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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
91/125

其ノ四

あけましておめでとうございます、今年も一年宜しくお願いします。

今年も頑張って、面白いものを作っていこうと思います。


それでは、新年一発目の更新、どうか楽しんでいただけると幸いです。






 夜も更けてきた酒場の前。

 ――からずいぶん離れた民家の屋根の上。そこに、一人の分の影が浮かび上がっていた。弓を携え、この宵闇の中に混じりそうな人物。

 サシャの二人目の《眷属》にして、今回はトウヤのフォローを任された、ウーラチカだ。

 仲間から譲り受けた装備と、自分の愛弓である《矢要らずの弓(フェリル・ノート)》を携え、その夜目が利く目で、酒場の周辺を警戒していた。

 傍目から見れば、退屈な任務に思えるだろう。

 だが、殆ど社会から切り離されていたウーラチカには、どこも新鮮に見える。この前に見た国も、この学術都市も、彼から見れば信じられない光景だと言っていいだろう。


 人混みには流石に慣れたが、出てくるものは、自分の想像を遥かに超えている。


 美味しいものがある、という事を知った、料理というものがあるのだと、初めて理解した。

 様々な服を着た様々な人間、考えや性格はまるで違っていて、最初に知った男女以外の違いが人間にはあると知った。

 勉強というものを知った。人が生きていく上で必要な、あるいは人が前に進み続ける上で発生するものを知った。理解までは難しいが。

 良い事ばかりではなく――この世界には、悪い事もあるのだと知った。

 森で出会った大鬼族(オーガ)や呪師ばかりではない。自分が知らなかっただけで、世界には良い事も悪い事も、ぐちゃぐちゃで、ごちゃごちゃしているものだと知った。

 この学術都市にいる人間も、そうだ。

 ショーンなどのように良い人間もいれば、逆にゴウマのような気に入らない人間も、こんな都市の中で、危険な薬を売っている悪い人間もいる。

 ……その事を思うと、ウーラチカの胸の中が、不自然にモゾモゾする。

 憤り、許せないという感情、絶対に止めなければという正義感。

 様々な心の欠片が綯い交ぜになって、彼の中で感情という一つの形を生み出していく。

 いくつかの感情は、《眷属》になった時の一連の事件でも感じたものだが、それも穏やかな樹人族(エント)達との生活では、きっと思いを寄らなかったものだろう。

 感謝したいと思う反面、少し煩わしくて、彼は心なしか眉を顰める。


「……ショーンも、」


 不意に、口の端に言葉が漏れる。

 ショーン。この学園であった、ウーラチカにとって初めての友達と言えるだろう。

 一見優しいけど、厳格なサシャ。

 どこか飄々として掴み所のないトウヤ。

 この二人とも違う――言ってしまえば普通の、友達。

 そんな彼が、トウヤとゴウマの戦いを見てから、何か悩んでいるのでは、と何となくウーラチカは察していた。

 自分やクラスメイトと話していない時、どこか考え込むような仕草をする事が多くなったから。

 だから――ウーラチカは話しかけなかった。

 どうすれば良いか、分からないからだ。

 自分がここにそう長くはいない、というのも理由の一つだったが、それ以上に、何にどう悩んでいるのか分からなかったのだ。


 ウーラチカに今の所大きな悩みはない。


 サシャもトウヤも良い人だし、こうやって仕事の一環ながらも、世界を見に行けているというのは、目的通りであり、素晴らしい経験だと思う。

 祖父が死んだ時は嘆き悲しみ、復讐を考え、苦悩した事はあったが、それもある意味彼の中ではもう遠い出来事だ。

 今も思い出しては辛くなるが、あの人の木が今も《エント・ウッズ》にあるのだと思い出せば、少しは乗り越えやすくなる。

 だから、悩みなどない。

 だから、分からない――悩んでいる人間に、何と言えば良いのか。

