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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と働かざる者
19/63

3-10

「出来る仕事を探さないと」


 街に出た紬喜は、そう言ってラルスを困らせていた。普通だったら、と彼は袖を引っぱる少女を見下ろす。欲しい物とか食べたい物とか、そういう会話になる筈だ。どうして雑貨店の前でその台詞になるのか。


「ね、これ何?何で出来てるの?」

「これは貯金箱バンクで、陶器だから土だな」

「これは?」

「ただの置物オーナメントだろ?」

「誰が作っているの?」

「職人じゃないか?」

「私にもなれるかな?」


 こんな感じで職業ネタに辿り着く。生地屋では、機織り作家。生花店では、花の農家や品種改良について。水晶店に至っては、占い師になれるか聞いて来る始末だ。


「水晶には、未来が映るらしいよ?」

「ありえないだろう」

「ラルスは占い、信じない方なの?」

「気休めにするものだろうが、信じてどうする」


 紬喜は溜息をついた。王都には、頭脳労働系の仕事はあまりないようだ。それも仕方ないとは思いつつ、趣味でやっている小売店から国外の品を扱う大店まで見学する。正直、どれも自分が作ったり、そこで働いたりする姿が想像出来ない。品物一つ取っても、欲しがる客層や価値、用途まで分からないとなるとお手上げだ。そんな物から、将来を描ける筈がない。


 働かなくてはいけない。


 思いは空回る。それを自覚しても、何からすれば良いのか、すら思い付かなかった。沈む思考の中で、淡い金髪の少年が紬喜、と名を呼んだ。最近、彼の仕事を手伝って魔導書の写本を始めた。机に向かうだけなのにとても疲れる作業。でも、人の役に立てるのは嬉しいし、形に残るから、やりがいも見える形で残るのだ。


 見慣れない特殊な文字は、頭ではよく知っているのに上手く書けない。このもどかしさは、少々難あり翻訳魔法の本領発揮と言わんばかりである。思い浮かんだ物がそのまま書けたら、全ての人が画家になれるというものだ。


 正方形を基準とした三十七字、これを正角暗晶せいかくあんしょう文字と言いうらしい。クリスが言うには、魔力制御を助ける力があるのだと。


 そして魔導書とは、テストで言うところのカンニングに当たる働きをする。魔力があっても、それを正しく制御して事象を起こすには手順や知識が欠かせない。しかし、どんなに努力をしたところでテストで点数が取れない人も居るものだ。


 そこで、魔導書の出番。


 これがあれば、初めて使う魔法でも練度に依存せず行使出来る、というわけだ。


 クリスはこんな物を作れるほど優秀なのだ。彼と比べられた私が、アルフレートさんに心配され過ぎるのも頷ける。クリスの手伝いを始めて分かった事は、この子の役に立てる日なんて来ないのでは無いか、という事。どれほど私の知識が不足しているか痛感したし、教えて貰うことが多過ぎて、仕事の邪魔をしているのでは無いかと心配になった。


 ふと目線を上げると、街行く人々が見える。当たり前のように裾の長い服を着ていて、紬喜は眉をしかめた。文化とは時に恐ろしい。歩きながら道を服で掃除しているというのに、誰もそれを止めようとしない。


 買ってもらった服の裾が気になる。汚したくない。大切にしたいと思うのに、郷に入っては郷に従えを実行すると、すぐに痛みそうだった。


 環境に合わせて生活するのって、向かないのかな。そんな私が、奪われた未来をこの世界で築くなんて、出来るのだろうか。ここに居場所を作る事。それが想像出来ない…………


「どうした、疲れたのか?」

「え?」

「…………そろそろ戻るか?」


 ラルスは長身を屈めて聞いてきた。急に近付いた顔に驚いて、紬喜は一歩引く。そして裾を踏んだ。


「気を付けろ」


 すかさず腰を抱き止められる。余計に慌てた。堅い胸板に付いてしまった自分の手。不慮の事故だ。なのに、抱き寄せられている状況は、街中でいちゃつくカップルにしか見えないのでは…………と変な事を考えた。どんどん顔が熱くなる。そういうどうでもいい事だけは、共通している二つの世界。すれ違ったご婦人達が、あらあら、と口許を押さえて微笑めば、紬喜は一気に焦った。


 足すら見せない文化である。街中で抱き合うなんて、相当NGなのではないか。


「ラルスっ」

「…………おまえ、熱でもあるのか?」

「はぅっ!?」


 ラルスが頓珍漢なのを忘れていた。彼はこの体制なのに、あろうことかおとがいに指を掛け、くっと上向かせた顔を覗き込んできた。それでも三十センチ近い身長差に救われ、紬喜は冷静さを取り戻す。


「熱は無いから、放してくれるかな?」

「無理してんじゃ無いだろうな?」


 かがむな!ばかぁぁぁっ!!


