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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と闇色の涙
26/63

4-6

「この際だから、僕らも隠し事は止めるよ」


 そう言ったクリスは、至って普段通りの穏やかな笑みと声音で語りだした。


「僕達は、こことは違う異世界から来たんだ。魔獣の召喚を止めさせる為にね」

「え…………?」


 運命の翌日。深く眠ってスッキリした頭は、早まったのではないかと元気に弱音を訴える。それに自分でイライラしながら、呆気ないほど普段通りの朝食が終わって、花茶の香りが漂う頃。アルフレートが紬喜を居間に誘った。


 緊張して、指先が冷たい。


 悪い話が始まるわけでは無いと分かっているのに、珍しく対面に座るクリスの存在に、拒絶を感じてしまう。不安げな紬喜の前で、二人の青年を左右に立たせたクリスは、少しだけ水色の視線を和らげた。


「でも紬喜。早まってはいけないよ――――あの塔を破壊しただけでは、召喚を阻止する事は出来ないんだ」

「えっ!?」


 目を見開く。諸悪の根源は、あの塔では無いと。だったら、命を懸けて破壊しても意味が無くなってしまう。クリスは、急いだ私を止めようと話しているのだ。


 魔獣の召喚阻止という目的は同じ。


 幸い同じだ。


「僕らのさがはね、人型を二次とする魔力体なんだ。一次体は四足の獣を模す者が多い。紬喜も見ただろう、召喚された魔獣達を」

「うん…………ええと…………クリス達は、召喚魔獣の居た世界から来たんだよね?」

「そうだよ。彼らとて、元は人の姿と知性を持った存在だった」


 召喚され、召喚され、回を重ねるごとに歪められ、今や知性さえ持たない獣にさせられて。苦しむ同胞を助ける為に、手を尽くした。けれど――――召喚された彼らは、もう元には戻らない。二つの世界を跨いで、存在できないからだ。


「クリス達は、人間にしか見えないね…………」


 紬喜は立ち上がると、クリスに近づいた。


「人型って言ったでしょう?」


 クリスも立ち上がって、二人は向かい合う。


「…………何で、わざわざ二つの姿を持っているの?」

「ん?」

「体が二個あるって事だよね?お風呂とか大変そう…………やっぱり、どっちも洗うの?」


 クリスは困ったように小さく笑った。


「そう来るか。やっぱり紬喜って、変だよね」

「えっ!?」

「確かに、汚れれば洗った方が早いよ。でもね、そもそも僕らは魔力体。物質に干渉する身体自体が、云わば服のようなものって言えば分かる?」

「ん…………ちょっと待って?」


 本来の姿だと、物に触れない?ふと、ホラー映画が頭をよぎる。なんかそれって幽霊みたい…………凄く怖い気がする!


「あの、その言い方だと本来は目に見えない存在っ、て事じゃないよね?」


 ごくりと唾を飲んで言った言葉。しかしクリスは、紬喜には見えないかもね、とあっさり頷いた。


「ええぇぇぇっ!?」


 やっと驚きの声を上げた紬喜に、ラルスは何とも言えない顔をする。大分話を反らされたのは、よくある事だ。隣のアルフレートからも、呆れが滲み出ている。魔獣の居る世界から来た。召喚を阻止する。人ではない。驚くところは他にもある筈だ。目に見えないなんて、元から魔力の見えない人では当然の話。クリスもやや脱力気味で微笑んでいる。


「あぁ、でも大丈夫だよ。この世界で、僕らが本体を晒すなんて真似は出来ないから」

「…………あの、聞いて良いかな?」


 これだけは聞かねばならない。紬喜は、幽霊と暮らすのは流石に怖かった。異世界の人間より、断然怖い。


「クリス達は、その、生きてるんだよね?」

「…………死んでるように、見えるの?」

「ち、違うよ!?」


 思わず掴んだ細い肩。見下ろす瞳は何処までも澄んだ水色で、瞬きをした少年は眉を寄せて首を傾げた。絶対に幽霊では無い筈だ。実は私にだけ見えていて、ずっと此処で一人生活していたとか、そんなホラーは無い筈だ。


