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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
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其ノ二






 ――何かが足りない。彼は毎日のように思えていた。

 他者よりもずっと劣っている自分には、ジリジリと焼く焦燥感が迫っている。妥協すれば起こらないはずのそれは、だけど諦める事も出来ずに、今も自分を焼き続ける。


 中途半端。これほど自分に似合った言葉はない。


 自分の命を捨てる覚悟を持てるほど邁進は出来ず、かといって達観して別の道を進む事も出来ない。

 結局自分は、予備の予備。

 誰かが弱った時に、「しょうがない」と困ったような顔をして取り出される“程度”の存在。

 だけど、


『さぁ、受け取りなさい――これで君の真価が証明される』


 その言葉に、安らぎを見た。

 自分だってやれる。自分だって、何かを成せる。自分の中に、きっと偉大なナニカ(﹅﹅﹅)があるんだ。

 そういう思いが自分を安心させ、むしろ換気すら湧き上がってくる。

 それを飲んでしまえば――、




「――なに、してるの、ショーン」




 ――その時、誰かの声で、手が止まった。







 夜の静まった小道を、黒い影が這いずるように歩く。

 それが鼠の類だったら放置しておけるし、騒ぎを起こしているわけではないんだから、鼠と同じように、無視され続ける。

 だが静かだから良いものである、なんて話にはならない。鼠だって静かなだけで、放っておけば際限なく増え、食べ物を蝕み、人間を死へと至らせる。

 あの黒尽くめも、さながらその類だろう。


(って事は、オレはさながら鼠取りってか……)


