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このままにはしておけない。紬喜は知った。目を逸らしていた現実を。待っていたら、誰かがやってくれるのか。
そんな事無い。甘えるな。
自分を叱咤し、掲げた理想。それは高過ぎるけれど、そんな事は百も承知。どうせ私は、目の前に万引き犯が居たら、そっと店員に告げ口するくらいには野次馬だ。でも此処には、店員というワンクッションは居ない。なら目を瞑るのか。そんなの無理に決まっている。私がやろうとしなければ、誰がやるのか。誰もやらなかったから、召喚は成されてしまった。
私が止めなければ、今度は一気に三人の聖女が召喚されてしまう。しかも、絶対服従の枷付だ。
そんな状態で召喚されたら、どう思うか。枷が無くても大変だった聖女業。枷付でそれに追い込んだ私は、同年代の少女達に死しても恨まれるし憎まれるに違いない。
大体、何で私が生贄になってやらねばならないのか。
気に入らない。
革命を起こす力なんて無いけれど、私には魔法がある。化け物と言われるくらいには、強力な――――今は上手く使えない。でも、尻込みしている場合ではもはや無い。
無知は罪で、選択肢を狭めるだけなのだ。受け身になったら、駄目。逃げて行こうとする自分を捕まえて、紬喜は顔を歪ませた。
目を背けていたこの世界の今は、決して優しくなんかない。討伐される魔獣の姿。トラウマを呼び起こす蔦模様の魔法。私が素材になって行われる召喚。槍を携え追って来る神殿兵。
王位欲しさの、聖女召喚。
聖女がこれでは、魔獣の召喚も似たような理由かもしれない。
本当に、ろくなものじゃない。
私が自分の人権を尊重するように、彼らだって…………獣の姿だって、叫んでもいい筈だ。本来持っていた、当たり前の権利。勝手に連れて来てそれを奪うのは、許せない。彼らが叫べないのなら、代わりに誰かが叫ばねばならない。何もしなければ、状況は変わらないのだ。
幸いな事と言えば、クリス達はこの国の方針が気に入らない様子だった事だろう。あの話しぶりからして、魔獣達の開放について、何か知っているのかもしれない。
私のツテは、現実問題クリス達だけだ。聖女と知って匿っている彼らが、敵の可能性は低い。
まず、召喚を止めさせる。そして、出来たら枷の付いた魔獣達を開放する。
その先に何が待つのか。
何も考える必要などない。私はこの連鎖を止める。そして未来の召喚を阻止す為に、死ななければならないのだ。この身が素材にされないように。
「あぁ、なんて酷い世界なんだろう」
聖女に滅びを望まれるのだ。この国は祝福なんてされない。私を召喚した事を悔やむといい。
涙が頬を滑っていく。
脳裏で父が、困ったように笑った。片親で苦労をかけるね、そんな言葉を聞きたくて言った訳では無かったのに。父さんの自慢の娘で居たかったから、私は女らしくあろうと頑張ってきた。兄と二人で、母さんの分まで父さんを幸せにしようと誓って。笑い合って。私は愛されてここまで育ててもらった一人の人間だ。死ぬのは怖いし、誰かを傷つけるのだって怖い。
でもね、父さん。本当は私、全然ダメなんだ。女の子らしく無いのは、片親のせいじゃない。生まれつき似たんだ。一人でも頑張って、全力で大切にしてくれる父さんに。それがとても嬉しいよ。
この体、この命一つでやれる事があるなら…………
理不尽な世界に呼ばれた私が選べるのなら――――一方的な正義を振りかざしてでも、地球の家族を、皆を守ってみせる。
何時もよりも静かな夕食の席で、今しか無いと紬喜は思った。クリスは何と言うか分からない。けれど、もう何もしなかったと悔やみたくはない。何も出来ないなんて思わない。私はまだ、五体満足で生きている。
「ねぇ、クリス。この後少し、時間を貰ってもいいかな?」
「…………いいよ」
どこか覚悟していたような表情で、クリスは水色の瞳を陰らせた。ごめんね、と紬喜は思う。この世界の人間ではない私は、結局、この世界を大切には出来ないのだ。クリスに迷惑をかけたくない。助けてくれた恩を返したい。どれも出来ないかもしれない。
それでも私は、もう止まらない。
