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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と闇色の涙
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4-3

「窮屈だろうけれど、暫く外出を禁止させてもらうよ」


 クリスの言葉に、紬喜はこくりと頷いた。間近に見た魔獣。聖女に縋る人々。そこには、魔獣と聖女の都合など関係の無い世界が広がっていた。


「クリスファルト様、ではあの噂は」

「うん。本当では無いだろうけれど、警戒は強めたい」

「うわさ?」


 言い淀むアルフレートに替わり、クリスが紬喜と名を呼んだ。淡い金の髪が縁取る、丸みの残る端正な顔立ち。何時に無く真剣な水色の瞳と目が合って、視線が逸らせない。


「新たな聖女が召喚されるらしい」

「っそんな、だって!!」


 私がここに居るのに――――


 ザッと血の気が下がる。みるみる青褪めた紬喜に、見詰めるクリスは不可能だと冷静に告げた。


「君を召喚した時点で、同様の召喚をするのは不可能だ」

「不可能…………ほんとに?」

「初期召喚は成された。君無くして、同じ異界から生物を召喚する事は出来ない」

「どういう、こと?」


 クリスが目線を逸らす。正面に座るアルフレートが、お聞かせするのですか、と表情を曇らせた。ラルスは知らない方が良い事もあるぞ、と珍しく心配そうな顔をする。


 紬喜は、彼らがどういった理由で自分を匿ったのか聞かなかった。彼らもそれを言わなかった。今その関係が崩れようとしている。


「クリス、教えて」

「紬喜――――君には聞く権利があると思う。けれど僕は、君をあまり泣かせたくないんだ」


 今まで、普通の暮らしを提供してくれたクリス。


 王城から逃走できたのも、彼の猫のお陰。何の見返りも求められない優しさは、不気味だとどこかで思っていた。そして紬喜は、出来たらこの恩を返したいとも思う。


「教えて…………私ね、どうしても次の聖女を召喚させたくない」

「…………そうだよね」


 クリスは、手を出すように言った。握られる右手。紬喜より小さな左手は、少し冷たい。


「供物召喚によって呼ばれた君は、体の半分が、本来の君とは異なるもので再構成されている」


 衝撃的な内容に、手に力が入る。クリスの右手が重なった。少年に何時もの笑みは無く、澄んだ泉の様な水色の瞳が、伺うように下から見詰める。


「そして召喚に成功したため、それら供物は王城から消滅した――――けれど、物質として残っていないだけで、存在はしているんだ――――君の中にね」

「ど…………どういうこと?」

「紬喜の体の半分は、召喚に使われた供物…………例えば、魔力の籠った物や君の世界の人や物の一部なんだよ」

「っ!!」


 人や物の一部って何?死体の一部って事!?まって、まって。だって、私は初めての召喚成功例のはず。


「落ち着け」


 ラルスの声に、いつの間にか伏せていた顔を上げる。硬い表情の中にある鋭い金の目に、紬喜は自分から聞き出した事を思い出す。深く息を吸い、どうにか笑顔を浮かべた。ゆっくりクリスに問いかける。


「私は、初めて召喚されたんじゃないの?」

「紬喜は初めて、生きたまま召喚された。君が初期召喚の個体という事は間違いないよ」


 焦っちゃ駄目だ。クリスが話してくれる機会は、きっと多くない。


「それで、召喚が不可能なのは、供物が無くなったからなの?」

「…………そうだよ。この世界で、君の世界と繋がる道が開けるのは、もはや君だけだ」

「私が供物になった場合は、どうなるの?」

「…………それも聞きたいの?」


 クリスは笑みを浮かべたが、その目は厳しいままだった。知る必要がある。紬喜は覚悟を決めてクリスを見返した。私の考えは、恐らく合っている――――この身に起こったであろう未来は、召喚魔獣達が辿っただろう過程なのだ。


「供物になった場合、人間の君は命を失うだろう」


 クリスは渋々語りだした。その身を三等分くらいにして、二次召喚を行えば、一気に三人の聖女が呼べる上、能力は君の三分の一。扱いやすく、全てこちらの魔力で再構成された体には、枷が付いている。まず逆らうことが出来ないし、もとの世界にも帰れない。


