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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と願い
28/63

5-1

「魔法の練習をして欲しいんだ」


 そう言われた紬喜は、ピシッと一瞬で固まった。魔法はトラウマ発生源。逃げる事は出来ないにしても、確実に心の準備が必要だった。


「なんで今から?」

「紬喜も一矢いっし報いたいでしょう。この国に」

「そうだけど、私の魔法って物が壊せるの?」

「物は壊せないよ」


 そう言うクリスは、こっちに来てと紬喜の手を引いた。居間を出て向かった先は、三階。紬喜の部屋の前にある空き部屋だった。一度見たきりだったそこは、何時の間にか運び込まれた箱が山積みにされ、物置に王手をかけていた。


「何、この箱の山…………」


 店舗がやっと、どうにかなりそうだったのに、まさか自室の前がこんなだったとは。流石の紬喜もげんなりする部屋に、クリスはすたすた入って行く。


「紬喜が協力してくれるなら、やって欲しい事があるんだ。魔法で――――」


 手近な箱を開けたクリスは、紬喜来てと手を招く。北側の部屋で、窓も北向き。それだけでも薄暗いのに山積みの箱が明かりを遮り、どこか不気味な雰囲気が漂っている。渋々クリスに近寄ると、その中身が見えた。


「水晶玉?」

「空の魔石だよ」

「これと、魔法と、召喚の塔を吹っ飛ばす関係が見えないんだけど」

「…………うん、紬喜があの塔を破壊したいのは、良く分かったよ。だったら尚更、魔法の練習をしないとね」

「え?」


 箱の中の水晶玉を見て、これが魔石なんだ。という感想しか持つ事が出来ない。クリス達は、召喚を止める為にこの世界に来たと言っていた。魔獣を消し去ってしまう私は、ある意味敵では無いのかと不安もある。正直、クリス達がどうするつもりなのか、聞くのが恐ろしい。聞かなければならないと思いながら、このまま召喚を止めさせるのを手伝って、ついでに私も死ねば万事上手くいくのだ――――


 楽な方に逃げて行く自分に、受け身じゃ駄目だ。そう言い聞かせて。手段は多い方が良い。頑張れ、踏ん張れ、と応援する。もう先の無い未来を歩み始めている。正直つらい。考えただけで泣けてきそうだった。でも。そう思う自分を見捨てる事が出来ない。苦し紛れに袖で顔を擦った。


「紬喜、大丈夫?」

「うん、目にホコリが…………」


 その時のクリスの表情は、見えなかった。彼は何も知らない振りをして、話を進める。


「紬喜は魔力について、どれくらい知ってる?」

「えっと、全然知らない。私の居た世界には、魔法が存在しなかったから」

「じゃあ、ざっと説明するよ」


 クリスが言うには、魔力というのは魂を巡るもの。人で言うなら、血液や呼気にあたるものらしい。私が魔力を上手く認識出来ないのは、召喚により身体が一部再構成された影響だろうと言われた。


 いや、元から分からないんですが。


 内心で頬を引きつらせる。クリス達と共謀する以上、足手まといになるわけにもいかないのだが、幸先が悪い。


「魔法は、魔力を物質に干渉する力に変換する方法でしかないんだよ。つまり、自分の身体を巡ったものが出て行くときに、入った時とは違う方向に変換をかける」


 クリスの説明は、分かりそうで分からない難易度だった。酸素を吸って、吐くときヘリウムにしろって事なの。普通に無理だよ。しかしクリスは止める気がないようで、つらつらと説明を続け、本来は座学が物を言うんだけれど…………と、やっと言葉を切った。


 ホッと一息ついた紬喜に向かって、そんな時間ないから実地で頑張ろうね、といきなり魔導書を呼び出したから大変だ。


「ちょっ、ちょっと待って!実地でって、何するの!?」

「放出かな。魔力の全体量が知りたいし」

「何で魔導書?」

「念のため結界を張るんだよ」

「結界って、あの蔦模様の?」

「…………嫌?」


 今更素直に嫌、とは言い難い。乗り越えようと思ったのは自分だ。しかし突きつけられれば覚悟は恐怖に上書きされる。どうにか突破口を探した紬喜は、幽霊は目に見えないから怖いと思い付く。それと同じで、よく分からないから怖いのかもしれない、と仮説を立ててみた。ともかく、またあの蔦模様を見てトラウマに降臨されるのは困る。二度目は驚いて腰を抜かした、とは言えないだろう。そんな事を言ったら、もう魔法は教えてもらえないかもしれない。