「やっぱり、調子が悪いんだろう。帰るぞ」


 更に近付いたラルスの顔が、首筋に埋まる。ぎょっとする間に、腰を支えていた腕がするりと下へ落ち、胸板を押して上体を反らせた紬喜の膝を掬った。問答無用で歩き出したラルスの腕に抱き上げられ、不安定に揺れた反射で彼のジャケットを掴む。紬喜は、出しそびれた悲鳴に唇を震わせた。


 ラルスの馬鹿っ! 頓珍漢!! なんで抱っこ、っていう選択肢を選んだの!? 歩けるよ、バリバリ歩けますとも!!


「おろしてっ!」

「大人しくしてろ」

「やだやだ、恥ずかしい!」

「大丈夫だ、足は見えてないぞ」


 違うよ。ここで会話が噛み合わないの!?


「歩けるよ、自分で歩くから!」

「…………帰ったらクリス様に見てもらえよ?」

「何でクリスなの!」

「あの方の忍耐力には定評があるからな」


 ちょっと、それどういう意味!?というか私、クリスに何を見せるの?忍耐ってどういう事かな。そんな我慢しないと見られない身体…………


「ラルスっ!クリスに何させる気!?」

「治療に決まってんだろ」


 だから、病気じゃないって。クリスが治療するって、どうなのよ。いくら優秀でも、医療までは流石に…………淡い金の髪に隠された小さな耳。ちょこんと聴診器を付けたクリスは、可愛い顔を恥ずかしそうに赤らめて問いかける。


「紬喜、おなか見せて?」


 だめだめ、却下ぁーっ!私は絶対に病気にはなれない!!


 悶絶する紬喜を見下ろして、ラルスは足を速める。アルフレートに言われた通り、顔色には気を付けていた。なのに気付くのに遅れたのだ。人は簡単に死ぬ。脆くてか弱い生き物なのだ。


「ねぇ紬喜、何もしないから開けて?」


 廊下から聞こえる少年の声。高くも低くも無く耳に優しい筈のその声には、困惑が滲んでいる。


「…………だめ」

「街はどうだった?」

「…………」

「紬喜、聞いてる?」


 結果として、気分転換は成功した。しかし、部屋に逃げ込んだまま出てこない紬喜のフォローにクリスは手を焼く事になる。病気と勘違いしたラルスに抱き上げられた彼女は、羞恥で真っ赤になって帰宅した。そのまま部屋に籠城し、現在に至る。昼食を抜いているし、こういう時は言葉を尽くすしかない。女性の放っておいて程、当てにならないものはなかった。


「紬喜」

「…………うん」


 クリスは開かない扉を見上げた。何かあったのだろうか。ラルスが気付かないような、何か。


 ふと閃いたのは、紬喜が勤勉だという事だ。とても平民とは思えない学ぶ事への慣れと、応用力。その原動力が仕事欲だった。それは、この世界の人間ではまず有り得ないもの。彼女はここでは生き難いだろう。


 もしや街を見て、それを悟ってしまったのだろうか。


「ねぇ紬喜。全部終わったら、僕の国に来る?」


 そんな事は無理だ。僕らは相容れない。クリスは眉を寄せた。


「いい国だよ。君にも、見せてあげたいよ」

「…………クリス」

「とてもとても遠いけれど。平和なところなんだ」


 扉を開くと、クリスが肩を落として立っていた。鍵の付いていない扉だ。開けようと思えば、開けられただろうに。


「紬喜、お帰りなさい」

「ごめんね、クリス…………」


 ずっと立たせていたのだ。自分が、妙な事を考えたせいで。


「ただいま、って言って欲しいなぁ」

「うん、ただいま!」


 そう言って、思わず抱き寄せた。小さな体はすっぽり腕の中に納まって、柔らかな髪が寄せた頬に心地よい。子どもには、未来が詰まっている…………


「安心したよ」


 腕の中でクリスのくぐもった声がした。君が病気なんじゃないかって、心配したんだよ。その呟きに、紬喜は目を瞬いた。聖女と呼べば嫌がるだろう彼女は、信じる神が居なくとも、善良な姿を当たり前のように見せる。無垢で、無防備。


「だだ、大丈夫!すごく元気なの!!」


 慌てて離れた紬喜を見て、クリスは仄暗い笑みを浮かべた。それでも僕らは、悲願の為に彼女を利用し続けるしかないのか。


 それを拒む気持ちに、クリスは目を背けた。



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