4/魔を誘え 其ノ一
決闘を始めたのが午後一番だったにも関わらず、一連の事件の処理などを済ませて仕舞えば、もう日が暮れようとしている頃だった。
訓練場の修繕。
犯人であるゴウマを専門の研究所に運び、目撃者や関係者などに事情聴取されれば、それぐらいの時間がかかって当然だろう。
特に、渦中の中にいたサシャには重点的な質問が投げかけられた。
何せ、サシャの正体が潜入捜査を行なっている《勇者》だという事は、上層部である理事会と、〝協力者〟を名乗る少女しか知らない。
だから操作をする教師陣や、ここを警備している警邏隊の人間には、サシャはただの一生徒。当然態度は、他のものと変わらない。
それも、全く無益な時間だったかといえばそうでもない。
様々な生徒が同じ部屋で、しかも同じタイミングで事情聴取を受けていれば、自然と他の会話も耳に入ってくる。
その話を統合すれば――間違いなくゴウマは、魔高薬を服用していたという点だろう。
ゴウマのすぐ近くにいた生徒が、彼が特徴的な小瓶を煽っていたのを目撃している。その直後に変化が起きているのだから、関連性がないわけがない。
……問題は、それをゴウマがどこで手に入れたのか。誰に手渡されたのか。そして魔高薬が何なのか、どんな製造法で、どんな効能なのか。
そこは残念ながら有益な情報がなかった。そりゃあ、生徒から話を聞くだけで分かれば、苦労もないだろう。
「……まぁ、後者はもしかしたら、分かるかもしれないけど」
サシャはそう言いながら階段を登りきり、すでに薄暗くなり始めた廊下を進んで。
――ウニベルタスには、その性質上、寮住まいが義務付けられている。学術都市なのだから当然だが、その生徒数をカバーする為、いくつもの寮が存在する。
サシャが今歩いているのも、そんな寮の中の一つ。荷物を置きに来た時に一度だけ部屋を覗いただけだった。
『寮の部屋でお待ちしております』
〝協力者〟の最後の言葉が、頭の中で繰り返される。
部屋の位置まで知っているとなると、相手は上層部からかなり情報を貰っているらしい。
そこまで考えて、手に持っていた杖――《勇者》の錫杖は部屋の中なので、普段魔術学科の生徒が使っているものと同じグレードの杖を、硬く握りしめる。
――もし、〝協力者〟のふりをした敵だったならば。
勿論、その場で確認出来る方法はない。即座に相手が仕掛けてくるような事があれば、怪我の治療中のトウヤや、遠くに離れているウーラチカは、助けに来てくれない。
一人でどうにかするしかないのだ。
自然と肩に力が入り、緊張する。
一歩一歩自分の部屋を隔てている扉の正面に移動し、――ゆっくりと扉を開けた。
「――ようこそ、《勇者》様」
――夕焼けの中で、藍色の髪が、その光の影響で黒く光り輝く。同色の右目、鋼色の左目は、瞬きもせず、どこか眠たげに真っ直ぐこちらを見ていた。
ニコラッティエ・リヒティン。
錬鉄族の純種にして、魔術学科主席、つまり魔術師の卵として、最高峰の人材。
つまりは彼女が協力者なのだ。
「……驚きました。まさか貴女だったなんて」
てっきり、教師や大人を想像していたのだが、優秀とはいえまだ学生の身分にいるニコラを使うとは、サシャも思っていなかったのだ。
そんなサシャの反応に対しても、ニコラはどこか他人事だ。
「『生徒内の問題を調査するならば、生徒が適任』、そう魔術学科教授が仰っておりました。こちらとしては、非常に不本意ではありますが」
面倒くさい。
念話の時にも感じていたそんな感情を、彼女は面と向かった状況でも隠そうとしない。ここまで《勇者》という存在に対して敬意を払わない人間も、なかなかいない。
そこは賛否両論分かれるところだろうが、とサシャは納得している。そもそも、敬われる為にここにいるわけではないのだから。
「そう、それは別に気にしないです。この事件を早期解決出来れば、貴女がどう思っていようと気にはしません。
貴女も、早く解決出来れば仕事から解放されるんだから、その方が良いでしょう?」
サシャは杖を近くの椅子に立てかけ、自分にと充てがわれたベッドに腰を下ろす。その口調はいつも《勇者》として話している時よりも、いくらか素に近い。
相手が取り繕わないならば、自分も取り繕いたくなかったからだ。
しかし、それが意外だったのだろう。あまり表情の変わらないながらも、ニコラの瞳には驚きと興味のようなものが一瞬写り込んだ。
「……そうですね、全くもってその通りです。では、今後の方針を決めていきましょう。
今回の一件を見ている限り、事が学校運営にも支障を来す程の問題だとは、私も理解しました。協力しろというのでしたら、尽力します」
「そう、助かるわ……でも、そうは言っても、やっぱり上手くはいかないのよねぇ、結局、根本部分の情報は何も得られていないんだもの」
空を見上げても、答えが降ってくる事はない。そんな事は分かりながらも、サシャは天井を見上げる。
「せめて、あれの本質的な効能が分かったら、こっちも助かるんだけどね……」
「分かりますよ」
「うん……うん?」