「あの、何で蔦模様なの、それ?」

「あぁー」


 クリスはまずそこだったね、と別の箱から紙とペンを持ち出して絵を描き始めた。放置された魔導書はみるみる影を薄くして消えていく。今更ながら不気味な本だ。紬喜は引きつりっぱなしの顔で見なかった事にすると、クリスの絵を覗き込む。隣り合った二本の木のようだが、根は絡み合っているのに、幹には葉も枝も無い。


「これは?」

「魔力属性を絵にすると、こんな感じになるんだ。木は上位属性の闇と光を表して、根は下位属性の風、水、火、土を表しているんだよ」

「私にも下位属性が使えるの?」

「紬喜は光属性のみだから、この木の幹だけって事だよ」

「じゃあ、クリス達は?」

「僕らは、闇の木一本ってところかな。ちなみに、この世界の人間は、闇の木の根だけだよ」


 本格的に魔法を習うなら、どうにかトラウマにケリをつけたい。紬喜はふと、別の事を考えた。例えば気分転換とか――――


「…………髪切ろうかな」

「だめ」

「えぇ?」


 何でそこに話が逸れたのか。クリスは思いながらも説明をする。


「ある程度まで伸びたら止まるから、切っちゃ駄目だよ」

「そ、そうなの?」

「紬喜は半分人では無いんだよ。ちょっとは自覚して?その髪は、僕らと同じで定められた姿に近づくまで伸びると思うよ」

「クリス達は、好きな姿になれる訳じゃ無かったの?」

「ふふ、どうしてそう思ったの?定められた姿があって、それ以外の姿にはなれないよ」

「でも魔力体なんだよね?」

「うん…………何が気になるの?」


 生まれた時ってどうなっているのか、流石にクリスに聞いてはいけない気がした。というかその話だと、クリスはずっとこのままなのだろうか。大人になれない?ちびっこのままなのか。


「クリス、牛乳飲んだらいいよ」


 希望を持って、と思いを込めて言うと、クリスは苦笑を浮かべて蔦模様の話に路線を修正した。やっぱり身長の事を気にしているのかもしれない。男の子だもんね…………大きくなりたいよね。


「紬喜、聞いてる?」

「うんうん、属性によって柄が違うんだね」

「じゃあこれ持って」


 渡されたのは水晶玉だった。これで占いでもするとなれば、ある意味魔法よりも出来る可能性が低い。


「えーと?」

「これはね、今は透明だけれど、この中に魔力を込めると…………」


 そう言ってクリスが触れた水晶玉は、紬喜の手の中で淡い紫色に変化した。ガクンと急激に重くなり、取り落としそうになる。魔力って重いの!?


「紬喜は初心者だから、口付けてね」

「は?」


 壁チューの悲劇を、クリスはあっさり掘り起こした。呆然とする紬喜の手から片手で魔石を取り上げ、金の睫毛をふせると躊躇いもなく口付けてみせる。石は一瞬で色を失い、透明に戻った。


「はい。お手本はこれで良い?」


 水晶玉を手渡された紬喜は、それとクリスを見比べた。


「えーと」

「やってみて?」

「クリス…………」


 顔が強張るのが分かった。異世界魔法の口付け率が半端ない。クリスと間接キスは気にならないけれど、彼の前でそれをするのは、妙に恥ずかしい。


「…………なんで、そんなに嫌なの?物とが駄目なら、僕としてみる?」

「はぃ!?」


 落としそうになった魔石をひっつかみ、点になった目をクリスに向ける。彼はませている。深刻にませている!物が駄目なら僕って、どういう選択肢なのか。全然目的と関係ない気がする。ラルスだな、あの頓珍漢!クリスになんて事を教えたのか!!


 紬喜は拳を震わせた。

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