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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
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其ノ四






 ――ウニベルタス、その学園内の温室は、この世界でも最高峰の施設と言っても過言ではないだろう。

 世界中に点在する様々な植物を1箇所に集め、その成育を管理する為に様々な魔術機械が導入されているここは、温度や湿度、つまり“環境”を操る事が可能だ。

 故に、冷寒地の植物と温暖地の植物が、同時に存在出来る。区画こそ違えど、だが。

 そんな様々な植物がひしめき合っている中を、ごそごそと動き回っている人影が二つある。


「――ぷっはぁ、どう、ありそう?」


 一人は、サシャ。

 魔術に関係する植物の一覧表である分厚い本を片手に生い茂る植物の中から出てきた彼女は、やや土汚れを頬につけながら、近くの草陰に声をかける。


「いいえ、残念ながら。やはり、こんな目立つところで育てる事はないのでは?」


 声をかけられた草陰から出てきたのは、ニコラだった。こちらも土汚れこそ付いているものの、本は持っていない。

 専門ではなくても、本を読めば大概記憶できる彼女に、一覧表は必要ないのだ。


「う〜ん、まぁそれは言えてるんだけど……でも、一応もう少し探してみましょう。付き合ってくれる?」

「……まぁ、無いと断言出来る証拠も、ありませんから」


 サシャの言葉にそれだけを言うと、ニコラは再び、探し物を開始する。

 素直じゃないのか、そうでもないのか。そんな反応にサシャは苦笑いを浮かべながら、手を動かし始めた。




 その成分が植物を指し示すのであれば、植物があるところを探してみよう。

 どこで作られているものなのか、あるいは目に見える所に隠されているのではないか。そう思ったサシャが最初に目をつけたのが、この温室だった。

 魔術薬、あるいは普通の医療品の研究の為に、材料を揃えようというのがこの温室の目的だが、『木を隠すなら森の中』だ。

 幾人かの講師や助教授陣が管理しているこの温室であれば、もしかしたらあるかもしれない。

 そういう淡い期待を込めて、ニコラの師匠と、管理している講師の一人が付き添う事を前提に、ここでの捜索を許可されたのだ。

 勿論、表向きには捜索ではなく、授業の一環ではあるが。

 ――しかし、そう上手いこと話が行くはずもない。

 大我(マナ)を大我として物質化する植物。

 そんな未知の、あるいは未知の精製法によって変化する植物がこんな所にあれば、流石に誰かが発見しているはずだ。


「収穫なし、ねぇ」

「だから、そんな風に探しても見つからないと、言ったじゃないですか……」


 土の敷いてある場所にまで入っていたからか、頬だけではなく、足元も含めた全身が土汚れでボロボロだ。

 そんな二人を、一対の眼を持った影が見つめ、小さく溜息を吐く。


『やれやれ、《勇者》というものは想像以上に泥臭いものなのですね。非常に興味深い』


 その影――鼠は、生徒達への労い半分、皮肉半分の言葉を零した。

 魔術学科教授にして、魔術学科学長、そしてニコラの師匠。

 クライファージ・フォン・アーチボルト――が使い魔を通し、こちらに話しかけているのだ。

 研究者という意味においても、また魔術を扱う〝兵器〟という意味での腕は超一流。

 今まで生み出せないとされていた魔術技術を生み出し、現代の魔術を数段向上させ、それのみならず、帝国との戦闘や災害クラスの魔獣の侵攻を一人で食い止めた事もある。

 真の天才だ。

 ――もっとも、どこ業界の天才が同じであるように、こういう御仁は些か以上に変わり者が多い。

 実は挨拶をしたものの、サシャも本人とは会っていない。

 彼はいつも使い魔を介して講義を行い、どんな時であっても自身の姿を現さない。

 彼の本当の姿を知っているのは、ニコラなどの直近の弟子と、学園上層部の人間のみ。実は既に人間の姿をしていないとか、人間種ではないとか様々な噂が広がっている。

 何せ、記録と本人の証言が確かなら、凡そ百五十年前から活動している魔術師なのだ、誰だってそう疑いもするだろう。

 話してみると、実に気さくな御仁なのだが、少々シニカルに語るその姿勢が、サシャは少し苦手だ。

 ……何せ、自分の師匠も系統は違えど、似た皮肉さを持っているからだ。


『もう少し効率性を重視させた方が良いのではありませんか、サシャさん』


 丁寧な物腰の言葉に、サシャは顔を顰める。


「……お言葉ですが、アーチボルト教授。ここで一介の生徒である私に、敬語は不要です」


 声を潜めていたとはいえ、食堂でニコラと堂々と話をしていたサシャが言う事ではないかもしれないが、あれはあれでバレないと踏んで話していた。

 堂々と話していれば、人は関心を払わないものだ。

 しかし、魔術学科学長が一般生徒に敬語を使っているというのは、平静にしていたって悪目立ちする。

 そんなサシャの言葉に、鼠は表情を変えず(当然と言えば当然だが)答える。


『ご心配には及びません。私は一定の距離感を持っている人間に対しては、いつもこうです。

 常に紳士たれ、というのが、遠い昔に亡くなった父の教えでした故』


 ……懐疑的に視線を向けると、ニコラもまた師匠の例に習ってなのか……いいや、これは普段通りか。とにかく、表情を変えずに頷く。


「本当です。師匠が敬語を使わないのは、近しい人にだけです」

(……それってようは、私を信用していないって事じゃないの)


 心の中で毒づくが、それを口に出そうとは思わない。

 《勇者》はどこでだって部外者だ。問題が起こればやってくるが、それ以外の時は不干渉の存在。そんな存在に、いちいち親愛を感じていても、しょうがない、と思われるのはそれこそしょうがない。