「もしかして僕の事、おばけ、だと思ったの?」


 少年にお化けが怖いのか。そう遠回し聞かれた紬喜は、居た堪れない境地に陥った。問答無用でがばっとクリスを抱きしめて、腕の中の頭に頬を寄せる。ほのかに感じる体温に、安堵と共に脱力した。この感触が偽物の筈がない。あぁ、びっくりした…………


「紬喜」


 僅かに頭を引いたクリスは、呆れを隠そうともせずに言う。


「人では無くとも、僕が男という事に変わり無いからね?」


 聞き慣れたお小言に、小さく笑みが零れる。紬喜に反省の色は皆無だが、今日ばかりはクリスも諦めて、その手を少女の背に回した。


「最初から、異世界仲間だったんだね」


 誰ともなく言う紬喜の腕の中で、クリスは小さく呟いた。


「…………もっと、怖がるかと思った」

「幽霊ですって言ったら、絶叫したと思うよ?」


 死者の霊魂が怖いなんて、クリスには不思議でしかない。何故なら彼の国で、死は音楽の始まりであり、女神に侍る事が許される栄誉だからだ。


「紬喜、もう放して?」


 クリスは、自身が何を恐れていたのだろうか、と自問する。この脆くか弱い上に無防備な少女に、人外と恐れられる事か…………違う。僕にはまだ、言えない事がある。それを今から恐れている。


「紬喜様、お座りになって下さい」


 アルフレートがソファーを指す。解かれた紬喜の手を引いて、クリスはそっと目を伏せた。かつては、煩わしいばかりだった。真綿で包むように大切にされる日々。憂鬱で賑やかで、何故、自分ばかりがこんな目に合っているのかと他の兄弟を羨んだ。


 それが突然無くなって、初めて気付いた。


 どれだけ愛されていたのか、という事を。


 クリスは、目の前で三人の娘が召喚されるのを許してしまった。取り戻せない過去。賑やかで世話焼きな見習い侍女候補達は、こぞってクリスに群がった。彼女らは魔豹の一族。本家の姫を筆頭に異界に連れ去られており、その保護の目的もあってクリスの預かりとなったのだ。静かな生活は一変し、まとわりつくような娘達に辟易していたある日、三人は消えた。


 出来た事といえば、その魔力の痕跡を辿って問題の異界を特定する事。其処への転移陣を組む事だけだった。


 初めは復讐に燃えた。使役どころか、切り刻まれる為に呼ばれた少女達。せめて仇を取ってやりたかった。けれど誰も救われないのだ。どんなにその世界の人間を殺そうと、気が晴れる日は来なかった。


 血で血を洗って綺麗になるか。そんな筈無いだろう――――


 自分は何がしたいのか、自問自答を繰り返して辿り着いた答え。彼女たちが死した地を、怨恨でこれ以上穢せない。この世界は、言わば墓場だ。


「生きている僕らに出来るのは、安らかな眠りを守る事だけだった」


 近くて遠い日の話。


「仇をとった礼じゃなく…………二度とそんな事が起こらなくなった事に喜こんでほしい。僕は彼女達が、死してなお怒りに囚われているなんて思わないから」


 そう言うクリスは優しいと思う。だから、私を助けてくれたのかもしれない。紬喜はそっと、クリスの髪に触れた。ふわりとした淡い金の髪。子どもの褒め方は、末っ子だったからあまり知らない。今の話を聞いて、誉めて良いのかも分からない。けれど、クリスは一人じゃなくて、アルフレートさんやラルスに大切にされていて、私も――――


「クリス、必ず召喚を止めさせよう!」

「ありがとう、紬喜。僕達に協力してくれる?」

「もちろんだよ!!」


 選んだ未来に悔いはない。例えその先に、自分の居場所が無いとしても。

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