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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
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其ノ三






「ハハハァ! 燃エロォ、燃エ尽キルガ良イ!!」


 火の粉が散り、オレの頬を軽く炙っていく。

 既に訓練場の地面は焦げ付き、嫌な匂いを広げている。ぽっかりと空いた訓練場だったからこそ何とかなっているが、既に植えられている木々などは燃え上がっている。

 校舎に被害がいかないのは……オレが片っ端から魔術を叩き切っているからだよ。


「ッ!!」


 火の気が勢い良く校舎に向っていく所に滑り込み、《顎》を振るう。少し前にアレクセイにつけて貰った、斬撃が増える特性を気化して散らせる。

 その間に、ウーラチカがゴウマに矢を射掛ける。

 小我(オド)で生み出された矢は、幾条もその変化した体に向っていくが、もはや奴に死角は存在しない。


「無駄ダァ! 小兵ノ矢ナド恐レルニ足リズ!!」


 その矢は、炎によって打ち砕かれる。

 いや、ありゃあ炎というより、もう熱線の類だ。魔術はどんどん強力に、異形化もどんどん進んでいく。

 変化ってのは訂正だな。ある意味で進化だ。


「っつうか、本当に化け物じみているなぁ」


 最初に魔獣のそれに例えたが、それそのものになり始めている。

 ――だが、あり得るのか?

 普通の生き物から魔獣が生まれる。それは聞いた事があるが、そりゃあ突然変異って言うくらいなんだから、そういう事はあるんだろう。

 けど、普通に生きてきた生物が、いきなり変化するなんて、禁術の類などでなければあり得ない。

 ……しかも、それが人間だっていうなら、禁術でもあり得ない。

 人間が魔獣化する事はない。移植などで別の生き物をくっつけたり、死逃系(アンデット)系種族を改造したりなんていうのは、あるにはある。

 それでも、普通に生きてきた人間から、不要な筈の部位が発生(﹅﹅)するなんて、魔術なんてファンタジックな技術が一般的なこの世界でも夢物語。

 ――神話で時々登場するそれが、今現実に敵対する相手として存在するってのは、笑えない。

 伝説上の役職に着いているオレが言うのも、あれかもしれないが。


「グゥ、チョコマカト小癪ナ、大人シク我ガ正義ノ鉄槌ヲ受ケルガ良イ!!」

「何が正義の鉄槌だ! てめぇその外見でよく言えたもんだな!」


 怒号と共に降って来た炎の礫を切り払いながら叫び返すと、次に放たれたのは、狂った笑い声だった。


「ハハハァ、愚カナ!

 私ノ判断コソ正義! 例エ姿形ガ変ワロウト、私ガ間違ウハズガナイ! 私ハ選バレタノダカラ!」

「……ああ、ようは、『オレが正義』って話しか、通じない訳だこりゃ」


 既に頭の中に変化が来てしまっているらしい。

 その姿も相まって、悪逆そのもの。

 普通の人間だったら姿が変化した段階で恐怖し、混乱するのだろうが、来るってしまった脳内ではそれすらも〝恩恵〟だと思っているらしい。

 ――これ、殺さず助ける方法なんかあるのか?

