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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と願い
33/63

5-6

「もう少し、もう少し待って下さい」


 彼のニコッと笑いに、紬喜は青筋を立てて上体を引いた。スカートから出ていた足を隠そうと体育座りをすれば、不味いことに片足の靴が脱げる。でも結果として、足ごと見えなくなったのだから大丈夫だろう。


「今、コツを掴めそうな…………」


 言いかけた紬喜は、アルフレートを見上げて後悔した。飴玉みたいに甘そうな赤い瞳が近付いてきて、手が背中を回って肩を抱く。視線は絡めとられたまま、魔石を握った手に長い指が絡まった。息が出来ない。なぜなら、余りに顔が近いからだ。


「もうお休み下さい。身体に障ります」


 うっわぁ、肌綺麗。睫毛長い。弱い光で陰影の濃いかんばせは、本当に作り物のようだった。あっという間に現実逃避し始めた手から、魔石が奪還される。しかしこれで、アルフレートは片手の余力を得た。その手が紬喜の頬を包む。


「こんなに冷えて。早く部屋にお戻り下さい」


 アルフレートさん、ほんと美人だ。


「紬喜様?」


 目の前が白銀の髪に変わる。


「聞いていますか?」


 吐息と共に、耳の奥に流れ込んだ声。くすぐったいのか、冷や水を浴びたのかは分からない。震えが走った瞬間、紬喜は現実に戻った。何で私はアルフレートさんに抱きつかれているのか。


「あ、アルフレートさん」

「わがままを、言わないで下さい」

「やぁーっ」


 耳があって後悔する日が来たぁっ!背中に広がるぞくりとした感覚は、一気に体温を上げる。逃げようにも、退路は一本の腕に絶たれていた。


「聞き分けのない…………」


 頬の手が離れ、膝裏に回る。不味い。よく分からないけれど、とても不味い!


「わっ分かりましたっ!」


 紬喜は全力でアルフレートを押した。彼は少し身を引いてはくれたが、合ってしまった赤い色がとろりと笑う様を見てしまう。その色気に目眩がした。


「何がお分かりに?」

「女子力…………」

「紬喜様?」


 微笑んだ瞳が、そのまま座る。


「部屋に戻りますっ!」


 そう言ったのに、身体が浮いた。抱き上げられたのだ。紬喜は無駄な抵抗をして、足をバタつかせた。ぽーん、と空気を読まない布靴が宙に飛んでいく。最悪だ。


 アルフレートは嘆息して、手近な箱の上に紬喜を下した。千載一遇のチャンスとしか思えない。紬喜はそのまま、脱兎の如く逃げようとした。しかし、彼は裸足を許しはしない。忽ち身体が宙に浮く。


 魔法を使われた!


「アルフレートさん!!」


 こうなると、手も足も出ない。クリスみたいに魔導書を使わない彼は、布靴を回収して近付いてきた。女性が足の指を見せるという行為に、特別な意味が…………クリスの警告が甦る。


「戻ります戻ります戻りますから!」


 どうにか宥めようと試みた。けれど白い指は足首を回り、漂う紬喜を引き寄せる。靴を履かせてくれるなんて、甘い展開は来なかった。


「えええっ!?」


 アルフレートはもう、紬喜を床に下ろすつもりはない。しっかり抱き締めて、彼が猫の時、よくされたように互いの頬をすり寄せた。それが、紬喜の世界の愛情表現だと信じている。それくらい紬喜は、ジジに顔をくっつけてモフモフを堪能していた。明らかに身から出た錆である。アルフレートは、その身体が暖かい事も、柔らかい事も知っている。そして、脆くも儚い人の身である事も。


「こんな薄着で出歩くものではありませんよ。紬喜、聞いていますか?」


 耳から脳に侵食する声。低音が一瞬、思考を溶かした。何も考えられずに紬喜は叫ぶ。


「聞いてます聞いてます聞いてますッ!!」

「本当に?分かっていますか?」

「分かりました分かりましたっわぎゃあぁぁっ!!」


 途中で頬に落ちた口付け。悲鳴と共に漏れた光の魔力に、アルフレートの手が緩む。紬喜は一目散に逃げ出した…………


「それでアルは、布靴を持ってるわけだ」

「どうしましょう」

「…………しょうがないな、僕がフォローに行けば良いんでしょ。楽しませてもらったしね」

「あの、紬喜様は」

「言っても身に付かないんだよ。寝間着が透けた?」

「…………明日にでも注文を」

「寒くなるしね」


 嬢ちゃん、どんな格好してるんだ?


 ラルスは思ったが、賢明にも口を挟まなかった。布靴とタオルを手に居間を出て行くクリスに、アルフレートが猫には容赦なく甘えてくれるのに、と一人呟いていた。


「紬喜」


 ノックに震え上がり、クリスの声にホッとする。それでも恐る恐る開いた扉から、忘れ物と差し出された靴を見て、紬喜は詰んだ事を悟った。足はいまだに裸足。クリスは躾に厳しい少年で、恩ある家主でスパルタな魔法の先生だ。


「お手数をおかけしました」


 思わず敬語で謝ると、クリスは笑いを含んだ吐息を洩らす。


「まず、足を拭こうか」

「…………ハイ」


 紬喜はしっかり叱られた。クリスは実に、小姑(こじゅうと)のようだった。これはこれで、将来が心配かもしれない。そう思ったのがバレたのか、クリスが声音を落とす。


「僕が子どもだと思って気を抜いていると、その内痛い目を見るよ?」

「あー…………私は、ラルスに痛い目を見せたいよ」


 何でラルス?


 噛み合わない会話に、クリスは重い溜め息を付いた。

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