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「もう少し、もう少し待って下さい」
彼のニコッと笑いに、紬喜は青筋を立てて上体を引いた。スカートから出ていた足を隠そうと体育座りをすれば、不味いことに片足の靴が脱げる。でも結果として、足ごと見えなくなったのだから大丈夫だろう。
「今、コツを掴めそうな…………」
言いかけた紬喜は、アルフレートを見上げて後悔した。飴玉みたいに甘そうな赤い瞳が近付いてきて、手が背中を回って肩を抱く。視線は絡めとられたまま、魔石を握った手に長い指が絡まった。息が出来ない。なぜなら、余りに顔が近いからだ。
「もうお休み下さい。身体に障ります」
うっわぁ、肌綺麗。睫毛長い。弱い光で陰影の濃い顏は、本当に作り物のようだった。あっという間に現実逃避し始めた手から、魔石が奪還される。しかしこれで、アルフレートは片手の余力を得た。その手が紬喜の頬を包む。
「こんなに冷えて。早く部屋にお戻り下さい」
アルフレートさん、ほんと美人だ。
「紬喜様?」
目の前が白銀の髪に変わる。
「聞いていますか?」
吐息と共に、耳の奥に流れ込んだ声。くすぐったいのか、冷や水を浴びたのかは分からない。震えが走った瞬間、紬喜は現実に戻った。何で私はアルフレートさんに抱きつかれているのか。
「あ、アルフレートさん」
「わがままを、言わないで下さい」
「やぁーっ」
耳があって後悔する日が来たぁっ!背中に広がるぞくりとした感覚は、一気に体温を上げる。逃げようにも、退路は一本の腕に絶たれていた。
「聞き分けのない…………」
頬の手が離れ、膝裏に回る。不味い。よく分からないけれど、とても不味い!
「わっ分かりましたっ!」
紬喜は全力でアルフレートを押した。彼は少し身を引いてはくれたが、合ってしまった赤い色がとろりと笑う様を見てしまう。その色気に目眩がした。
「何がお分かりに?」
「女子力…………」
「紬喜様?」
微笑んだ瞳が、そのまま座る。
「部屋に戻りますっ!」
そう言ったのに、身体が浮いた。抱き上げられたのだ。紬喜は無駄な抵抗をして、足をバタつかせた。ぽーん、と空気を読まない布靴が宙に飛んでいく。最悪だ。
アルフレートは嘆息して、手近な箱の上に紬喜を下した。千載一遇のチャンスとしか思えない。紬喜はそのまま、脱兎の如く逃げようとした。しかし、彼は裸足を許しはしない。忽ち身体が宙に浮く。
魔法を使われた!
「アルフレートさん!!」
こうなると、手も足も出ない。クリスみたいに魔導書を使わない彼は、布靴を回収して近付いてきた。女性が足の指を見せるという行為に、特別な意味が…………クリスの警告が甦る。
「戻ります戻ります戻りますから!」
どうにか宥めようと試みた。けれど白い指は足首を回り、漂う紬喜を引き寄せる。靴を履かせてくれるなんて、甘い展開は来なかった。
「えええっ!?」
アルフレートはもう、紬喜を床に下ろすつもりはない。しっかり抱き締めて、彼が猫の時、よくされたように互いの頬をすり寄せた。それが、紬喜の世界の愛情表現だと信じている。それくらい紬喜は、ジジに顔をくっつけてモフモフを堪能していた。明らかに身から出た錆である。アルフレートは、その身体が暖かい事も、柔らかい事も知っている。そして、脆くも儚い人の身である事も。
「こんな薄着で出歩くものではありませんよ。紬喜、聞いていますか?」
耳から脳に侵食する声。低音が一瞬、思考を溶かした。何も考えられずに紬喜は叫ぶ。
「聞いてます聞いてます聞いてますッ!!」
「本当に?分かっていますか?」
「分かりました分かりましたっわぎゃあぁぁっ!!」
途中で頬に落ちた口付け。悲鳴と共に漏れた光の魔力に、アルフレートの手が緩む。紬喜は一目散に逃げ出した…………
「それでアルは、布靴を持ってるわけだ」
「どうしましょう」
「…………しょうがないな、僕がフォローに行けば良いんでしょ。楽しませてもらったしね」
「あの、紬喜様は」
「言っても身に付かないんだよ。寝間着が透けた?」
「…………明日にでも注文を」
「寒くなるしね」
嬢ちゃん、どんな格好してるんだ?
ラルスは思ったが、賢明にも口を挟まなかった。布靴とタオルを手に居間を出て行くクリスに、アルフレートが猫には容赦なく甘えてくれるのに、と一人呟いていた。
「紬喜」
ノックに震え上がり、クリスの声にホッとする。それでも恐る恐る開いた扉から、忘れ物と差し出された靴を見て、紬喜は詰んだ事を悟った。足はいまだに裸足。クリスは躾に厳しい少年で、恩ある家主でスパルタな魔法の先生だ。
「お手数をおかけしました」
思わず敬語で謝ると、クリスは笑いを含んだ吐息を洩らす。
「まず、足を拭こうか」
「…………ハイ」
紬喜はしっかり叱られた。クリスは実に、小姑のようだった。これはこれで、将来が心配かもしれない。そう思ったのがバレたのか、クリスが声音を落とす。
「僕が子どもだと思って気を抜いていると、その内痛い目を見るよ?」
「あー…………私は、ラルスに痛い目を見せたいよ」
何でラルス?
噛み合わない会話に、クリスは重い溜め息を付いた。




