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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と働かざる者
13/63

3-4

 薄暗く荒れた店舗。ここはただの本屋では無く、魔導書の専門店だった。


 本では無いという書物は、扱いが難しい。まず、埃っぽいのに窓が開けられない。床は水拭きが出来ない。乾いた布で拭き掃除をしても、埃が舞うばかりなのだ。


 …………だから、掃除じゃなくて片付けなんだ。


 アルフレートは、ラルスが持って来た魔導書をカウンターに積んていく。仕方がない。本棚は勿論、閲覧机も椅子も書物で埋まっている。床に落ちていたものは拾って拭いたけれど、置く場所が無い。綺麗なカウンター以外には。


 片付けでも無いよね。


 この店、絶対にどうにかしないと。妙な責任感を感じた紬喜は、男所帯のこの家で、唯一それっぽい惨状の部屋にやる気を漲らせた。


 そんな彼女の後姿を、三人が見詰める。


「俺は面倒見ないからな」

「せっかくだから、紬喜に任せてみたらどう?」

「…………だから私は、此処に連れて来たく無かったんですよ」


 嬉々として薄暗い店内を動き回る小柄な少女。何がそんなに楽しいのか。ここにある書が、どういう代物か知らないから出来る芸当である。


「アルフレートさん」

「…………どうされました?」

「私、魔法が使えるんですよね?」

「…………」


 紬喜は聖女。世にも珍しい魔力の持ち主だ。こんな所で使われたら、大惨事である。アルフレートは言葉に詰まったままクリスを見た。


「ねぇ紬喜、ここ本当に片すつもりなの?」


 会話を引き継いだクリスに、紬喜は魔法でパパッと出来たら良いなぁって、と言った。そうだったのかと思う青年二人の前で、そんな便利な事出来たら良いよね、とクリスが相づちを打つ。


「そうだ、魔導書って、どうやって作るの?」

「うーん?」

「実は私、色々な文字が読めるんだよね。何かお店に、貢献できないかな?」


 クリスはサッと本棚に目を走らせる。幸いこの辺りは、難易度の高い複数人用の魔導書が置かれた書架だった。その内の一冊。一巻とすら書いていないが五冊で一組のそれを、手に取って差し出す。


「読める?」


 相変わらず真っ黒なページ。先程よりは軽いものの、可笑しな重量。どうにか開いたページには、銀の文字がびっしりと書かれていた。一文字一文字は分かる。しかし、文でも単語でもない文字の羅列は、意味すら分からないものだった。


「読めるけど読めない!」

「えぇ?」

「この文字は、何だか分かるんだけどね。どういう文法か分からないなぁ」

「この字、読めるの?」

「読めるよ、音階で発音するんでしょ?ちなみに、クリスがメモの時に書いている字も読めるんだな、これが」

「そうなんだ、凄いね」

「…………でもこれ、手書きなの?」

「うん。僕が書いているんだよ」

「えぇっ!?――――あ、そうだぁ!!」


 何かを思いついたらしい彼女に、流石のクリスも身構えた。


「女の子の服の流行って、知ってる?」


 何処からそこに飛んでしまったのだろう。魔導書と文字。からの洋服。繋がりが見えない。


「アルフレートに調べてもらおうか?」

「そっか、業者の窓口なんだもんね」

「…………お二人とも、一旦お茶に致しませんか?」


 紬喜を此処から出したいアルフレートの声に、クリスは賛同した。


「もしかして、やっと手に入れた青花茶?」

「ええ。とても複雑な香りがするとか」

「だって。行こうよ紬喜?」


 花茶は紅茶の事だ。懐かしい味に異論など無い紬喜は、あっさり二階に戻ってくれた。


 花茶の色は、かき氷のブルーハワイを思い出す青。湯気と共に広がる、フルーティーで華やかな紅茶の香り。一度だけ会った第一王子の顔を思い出しながら、紬喜は見つけた「やること」に燃えていた。



 その夜。少女が寝静まった居間で、青花茶を嗜む三人が居た。


「紬喜が居ると、毎日が新鮮だね」


 クリスの言葉に、アルフレートがそうですね、と頷いた。一方ラルスは、疲れると愚痴る。妙な懐かれ方をした彼だが、この中で一番紬喜と親しい関係とも言えるだろう。


 当初、重要なポジションに居た彼女は、籠絡させてでも此方に引き込む予定だった。しかし状況の変化と本人の人柄から、懐柔へと変更したのだが…………ここでも紬喜は意表をついてみせた。美貌のアルフレートになびかず、クリスに弟を見る様な目を向け、強面なラルスに懐いたのだ。


 当のラルス・レイナスは、クリスに付き従っている事からも恋とは無縁。多少は色事の訓練を受けているとしても、女性受けするような立ち回りは苦手と言えた。


 案の定二人は同僚か同輩、紬喜に軍配を持っていかれた状態になっている。


「クリス様、どうにかしてくださいよ」

「うーん」


 残念な事にクリスは、紬喜に完全な子ども認定をされている。年下と見なされている以上、懐柔など不可能だ。


「僕と紬喜、仲はそれなりに良いのだけれど」

「…………私も、仲は良い筈なのですがね」

「じゃぁそっちで何とかしてくれよ。俺の所に追い込むの、マジでやめろ」

「そうは言っても、僕の所に来るのは何時も最後だよ?」

「私のせいですか…………」


 そうだ、とも言い切れないから解決策が立て難い。そもそも紬喜が言い出す予想外を一番最初にぶつけられる彼は、かなり健闘していると言える。


「お手伝いありませんか?」

「片付け手伝いましょうか?」


 この辺りはまでは、良かった。


 居候と認識している彼女は、肩身が狭いらしく家事を手伝いたがる。綺麗な指先を見て、そういった家事能力は無いとアルフレートは即座に却下していたが。これをさせていれば、もう少しどうにかなっていたのでは無いか、とクリスは思う。


「将来に備えて、仕事がしたいんです」

「剣の使い方を教えてください」

「魔法を使いたいんです」


 彼女は知らないだろうが、この世界全体でお尋ね者、且つ有名な聖女様である。それ以外の仕事なんて覚える必要が無いし、魔力量も十分で、武器を持つ必要性が感じられない。


 魔法は追々教えなければならないが、浄化特化の彼女に耐えうる結界を敷くには準備がかかる。


「魔導書店に貢献したい」

「護身術を教えて欲しい」

「女性服の流行について知りたい」


 この三つには、流石に言葉に詰まった。


 しかも紬喜が魔導書の文字を読めた事に、頭痛を覚える。護身術の出どころは分かっているから、押し返すとしても、流行の服?


 よもや性別を間違えられているとは思わないが、男にする質問なのかと思うわけで。そういえば彼女、堂々と足を晒して部屋に招き入れてきたし、頭を撫でてきたりと無防備が過ぎる。


「明日も彼女は、何をやらかしてくれるんだろうね」


 クリスの言葉に、二人の青年は溜息をついた。ラルスのそれは、より深刻そうだった。


 これだから、朴念仁か常春頭しか居ない種族は扱いにくい。クリスは苦笑すると、所定の時間までは寝ているように、と二人に念を押して部屋に戻った。紬喜対策の魔導書を、早急に作らねばならない。


「大人しい子って報告だったのに、真逆だったね」


 クリスは一人、呟いた。警戒してガチガチになられるよりは、マシだけれど…………彼女は余りにも無警戒で無自覚だ。それを、此方からたしなめねばならないなんて、皮肉でしかない。


「本当に予想外だよ、紬喜」


 白い紙束を机に置いたクリスは、口角を上げた。

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