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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
99/125

其ノ四






 ――触手が、道の中を駆け巡る。

 狭い場所での戦闘では自由に動かせないが、代わりにその鋭さと勢いはある。まるで槍衾だ。

 攻撃方法としてはあまりにも単純だが、あまりにも強力。それだけで人は、ズタボロの肉塊に姿を変えるだろう。


「――ッ」


 その気持ち悪い触手の中を、オレは走る。

 壁を蹴って、屋根を伝って、もしくは這って。回避できる方法があるならば、何でもする。

 ウーラチカの動きに似ていると思われるかもしれないが、これはまぁ似ているだけで大きく違う。

 あいつのは天性と精霊の加護、そして生まれて来た環境が良かった。こっちは、経験則と修行の賜物と言えるだろう。

 そう言うと自慢しているように聞こえるかもしれないが、実際自慢だよ。

 こちとら、こんな異形とたくさん戦って来たんだ。育ての親である祖父から無理やり戦わされた事だってあるし、自分から魔獣との戦いに行った時もある。

 理由は修行の一環だったり、金のためだったり……時には情だったり。

 時々は死にかけたし、それなりに死を見て来た。

 そんな中で鍛えて来たそれを、自慢して何が悪い。


『ぬぅ、小癪な!!』


 攻撃をかわされて焦れた黒尽くめの男の声が荒げられる。もともと戦闘に慣れていない奴だろうからな。

 自分の攻撃が上手く当たらない。

 自分の力が通用しない。

 それで動揺するってのは、二流、三流の証拠なんだよな。


「シッ!!」


 息を鋭く吐きながら、突き掛かってきた触手を切る。

 しかし何十回、何百回と斬りつけても、その触手は次から次へと生えてくる。あまり触手を切り飛ばしても、意味がない。


(多分こりゃ、オレらが大我(マナ)の供給受けているのと同じだな)


 自動治癒(オートヒーリング)