魔獣達の枷を開放して王城を攻めさせる。又は、聖女の力が欲しければ言う事を聞けと脅迫する。それが実行可能な事なのか。居間のソファーへ連れて行こうとしていたクリスは、そう話し始めた紬喜にとうとう溜息を溢した。
「力で捩じ伏せても、根本的な解決にはならないよ」
彼は冷静だった。紬喜は深く息を吸い込み、クリスを見詰める。召喚に詳しく、紬喜を匿ってなお、行動を起こさない少年。何がしたいのか、その意図は未だに掴めないけれど――――
「分かってる。クリス達に迷惑かける事もあるかもしれないし、現在進行形でかけてるかもしれないけど…………守れる範囲で守るから。私は、私みたいな犠牲者を出したくないし、もう終わりにしたい」
迷惑はかけないと宣言して、自分の居場所を守る私は狡いのかもしれない。でも、巻き込みたくないのは本当だ。
「こんな事、許していいはずがないよ」
紬喜は、訴えるしかなかった。知識だったらクリスの方が上だろう。その彼が、行動を起こせない何かがあったとしても。私はもう待ったりはしない。今度止まってしまったら、きっと怖くて何も出来ないから。本当は臆病で、小心者だ。それでも。
「魔獣と共存できないくせに、好きなだけ呼び出して、要らなくなれば殺して」
自分も辿る筈だった運命。命を弄び、弄んだそれが命だとすら思えないのなら。
「この世界から、召喚魔法は消えるべきだよ。そうでしょう?」
持ってはいけない力だったのではないか――――少なくとも紬喜は、持たせてはおけないと思う。
「僕を、焚き付けるつもりなの?」
「いいえ!」
紬喜はしっかり否定を返した。やや驚いているクリスに、にっこり笑いかける。これは、私がしなければいけない事だ。もはやその為に、召喚されたと思ってもいい。でも出来たらサポートは欲しいのだ。特に、知識面でのハンデが大きすぎる。地球からの召喚は、自分の命一つで封じる事が出来る。でも、魔獣達をそのままには出来ない。最善策として――――
「私は王城に乗り込んで、召喚の塔を吹っ飛ばしてきます!!」
形振り構わず出来る事といえば、それくらいしかない。爆弾を作る知識は無いけれど、この世界には小麦粉がある。粉塵爆発なら私にも出来るかもしれない…………何キロ必要かすら知らないけれど。希望は持とう。やれる事は全部やる。
「…………紬喜、君の言いたい事は良く分かったよ」
クリスは静かに席を立つと、椅子を引いて座るように促した。
「僕らほど、君の力になれる存在は居ないと思うけれど…………此方にも色々あるから、続きは明日でいいかな?」
「クリス!」
「だめ。続きは明日だよ、ほら座って?」
クリスは天使のように微笑んだ。絶対にいい返事が貰えそうなのに、明日まで待つの?困った紬喜の手を引いて、クリスが椅子に誘う。
「では、白花茶など如何ですか?」
「今日は、酒だろう!」
一気に部屋の空気が緩み、ラルスが酒だと盛り上がる。紬喜は申し訳なさそうに言った。
「あの私、未成年なので、お茶で…………」
悪いけど、そんな気分じゃないし、晩酌にはまだ早いのだ。兄がなっているのを見た、二日酔いも怖い。トイレとなんて、仲良くなりたくはない。だってここは、ボットンだ。
「紬喜、未成年なの?」
「私の国では、二十で成人。まだ二年早いんだよ」
「という事は、今…………」
『…………十八歳』
何故か三人の声がハモった。紬喜はムッとして、何ですかそのびっくりした顔は、と叫んだ。納得できない。上に見られたのか下に見られたのか、大学生になると言ってあったのに。大学の無い世界の彼らは、そこから年齢を推測する事が出来なかったのだ。
言い切った。スッキリした。
そして紬喜は、久しぶりに深く眠りに落ちていく。欲しいのは知識や支援。召喚の大元を絶つまでに必要な期間、ここに居させて欲しい。クリスは色好い返事をくれそうだった。確信できるから、もう何も心配はない。
私がクリスに言わなかった事は、一つだけ。禍根を絶つため、欠片も残さず死なないといけないのだ。出来たら痛みもなく、一瞬で蒸発できるものがいい…………そんな火力、この世界にあるのだろうか。
自分をどうにかする方が、難しい。ただの自殺では、意味を成さないのだ。一度も望んだ事のない自死。
それは魔法よりも遥かに、現実味の無いものだった。




