5-1
「魔法の練習をして欲しいんだ」
そう言われた紬喜は、ピシッと一瞬で固まった。魔法はトラウマ発生源。逃げる事は出来ないにしても、確実に心の準備が必要だった。
「なんで今から?」
「紬喜も一矢報いたいでしょう。この国に」
「そうだけど、私の魔法って物が壊せるの?」
「物は壊せないよ」
そう言うクリスは、こっちに来てと紬喜の手を引いた。居間を出て向かった先は、三階。紬喜の部屋の前にある空き部屋だった。一度見たきりだったそこは、何時の間にか運び込まれた箱が山積みにされ、物置に王手をかけていた。
「何、この箱の山…………」
店舗がやっと、どうにかなりそうだったのに、まさか自室の前がこんなだったとは。流石の紬喜もげんなりする部屋に、クリスはすたすた入って行く。
「紬喜が協力してくれるなら、やって欲しい事があるんだ。魔法で――――」
手近な箱を開けたクリスは、紬喜来てと手を招く。北側の部屋で、窓も北向き。それだけでも薄暗いのに山積みの箱が明かりを遮り、どこか不気味な雰囲気が漂っている。渋々クリスに近寄ると、その中身が見えた。
「水晶玉?」
「空の魔石だよ」
「これと、魔法と、召喚の塔を吹っ飛ばす関係が見えないんだけど」
「…………うん、紬喜があの塔を破壊したいのは、良く分かったよ。だったら尚更、魔法の練習をしないとね」
「え?」
箱の中の水晶玉を見て、これが魔石なんだ。という感想しか持つ事が出来ない。クリス達は、召喚を止める為にこの世界に来たと言っていた。魔獣を消し去ってしまう私は、ある意味敵では無いのかと不安もある。正直、クリス達がどうするつもりなのか、聞くのが恐ろしい。聞かなければならないと思いながら、このまま召喚を止めさせるのを手伝って、ついでに私も死ねば万事上手くいくのだ――――
楽な方に逃げて行く自分に、受け身じゃ駄目だ。そう言い聞かせて。手段は多い方が良い。頑張れ、踏ん張れ、と応援する。もう先の無い未来を歩み始めている。正直つらい。考えただけで泣けてきそうだった。でも。そう思う自分を見捨てる事が出来ない。苦し紛れに袖で顔を擦った。
「紬喜、大丈夫?」
「うん、目にホコリが…………」
その時のクリスの表情は、見えなかった。彼は何も知らない振りをして、話を進める。
「紬喜は魔力について、どれくらい知ってる?」
「えっと、全然知らない。私の居た世界には、魔法が存在しなかったから」
「じゃあ、ざっと説明するよ」
クリスが言うには、魔力というのは魂を巡るもの。人で言うなら、血液や呼気にあたるものらしい。私が魔力を上手く認識出来ないのは、召喚により身体が一部再構成された影響だろうと言われた。
いや、元から分からないんですが。
内心で頬を引きつらせる。クリス達と共謀する以上、足手まといになるわけにもいかないのだが、幸先が悪い。
「魔法は、魔力を物質に干渉する力に変換する方法でしかないんだよ。つまり、自分の身体を巡ったものが出て行くときに、入った時とは違う方向に変換をかける」
クリスの説明は、分かりそうで分からない難易度だった。酸素を吸って、吐くときヘリウムにしろって事なの。普通に無理だよ。しかしクリスは止める気がないようで、つらつらと説明を続け、本来は座学が物を言うんだけれど…………と、やっと言葉を切った。
ホッと一息ついた紬喜に向かって、そんな時間ないから実地で頑張ろうね、といきなり魔導書を呼び出したから大変だ。
「ちょっ、ちょっと待って!実地でって、何するの!?」
「放出かな。魔力の全体量が知りたいし」
「何で魔導書?」
「念のため結界を張るんだよ」
「結界って、あの蔦模様の?」
「…………嫌?」
