死ぬかと思った…………」


 不満げに言い返せば、嬉しそうに微笑む少年が、心外だなぁと答える。紬喜は苦笑しか返せない。


「私、こんなに笑ったの、久しぶり」

「楽しかった?」

「もうやらないよ!?」

「えー」


 クリスは、隙があるようにしか見えない。けれど、また反撃されたらお腹と頬の筋を吊る。確実にダメージを受けるのは、私だ。


「もうしません…………」

「…………紬喜はさ、そうやって笑ってる方が良いね」


 笑顔の天使は、優しげな微笑みを浮かべている。


「もぅ、バカにしてー」

「酷いな、本気で言っているのに」

「言い回しが、子どもっぽく無いんだもん。せっかく可愛い見た目なんだからさ。なんか、こう、もっと」

「君の笑顔が好きだよ」


 気管に何かが詰まった。


「クリスっ!」

「ふふふ、耳が赤い」


 慌てて耳を隠す。起き上がって、思わず距離を取った。


「大人をからかうんじゃ、ありません!」

「君は未成年、子どもだったよね?」

「クリスだって、子どもじゃん…………」


 くるりと身を翻して起き上がった少年は、ベッド隅に逃げた紬喜に向かって意味深な笑みを浮かべた。


「見た目だけね?僕は、ラルスより年上だよ」

「まっさかぁー」

「信じられない?」


 大きく首を縦に振る。ラルスより年上など、到底信じる事が出来ない。これはもしかして、クリスお得意の分かりにくいジョークなのだろうか。


「悪い冗談はやめてよね?嘘つきは嫌われちゃうよ?」


 肩を竦めて言うと、クリスは穏やかな、天使の笑みを浮かべてみせた。


「君はいずれ、僕を嫌うだろうからね」

「え?」


 部屋がオレンジ色に染まっている。


「でも僕は、紬喜を気に入っているよ。だから君の言う事は、聞かない」

「な、何そのワガママ…………」

「わがまま?」


 聞き返す声に、何だかとても気が抜けた。クリスはどう頑張っても少年で、未来のある子どもだった。偉そうな事は言えないけれど、ワガママくらい言った方がそれらしい。


「まぁ…………良いんじゃない?やりたい事やればさ。それでちゃんと責任が取れたら、大人なんだろうけど…………」

「大人になりたくない?」

「…………なれない、かな」


 言葉が尻窄みになる。私は保護者を無くして、嫌でも子どもでは居られない。召喚を阻止する事の責任、クリス達に加担する事の責任、自分が死ぬ事でチャラになるのか。


 多分ならない。


 それでも、そういう責任の取り方もあるのだと知っている。


「私は結局、一人で何も出来ない、子どもなんだよ」

「紬喜は、子どものままで良いよ」


 即座に言ってきたクリスに、カチンと来て叫ぶ。


「ほんと生意気!」


 クスクス笑う少年は、紬喜はそのままで居てね、としっぽのような毛先を翻して背を向ける。


「魔導書作りも、ほどほどに」


 扉を閉めながら言われた一言で、紬喜のやる気は更にみなぎった。邪魔しに来たと言えないくらい、真面目な話をしたし、何故かくすぐりあって、時刻は夕方だ。


「もおーっ!」


 叫んだ私が、残念ながら時間ロスの原因だったのだ。

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