 陽の当たらない《眷属》の仕事なんて、所詮そんなものだと割り切りながら、オレは黒尽くめの背中を追い続ける。

 どこに入っていくか見極めて、奴の拠点を抑える。

 あわよくば途中であの邪魔っけなフードを取って顔でも晒してくれれば御の字、程度の感覚だ。

 相手も一応魔術やらなんやらで、慣れてないならないなりに正体は隠しているんだ。ヘマを期待してはいけない。


 あくまで冷静に。

 あくまで真剣に。

 あくまで予断なく。


 それが傭兵家業の中で教わった、どんな事柄に対しても通用する、言わば処世術だった。

 ……もっとも、そんな全てが上手くいくはずもない。オレはそれなりに経験を積んだ傭兵だし、《眷属》にもなれたが、にしたって失敗する時はある。

 今みたいに、


『誰かな? 夜道をつけられるとは、私も随分信奉されたものだね』


 ――気付かれる、なんてのは。そりゃあ、暗殺者アサシンの類いじゃないオレに、尾行を完璧になんて無理だわな。

 人が減った住宅の密集する通りの真ん中で、黒尽くめは静かに、だが凛と張った声で、オレに話しかけていた。

 ここで挑発にのって姿を現わす事が良い事なのか、現在の武装と戦力の確認、逆に敵の武装と戦闘能力の推察、今この場で戦って生け捕りなどが可能なのかどうか。

 それらを全て一瞬で計算して、――大通りに足を踏み出した。

 バレてしまった以上は、追跡は無意味。なら少しでも情報収集しないとな。


『ほう、君は――見たところ薬は使っていないようだが、どうしたのかね? まさか使う前から、『もっと欲しい』などと言うのではないよね?』


 黒尽くめの言葉は、前に話したように随分物腰柔らかだ。

 まるで優しい司祭様のようにオレの中の悩みを見ようとし、それを溶かそうとする。ある意味で、無垢な善意だ。

 ――それに吐き気がしないでもないんだがね。

 それすらもぐっと飲み込んで、オレは勝気な笑みを浮かべる。


「いやぁ、どうも薬を見ながらずっと考えてたんだよ。

 こりゃ、オレが使うよりももっと有用な活用法があるんじゃないかなってな」

『ほう……有用とは?』




「そりゃあアンタ、これを売りさばくのさ」




『………………』


 黒尽くめはなにも言わない。それを先を促されたと判断して、言葉を続ける。


「ゴウマ・タクァービシャの姿を見るに、あれは色んな事に使える。そもそも、魔術が使えない人間に魔術を、ってのは最高だ。

 これを上手く使えば儲けが出る。帝国に寝返って、研究費やなんやら融通してもらうのも、悪くはない。

 完璧なものになっちまえば、後は自由だ。一生遊んで暮らすもよし……いいや、薬を使って世界を支配する事だって夢じゃねぇ!」


 ――はい、嘘でーす。そんな事露ほども考えてませーん。

 懐に潜り込めれば良いなぁ、出来なくてもなんか口走ってくれたら良いなぁと思っているだけです。

 少なくとも、揺さぶりには十分だろう。

 オレは熱中し(ように見せかけながら)、黒尽くめに手を差し伸べる。


「オレはこれでも元傭兵みたいなもんだ。コネクションやパイプは今でもある。

 それで、材料や流通の心配はない。薬を試す人間が必要ならオレが手配出来る。なぁに、傭兵稼業は生きるも死ぬもその日次第、一人二人消えたって誰も文句は言わない。

 ――で、どうする? 悪くない話だと思うがね?」

 オレがそんな風に言葉を締めくくると、黒尽くめは仮面の顎あたりを指先で軽く小突く。


『ほう、なるほど……確かに君の言っている事は、間違ってはいない。実際この薬は、世界を変えるだけの力を持っている。国の一つや二つ、簡単に取れるだろうね』

「へっ、話が分かるぜ、なら、」




『――だが、お断りしよう』




 黒尽くめの言葉は、いやに断定的だ。

 いや、もっと言えば――こいつは感情的になり始めている。


『見誤るなよ、傭兵崩れ。

 この研究は、この薬は、才能無きと断ぜられた哀れな者達への救済、断じて商売や国取りの為に使う物ではない。

 その程度も理解出来ない低脳が、“僕”の研究を食い物にしようとは、甚だ心外だッ!』


 ズンッ、と、足元から震えが襲う。

 精神的ではない、物理的な震動。黒尽くめは地団駄を踏んだ瞬間、その振動が少し離れたオレの足元にまで響く。

 ……なんだ、こりゃあ。

 そこそこ身長はある方だが、体格を見るにそこまでの勢いが出せるような体格じゃない。そもそも、一人の人間がそんな力を出せるわけがない。

 こいつ、まさか……。


『そもそも、これを未完成というのが甘い。この学術都市の教授陣にも匹敵する愚かさだと、賞賛の声すら上げたくなるね。




 この薬は、――完成しているのに(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)!!』




 粘着質な這いずりの音とともに、フードの袖から何本もの触手(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)が生み出される。


「なっ」


 驚きの言葉より早く、オレの体は動き始めていた。

 袖口からバネ仕掛けで取り出された《飛鱗》を即座に構え、ギフトを使いながら、触れそうになった触手を斬りはらい、後方に下がる。

 触手は……追ってこない。自分の優位を証明するためなのか、まるで彼自身を守るかのように周囲で揺蕩う。

 大量の眼が、吸盤がわりに付いている蛸の触手。謎の粘液に塗れ、眼はオレを凝視している。


「……てめぇ、やりやがったな」


 予想なんて出来るはずもない。

 生み出した薬を自分で試す研究者が、この世にいるなんて。


『アハハ、これは素晴らしいよ! 何せ服用を続け、この変異に体を慣れさせれば、思うように体を変成(﹅﹅)させる事が可能なのだからだ!

 四肢だけではない。魔術をコントロールするべき頭脳や精神まで変革させ得るんだ。

 ――ほら、このように、』


 触手の先が、いくつもオレに向けられる。

 浮かび上がったのは、魔術の記陣。

 描く道具どころか、描く仕草すら起こらず現出したそれは、黒尽くめの小我(オド)を使用して、あっという間に膨大な火炎の渦を生み出した。


「うぉ!!」


 間一髪で、家同士の隙間に入って、炎を回避する。


『ハハハ、とある学生が魔術具(アーティファクト)で使っていた理論を再現してみたのさ!

 もっとも、私は道具など使用せずに、自分の頭脳だけで行ったがね!』


 黒尽くめの言葉には、先ほどのような優しさはなく、傲慢で勝ち誇るような雰囲気すら出ている。

 魔獣のような力に含め、魔術まで自由自在。

 そんな状況で勝ち誇らない人間はいないだろう。


「――まぁ、何となるか」


 《飛鱗》を構えながら、静かに息を整え、道に出る。

 即座に触手は、オレを捕まえようと踊り狂う。まるでそれは、大蛇の大群だ。無数の棘まで生え殺傷能力の上がったそれは、オレの胴に触れれば内臓ごと削っていくだろう。

 そうすれば、死ぬ。確実に死ぬ。

 サシャから大我(マナ)の供給を受けていない今のオレじゃ、傷を自動で治してくれる力もなければ、雑にやっても回避や対応が出来る力もない。


 ――だが、その方がオレはずっと良い。


 ほんの数センチ。

 掠っただけでも痛みがやってくるそれを、間一髪の所で回避しながら、あるいは斬り払いながら、黒尽くめとの距離を詰めた。


『ぐっ、』


 刃が翻る。

 ほんの少し服の端を切っただけに留まったが、刃は届く。相手の体から匂う嫌に甘ったるい匂いを感じ、眉をひそめながら、すぐに相手の背中側に走って、再び距離を取った。

 狭い道の中じゃ、あいつの触手は自由に動けるとは言い辛い。ならこっちは、動き回って切り刻む、ヒット&アウェイが一番だ。


『何故だ、なぜ動揺しない!? 私の姿が恐ろしくないのか!?』


 黒尽くめは混乱の叫びをあげる。

 人間の姿をしている奴から触手が生まれれば、そりゃあびっくりして当然だろう。魔術だって驚嘆に値する。

 でも、


それがどうした(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)? んなのはこっちは日常茶飯事なんだよ」


 魔獣が想像した以上の動きをしたり、何か異能を持っていたりなんて、傭兵時代に散々経験してきた。

 傷が即座に治らないのも、体に自由が利かないのも、当たり前。


 オレは人間だ。


 ちょっと変わったギフトを持っているだけの、普通の人間。手足は重く、呼吸は荒く、動けばすぐに鈍って、ちょっとの怪我で死ぬ。

 知っている。

 解っている。

 毎日のように〝再確認〟している。


「どんなに無限の力を手に入れようと、それに胡座かいて周り見てねぇと、あっさり寝首をかかれるんだ」


 《飛鱗》二刀の切っ先を、振り返った黒尽くめに向ける。




「教えてやるよ。テメェが言う“才能”とやらじゃ超えられない壁があるってな」





次回の投稿は、一月二十三日を予定しております。

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