 ここまで体が変化し、思考が変化してしまっては、現段階の技術力で元の人間に戻す事は、出来ないんじゃないか。

 魔術に疎いオレでも、それくらいの予想は立つ。

 ……つまり、ここで殺してしまった方が良いんじゃないか? 皆の為にも、目の前の狂ってしまった男の為にも。


「……サシャに怒られるだろうなぁ」


 口から漏れた言葉には、自嘲と他人事のような軽さが籠もっている。

 人殺しには、まぁ、嫌でも慣れてしまっている。ウーラチカに任せる事は出来ないし、サシャにその判断をさせるのも、酷だ。

 あいつが目に映る全ての人間を救いたい、そういう信念を持っている……というだけではない。

 あいつが、人を殺した経験がないからだ。

 自分で判断を下し、自分で手を下す。そういう機会はまた訪れるだろうし、きっとその時彼女は躊躇わないだろう。

 だけど、混乱しないかといえば嘘だ。潜入捜査なんて繊細でストレスが溜まるような仕事してるんだ、今回ばかりはオレが痛い目にあえば、それで良い。

 そう考えて、オレは剣を握りなおし、




『お待ちください、剣士の方』




 耳元で囁かれた剣に、切っ先を向けそうになった剣が止まる。


『覚悟の速さは、見習いたい部分ではありますが、私に妙案があります。それを試してからでも良いのでは?』

「――誰だテメェ」


 一瞬、目だけで周囲を見渡すが、声の主を探すが、姿は見えない。

 どこか幼い女の声。こんな非現実的で、恐怖心を掻き立てられるような戦場を見ているだろうに、声には恐怖に震えるような感じはしない。

 むしろ、オレよりも冷静――というか、他人事な感じすらする。

 その違和感を無視して、出来るだけ威圧的に聞こえるように、声色を調整する。


「……どこの誰だか知らねぇが、姿も見せずに言われた言葉に『はいそうですか』なんて言えると思うか?」


 その言葉に、少女の声はやはり小揺るぎもしない。


『お言葉はごもっとも、《勇者》様もそこを気にされておりました。ですが、被害を最小限、情報漏洩を最低限にするならば、私を使っていただければ』

「……嫌に自信があるじゃねぇか」

『はい……見た所に拠ると、変化は副次的産物でしょう。

 なるほど、魔高薬(エリクシル)とは……随分雑なものですが、解呪は可能と判断します』

「――出来んのか?」


 事も無げに言っているが、アレはどう考えても一筋縄でいくものじゃないはずだ。

 それでも、少女は断言する。


『完全なものではありませんし、本人の生命は守れても、後遺症の有無までは保証できないものと思っていただければ。

 それを行うのに、少し時間稼ぎと、彼を訓練場の中心に誘導していただければと』


 言葉に嘘はないように聞こえる。


 ――どれが正解だ?


 話を聞いていると、もうサシャと接触しているような言い回しだった。どこまで真実を話しているのか分からない以上、全部が全部鵜呑みにしてもいけない。

 何せ、この学園のどこに敵がいて、どこに味方がいるのか分からないのだ。喋っている相手が、どちらかであるのかも。

 ――それと同時に、こっちに対抗策がないのも、時間がないのも、事実。知らない他人の声にも耳を傾けてしまう程度には、余裕がない。


『――お仲間が危険に陥ってますよ、早く判断を』


 光の矢を弾き飛ばしながら、ゴウマがゆっくりとした足取りで進んでいく。どうやら、矢の放たれている方向に向っているらしい。

 オレが考えている間、ウーラチカに任せたのは失敗だったか。


「――チッ、どれくらい時間が要る?」

『――三分ほど時間を頂ければ』


 結構短い。

 ――まぁ、それに期待するしかないのか。

 そう考えて、オレはゴウマに向かって行った。





「――理性的に考えられない方では、ありませんでしたね」


 校舎の屋根の影に立っている〝協力者〟――ニコラッティエ・リヒティンは、小さく溜息を吐いてから言う。

 戦士という人種が身近な錬鉄族(ドワーフ)の彼女からすれば、戦士とはそのものずばり野蛮で頑固。自分の戦場に土足で踏み入る人間を嫌う。

 そういう意味では、彼はかなり柔軟な人間だったようだ。そうでなければ、説得にさらに時間をかけ、被害は拡大していたかもしれない。

 それはいただけない。

 これ以上学校運営に妨げになるような事があれば、ニコラは行く場所がないのだから。


「よっと、」


 横に置いてあった、彼女と比べれば大きな布の塊を解き、天高く掲げる。

 それは――杖だった。

 星々の意匠の中、その中心には、一際大きな宝珠がはめ込まれているそれは、ニコラが手にした瞬間、幾何学の紋様をその周囲に転換させる。

 一つとして同じ形のない円形の紋様一つ一つが、常に杖を軸に、車輪のように駆動し続ける。それを一瞥すると、即座に作業に入った。

 自身の小我を注ぎ込み、大きさを変化させ、紋様の向きを調整し、組み合わせていく。まるで円形のパズルだ。

 あまりにも精緻で複雑なそれを組み合わせるのは、只人であれば難しく、出来たとしても何時間も掛かる作業。

 それを彼女は、玩具で遊ぶが如き気安さで、時に鼻歌でも歌っても可笑しくないような明るい笑みを浮かべる。


 ――それも当然。


 魔術というのは、彼女にとって〝面白い〟ものだ。

 それが例え鬼気迫る戦場の只中であったとしても、それを楽しむ余裕を忘れないのだ。


「……うん、出来たっ」


 忙しなく動いていた紋様が静止する。

 円形に作られたそれは、もはや先ほどのような不可思議で幻想的な印象は存在しないが、一種の芸術のような荘厳さを持っていた。

 魔術の知識がある人間が見れば、その正体をすぐに理解できるだろう。

 ――魔方陣。

 記陣(サークル)と言われる方法で刻み込まれるはずのそれは、彼女の力を吸収し、その円陣を中空に維持していた。

 それがどれほどの難易度なのか、残念ながら語ってくれる人間は、この場にはいない。彼女にとっては当然の結果、もはや語るべくもない事だ。


「さて……、」


 その一連の作業が終わると、ニコラはもう一度遠隔通話を繋げる。




「準備が整いました。中心から離脱してください。




 さもないと、枯れます(﹅﹅﹅﹅)




