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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と理不尽
2/63

1-2

 家と家の間を擦り抜け、人様の庭を無断で横切る猫の道。塀の上を壁伝いに歩き、物陰に隠れ、ジジが足を止めたのは一軒の古めかしい店だった。


 戸惑いながら見上げた看板には、専門店の文字。ガラス窓が嵌まる重厚な木扉を開けると、チリンとベルが来客を知らせた。我が物顔で入り込むジジに続き、紬喜も、人気の無い店に滑り込む。


 休店中なのか窓に引かれたままのカーテン。壁にある魔法ランプが弱く光る室内は薄暗く、今にも出そうな雰囲気が漂う。一応、古本屋のようだった。


「ご、ごめん、ください…………」


 上がったままの息遣いが静寂に響く。どうにか深呼吸を繰り返し、脇腹を押さえた紬喜は、歩き出したジジの背中を慌てて追いかけた。


 等間隔に置かれた本棚は天井まで届き、背表紙を並べる分厚い本の圧迫感。そこに入りきらなかったのか、閲覧用らしき机と椅子もに、山積みされた本が斜塔を築き上げていた。触ったら崩れそうなドミノみたいだ。カーテンの隙間から射す光に、煌めく埃たち。床に落ちたままの売り物なのかすら怪しい本を跨いで、恐る恐る進むしかない。


 ジジの足取りは軽く、一段と暗くなった奥へ駆けて行き、木のカウンターをくぐって、とうとう見えなくなってしまった。流石に後を追うべきか迷っていると、子どもの声がする。


「お姉さん、こっち」


 ぎょっとした。よもや廃墟書店と言った場所に人が、しかも子どもが居るとは予想外である。肝を冷やして固まっていると、幼い声は焦ったように口調を早めた。


「急いでカウンターを潜って!」

「っ!」


 慌ててカウンターをくぐる。そのまま店奥の廊下に出ると、声の主――――淡い金髪をふわりと揺らした少年が微笑んだ。


「こっちだよ」


 大きな水色の瞳、きびすを返した背中に長い髪がひと房、しっぽの様に添う。なんて綺麗な子どもだろうか。紬喜は目を見張った。


 天使みたい。


 混沌とした店内にそぐわない少年は、どんどん廊下を進んで行った。木や石煉瓦が剥き出しだった廊下は、一枚開かれた扉を境に白い壁と飴色の床に変化する。突き当たった場所には魔法ランプが明るく照らす榛色の階段があった。三階まで上がるよ、そう肩越しに宣言した少年は、迷わず上へと登りだす。


 目の前にある細くしなやかな足は、紺の裾広膝丈パンタクールから伸び、黒いソックスに包まれている。レギンスみたいな履き方だ。


 身長の低さから小学校四年生くらいだろうか、と紬喜は近所に住んでいたサッカー小僧を思い出して考えた。顔もまだ丸みが可愛く残っているし、明らかに不審者である客を、家に上げてしまうくらいには幼い少年。


 彼は階段を登りきると、背中の髪で弧をえがいて振り向いた。毛先の紫色に目が吸い寄せられる。


「お疲れ様。右の部屋と左の部屋、どっちがいい?」


 ここは最上階のようで、階段止まりから伸びる廊下を挟み、二部屋しかないようだ。突き当たりの窓からは隣家の壁が見えていて、差し込む光は少ない。この世界の住宅は、密着して建て過ぎのようだ。


「お姉さんが好きな方、選んで良いんだよ?」


 紬喜は、少年に困惑の眼差しを向けた。軽く現実逃避していたが、部屋を選べと言われたのは、やはり現実であったらしい。


「好きな方って…………」

「君の部屋だよ。住むのに、無いと困るでしょう?」


 住むなら、確かにあった方が良い、けれど…………これは色々と答えに窮する。何から聞けばいいのだろう。部屋を選ぶ事か、ここに住む事が前提になっている事か…………


 問題の種にしかならない私が、こんな天使のような少年を巻き込むべきでは無い。匿うということは、この国や神殿を敵に回す筈だ。


「クロが君を連れて来たんだ。だから君は、ここに居て良いんだよ」

「クロって、黒毛に赤目の猫のこと?」


 名前のセンスに、思わず突っ込む。人の事は言えないが。


 にこにこと嬉しそうな少年を前に、紬喜は首を傾げた。彼は、私の素性を知らないのかもしれない。詮索されたくは無いけれど…………相手は子どもだ。やろうと思えば、いくらでも騙せるし騙してでも匿って貰った方が、本来は良い。


 少年は紬喜の困惑を、違う方向に解釈した。


「だって黒いでしょう?」

「…………そうだね」


 ジジが導いた此処にしか、あては無い。けれど良心が痛んだ。


「あのね。私、ここに居させて貰えるのは、本当にありがたいんだけど、迷惑にならないかな?」

「迷惑? なんで?」


 光を纏うような金の髪。同じ色の睫毛を疑問に揺らせ、瞳を細めた少年は、うーんと唸ると口を開いた。


「この家は僕のだから、好きに使っているんだ。気にしなくて良いよ。親も居ないし、部屋も余っている…………あと二人、住み着いているから、出来たら仲良くしてね?」


 一人くらい増えても全然大丈夫、彼はくすくす笑いながら言った。二人とも突然住み着いたんだ、よくある話だよね、お姉さんもそんな感じなのでしょう、なんて言うのだ。紬喜は面食らって沈黙した。


 異世界のよくある、分からない。


「僕の名前はクリスファルト。クリスって呼んで」


 クリス少年は寂しいのだろうか。それとも寛大なのか、ペットを拾うような感覚で拾われたらしいと結論付ける。連れて来たジジ、もといクロは既に姿が見えない。相変わらず気まぐれだ。


 結局行く当てが無いので、出て行けと言われたら困るのだ。仕事もないし、追われているし、そもそもこの世界の人間でも無い。最速、誑かしてでも、この少年に縋るしかない。分かっている。


「ツムギ・サガラです…………お世話になります」


 どことなく罪悪感を覚えて深く頭を下げた。クリス少年は笑みを深くして、首を横に傾ける。


「よろしくね、お姉さん」




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