表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
90/125

其ノ三






 ――朝は、どんな人間の元にも訪れる。

 日光は燦々と降り注ぎ、どんな善人にも悪人にも、平民にも貴族にも、学生でもそうでない人間にも降り注ぐ。

 しかしこの朝というものは、必ずしも良いものとは限らない。

 また朝か、またいつもの、退屈で面倒臭い日常の始まりかと眉を顰める者もいれば、まだ寝ていたいという怠惰な人間もいるだろう。

 それは当然、


「ぐっ……つらい……」


 酒に呑んだくれた一人の錬鉄族(ドワーフ)にとっても、例外ではない。

 ……昨日は、いや今朝は、それこそ空が白むほどの時間、トウヤとひたすら飲み比べを続けていた。

 勝敗は決まらなかった。

 というより、通常の錬鉄族の中でもそれほど酒に強くはないニコラと、人間の中では酒豪の部類に入るトウヤ。

 どちらも同じくらい呑み、どちらも同じくらい酔っ払い、どちらも同じくらい正体を無くした。

 最後の記憶は肩を組んで、酒場にいる全員と歌ったくらいで、あとはどうやらベッドに直行だったらしい。少なくとも、自分で帰れるくらいには足取りは確かだったようだ。


「……ハァ、」


 憂鬱そうに溜息を吐いてから、近くの机に置いてあった水差しの水を、一気に煽る。

 ――思いっきり乗せられてしまった。

 あそこであんな、まるで教科書に載せても問題ないほどの煽りを真に受けるとは、自分でもびっくりだ。

 耐性がなかった事がいけなかったのだろうか。ああいう風に、自分をからかう人間はいなかった。


(……いえ、そもそも話しかける人間自体、そう多くはありませんでしたね)


 錬鉄族の純粋種(ピュアブラッド)

 その肩書きは入学した瞬間に知れ渡り、ニコラの魔術の才能も相まって、話しかける人間はいなかった。

 羨望、妬み嫉みなどの視線は感じていたのだが、それらを向けた人間が話しかけてくれた事はない。

 結局、まともに話をするのは自分の師匠くらいなものだ。

 テンバー・タクァービシャ? あれは一方的に絡んでくるだけで、特に話をしているという印象はない。むしろ、騒々しい雑音だ。

 とにかく、あんな風に気楽に、そして雑に話しかけられた事など、ニコラの人生にはなかった。


(……まぁ、彼だけではありませんが)


 アルコールが重くさせる頭の中に、またも重苦しい問題が加算されたちょうどその時、洗面台がある扉が、勝手に開く。

 黒髪に擬態させる魔術を解除し、いつも通りの金髪を晒しているサシャ……サンシャイン・ロマネスという《勇者》だ。


「あら、おはよう。昨日派手に呑んだ割には、元気そうね」


 三日前よりもずっとフランクにそう言うと、濡れて輝いている髪をタオルで叩くように拭く。きっと、身支度をすませる前に、大浴場にでも行ったのだろう。


「凄いわよね、あんな大きな浴場見た事ないわ。

 『止まり木館』にも浴室はあるけど、あんなに最新鋭じゃないし、市井じゃもっぱら水風呂か、サウナじゃない?

