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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と願い
36/63

5-9

「今日は、アルフレートさんが?」

「はい。日替わり制になりまして」


 翌日、店の二階に居たのは魔導書を両手で抱えたアルフレートだった。部屋の隅で、クリスが応援するように手を振っている。それに応え、紬喜はふと思った。日替わりってことは、明日ってラルスなんじゃないのと。


「これ、どういう順番ですか?」

「担当した魔導書の強弱、というところでしょうか」


 何だろう。このそこはかと無い不安は。クリスであれだったんだから、ラルスはいきなりとんでもない事をやって来るかもしれない。


「今日は、明日に備えて結界の練習をしていただきます」


 紬喜の不安が伝わったのか、アルフレートはそう提案してくれた。障壁は面だけを守る壁だが、結界は空間を遮断する箱。似て非なるものに、早速苦戦を強いられる。


「あまり、角の多い形はお勧め出来ませんね」

「えっ!」


 透明で自分が入る大きさの箱と言えば、外が見えるエレベーターしか思い付かない。しかしそれでは、角が多いと。うーんと唸りながら、紬喜はふと思い出す。クリスが初めて魔導書を使って見せた時の結界。あれは、円柱状だったような。透明で円柱な物…………つまようじ入れしか思い付かない!


「何故、上に穴が?」


 魔力はとても素直だった。その穴は、あれですよ、あれ。紬喜は頭を抱えた。


「えーと、これを障壁で塞ぐ、というのはどうでしょう?」

「結界としては不合格な事には変わりませんよ?」

「ですよねぇ…………」


 こんなに形で迷っているのは、私に座学が不足しているからだ。本来通りの手順で習えば、結界は自分の身体の形を展開したもの、となるらしい。魔力が目視出来ないので、見本を作って貰っても分からない。結局、魔力量に任せた力業。イメージして作ってみよう、となっているのだ。


 ここでも音楽の出番かと頭をひねるも、包み込むような曲で暗譜が完璧な物が浮かばなかった。暗くて重いラフマニノフとヴェートーベン中心だったのが災いしている。しかも無駄に難しい曲に挑戦して、打ちのめされた過去が。あぁ癒しのドビュッシーとか弾いておけばよかった…………頼みのハノン様は上げて落とす曲だし…………そこでふと閃く。私が包み込まれる気分の曲なら良いのでは?例えば発表会で弾いた、きらきら星変奏曲の最初の方。モーツァルトは異世界でも通用するのか?試す価値はある。


「強度が足りませんね」


 アルフレートが一言で切り伏せた。やっぱりソナタくらい弾かないと駄目なのか。音楽と魔法の繋がりがいまだに掴めない。


 結局、一度も魔導書を使わなかったアルフレートとの練習が終わり、過大な不安を残して迎えた翌日。


「嬢ちゃんよぅ…………」


 ラルスは魔導書を片手に、ガシガシ頭をかいた。


「死ぬ気で結界張ってくれ」

「は?」

「広範囲水魔法なんだよ、これ」

「えええっ!?」


 さすがラルス、酷い!紬喜の笑顔が引きつった。何でいきなり広範囲の魔導書を持って来ちゃうの?部屋の隅でクリスは手を振っている。


「紬喜、初心者は足元に効果を及ぼす事が出来ない。気を付けてね?」


 アドバイスは嬉しいが、今日はその姿が、死地に戦士を送る小姑にしか見えない。


「まぁ、威力は無いからな。せいぜい打ち身だろう」

「打ち身って…………!」

「安心しろ、死にはしない」


 そう言ってラルスは魔導書を起動させた。慌てて結界を作るものの、強度が無い。紬喜の悲鳴が響いた。


「良かったなー、追尾が無くて」

「ラルス!」

「魔法はどうした、魔法は」


 部屋を逃げ回りながら、ぽーんぽーんと断続的に飛んで来る水玉を避ける。埒が空かない、このままじゃ体力戦だ。避けきれないものを即席の障壁で凌ぎ、紬喜は反撃に打って出た。


 オタクでなくとも、有名な魔法なら知っている。ラルスに向かって伸ばした右手。その上に勢いを付けて息を吐く。


 気分は口からレーザーを吐く怪獣だ。


「マジかっ!!」


 想像以上の威力があった。視界が白く染まり、一瞬物音すらも掻き消す。


「紬喜」


 クリスの声と共に、白い世界は色を取り戻した。紙吹雪のように光が四散する中で、ラルスの前に立つクリスが微笑む。


「浄化魔法は使用禁止だよ。ラルスはまだ、女神に侍るには早いからね」

「えー」

「えー、じゃねぇよ!!」


 ラルスがバンと音を立てて魔導書を閉じる。やっと去った驚異に、紬喜も息を付いた。両者を見比べたクリスは、やれやれといった様子で二人をお茶に誘ったのだった。


 すっかり定番となった花茶に、ミントのような香りが混ざる。今日は、また違うブレンドにしたのだろう。紬喜はぼんやりとアルフレートを見た。難しい話が、右から左に流れていく。会話の狭間で、カップの水面が揺れた。


 広がる波紋から、もう逃げられない。


 実践練習が始まったのだから、と私は他人事のように思っていた。召喚阻止の決起が、運命の日が近いのではないかと。この生活の終わり。人生の終わり。現実味の無かったそれらは、急速に近くへやって来た。


「予定としては、後ひと月で」


 カップを持つ手に力が入る。アルフレートが話すのは、王城の地理と当日の行動計画だった。


 召喚の塔は王城の外壁、つまり守護陣の端を維持する十五の小塔より内側、五つある柱塔と言われる建物の内の三番目にあたる。


 敷地の南西部に位置し、最短の入口は十一小塔。クリスの家からの最寄りの小塔は三なので、真逆に位置するといってもいい。その塔は召喚を行う為だけの建物で、地上八階、地下二階の構造だという。


「当日、紬喜には地下一階の召喚の間で魔法を使って欲しいんだ」


 クリスに話を振られ、重い首を縦に動かす。


「普段通り、魔石に浄化の力を籠める感じでやってくれれば良いよ」

「…………それでいいの?」


 クリスの水色の瞳が、硬い表情の自分を映す。目を瞬いて、そして視線を反らせた。私は言わなかったのだ。その日、死ぬつもりでいることを。


「それだけでいいよ…………あの部屋には、魔力を吸い上げる性質の魔道具が使われているんだ。だから、加減に気を付けてね。やり過ぎると、塔自体が崩壊するかもしれない」


 クリスは遠回しに、加減を忘れて死ねと言っているのだろうか。マイナス思考に突っ走った紬喜に、彼の懸念は届かない。


「崩れるって事だね?」

「そうだよ。石の下敷きなってしまうから、加減してね」

「うん…………あの、そこで私、どれくらい魔法を維持すればいいの?」

「聖句を一節唱えるだけでいいよ」


 この方法なら、クリス達の役にも立てて、上手く死ねる。沸き上がる不快感。最高の手立て。押し寄せる吐き気。でも、と言い続けた末路。


 望んだ結果。


 こんな結果を望んだなんて、誰に言い訳をすれば良いのだろうか。途方にくれて、涙も出ない。


「紬喜、大丈夫だよ。僕が君を守るから」


 クリスは困り顔で言った。アルフレートも、道中の心配は無用です、と心強い言葉をくれる。


「ありがとう。私、頑張るよ」


 青ざめたまま、紬喜が微笑んだ。張り付けたような笑みに、アルフレートが拳を握り締める。クリスは、天使の微笑みを崩さない。


 紬喜がそう思うように話した彼は、ここで一つ、策を巡らせた。


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