 そんな事を、故郷では考えた事すらなかったのに。

 もし今この場にトウヤなりサシャなりが居れば、『成長したな』と笑いながらも、アドバイスをくれただろう。

 当然のように受け入れていた生活から、何かを考える生活へ変わったのは、一種の成長と言っても過言ではないだろう。

 しかしここにそんな問題に助言をくれる人間はいないし、今すぐに答えを出せるものでもなかった。


「……集中」


 店の周囲に視線を戻しながら、ウーラチカは考え事を打ち切る。

 そうしておいた方が、今の所は落ち着いていられるから。




 ――だから、ウーラチカは気付かない。

 彼の目にも見えない人物が一人、店の中に入っていった事に。







 今日も今日とて、酒場は盛り上がっている。

 飯を食う者、今だに酒を浴びるように飲む者、女を口説く者、寝ている者、やっている事は様々だが、共通点は〝酔っている〟事だろう。

 その中には、今日も今日とて飲んだくれているトウヤがいた。

 ……いや、厳密にはそれほど酔っているわけじゃないんだけどな。

 飲み会の中で本当に酔っ払わないコツは、『水を大量に飲む』事と『周囲に飲ませる事』、そして『酔っ払いに紛れる事』だ。

 水は言うに及ばずだが、周囲が酔っ払い同じテンションで話していれば、中にいる酔っ払いにも、外にいる人間にも気付かれる事は少ない。

 まぁ時々気づく奴はいるが、よっぽどこの場に慣れている人間じゃなきゃ無理だな。実際、今オレは誰に文句を言われる事もない。

 時々こうやって賑わいの外にいても、誰も声をかけてこない。俺が乗せた連中が、今も大騒ぎしているのにだ。

 ……まぁあの連中にはオレの演技に付き合ってもらって悪いとは思うが、ほら、気持ちよく飲めているんだから許してもらおう。

 そう思いながら、俺は近くに置いてあった水を煽る。酒場の熱気と、アルコールが齎す体の底からの熱が、水で優しく冷やされる。


「フゥ……さてさて、今日は来てくれるかねぇ」


 この作戦を初めて四日目の夜。

 流石にあからさま過ぎたのか、それとも単純にオレの存在に向こうが気付いていないののか……どちらにしろ、今日がダメなら別の方法を考えるしかないだろう。

 今の所手掛かりがない以上、これがダメならまた面倒な事になるんだけど、




『――この席、空いているかな?』




 くぐもった声に視線を向けると、そこには酒場には相応しくない男が立っていた。

 全身を黒いコートが包み込み、寒い季節でもないのに、フードまですっぽりと被っている。

 その中には、能面……つうか、もはや顔と認識出来れば良い程度の、無個性の仮面が着けられている。


「……ああ、空いているよ。なんだったら、席を外そうか?」


 オレはそう言いながら、視線を周囲にさりげなく向ける。

 状況はほぼ変わらない。というより、誰も目の前の黒尽くめに視線を向ける事はない。こんだけ怪しい男が入れば、皆興味が湧くだろうに。

 コートになにか仕掛けでもあるのか、目の前の男が何かしているのかは分からないが、少なくとも人目を避けるタイプらしい。

 オレの言葉に、黒尽くめは首を振る。


『いいや、結構。私が話したいのは君だからね』

「……ほう、そりゃあ変わった御仁だ。こんな一介の学生と話した所で、良い事なんざないだろう?

 それに、オレは残念ながらアンタに興味なんざない。こっちは酒を呑むので忙しくてな」


 わざと相手の気を悪くするような事を言って、オレは席から立ち上がる。

 ここで興味津々に近寄っていって、警戒心を持たれちゃ堪らない。一応オレは、『何の事情も知らないただの学生』なんだからな。


『まあまあ、そう言わず座りたまえ――君、あの学園で起こった事件の当事者だろう?

 興味があってね、ぜひ話を聞かせてほしい。なんだったら、一杯奢っても良いんだからさ』


 仮面の底から湧き上がる声は、変化の魔術でも使っているのか酷く濁って聞きづらく、泥の泡が弾けるように不快感を煽る色合いだ。

 ――だが、食い付いた。


「……へぇ、変な奴だと思ってたが、そんな話を聞きたいのかい?


