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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と働かざる者
16/63

3-7

 思うに、この国は平和だ。


 魔獣の数が増えているらしいが、街の暮らしは穏やかそのもの。魔王に攻め入られている訳でもない。何故わざわざ人を召喚しようと思ったのか。私に対する嫌がらせか、と紬喜は溜息をついた。


 クリス達と送る王都の暮らしは、毎日が楽しくて優しい。帰れない私は、この世界で幸せにならなくちゃいけない。生きている限り、遠い地の家族の幸せを願い続ける事が出来る。親より先に死なないという、親孝行も出来る。早くに亡くした母の分も生きるという、約束も守れる。


 意外と明るい夜。


 この世界には、月が二つあるからだ。寄り添うように同じ満ち欠けをする月は、此処では姉妹に例えられる。それに、父と兄の姿を重ねた。母は五歳の時に他界し、父は男手一つで、兄は母の替わりをするように私達家族は生きてきた。


 大学に入って、やっと父も安心したのか再婚間際。兄も彼女が出来たらしい。


 それなのに。


 父の傍には、一人の女しか許されないのだろうか。私が生まれて、母が。後妻を迎えて、私が。異世界までも巻き込む女難の相とは、考えたくもない話だ。


 でも、前ほど辛く無い。二人は私を探して、やがて諦めて、それでも私を忘れたりはしない。私達がずっと、母を忘れて来なかったように。それだけは確かな事で、確実な未来だ。


 ベッドの中で丸くなる。泣いてもどうにもならなくても、それでも泣いて。赤い蔦に囚われてこの世界に落とされた私は、この理不尽に妥協などしたくない。飲まれたくない。


 それが唯一の抵抗だ。


 このままクリス達と静かに暮らしていけば、苦労はしないだろう。


 でも。


 そう思う自分がいる。割り切れなくて、諦めの悪い自分が。白い王城の壁を思い出しながら、紬喜はその話を聞いた日の事を振り替える。


 あれは、昼に部屋から抜け出して間もない頃の事。


 重い聖女装束を引き摺って、王城を彷徨い歩く。騎士達が詰める役所やなんかがある区画を抜け、高過ぎる城の外壁に陽当たりを奪われた庭を見つけた。庭と言っても、地面は所々芝が生え、四角くカットされた低木がまばらにあるくらいの広場。第十五庭園だ。


 基本的に人と会わないように行動していても、同じ場所に居続けると能面メイドに連れ戻される。誰かがチクっているに違いない。辺りに人気が無いのを確認して庭に出てみると、太陽が見えた。


「やっと数が揃うそうだ」


 無人と思われた其処で聞こえた話し声。咄嗟に低木の陰にしゃがみ込むと、衣擦れの音が耳を掠めた。白い聖女服が汚れるかもしれない。忌々しい。いっそ汚れてくすんでしまえば、いいのに。


「十四日もかけられちゃ、たまんねぇよ」

「聖女様が降りられた日に、城の召喚魔獣は全滅したからな」

「全くだよ…………これだから召喚士は」

「しかも補填をやったの、第二王子殿下らしいぜ」


 若い男の声だった。場所的に騎士かもしれない。姿を見たい衝動に駆られたが、会話の内容に動きを止める。


 召喚魔獣が城に居た?


 私が来た時、全滅したという事は、浄化されたって事かもしれない。というか普段、お祈りと共に浄化しているのも魔獣のはずだ。城に居たのというのはおかしい気がする。でも話からして、浄化されて困っているようだ。


 私は何の為に呼ばれたの?魔獣を退治する為ではない?


 疑問と共に浮かび上がるのは、第二王子。王城での保護者的人物だった。年上ではあるが、まるまる肥えて人を見下すような態度に、良い印象は無い。彼らの言い方にも、第二王子への不満が伺えた。思わず、アイツは王子よりも悪代官だよねと共感する。


「聖女様お時間です」

「うっ……!」


 いつの間にか、無表情で見下ろす能面メイドの片割れが背後に立っていた。心臓に悪い。絶対これ、ワザとやってるだろう。そう思いながらも微笑む私の演技力。自画自賛しながら連れ戻された紬喜は、やがて黒猫ジジと出会い、図書室の常連となる。


 召喚魔獣と魔獣の違いを知りたい。


 城に居たけれど、私が浄化してしまったらしい召喚魔獣。増えて困っている魔獣。その違いを知る事で、紬喜は自らの価値を探そうとした。しかしそれは、周りの人間達にとって知って欲しくない事のようだった。良い子の聖女を演じる紬喜は、ゴリ押しなど出来ない。


 代わりに、聖女召喚が第二王子の独断で行われたという事が分かった。街はそれで、お祭り騒ぎだったらしい。今では王子と聖女はセットで商品化され、護符のようなものが売られているようだ。立ち話に花を咲かせるメイドさんは、それを自慢していた。本気で止めて欲しい。マシュマロ王子と一括りにされるなんて、ゾッとする。


 だが裏は取れた。私の事をよく知らなかった王太子。世界ぐるみの誘拐にあったにも拘わらず、国王との面会は未だ為されていない。これが、ごく私的な誘拐だったからだ。


 おたくの息子さん最低です!


 言えたら良いけど、実際に謁見なんて事になったら委縮するだろう。小心者だ。どうなるかなんて目に見えているし、従順で大人しい聖女の皮は、そう簡単には脱げそうにない。


 この世界どころか、国を挙げて呼ばれた訳でも無かったのだ。もしかすると、居ても居なくても変わらないのかもしれない。何かに期待していて、そして落胆する。


 どうして私だったのか。


 その疑問だけが解けない。納得したいのだ、この状況に。ただそれだけ、それで何かが変わる訳じゃないけれど。




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