 それが一日中自由に入れるっていうんだから、いやぁ、本当に、学術都市様々ね」


 ……フランクというより、もはや演技の欠片すらない。人とのコミュニケーション経験が乏しいニコラから見ても、彼女が自分を目の前に安心しきっているのが分かる。

 昨日のトウヤにはフランクながらも警戒心というか、こちらを値踏みするような考えがあったが、彼女にはそれすら存在しない。

 もう信頼出来る人間だと、確信してしまっているような気さえする。

 三日前、今回の囮作戦が成立した直後の言葉など『――じゃあ、ご飯でも食べに行きましょうか』だった。

 これではまるで、仲間、いやそれを超えて――、


「っ、《勇者》様」


 降って湧いた考えを振り払って声をかけてみるが、サシャはその言葉の変化にも気づかず、気持ちよさそうに間抜けな声で返事をする。


「ん〜、なに〜……あ、誰の耳があるんだか分からないんだから、畏まって呼ばないでよぉ」

気にしている場所がおかしい。


 そんなツッコミが頭の中に浮かぶが、彼女の口どころか喉に登る事すらない。


「いえ、ここには高等遮音結界を張っているのでご心配なく……そうではなく。

 《勇者》様にとって、私は警戒するに及ばないという気持ちは分かりますが、それにしても少々気を緩ませすぎだと思います」


 普通の考えであれば、《勇者》の考えに口を挟むのは不遜だろうが、今は対等の協力者。ならばと、慇懃ながらも少し強めの言葉を選ぶ。

 ……のだが、サシャにはそれが全く響かない。


「そうかな? 私は普通に接しているだけなんだけど」


 ある程度水分が拭えたのだろうか。タオルを置いて、今度は少し絡まった髪の毛を梳かし始めるサシャに、ニコラは言葉を続ける。


「普通ならば、です。

 私と貴女は、今回の一件に協力しているに過ぎません。そんな人間に、そのように気を許して良い筈がありません」

 何せ三日前にようやく知り合った程度の関係なのだ。そんな人間に、それほど気を緩ませる方がどうかしている。

 むしろ、トウヤの態度の方が“普通”と言えるだろう。

 いくら味方とはいえ、警戒して当然なのだ。

 ――そんな言葉で、サシャの手が止まる。ようやくこちらの考えを理解して貰えたのかと安堵したのだが、次の言葉で、ニコラは動揺する事になる。


「……ああ、なるほど。貴女と私じゃ、どうやらそこが食い違いがあるようね。

 どうせ、トウヤの反応を見て、私もそうだと思ったんでしょ? あいつ、右手で握手しながら左手で武器を隠し持つタイプだから。

 あんなチャランポランな風でいて、警戒は解かない……元傭兵らしいっちゃ、らしいけど」


 櫛をテーブルに置くと、サシャはこちらを真っ直ぐに見つめる。

 一本の矢のような実直さと、盾を持たないような無防備さを兼ね備えたその目には、普段表情を変えないニコラでも、ほんの少し鈍らせるには十分の強さを持っている。


「ニコラ、私ね、《勇者》になる時決めた事があるの。信念ってわけじゃないけど、一定の自分の決め事、約束事みたいなものね。

 その中に――『人と接する時、出来るだけ最初から決めつけない』ってのがあるの」


 ――あの人は良い人だ。

 ――あの人は悪い人だ。


 出来るだけ、そのような偏見は持たないように、サシャは心掛けている。《勇者》としてというのもそうだが、何より、そんな最初から偏見を持って見たくはないのだ。

 勿論全部が全部、そのように出来ないかもしれないが、出来るだけそんな目で見たくはない。


「貴女に対しても、協力者、今回限りってだけ考えて接したくはないの。

 だから、貴女の事も出来るだけ知りたい。心を開いて貰う為には、まず自分が開いとかなきゃね」

「――――――」


 サシャの言葉に、思わず閉口する。

 いや、閉口せざるを得ない。

 だってそうだろう? そんなの普通の考え方ではないんだから。

 最初は誰だって、自分の本性を小出しにしたり、軽く偽ったりなんて、当たり前ではないか。そんな事は、鈍いニコラですら分かりきっている。

 だって、相手もそうしているのだから。

 ほんの少しずつ開いて、本来の自分を見せて行くものではないか。

 ――それを、サシャは一足飛びで行おうとしているのだ。

 あくまで一介の学生であり、今回限り、きっと他に会う機会はないニコラッティエ・リヒティンという人間に。

 他人から言わせれば、まるで愚かだと思われるような行動だ。


「――ふふっ」


 動揺していると、いきなりサシャが笑い始める。

 馬鹿にされている。そう思ってニコラは、眉を顰め、サシャを睨む。


「何がおかしいんですか?」

「あ、いいえ、別に馬鹿にしたわけじゃないの……ただ、貴女って意外と分かりやすいのね」

「……は?」


 これもまた、予想外の言葉だった。

 何を考えているか分からない、理解出来ないと言われる事はあっても、分かりやすいなど、ニコラには一番縁遠い言葉だ。

 態度を変えず、サシャは微笑む。




「あら、だって、目が面白いように動揺しているわ。見てれば誰でも分かると思うけど?」




「――っ」


 思わず、手で目を覆う。

 自分が純種だという事の証明であるオッドアイ。そんなまじまじと見てくる人間はいない。

 だってこれは、自分が異端だという証だから。

 ニコラが、永久に孤独である、と断言するモノだったから。


「ふふっ、隠さないで。それ、私は綺麗で良いと思うわ!」


 そう行って立ち上がると、サシャはそのまま外の通路に続く扉に手をかける。


「制服取りに行かなくっちゃ、ほら、色々あって洗濯係にお願いしていたのよ。

 そのあと、朝食を食べに行きましょ、貴女は二日酔いだからそんなにいらないでしょうけど、何か良いものがあるはずよ」


 思わず止めようとすると、その前にサシャは思い出したように振り返った。


「ああ、言い忘れてた。もう一つ理由があるのよ、こうやって話すの」


 どこか子供っぽい笑みを浮かべながら、




「私、貴女とお友達になりたいの」




 ――止める間もなく、というより、止める余裕すら失ったニコラに、サシャは手を振って部屋を出て行った。


「……もう、なんなんですか」


 ニコラはそれだけ言うと、再び枕に顔を埋める。

 ……その顔がほんの少し、喜びで赤らんでいるのは、本人すら分かっていなかったようだが。







「……で? 昨日は錬鉄族の女の子に呑み比べで負けたんだって?」


 カタンっ。


「耳が早いなぁ、負けじゃなくて引き分けだけど。

 お陰で二日酔いで頭が痛くてなぁ、今日は自主休講だ、アタタッ」


 ……カタン。


「今日〝も〟だろう? 教官、流石にカンカンだったよ?」


 カタンっ。


「そう言われてもねぇ。どうにも気乗りしないのよねぇ」


 ……カタン。


「それって、この前の一件? 君が気にする事じゃないと思うけど?」


 カタンっ。


「オレにも色々あるのよ、色々、なっ」


 ……カタン。


「それで先生に怒られちゃ、世話ないけどね……はい、詰み(チェック)