 ……ニコラに対しても、同種の我儘を言っているんだろうか。

 一瞬やってきた不安を振り払うと、サシャは毅然とした態度で口を開く。


「この捜査に関して、隠密性が大事だと思います。地道でも非効率的でも、“目立たない”事が最優先です」

『ほう、女生徒二人で土塗れになりながら温室を右往左往するのが、“目立たない”ですか。ここが田舎の小麦畑であれば、なるほど、目立ちませんな』

「………………」


 ――やっぱ私、この人苦手。

 そう思ってしまうのは、無理からぬ事だった。


「ですがサシャさん、師匠の言っている事にも、間違いはありません。

 流石に人目に付く場所に隠しているとは、私もどうしても思えません。悪事を働いている自覚がある人間は、こんな所に隠したりしないのでは?」

「……うん、まぁ、それはそうなんだけどね」


 ニコラの言葉に、少し気恥かしくなりながらも首肯する。

 サシャとて、まさかこんな場所で堂々と薬の原材料を作っているとは思っていない。あくまで、あれば儲け物、程度の感覚だ。

 勿論早く解決させるに越した事はないが、今回はシルヴァリア王国のような厳密な時間制限はない。

 可能性は虱潰しにした方がいい。


「とにかく、ここにはないってのは、しょうがないわね……もうちょっと、ヒントがあれば良いんだけど」


 サシャがそう言った瞬間だった。温室の扉が開く音がして、サシャとニコラは、即座に居住まいを正した。


「――おや、目的の物はありませんでしたか?」


 温室を管理している講師が、温かい飲み物を保温する魔術具と、いくつかのコップを持って現れた。

 彼は、初日の授業を受け持っていた講師だ。柔和な表情を浮かべた眼鏡姿の彼が、この温室を管理している者の一人とは、何となくらしいと思う。


『ええ、生憎ではありますが。しかし、サシャさんに温室を紹介する良い機会になった事を考えれば、まるで損ではありませんでしたよ』


 先ほどの皮肉さは何処へやら、残っているのは爽やかさのみだ。

 そんな鼠の声に頷きながら、その講師は近くに備え付けられたテーブルでお茶を淹れ始める。


「無駄にならなかったなら良かった。もし良ければお茶を用意しました、ぜひ、午後のお茶の時間に付き合って貰えないかな?」

「え、そんな申し訳ない」

「いいや、僕が飲みたくて淹れたものだから、ついでだよ。アーチボルト教授は如何ですか?」

『遠慮しておこう。味覚共有までは流石にしていないのでね』


 トントン拍子で話は進み、目の前に湯気がたったお茶が出てくる。極めて一般的な、花を乾燥させた香り豊かなお茶だ。

 少しの間だけサシャとニコラは目を見合わせるが、それも本当に少し。ここで断るのも不自然に思って、二人はカップを受け取った。

 お茶の香りの中に、本来の匂いとは違ったな香りを感じる。甘味でも混ぜたかのような、甘ったるい香りだ。


「蜂蜜を入れたのですか?」


 お茶に蜂蜜を入れるのは、決して不自然な事ではない。サシャの言葉に、講師の柔和な表情はさらに柔和になる。


「いいや、入れていないよ。もし甘ったるい匂いを感じたのなら、多分僕の服からさ。

 僕は授業以外は、ここで過ごす事が多いからね。花の匂いが移ったのかもしれない」


 なるほど、そんな事もあるだろう。サシャは何となくそう言いながら、お茶を啜る。暖かくなった季節とはいえ、温かいお茶は強張った体に安心感を与える。