 更に三等分して、三次召喚も出来る。まぁ、ここまで行くと意思は曖昧になるだろうけれど、元の世界からは居なくなる。召喚だからね、世界を跨いで二人存在する事は出来ない。連れて帰っても元には戻らないし、枷を付けた召喚士からあまり離れると、苦しんで死んでしまうんだ。身体と性別は紬喜からすべて引き継がれるから、呼ばれてくるのは全て少女、という事は確かだよ。


 紬喜は、急速に心が冷えていくのを感じた。理不尽とかそんな怒りの次元を超えて、妙に笑える。


「そう、なんだ」


 心を失い残った体。人形の様な人。それは王城で、紬喜に求められた事だった。話さず、機械的に同じ食事を食べ、決められた時間に眠り。


 あぁ、こんな世界、滅んじゃえば良いのに――――


 深い影が紬喜の中に広がった。


 何故私が呼ばれたのか。


 聖女なんて柄じゃない。それでも、どうにか上手く生きていこうと猫を被って。誰かを助けていると言いながら、魔獣を浄化と言いって殺して。なら、この連鎖を止めてやればいい。


 その方法は、一つしか分からない。私が次の召喚の生贄にならなければ良いのだ。でもそれだけだと、魔獣達は救われない。彼らをどうにかしなければ、この世界の召喚士達は、また別の異世界から聖女を呼び寄せるだろう。


「ねぇ、ラルス」


 何時になく沈んだ声の紬喜が、部屋の戸口に立っていた。クリスからえぐい話を聞いたばかりだ。仕方ない。流石にラルスも不憫に思った。


「元気ねぇな」

「あのさ、ラルスが魔獣に詳しいって聞いて…………」


 ラルスは長椅子から身を起こし、面倒事の臭いに苦笑した。紬喜がこうしてやって来る時は、大抵、二階の二人に答えを貰えなかった時だった。


 しかし、魔獣に詳しい、か――――


「何を聞きたいんだ?」

「…………魔獣は、もともとこの世界に居なかったって、本当?」

「ああ」

「じゃぁ、どうして…………今は、こんなに居るの?」

「こっちの人間が召喚して、増やしたから、だな」


 その増やし方も、最初の頃は非常にえげつないものだった。とても紬喜には語れないと、ラルスは言葉を飲み込む。


「彼らも…………私みたいに増やせるんだね?」


 息を飲んだ。紬喜は、目を見開くラルスにその答えを知る。聖女も増やせるのだから、魔獣だって増やせるに違いない。そして、増えすぎたら討伐されるのだ。


 あぁ、なんて酷い世界なんだろう。


「魔獣達、可愛そうだね」


 泣きそうな顔で紬喜が笑う。ラルスはもはや、何も言えなくなっていた。


「勝手に呼ばれて、良い様に使われて、用が済めば殺されるんだ」


 可哀想に。誰にも守ってもらえなくて。紬喜の呟きに、ラルスは眉を寄せた。可哀想で済むレベルでは無かった。


 最初の頃の魔獣達は、量産する為に切り刻まれ、その肉によって身内を召喚された。生命力の高い魔獣は、人の手では殺せなかったのだ。生きたまま肉を切られ、同族を呼ぶ糧とされて、絶望し、狂い、身内によって殺された。枷がある。命令には逆らえない。


 自由が利くのは、初期召喚された個体のみ――――今は紬喜だけだ。


「どうしたら守れるんだろう」


 ラルスありがとう、と紬喜がふらりと部屋から出て行った。その背を見送りながら、ラスルは呆然とする。守るって、魔獣を?自分の身すら守れない、か弱い人間の少女が、魔獣を守るって、そう言ったのか?


 人間が魔獣を守りたいと――――


 そんな事を言い出す彼女は、確かにこの世界の人間では無い。ラルスはとうとう、そう思った。


 あのアルフレートが気に入っていて、クリスファルト様にも気にかけられている少女。召喚成功の一報の後、すぐに殺されるだろうと、感慨も無く思っていた。初期召喚だ。危険でしかない。なのに彼女は生き延びて、この家に来た。


 人間なんてと、心の中で揺らめく侮蔑。それは、彼女にだけは当てはまらなかった。


「まいった」


 ラルスは呻いた。けれどどこか、清々しい気分だった。

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