 カタンっ。


「……あ、マジだ。嘘だろ、十戦十敗かよ!!」

「ふふっ、夕食は君の奢りって事で」


 オレの目の前で小憎たらしいショーンの額を指で弾いてやりたいが、生憎そんな事をしても、オレの負けは確定しているのだ。

 ……さて、ここは学術院中庭の一角。

 ショーンが授業を終えたあと暇だと言うので、ここで呑気に二人でボードゲームを始めたのだ。この世界では、ポピュラーな、チェスのようなゲームだ。

 どの世界でもここら辺は同じなのか、これもまた戦場での作戦会議に使用されたものを遊戯化したもので、戦場に出る連中はやっている奴が多い。

 戦術眼を身につける一貫だから、騎士や普通の兵士、傭兵団の団長などもやっている、この世界では本当にポピュラーなものだ。

 昔は同僚(ようへい)相手に賭けをして小銭を稼いたから、オレも自信があったんだが、そんなオレよりショーンは強い。何度やっても、勝ち筋が見えないのだ。


「戦術の授業で強いわけだ。オレだってそこそこ勉強した方だが、お前には勝てないよ、ショーン」

「あはは、コツは、『見えている場所以外を動かす』だよ。

 もっとも、盤上でいくら勝っても、戦場では役に立たないよ」

「今のご時世、戦闘があるのなんて、帝国との国境くらいなもんだ。これだけ上手けりゃ、上司にゴマすりだって出来るだろ」


 駒を仕舞いながらそう言うと、ショーンは一瞬顔を暗くするが、すぐに笑顔で「そうだね!」と、なんでもない風に答える。

 一瞬訊こうかなとも思ったが、それほど付き合いが長いわけじゃない。下手な藪蛇は突かないに限ると、そこには触れなかった。

 オレがわざわざ逸らさなくても、ショーン自ら話を始めたからだ。


「えっと、トウヤ……この前の件だけど、決闘前の話だけど、」


 ……気まずい空気を払拭する為に、別の気まづさ持ち込んで来たがった。

 オレの不安は気にならないのか、ショーンは申し訳なさそうに目尻を下げる。


「君の言う通り、僕らは臆病だったんだと思う……君の戦いを見て、それを思い知らされたよ。腕が立つって以上に、精神的に強いっていうか、ね」

「……気にすんなよ。オレも流石に言い過ぎた。人間、すぐに強くなれっていってどうこうなるもんじゃない。

 ゆっくりで良いのさ、そんなのは」


 あの時は戦う前の、結構危なっかしい精神状態だったから口が悪くなったが、あんなのは暴論だ。

 正論だって、暴れちゃ正しさなんて吹き飛んじまう。

 あれを引っ込めるつもりはないが、同時に、そんなに気にする必要性のない言葉だ。


「うん……でも、本当にそう思ったから」

「思ったなら、頑張りゃ良いさ。鍛えてりゃ、心身ともに強くなるさ。オレだって似たようなもんだしな」


 力瘤を作ってそう言うと、ショーンは苦々しくではあるが、確かに笑ってくれた。それだけでも、ほんの少し安堵する。

 怒っちまったが、別にこいつの事は嫌いじゃない。むしろ、人間的にはだいぶ良い奴だ。

 隠し立てしてお付き合いする関係じゃなければ、本当の友達になりたいんだが、そうは問屋が卸さないってのは、世知辛い話だ。


「……ねぇ、トウヤ」

「ん?」


 しばらく笑みを浮かべていたショーンの表情が真剣なものになって、オレも姿勢を正して聞き返す。


「――強くなるには、どうすれば良いかな?」


 ……その言葉に、オレはどう答えようか迷う。

 そもそも、オレが求めていたのは、力でもなんでもなかったし、今だって自分が強いとは全然思っていないからだ。

 だから、ほんの少し考えて、


「……修行あるのみ!」