今更素直に嫌、とは言い難い。乗り越えようと思ったのは自分だ。しかし突きつけられれば覚悟は恐怖に上書きされる。どうにか突破口を探した紬喜は、幽霊は目に見えないから怖いと思い付く。それと同じで、よく分からないから怖いのかもしれない、と仮説を立ててみた。ともかく、またあの蔦模様を見てトラウマに降臨されるのは困る。二度目は驚いて腰を抜かした、とは言えないだろう。そんな事を言ったら、もう魔法は教えてもらえないかもしれない。
「あの、何で蔦模様なの、それ?」
「あぁー」
クリスはまずそこだったね、と別の箱から紙とペンを持ち出して絵を描き始めた。放置された魔導書はみるみる影を薄くして消えていく。今更ながら不気味な本だ。紬喜は引きつりっぱなしの顔で見なかった事にすると、クリスの絵を覗き込む。隣り合った二本の木のようだが、根は絡み合っているのに、幹には葉も枝も無い。
「これは?」
「魔力属性を絵にすると、こんな感じになるんだ。木は上位属性の闇と光を表して、根は下位属性の風、水、火、土を表しているんだよ」
「私にも下位属性が使えるの?」
「紬喜は光属性のみだから、この木の幹だけって事だよ」
「じゃあ、クリス達は?」
「僕らは、闇の木一本ってところかな。ちなみに、この世界の人間は、闇の木の根だけだよ」
本格的に魔法を習うなら、どうにかトラウマにケリをつけたい。紬喜はふと、別の事を考えた。例えば気分転換とか――――
「…………髪切ろうかな」
「だめ」
「えぇ?」
何でそこに話が逸れたのか。クリスは思いながらも説明をする。
「ある程度まで伸びたら止まるから、切っちゃ駄目だよ」
「そ、そうなの?」
「紬喜は半分人では無いんだよ。ちょっとは自覚して?その髪は、僕らと同じで定められた姿に近づくまで伸びると思うよ」
「クリス達は、好きな姿になれる訳じゃ無かったの?」
「ふふ、どうしてそう思ったの?定められた姿があって、それ以外の姿にはなれないよ」
「でも魔力体なんだよね?」
「うん…………何が気になるの?」
生まれた時ってどうなっているのか、流石にクリスに聞いてはいけない気がした。というかその話だと、クリスはずっとこのままなのだろうか。大人になれない?ちびっこのままなのか。
「クリス、牛乳飲んだらいいよ」
希望を持って、と思いを込めて言うと、クリスは苦笑を浮かべて蔦模様の話に路線を修正した。やっぱり身長の事を気にしているのかもしれない。男の子だもんね…………大きくなりたいよね。
「紬喜、聞いてる?」
「うんうん、属性によって柄が違うんだね」
「じゃあこれ持って」
渡されたのは水晶玉だった。これで占いでもするとなれば、ある意味魔法よりも出来る可能性が低い。
「えーと?」
「これはね、今は透明だけれど、この中に魔力を込めると…………」
そう言ってクリスが触れた水晶玉は、紬喜の手の中で淡い紫色に変化した。ガクンと急激に重くなり、取り落としそうになる。魔力って重いの!?
「紬喜は初心者だから、口付けてね」
「は?」
壁チューの悲劇を、クリスはあっさり掘り起こした。呆然とする紬喜の手から片手で魔石を取り上げ、金の睫毛をふせると躊躇いもなく口付けてみせる。石は一瞬で色を失い、透明に戻った。
「はい。お手本はこれで良い?」
水晶玉を手渡された紬喜は、それとクリスを見比べた。
「えーと」
「やってみて?」
「クリス…………」
顔が強張るのが分かった。異世界魔法の口付け率が半端ない。クリスと間接キスは気にならないけれど、彼の前でそれをするのは、妙に恥ずかしい。
「…………なんで、そんなに嫌なの?物とが駄目なら、僕としてみる?」
「はぃ!?」
落としそうになった魔石をひっつかみ、点になった目をクリスに向ける。彼はませている。深刻にませている!物が駄目なら僕って、どういう選択肢なのか。全然目的と関係ない気がする。ラルスだな、あの頓珍漢!クリスになんて事を教えたのか!!
紬喜は拳を震わせた。