 オレが負けた時の話を聞こうだなんて、普段ならそのいけすかねぇ仮面ごと殴り飛ばされたって、文句は言わせねぇんだが……奢ってくれるってんなら、嬉しい話じゃないか」

 オレは至極下品な笑みを浮かべて、席に戻る。

 黒尽くめはそれに満足したのか、鷹揚に頷く。


『別に君の醜態を聞きたいわけではない、気分を害したなら謝ろう。

 だが、私は君が対峙した例の相手への感想を聞きたかったのさ。どうだい? 彼の変貌ぶりは? 聞く所によれば、魔獣のように変身してしまったんだろう?』


 ……どうやら、こいつ、駆け引きってもんを理解していないようだ。ま、ただの学生相手に気にする所はないだろうさ。

 『魔獣のように変身した』なんてのを知っているのは、あの場にいたオレとウーラチカ、そしてニコラ。あとはオレらから直接話を聞いたサシャぐらいだろう。

 学生やその場にいた人間は、全員避難したか、あるいは避難誘導で忙しかったはずだ。

 そんな状況を把握できるのは、あの状況を見ていた本人か、薬の効果を知っている本人、あとは報告を受けている上層部や調査を行なっている研究所。

 上層部や研究所はこっち側の人間。疑わない訳じゃないが、こんな形での接触はしないだろう。

 だとすると、あの二つの可能性の残る訳だが……どっちにしろ、魔高薬(エリクシル)に大きく関わっているのは間違いない。


「……まぁ、恐ろしく強かったのは確かだ。あんな事が起こるなんて、現実であり得て良いのか、までは知らないがね」


 どこか口惜しそうな風を装いながら、言葉を続ける。


「オレだって学園に来るまでいろいろ経験した側だったが、あんな風になるのも、あんな強い奴とも戦った事はない」

『ほう。君は傭兵だったのかね?』

「オレじゃない、親がな。魔獣狩り専門だったし、オレは直接戦う機会は、そう多くはなかったが」


 適当な嘘を並べてみても、黒尽くめは気にした様子もない。

 仮面の奥にある目は少々物理的に歪んでいるように見えるが、それでも楽しそうな色を映しているのは手に取るように分かる。

 ……まるで、あの結果を楽しんでいるようだ。

 オレの腹の底は、それだけでも熱くなる。今すぐこいつをぶん殴りたいと自己主張する拳を握りこんだ。


『では、悔しいのではないかね?

 一応君は、他の生徒とは違う強さを持っていたはずだ。そんな人間が、あんな反則級の存在に負けるというのは』

「……喧嘩売ってんのか、アンタ」

『いやいや全く。私はあくまで、君の感想を聞きたいだけなんだ』

「……悔しいっていうか、難しいな。

 ああいう力を手に入れれば、あいつにオレが負ける筈がない。そんな風になれないってのが、悔しいかと言えば、そうなのかもしれないがね」


 適当に〝餌〟をぶらつかせる。

 こういう感情は、言わば奴にとっては“需要”だ。

 言っちゃあなんだが、魔高薬は大したもんじゃない。何せ手に入る力に対して、副作用が大きすぎる。誰だって魔獣にはなりたくないだろう。

 だが、往々にしてデメリットを無視しちまう人間ってのはいるもんだ。

 そういう奴が力を求めれば、それすなわち魔高薬を使う人間だって証明みたいなもんだろう。オレはそれを、黒尽くめにチラつかせているのだ。

 それを、黒尽くめは、好機と見たのだろう。


『――あの力が手に入るとすれば、君はどうする?』


 アッサリと手の内を晒し始めた。


「……どうって、そりゃあ、使うだろうなぁ。だが、手に入り方が知らないんだから、どうしようもない」


 ――コトリッ、と木を叩く小さな音が聞こえる。

 化粧瓶よりもなお小さい、質素な小瓶。その中には、普通の飲み物じゃあり得ない物が入っていた。

 そりゃそうだろう。薄紫色で軽く発光している飲み物なんて、ファンタジーなこの世界にだってない。




『魔高薬、と私は呼んでいる』




 現物が、とうとうオレの目の前に現れた。


『これを飲めば、彼のような力が得られるよ。

 デメリットは……残念ながらご覧の通りだが、それでも君はあの力が欲しいと言ったからね、特別さ』


 黒尽くめからすりゃ、自分は天の助けそのものだとでも思っているんだろう。

 そりゃあそうだ。目の前の若者は未熟ながらも力を欲し、黒尽くめはそれを提供しようっていうんだから。


「……こんなもん、効くのかねぇ」


 オレは動揺を隠しながら、ゆっくりと小瓶を手に取った。

 ……見た目は変わっているが、それ以上の違いは分からない。オレは色々学んだが、それでも魔術関連の知識がない。

 あったとしても、見てすぐに分かる事なんて滅多にないだろう。


『効果は君にこそ分かると思うがね。飲めばたちどころに、あのゴウマ・タクァービシャのようになれるよ』

「へぇ、こいつがね……で? いくらなんだ? そんな薬なら、相当金がかかるんじゃないか?」

『――たださ。金などいらない。

 私は才能がなく、苦しんでいる仲間を救いたいだけだからね。言わば、慈善事業さ』


 ――実験動物扱いの間違いだろう。

 頭の中で考えながら、笑みを作る。


「へぇ、そいつは良いことを聞いた。ならこいつをオレが懐にしまっても、問題ないよな?」


 かざした小瓶を少し見つめてから、黒尽くめは小さく頷いた。


『ああ、一向に構わない……ただ、注意しなさい。

 どうやら、最近これに対しての調査が行われているようでね。所持していると、それだけで学園からどんな目に遭わされるか分かったものじゃない。

 私に調査の手が及ばないか、こちらも戦々恐々としているよ』


 ああ〜、やっぱバレてるか。そりゃあそうだわな。どこまで言ってもバレるのはしょうがない`――ん?

『私に調査の手が及ばないか』?


 この薬の調査は、学園内部で行われている。そりゃあ、この薬が学園限定で広がっているからだし、内部犯の可能性だってあったからだ。

 ――だが、今の言葉で、可能性は確信に変化する。

 こいつ、学園内にいるぞ。しかも調査の手が及ぶって事は、予想以上に近くに。







次回の投稿は、一月四日を予定しております。

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