 とだけ答えた。

 それが一番正しい答えだと信じて。


「……そっか、でも、僕には、」


 そんな言葉が続いた時、



「――トウヤ・ツクヨミ!」



 大きなダミ声が中庭に木霊する。

 声のする方を見てみれば、先程会話にも登った鬼教官。鬼教官という揶揄通り、その表情はまさしく般若のように怒りに歪んでいる。


「貴様ぁ、探したぞ!! 今日という今日は、罰則を受けてもらうからな!! 今晩中に校舎全部のトイレ掃除に、反省文、それに訓練場百周に、」

「やっべっ、ごめんショーン、話はまた後で!!」


 なんか早歩きで近付いてきながら、罰則加算されていってるんですけど!?

 思わず叫んでから、挨拶もそこそこにダッシュする。

 こっちは夜中にゃ大事なお仕事が待ってるんだ、罰則で潰されてたまるかってんだ!!






「くっ、逃げ足ばかり速い……貴様、アイツがいるならすぐに報告にこんか!」

「っ、はい、すいません!」


 教官の怒声に、悲しきかな普段の癖で、すぐに直立不動で立ち上がる。

 本来ならば理不尽に思うのかもしれないが、トウヤのあの姿だってここ三日の恒例だ。これくらいで怒るような事はない。

 実際今日晩御飯を奢ってもらう時に、軽く愚痴る程度だ。

 そんな風に考えていると、教官は一息ついてから、こちらを見る。


「時に、ショーン。お前、最近訓練に身が入っていないのではないか?」


 不意に突かれた図星に、ショーンの肩が揺れる。

 彼にとってすれば、その反応だけでも十分だったのだろう。ハァと溜息を吐いてから、教官は珍しく、宥めるような口調で話し始めた。


「お前が、戦闘能力ではなく指揮能力の方が秀でているのは、こっちも分かっている。

 ……だが残念ながら、それだけで兵士は務まらん。このまま訓練成績が振るわなければ、練兵学科では預かりきれんという話になりかねん。

 実際、そういう話も教官内で出ている」


「っ、そんな!」

「待て、慌てるな」


 身を乗り出したショーンの肩に、優しく手が置かれる。


「そうならんように、1週間後の実技審査、なんとか良い判定を出せば、卒業認定を出せるように、オレが話しておいた。

 身体能力ばかりが問われるものじゃないから、お前さんだったらまあ大丈夫だろう」


 ショーンの座学などの成績は非常に良い。教官も、判定を下す上層部も、そんな人間を放校したいとは思っていないのだ。

 だからこれは、事実上の救済措置と言えるだろう。

 ……それを、ショーン自信がそう受け取るとは限らない。

 自然と体の横に添えてある拳に、力が入る。


「……分かりました。頑張ります」

「おう、頼んだぞ!」


 笑顔で軽くはない力で肩を叩く教官も、その拳に気付かず、そのまま歩いていってしまった。

 いまや中庭には、ショーン一人だけだった。

 服の胸の部分を、ぎゅっと掴む。

 ……胸に刺繍されている校章を、その形が崩れてしまうほど、力強く。


「トウヤ、でも、僕には、




 それじゃ、足りないんだよ」




 泣き言のような言葉が、風に溶け、虚しく散っていった。







次回の投稿は、新年一発目、一月一日を予定しております。

もう1つの連載である『鬼火遊戯戦記』もその日に投稿し、次回からは両作品とも三日に一回更新にしようと思っています。

どうか応援よろしくお願いします。


感想・ブックマーク・評価など、どうかよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