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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と働かざる者
11/63

3-2

 王城ですれ違う人々は、敬ってくれるし、礼を尽くしてくれる。それに不満は無いけれど、最近、怖がられているような気がしていた。バイトで培った渾身の接客スマイルを心掛けているし、お祈りをして、残さず食べて、寝坊もしない。


 聖女なのに、怖がられたらマイナス点だ。


 前後を固める能面メイドのせいにしておきたいが、由々しき事態だ。しかしこれと言った失敗も思い当たらず、また少しストレスを増やして滞在日数が嵩んでいく。


 いつ、この生活が終わるのだろうと、ぼんやりしていたある日、部屋に水色メイドが現れた。彼女は、能面メイド達が居ない時間だと言うと、紬喜を先導して廊下を歩いて行く。


 この城は恐ろしく広く、敷地は聞いた話を距離換算して直径六キロ前後。円形で、巨大なな守護陣の上に建てられているらしい。普段いるのは、召喚が行われた第三の塔付近になる。王城の南端にあたり、今日は初めて城の中心部にある内宮へ足を踏み入れる事になるのだ。


 呼び出したのが、王太子だからである。


 内宮へ行く為には、点在する移転陣を乗り継ぎ、五つある中宮のうち、二か五の宮を通過、内庭という原っぱを移動する馬車に乗せられ、やっと到着する。


 ここは、王族の住まい。私の保護者の一人である第二王子には、別の場所で会ったので初上陸だ。


 見た目の造りは西洋風。しかし建材は城と同じく光沢のある白い石で、外壁は彫刻や宝石に彩られて、窓から下がる赤い布が風に揺れていた。流石王宮という華やかな雰囲気に、否応なく緊張感が高まっていく。


「お手をどうぞ」


 馬車の扉が開いていて、差し出された指先と男性の声に紬喜は息が止まるかと思った。メイドではない人物が、そこに居る。重いスカートを持ち上げながら、緊張で冷え切った指先を預ける。


「酔われましたか?」

「いえ…………」


 その人物は、黄色に近い金の髪を耳上で切り揃え、紫の目をした青年だった。すらりと高い背に、真紅の上着。そこに付けられた飾り紐や宝石は、明らかに身分が高い事を示す物である。彼は馬車から降りた紬喜の手をそのまま引いて、内宮へは入らずに横道へ逸れていく。


 明るい庭園だったが、今日は呼び出されてここに来ている。内宮に入らなくて大丈夫なのか、不安になった。


「あの、失礼ですが…………」

「大丈夫ですよ、貴女を呼んだのは私です。ここは、テラス席への近道になりますから」


 笑みを深めた彼は、足を止めて紬喜を見た。


 何時も通りの聖女装束。頭には薄いヴェール。白いドレスのスカートは四枚重ね。右肩から長くて赤い帯をたすき掛けして、足元まで垂らし、手や首には宝飾品が光る。肌は指先まで隠され、薄地の生地が腰から手首へ、肘から背中へと無駄に重なっていた。


 紬喜に言わせれば重いの一言。彼に言わせれば、成程、という衣装である。


「聖女様が、花茶をお好きだと良いのですが」

「はなちゃ?」


 再び歩き出した青年は、この世界に来て以来初めてと言うくらい、気さくに話を始めた。花茶は紅茶の事だった。お菓子も美味しかったし、とても会話が弾んだ。久しぶりに、マトモに会話をしたと思う。こういう時間は大切だと、気が緩んでいた。


 しかし能面メイドが第二王子を伴って現れ、お茶会はあっという間に終了した。


 第二王子が兄と言うなら、彼は第一王子で王太子という事だ。私も彼も名乗らなかったけれど、十分な収穫がある。兄王子の立場は弱い。彼に、紬喜の情報が届いていない――――それはこの召喚が、国の主導で行われていないのでは無いか、という疑念に転じた。


 私は、何でここに居るの?


 湧き上がるもの。それを深く考えてはいけない。部屋に戻された紬喜は、本日最大の収穫を反芻する事でそれを封じた――――能面メイド達の不在時間。


 常に張り付く能面メイドの不在。それは今まで気にもしなかった、昼食の為の一時間。配膳を終えた後、彼女達は部屋に戻らないのだ。紬喜はその時間を、王城探検用として有効活用する事にした。


 幾度となく部屋を抜け出して味を占めると、行動範囲をどんどん広げる。その日は、召喚士の部署がある第三の塔付近へ足を向けていた。しかし白い聖女装束は、一発で身分がバレる残念仕様。その上、見つかると部屋に連れ戻される危険もあった。


 第三の塔は城から独立して建っており、庭に出ると人目に付くのは必至。


 その事実に気付いて、城の西側の森に隠れて溜息をつく。焦りは禁物だが、気持ちが急くのは止められない。落ち着けと言い聞かせ、深く息をした。行動し過ぎて、この自由時間を取り上げられては元も子も無い。


 もう一度深呼吸をして諦めると、紬喜は城へと足を向けた。


「なーん」


 その時、鳴き声がした。驚きで硬直した足元で、にー、と鳴く生き物は猫にそっくりな黒い動物。


「お、驚かさないでよ」


 しゃがみ込んで、そっと手を伸ばすと、特に嫌がりもぜず触らせてくれる。その猫はしっとりと滑らかな黒い毛並みで、首輪は無いものの明らかに飼い猫の手触りがした。猫にしては大きい体に、尻尾は細く長い。赤い目が宝石みたいに綺麗だった。


「おまえ、どこのこ?」

「なーん」

「…………ここで話し出したら、面白かったのに」

「にー」


 でも、ちょっと言葉が伝わっていそうな感じがする。ちょこんとお座りした姿は、兄が飼いたがっていたゴールデンレトリバーくらいの大きさだ。お手、とかするのだろうか。大人しい事を良い事に、紬喜は黒猫にアニマルセラピーを強制した。


「あぁ、毛並みに癒される…………」


 しかしこの猫、少々手癖が悪かった。手首に巻き付く装飾品にじゃれ付き――――調子に乗ったのも悪かったのだが、それを咥えて城内に逃げて行ったのだ。この世界、人も動物も碌なもんじゃない。また一つ学習したが、そんなに憎めもしなかった。


 翌日は一番近い図書室へ向かう。ペンは剣より強し。情報収集に徹しようと思い直したのだ。ここで、意外な出会いが待っていた。


 静かで人の少ない午後の図書室。その中で、更に人の少ない古代文字書物の書架の間に、昨日の黒猫が鎮座していた。


 思わず仰け反った紬喜に、にー、と鳴く猫。長いしっぽが、ご機嫌そうにくねる。図書室ってペット可なのか、と辺りを見回すが勿論人影はない。


「なーん」


 こっちに来いと言うように、猫は我が物顔で奥へと歩き出す。何だかわくわくした紬喜は、この猫を魔女のしもべにして言葉を解す猫『ジジ』と命名した。ちなみに、ジジと呼ぶとちょっと嫌そうに、にー、と鳴く。


 懐かしく思い出すジジの姿。クリスの家に来て以来、毎日見ていたその姿を見ない。けれど、居ない彼は思い出の中からでも警告してくれた。


 受け身になるなと。


 同じ轍を踏んではならない。知識は居間の本を読んでみようと思う。仕事は、アルフレートさんから手伝いを勝ち取るしかない。


 この異世界で、私にも出来る事がある筈だ。


 居場所が欲しいなら、作るしかない。




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