 オレらの場合暴力的な量の大我によって似たような現象になっているが、あっちは薬で増やされた小我(オド)によって成立させているんだろう。

 ……それも、変成した部分だけなはずだ。

 いくら肉体が変成しようとも“限界”というものはどこまでもある。制御しているというならば、尚更だろう。

 奴が人間の形を根本から変えようとしない限り、オレにだって勝機はある。


『愚かな! このまま戦っても君の劣勢だと分かっているはずだ!? 何故そんなふうに抗い続ける』

「――そりゃあ、やめちゃいけない理由ってのがこっちはあるからな」


 相手の動揺する言葉に、オレは聞こえるか聞こえないかの小さな声で答える。

 事件解決の為。

 《勇者》の《眷属》であるから。

 そんな理由もあるが、こっちだって人間だ。理想や義務感ばっかりで戦いに挑めるほど、聖人君子してないからな。




「――てめぇは、オレのダチを巻き込んだ」




 ショーン。

 あいつはきっと、普通に考えりゃ弱い人間なんだろう。無視してもいい事なのかもしれないし、オレとウーラチカで当たればもしかしたら、こいつを圧倒出来るかもしれない。

 でも、そういうもんじゃないんだよ。

 ダチ見捨てて、平和を得たって何んも嬉しくねぇよ。ああいう奴らを守り、助ける為にオレらはこんな無茶をしているんだ。

 全部を救う。

 そう胸を張って言ったサシャの信念ってのは、これに近い事なんだろう。


「さぁて、アホくせぇが、とりあえずなんか持って帰らないとな」


 《眷属》としての義務と、友人を巻き込んだ制裁をする為に、足に力を込め、槍衾の隙間を抜ける。

 要領としては、林を抜けるのと大して変わらない。無作為に乱立したそれを、生えている部分を予想しながら走る。

 一番重要なのは、それが自分の体を貫く、なんて事を想像しない事。

 恐怖は、足を止めてしまうから。


『ぐっ!』


 焦る黒尽くめに呼応するように、触手が動く。こちらを絡めとり、貫く為のその行動は、海で戦った事がある《大怪烏賊(クラーケン)》を彷彿させる。

 執拗に搦め捕ろうとするその動きを予測する事は難しい――事はない。

 狭い道の中での長い触手を運用しようなんて、その時点でバカなんだ。もっと鋭く短い爪で近接戦闘に進めれば、もっと形は違かったかもしれない。


「うらぁ!」


 その触手の林を通り抜け、左手の刃は体の端を斬りつけ、右手の《飛鱗》柄頭で、仮面を砕く。

 ほんの端っこ。着ている黒いコートを切り裂き、ほんの少しだけ肉を切り裂く行動。それだけでも、戦闘に慣れていない奴には劇的だったんだろう。

 おまけに顔面に衝撃を受ければ、尚更だ。


『ギッ――きっさまぁ!!』


 その怒りの声に呼応して、魔術の記陣が展開され、……ってあれ、これ、ちょっと待て。


「デカすぎんだろうが!!」


 言葉と同時に、体が自然と横に流れる。鍛えられた肉体が本能に反応して、回避行動に勝手に移ったのだ。




 轟音。




 暴力的な火炎。圧縮されもはや熱線にすら匹敵する。

 魔術によるものだからなのか、それともオレを殺そうと考え続けていたからなのか、もしくは、視界が効かないからか。家々を焼く事はなく、暗い夜空に向かって放たれる。

 それだけで、灯の少ない街は一瞬だけ昼間のように明るくなる。


「――っぶねぇ」


 家の削ぐ側にあった瓦礫の中で、小さく呟いていた。ここら辺のゴミ集積所みたいなもんなのか、使えなくなった木材や鍋やら積まれている。

 ……生ゴミの日じゃなくて助かった。

 一瞬の選択で、命がどうなるか決まる。今回のオレは、運が良かったらしい。


「アイツは、」


 ほんの少し閃光で眩んでいる視線を泳がせてみれば、周囲に人影は見当たらない。

 傷をつけられ、仮面を砕かれ、流石に撤退を選択したのか。

 ……戦闘慣れはしていなくても、賢さはあるって話だ。バカではないのは分かっていたのだが、案外用意周到だ。

 もしくは、臆病か……ま、今はそんな事どうでもいい。ここから探し回ったとしても見つける可能性は少ないし、短い攻防の中でも、収穫はあった。

 まず、犯人は男だって話。まぁこれはほとんど確定だったが、声の質や顔で判断できなかった以上、ようやっと掴んだ情報と言えるだろう。

 僕という一人称や口調で、完全に男だと断言出来る。

 それに、


「よっと」


 瓦礫の中から立ち上がって、先ほどまで戦っていた場所に戻る。

 ひっくり返された土、足跡の中に――仮面の破片と、小さな布地があった。

 それをゆっくりと拾い上げると、仄かに甘い香りがするそれを、オレは握りしめた。

 収穫その二……これを魔術か何かで検査すれば、出て来る事もあるだろう。小さい収穫だが、確実に前に進んでいる。


「さぁ、て、うちのご主人様に報告しないとなぁ」


 空気の焼ける匂いに鼻を震わせながら、小さく呟いた。







「うん、分かった。じゃあ、ニコラの工房に来て、場所は分かっているでしょ?……そう、この前教えたところよ。

 じゃあ、また後で」


 サシャはそう言いながら、使い魔(ファミリア)を解除する。

 閃光が地上から空中に放たれた時、サシャはすぐに何かあるのではと思い使い魔を飛ばしたが、どうやら正解だったようだ。

 独断専行は少々頂けないが、全く悪い事ばかりではなかったのだから、良しとしなければいけない。

 小さくため息をつくと、サシャはチラリとニコラの後ろ姿を見る。

 その両脇には、図書館から借りて来た大量の本。植物系に統一されているそれは、魔高薬(エリクシル)の材料に検討をつける為に借りて来たものだ。

 温室での搜索が終わった後、彼女はずっとそうして調べ物をしている。

 ――まるで、嫌な事を忘れようとするように。


「トウヤがこっちに来るわ。証拠を持って来るそうよ」

「………………ええ、分かりました」


 返事も非常におざなりだ。集中しているからと思いたいが、サシャにしてみればそれだけとはとても言えない。


「……ねぇ、ニコラ。貴女温室の時からずっと変よ? 何かあるんだったら、話くらいは聞くわ」

 このまま放置しても、良い結果になるとは思えなかったサシャは、ニコラの背中にそう話しかける。出来るだけ優しく、穏やかにだ。

「…………いいえ、結構です」


 しかしそんな言葉にも、ニコラの態度はおざなりだ。


「どうして? そりゃあ、私はまだ貴女と出会って日が浅いし、話が出来る事は少ないかもしれないわ。

でも、話を聞くだけだったら出来ると思うの」

「……それをして、意味があるとは、私は思いません」

「意味がある事ばかりが必要なもの、というわけでもないでしょう?」

「いいえ、重要です」

「そうかな?」


 両者の言葉は、まるで噛み合わない。

 サシャはどうしても話して欲しかったが、ニコラの言葉には拒絶の色が浮かんでいる。

 まるで、それそのものを諦めてしまったように。


「ええ、そうです。

 貴女に話したところで、私のことを理解できるとは、思いませんから」


 とうとう読んでいた本を閉じ、ニコラが振り返る。

 ――そこに浮かんでいるのは、“諦観”。最初から理解されようと願っていないような、悲しくも孤独な表情。


「……どうしてそう思うの? 私は、そうは思わないわ」


 その表情に臆さず口を開いても、その言葉はニコラの態度を変えるものにはならない。


「いいえ、絶対に私の事は、理解できません。理解しよう、と思う事すら、非効率的です。




 ――私は、皆とは違いますから」




 それは拒絶に近い言葉だろう。理解出来ない人間が聞けば、なんて傲慢な態度だろうと思ってしまうだろう。

 それでも不思議と、サシャはそう思えなかった。


「それでも、私は知りたいわ」


 一歩も引こうとしないサシャの言葉に、ニコラは一度だけ、深い溜息をつく。


「……言えば、ご理解して頂けますか?」

「ええ」

「黙ってくれますか?」

「いいえ、それは断言出来ないわ」


 守れない約束はしないのだ。

 その言葉に一瞬黙り込むも、ニコラはゆっくりと口を開いた。


「……分かりました、お話ししましょう。

 私と貴女が違う、という事を」






次回の投稿は、一月三十日を予定しております。

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