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聖女のコトワリ  作者: 秀月
聖女と理不尽
1/63

1-1

 薄暗く幅の狭いトンネル。


 天井は闇に飲まれて見えなかったり、手が届くほど低かったりする。足元は階段や坂道にと、変化に富んで歩きにくく、時折隙間から差し込む光。それが部屋のものか、陽光か。


 確かめもせず急ぐ。


 いつもなら神官達と、祈りを捧げていた。そんな時間だ。純白の重いドレスと宝石を身にまとい、聖句を唱えて――――それが聖女として、この異世界に引きずり込まれた私の仕事。


 望まれるまま、勝手に信じた。


 先導するのは一匹の黒猫である。その背を追って、薄闇を進む。黒い毛並みは艶やかで、ここが深淵ではない事を示すように、よく見えた。迷いなく進む黒毛の彼は、長い尾で励ますようにスカートの裾を叩いた。


 分かってる、もう後戻りは出来ない…………


 私こと相良さがら 紬喜つむぎは、絶賛、脱走中なのだ。


 聖女、なにそれ美味しいの?


 美味しくないよ、ふざけるな。地団駄踏んで叫びたい。けれどここは、右も左も分からない異世界だった。生きるために保身に走って、従順な聖女を演じた判断は正しい。


 でも。


 袖で額を拭う。変装の為に借りた誰かの服を、埃や蜘蛛の巣にまみれて汚し。ごめんなさいと、困るだろう持ち主に詫びても、返す宛てさえ無いというのに。まだ聖女で居るつもりかと自問する。


 慈悲深く、清廉。そんなの私のキャラじゃない。


 理不尽はもう沢山だ。


「なーん」


 行き止まりに着き、ジジが鳴く。聖女のペットだったのに、名前は魔女の相棒だ。我ながら皮肉が効いている。少し悲しい。


言葉は話さないけれど、望み通り脱走を手伝ってくれた優秀な彼。


そのジジが言うのだから、此処には何かある筈だ。紬喜はペタペタと壁に触って、取っ手となる窪みを見つけ出した。そこが出口だと信じ、指先に力を込める。


 光と音が押し寄せた――――


 ジジが外に滑り出る。扉が蔦に隠れるのを目尻に、紬喜も慌てて移動した。恐らく城外。影の向きからして、北王都の平民街のようだ。


 初めて見る街と一般人は、異世界というよりも西欧の古い時代に似ている。白黒映画がカラーになったら、こんな感じかもしれない。


 そこは、よく作りこまれた舞台セットのような世界だった。


 裾の長い服の人々。踊るようにエプロンやスカートを翻す売り子達、花売りが歌い、歩き食いしてる少年達は学生なのか揃いのローブを引き摺って笑い合う。ショーウインドーを覗く少女達は未婚を示すヴェールで顔を隠し、マントを翻す男の腰には剣。二頭立ての馬車が道の中央を走り、左右に広がる白い城壁。その下に並んだ活気溢れるマーケット。


山盛りに積まれたフルーツや大きなパン、吊るされたままの魚や肉は、スーパーではお目に掛れない代物だ。


 赤や茶色といった暖色系の街並み。人の暮らすぬくもりのある色だ。


 紬喜は注意深くフードを被り直し、足元へ視線を落とした。赤い目で見上げるジジの黒い鼻先が、ヒヤリと指先に触れる。異世界の猫は大型犬のような大きさだった。額を撫でると、彼は目を細めて一声。そしてそのまま雑踏に向けて踏み出した。


付いて来いと、しっぽでスカートを叩かれる。


 異変に気付けたのも、脱走出来たのも、全てジジのお陰なのだ。白く冷たい王城で、聖女として祭り上げられ、毎日を言われるがまま過ごし。意見も言えず、常に監視され、人形のように無口で従順な事を求められる日々。


 紬喜は徐々に追い詰められて、猫に縋った。


 黒い毛並みを追いながら、ふらふらと下ばかり見て歩く。ごった返した道でそんな事をすれば、当然のように、人にぶつかる。俯いた顔を更に下げ、小さく謝罪を口にした。


「すみません」

「なんでぇ、具合でも悪いんかぁ?」


 そんな反応が、苦しいくらいに嬉しかった。すれ違いざまにかけられる声。私が、透明ではない証。


 ここでなら、やっていけるかもしれない――――


 そんな淡い希望は、ジジが大通りを抜けて人気の無い裏道に入って行くと、すぐにしぼんでしまった。辺りは急に静かになり、足元は暗い色の煉瓦道。地図で見た貧困街スラムの文字が頭をよぎる。


 早く逃げなくてはいけない。でも何処へ?


 行き当たりばったりで、あても無い逃亡。清潔で贅沢な王城生活を捨てて、それでも欲したものがある。今更、汚い場所や貧乏は嫌だ、などとは言えない。


 しかし、一度覚えた不安は膨らむばかりで、気付くと歩みが止まっていた。


 視線を上げると、表通りよりくすんだ色の木や石組みの家が軒を連ねる、細い道だった。


林立する建物が日差しを遮って薄暗く、やはり気味悪い。しかし、屋根や最上階には洗濯物が干され、風に揺れているのが見えた。


 道端にゴミが放置されているという事も無く、恐らく治安は悪くないだろう。今更怖気ずきそうになる自分を押し込めて、紬喜は気を引き締めた。


「なーん」


 急かすようにジジが鳴く。何処に行くかは分からない。けれど、導く彼が唯一の頼みの綱である…………冷静になって考えてみると、随分思い切りの良い事をしたものだ。


「にー」

「分かってるよ、行こう」


 濡れたような赤い目に見上げられ、足を進める。ところが数歩もしない所で、今度はジジが足を止めた。ピンと耳を立てて、警戒も露に辺りを見回し、一目散に物陰に入り込む。


「なに?」


 家と家の隙間から、賑やかな表通りを見ているようだ。


 しかし人々の顔には、先程の笑顔が無かった。不思議に思って目を凝らすと、人波を蹴散らすような怒鳴り声と共に、何頭もの騎兵が走り抜けていく。その後に、槍を携えて追走する男達の姿が見えた。


 悪寒が走る。


 あれは、神殿兵だ。


 聖女の警護を専門とする男達。長い槍を持つ神殿の精鋭部隊で、常に怖い顔をしていた。その彼らが、街にいる理由――――


 城に居ない事がバレたのだ。


「ジジ…………急ごう!」


 ジジは一目散に裏通りを奥へと走り出した。日頃からの運動不足。でこぼこの道に躓き、紬喜のフードが背に落ちる。顔周りだけ茶色くなった長い黒髪が見えてしまったのに、被り直す余裕はない。


 一年ほど受験生という文化部で、やっと始まった大学生活は初日から通えていない。おまけに、ひと月ほど着せられた聖女服は、石のように重かったのだ。


 全力ダッシュの持久走。まさに正念場だ。捕まる訳にはいかない。かみしめた奥歯に痛みが走る。


 私はもう、聖女なんてお断り!!




 

 

 

2019/03/24

一部、改投作業中です。

ストーリーに変更はありません。


2019/06/24

感想、レビュー、誤字報告〆

以降の直しは気が向いたら。

ライトな感じを目指した拙さというか、荒さをどうにも出来ぬ(笑)

軽い気持ちで読んで下さい。

 

 

 

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