「それにしても、転入だけでも凄いっていうのに、早くもアーチボルト教授に贔屓にして貰っているとは、将来有望だね。

 えっと、名前はサシャくん、だよね? 僕の講義に出てくれた」

「ええ、そうです……でも、贔屓にして貰っているなんてとんでもないです。ニコラさんと仲良くなったので、ついでです」


 講師の褒め言葉に、サシャは取り繕ったような様子を欠片も見せずに微笑む。

 その演技と「仲良くなった」に不本意そうなニコラだが、そういう雰囲気を出しているだけで、特に口を挟む事もない。

 必要な偽装だ、などと思っているのだろう。

 そんな二人を、講師は微笑ましそうに見つめる。


「うんうん、交流を深める事は、研究や研鑽にも影響を与える良い方法だ。

 特に、天才であるニコラくんと仲良くなっておいて、損はない。彼女は、僕みたいな三流講師では及びもつかない、優秀な生徒だからね」

「……いいえ、そんな事は、ありません」


 ニコラが言葉少なく首を振ると、講師は苦笑を浮かべる。


「ニコラくん、謙遜は時にどんな言葉よりも鋭くなるんだよ。

 君が謙遜してしまっては、僕が魔術師を名乗る事すら烏滸がましい」

「……はぁ、」


 講師の言葉は、正直な褒め言葉のように聞こえる。態度にも、おかしい所はない、ように見える。

 だが、サシャから見ると、ニコラがそれに喜んでいるとは、とても思えない。困惑しているのかな、とも思ったが、どうやらそうでもないらしい。




 それは、少しの嫌悪。




 褒められている言葉に戸惑いまではいっても、嫌悪する人間はなかなかいない。それが少し不思議というか、違和感のように感じられた。


「まぁ、君がそういう性格なのは、重々承知しているけどね」


 反応があまり良くないからか、講師はそのまま言葉を切り、サシャに視線を向ける。


「しかし、魔術師というものは、才能という言葉とは切っても切れない縁を持っているからね、サシャくんも頑張ってね」

「あ、はい……」


 その言葉に、サシャはおずおずと頷く。

 魔術師の生涯は、才能という言葉に彩られる。

 魔術師になるという意味においてもそうだが、仮に勉学を修め、正式な魔術師になった所で、その言葉の影響は大きい。

 研究者ならばセンスや発想力、戦闘の一翼を担うならば、危険な状況でも詠唱を間違えない胆力や状況判断能力。果ては滑舌や、正確に線を引く事。

 細かい部分にまで才能と資質が問われ、方向性が決められる。

 魔術や魔導をあくまで“手段”にしてしまうならば気にもならないが、普通は魔術の才能があるだけでも出世栄達の可能性が高い。

 それを無視できるほど、人は才能というものに富んでいないのだろう。




「……馬鹿馬鹿しい」




 誰も聞こえなかったはずだ。

 鼠と同じ感覚しか持っていない教授にも、意識を別の方に向け始めた講師も、きっとこの小さくか細い声を聞いていないだろう。

 隣に座っているサシャにだけ聞こえた。

 ――ああ、何故だろう、罵倒するような色合いが混じっているはずなのに、




 それには、「助けて」という意味がこもっているような気がした。






次回の投稿は、一月十六日を予定しております。

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