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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と願い
29/63

5-2

「そういう事じゃないよね!?」


 紬喜は、じりじりクリスから距離を取る。


「そういう事じゃないの?」


 クリスは天使の笑顔を浮かべて、首を傾げただけだった。本気じゃ無かったのかもしれない。その様子に、紬喜は冷静になった。彼のジョークは分かりにくい。


「どうして、口付けしか手段が無いのかな?魔力って…………あぁ魔力って確か、勝手に抜き出せるんだよね?」


 ――――幾らでもあるんだよ、対象から魔力を抜く方法は。ラルスはそう言った。そして私は、その方法でそれなりの魔力を抜かれてきた筈だ。クリスは深い溜息を付いている。その方法が嫌なのかもしれないけれど、今日はまだ心の準備が出来ていないのだ。


「分かった…………その方法でも良いよ、今日は」

「い、いいの?」


 クリスの言い方には含みがあったけれど、今日でなければ努力は出来る。


「早い内に君の魔力量を量っておきたいんだ」

「そうなの?」

「そうなんだよ。全体量が分かっていれば…………今後の練習にも役立つしね」


 魔石を紬喜から取り上げたクリスは、それをさっさと箱にしまい魔導書を呼び出した。紬喜が何か言いかけたのを無視して起動させると、すぐさま足元に黄緑の正方形が描かれる。


「復習だよ、紬喜。この展開紋は、なーんだ?」

「えっと…………四角は土だっけ?」

「はずれ。これは――――」


 答えを聞く前に作用が起こる。ふわりと髪を巻き上げて吹いた、風。クリスを中心とした光は正方形から分かれて、くるりと回り八芒星へと変化する。その外側にまた正方形が現れ、それが八芒星に変わり、床は黄緑の光が描く模様で埋め尽くされていく。よく見れば、展開紋の所々に正角暗唱文字があったり、違う図形が増えたり消えたりと刻々と変わっていく様は万華鏡のようだ。感嘆の声を洩らすと、クリスがこれは多重展開している風の魔法だよ、と答えをくれた。


「紬喜、頭をぶつけないようにね」


 そう言われた瞬間、部屋の箱と一緒に体が浮いた。


「わわっ!」


 ふらついて床に手を付くと、その反動であっという間に天井の梁が近くなる。手を付いた筈の床はずっと下で、紬喜は目を瞬いた。


「良い子にしててね?」


 クリスは小さく笑うと、部屋の扉の方に行ってしまう。私、浮いてるんですけど!箱と一緒に!!わたわたと焦っても身体は一向に浮いたまま、その場所で漂うばかりだ。犬かきも平泳ぎも駄目だった。浮いているけど、動けない。


「アルフレート、石筆せきひつ持ってきて!」


 部屋の戸口でクリスが声を上げている。そういう雑さは新鮮だ。諦めて見ていると、アルフレートは直ぐに部屋に現れた。紬喜は慌てて、広がったままのスカートを抑える。もし足が見えてしまっても、不可抗力というものだ。文句はクリスに言って欲しい。


「何故、こんな状況に?」

「紬喜のご指定だよ」


 違うよっ!?私は部屋で風船ごっこがしたいなんて言ってないよぅ…………悔しいので、文句は言わなかった。膨れた紬喜を見て、アルフレートはクリスに視線を向ける。


「仕方ないだろう。魔力吸出の方が良いって言うんだよ、うちの聖女様は」


 アルフレートから白いクレヨンのような物を受け取ったクリスが、床にカリカリと音を立てて文字を書き始めた。アストレブン公用語でも正角暗唱文字でもない。でも読める。とても馴染みのある文章だった。


「クリス、なんで聖句なの?」

「まだ声に出して、読んじゃ駄目だからね」


 床から顔を上げてクリスが言う。それに頷き、紬喜は状況を察した。あれを読むと、魔力が吸われるのではないか――――お祈りの度に、さして動いてもいないのに疲れを感じていた。毎回魔力を抜かれていたのかもしれない。無断で人の物を。本当にこの国は理不尽で身勝手だ。


 先に降ろされた箱から、魔石が床に並べられていく。空中でスカートを抱え体育座りをして眺めていた紬喜は、床に広がる水晶玉の煌めきと、自身の今の状態に宇宙飛行士ってこんな気分なのかな、と早くも現実逃避を始めていた。王城では、一日四回、多いと六回のお祈り時間があった。抜かれて魔道具にされた自身の魔力は、約ひと月分。うんざりしてしまう。


「じゃぁ紬喜、無理だと思ったら部屋から出るんだよ」

「うん」


 聖句の書かれた床の上に降り、両膝を付いて両手を組む。祈りの姿勢をとった紬喜は目を閉じて、渋るアルフレートを引き摺り出したクリスが扉を閉める音を聞いた。ゆっくりと歌うように、信じていもいない神に捧げる祈りの言葉。結局誰にも届きはしなかったのだ。本気で祈っても、初めから届きはしない。その全てが、第二王子の名声に繋がるのだから。神聖なる部分さえ欲望に染めてしまう。


 望みに染まる事は、恐ろしい。


 指先が微かに痺れてきた。この魔法は、王城のように緩やかに抜けていく訳では無かった。もっと明確な意図をもって、確実に身体から抜き出そうとしてくる。耳鳴りがした。でも、まだ、いける。


 唱え終わった聖句を、もう一度詠う。この祈りは届かなくてもいい。クリス達が使ってくれるなら、願ったり叶ったりと言うものだ。せめて、限界まで――――


「紬喜」


 物音に扉を開くと、白い光に包まれた部屋で紬喜が倒れているのが見える。


「アル、急いで追加の魔石!!」


 クリスは指示を出して、すぐさま紫の魔導書を呼び出し展開した。部屋の外側にある五層の風結界は未だ健在だ。だが、その外側に闇の結界を張る。保険を掛けても良いほどに、状況は思わしくない。部屋に配置した魔石に、紬喜から抜け出た魔力が入りきらなかった。溢れた魔力は部屋に充満し、術者の意識が無いせいか奇跡的に何の現象も起こしていない。ラルスとアルフレートが運び込んだ魔石を部屋に押し込む事数回。やっと溢れた魔力は魔石に全て取り込まれ、部屋に足を踏み入れる事が出来た。


「眠っているだけのようです」


 アルフレートの声に、魔石の箱数を思い出していたクリスは頷いた。


「四百か?」

「四百五十だね」


 呆れたようなラルスの声に、クリスは訂正を入れる。


「うちの王族クラスだよ。僅かな闇では、紬喜を穢す事は出来ない」


 蝕む闇に紬喜が飲まれる日は、早々来ない。安堵と共に、これを隠していなかった紬喜が化け物だと言われた事は、仕方が無いと苦笑する。アストレブンの王城付き魔法士長でさえ、八十が限界値。


「こんな予想外が来るとはね」

「家の中でも、魔封じの服着せた方が良いんじゃないか?」

「魔力が漏れるようなら、考えるよ」


 聖女サマ恐ぇ、ラルスが呻く。彼の限界値は多い方だが三百だった。それより少ないアルフレートは、苦笑を浮かべて紬喜を抱き上げる。彼に恐怖は無い。魔力量が多いと予想していた本人は、また、紬喜の属性が無暗に他者の体を傷付けないと知っているのだ。

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