視線は、すぐに目の前のニコラに戻る。
実になんて事ないように、彼女はもう一度はっきりと、同じ言葉を口にする。
「分かりますよ、本質的な効能。もっとも結果だけで、どうやってそうなっているのかの理由までは、流石の私も実物がないと分かりませんが」
「……なんで、」
「あの現象を見ていれば、ちゃんとした魔術師……特に生きた動物などを扱う魔術師ならば分かると思います。
というか、《眷属》様から聞いていませんか?」
「いや、確かにトウヤ達から聞いてはいるけど……」
彼らから聞いた情報では、“何かした”事は分かっても“どうしたのか”までは解らない。何かしらの魔術を使った、という程度。
ゴウマの状況を直接見ていないサシャには、どうも理解しようがない。
「……ああ、すいません。貴女は被害者の正確な状態を把握していませんでしたね。それでは、私の言葉は少し足りなかったかもしれません」
それを、ニコラもすぐに思い至ったのだろう。気を取り直して、ニコラはゆっくりと説明を始める。
「そもそも、ゴウマ・タクァービシャの状態は極めて危険で、危なく、またどうしてあの様な容体になったのか理解出来ないものですが、
起こった結果に関してだけいえば、この世界でも非常にポピュラーなものでした」
「………………」
訓練場をあんな状況にしてしまう事が、一般的と言えるのだろうか。少しそんな茶々を入れたくなるのを堪えて、サシャは頷きだけで先を促す。
「……急激な身体能力の強化。魔術を超え、異能に近い能力を発揮するという状況。そして異形化など、情報は見えているモノだけでも揃っていると言えます。
ですが、自然界ではあれだけ急激な変化は多くはありませんし、その現場に居合わせた事は、今までもありません。
仮に起こっている事を見たとしても、普通の魔術師であれば、その結論に結びつけられないとは思いますが……でも、ほぼ間違いないと考えて良いでしょう」
「そう……で、アレは結局何だったの?」
サシャの言葉に、ニコラは答える。
視線も揺るがず、声も変わらず、なんの変化もなく。
「はいーー〝魔獣化〟。これで間違いないと思います」
とんでもない結論を出した。
「――あり得ないわ」
普通の獣が魔獣に至る。急激な変化によってそれが行われる事は、ごく少数ではあるが存在する。それでも普通に考えれば、そんな事を人間の体で行えるとは思えないのだ。
「はい。ですから先程私は『普通の魔術師ならば、この結論に結びつけられない』と言いました。
ですが、あの様子を見る限り、“そう”としか思えないのです。それ以外に、アレを説明出来る手段がありません」
「でもっ……だけどっ……ッ」
何度も口を開いて、閉じる。
すっと立ち上がり、部屋の中をウロウロする。
考えて、考えて、考えて――導き出したのは、反論の余地がないという事実だった。
トウヤやウーラチカの証言でおおよそ状況を理解しているが、その状況を説明できるものは、ニコラが言ったように魔獣化しかない。
だがもしそれが本当であれば――新たな禁呪が生まれ、現在この学術都市で猛威を振るっている事になる。
それはもはや、ただの違法薬物の話だけではない。
新たな兵器――その誕生に近いのだ。
「……それを言ってしまえる証拠を、貴女は見つけたの?」
目の前にいる少女は学生であると同時に“魔術師”であり“研究者”だ。こんな事を見ただけで判断するような女性ではないだろう。
そう辺りをつけて言ってみれば、ニコラは小さく同意の首肯を見せる。
「ええ、その通りです。
――ですので、ここでお待ちしておりました。どっちにしろあそこに行くのであれば、ここの方がお互いが場所を知っている上に、目的地にも近いですから」
立ち上がって、その小さな体らしく素早く動くと、彼女は扉を開けた。
「さぁ、行きましょう――私の研究室にご案内いたします」
――部屋はずいぶん散らかっていた。
そもそも、他人を入れるような場所ではないのだろう。乱雑に置かれているそれは、乱雑さの中に一定の規則性を見出す事が出来る。
サシャからすれば乱雑だが、部屋の主――ニコラにとってこの部屋は、整理されているのだろう。
魔術師の研究室というのはそういうものだ。
理路整然としてしまっては、研究などがバレる危険性があるのだ。自分にしか分からないように物を配置し、侵入者の存在を確認する、という理由もあるだろう。
「……それにしても、せめて足で踏まれたら危ないものくらい仕舞っておこうと思いませんか?」
恐る恐る、一歩ずつ歩きながら文句を言うサシャと違って、慣れているニコラはスイスイと部屋の隅においてある大きな机まで進んで行く。
「いいえ、これもある意味盗難防止なのです。お手数ですが、出来るだけ物を動かさないように」
「お手数っていうか、これじゃお“足”数って感じだけど……」
「………………」
サシャのちょっとしたジョークに答えず、ニコラは何やら机の上を整理し、準備を始めている。
これがトウヤであったらもっと面白い冗談で返してくれるだろう。あの気安さ……もっと悪く言って仕舞えば軽薄さを、これほど恋しく思う事はないだろう。
ニコラは、少々普通の感覚とは違うようだ。
「よっ、ほっ……とっ。それで、私に見せたいものって?」
ようやっと机のそばにやってくると、ニコラは満足げに小さく頷くと、先程の冗談で黙っていたのが嘘のように話し始める。
「私なりにいくつか検証を行ってみたところ、魔獣化だという決定的な証拠を入手する事に成功しました。
もっとも、これは古来より研究者の間では当たり前の手法ではありましたが……まずは、こちらをご覧ください」
そういうと、机の上にあった透明の丸いガラス板を指差す。
薬学や医師、それに魔術師がよく使用する研究道具で、別段珍しいものではない。非常に高価である事を除けば。
それによくよく目を凝らして見ると、小さな亀裂のようにも見える、細く小さな長いものが置かれていた。
「えっと、これは何?」
「はい、被験者、ゴウマ・タクァービシャの毛髪です。
研究所に搬送される前に、二、三本拝借していただいたものの一つです」
「………………」
今度はサシャが黙る番だった。
よくあんなてんやわんやな状況でそんな事が出来たものだ、という感心もあったが、何より一番大きいのは『だから?』という気持ちが強いからだ。
男性の髪の毛を見たところで、喜ぶ人間はいないだろう。
サシャの微妙な反応に動じる事もなく、ニコラは机に置いてあったもう一つの入れ物の蓋を開ける。
何かの鉱石の粉末、だろうか。七色に輝くそれは宝石だと言われても納得するが、そんなものよりも価値があるそれに、サシャは目を見開いた
「……『大我石』ね」
『大我石』
本来エネルギー体として世界を流動し続ける大我が、一定の条件を満たして凝固して生まれる、特殊鉱石だ。
それそのものが膨大なエネルギーの塊であるそれは、魔術・魔導において非常に重要な資源であると同時に、材料、もしくは研究物だ。
発掘出来る場所はどこも大我が豊富な霊孔でしか取れず、危険も多いため、非常に高価だ。
拳大の大きさで国が買えるとも噂される。
「はい、これは大我石を粉末にしたものです。一応私は錬鉄族ですので、ツテがあるのです」
どうでも良い事のようにそう言うと、彼女はそれを摘み――ゴウマの髪の毛に振り掛けた。
すぐには効果が出なかった。
――ところが出てしまえば、効果はあまりにも劇的なものだった。
髪の毛が独りでに動き、変化する。
まるでそれそのものが一個の生命であるかのように蠢き、部分的に硬化させ、伸ばし、口や目を生み出す。
ガラス板の上から、新たな生命が生まれる。
あわやそう思い掛けたところで、ニコラの短い詠唱が、その小さき魔獣を一瞬で灰に変えてしまった。
一条の煙とともに、嫌な臭いが部屋中に広がる。
……だがそれ以上に嫌な空気が、部屋中には充満していた。
「……魔獣の体が、通常の生き物より大我への影響が強く出ると言うのは一般常識です。
だから、大我の結晶を振り掛けてみれば、魔獣の体の一部分にも、先ほどと同じような変化が起こります」
「……そう、これが貴女の言っていた証拠なのね」
これは納得せざるを得ないだろう。魔獣と同じ反応を示すとうだけで、答えとしては十分だと言える。
人を魔獣化させる薬、魔高薬。
その推論は、もはや推論以上の現実味を帯びていた。
「――と、言っても、これだけではまだどうしようもありません」
ニコラの言葉には、不思議と悔しさのようなものが滲み出ていた。
研究者として、魔術師としての矜持が、それを許せないのかもしれない。
「どのような材料で、どのような配合で、どのような術式で、人間をこんな風にする薬が出来てしまうのか……私には、まだ理解出来ません。
薬の現物そのものがあれば、解析は可能でしょうが」
「それは……」
ニコラの言葉に、サシャはすぐに返事をする事が出来ない。
……魔高薬をばら撒いている主犯は、どうやらある程度薬を渡す人間を選んでいるように思える。
ようは、その薬を本当に必要としている人間にしか、手渡していないのだ。
どのようにそんな生徒を見つけているのかはさておき、魔術学科主席や、異例の転入生として魔術学科に潜入したサシャでは、入手する事が出来ないだろう。
そこも考慮して、潜入すれば良かったと思っても、後の祭りだ。
せめて、魔術が出来ない人間が手元にいたならば……、
「……ん? いや、方法はあるわね」
すっかり失念していた事を思い出して、サシャは顔を上げる。
いるではないか。
魔術が使えなくて、傍目から見て、『魔術を使いたい理由』のようなものをでっち上げる事が出来て、機転も効いて、それなりに演技派な男がいるじゃないか。
おまけにもう一人が遠くから監視していれば、一石二鳥だ。
「何か、心当たりでも?」
「ええ、あるわ――とっておきの人材がね」
その時のサシャの表情をトウヤが見ていたならば、きっとこんな事を言うだろう。
『おいおい、随分悪い顔してるなご主人』と。
次回の投稿は12月17日の0時に行います。
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