 何が、などと質問される暇もなく、ニコラはそれを訓練場に投射(﹅﹅)した。





 時間稼ぎってのが何が一番有効なのか。

 まぁ群体相手だったらもっと色々あるのかもしれないが、一個体、一個人に対しては何が有効って、そりゃあ、


「へへ~ん、バーカバーカ、どこ狙ってんだよザコ巻貝!」


 全力で茶化す事だ! ……と勢い良く言っては見たのだが、格好悪い事この上ない。でも、これが一番良いんだよ。


「グゥ、マダ私ヲ愚弄スルカ、下賤メ!!」


 実際融通の利かない、煽られる事に体制を持っていない人間は、一瞬でこっちに気を使ってくれるようになる。

 その分、炎の攻撃は苛烈。まるで嵐の雨のように火の粉が舞い、嵐の風のように焔がオレの肌を舐めようと必死で追いすがってくるが、ギリギリで避け、切り刻む。

 攻撃は大きくて強くても、精度が大雑把だ。

 避け続ける事、生き残り続ける事自体は問題じゃない。

 ……問題はこれ、長くは続けられないって事だ。


「ハァ、しんど、」


 肺の中まで熱がこもって暑い。

 汗は一瞬で蒸発して、肌すらもカサカサ。

 乾きで喉はヒリヒリして、今にも声が出なくなりそうだ。

 奴の直接攻撃力よりも、アイツの炎の副産物のほうがよっぽどオレには堪える。遠くにいるウーラチカや、良く分からん〝協力者〟なんかは平気だろうがな。


「何故ダ、何故ダ、何故ダ何故ダ何故ダ、何故ダ!!」


 オレの苦労を知らずに、ゴウマは動揺した声を上げる。それは先ほどまでの怒声とは違う、焦りと混乱が感じられる。


「私ハ強クナッタノダ!

 妹ヲ超エ、下賤ノ貴様ヲ超エ、コノ学園ニモハヤ敵ハイナイ――ナノニ、何故貴様ニ攻撃ガ当タラナイノダ!!」

「――そりゃあ、そうだろうよ」


 オレはその言葉に返事をしてやる。

 答えて欲しいと思っているわけじゃないんだろうが、このままじゃ腹の虫が収まらない。

 だからコイツに、一つの絶望を送ってやる。


「これほど分かり易い答えもないぜ。




 ――それが、お前のものじゃないからだ」




 借り物、偽物の類。

 ぽっと出で得られるような力は本物じゃない。ましてやゴウマは魔術を得られて数十分ほどしか経過していないんだから、当然それに慣れる筈もない。

 力というのは、鍛錬して、鍛錬して、鍛錬して、自分に馴染ませて始めて〝自分の〟力だと胸を張っていえるのだ。

 オレのギフトだって、ウーラチカの力だって……サシャだって、《勇者》としての権能を使いこなそうとして必死だ。

 努力が必要なんだ。

 ――だがゴウマは、欠片も努力していない。

 手に入った力に慢心し、馴染ませる事もなく、『これが最強なのだと』大法螺を吹きやがる。

 必死で頑張っている人間からしてみりゃ、今のゴウマこそ憤怒を向ける対象だ。


「テメェは最強でもなんでもねぇ、単なる〝我が侭な怠け者〟だ!」

「――黙レ、黙レ黙レ黙レ黙レ、黙レ!!」

 炎はますます苛烈になるが、その分やはりコントロールはおざなりになる。もはや風に揺らめく落ち葉だって捕らえられそうにない。




『準備が整いました。中心から離脱してください。

 さもないと、枯れます(﹅﹅﹅﹅)




 何が、などと聞いている暇も、考える無駄もなく、オレの脚は思考に反して、本能的に退ける。

 訓練場の中心から離脱しようと、必死に駆ける。




 瞬間、閃光。




 円形の光が、上から降って来た。中心の穴のような部分に、ゴウマを巻き込んで。

 まるで事前に作ったものをそのまま放ったような、あまりにも呼び動作も何もない、唐突な発生。

 ――その唐突さは、その効果にも現れていた。


「グッ――グァアアァァァァアァアァアァ」


 閃光の中で、ゴウマが悲鳴をあげる。

 何の攻撃もない、只ほんの少し眩しいだけの閃光。芽を潰すほどの光量もない中で跪き、苦悶の表情を浮かべるゴウマは間抜けにも見えるだろう。

 ――いいや、オレには、オレの《看破眼》にはしっかりと、その理由が映し出されていた。


「――小我が(﹅﹅﹅)体から抜け出してく(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)!?」


 様々な色合い、様々な大きさをしたエネルギーの粒子が、ゴウマの体中から抜け出し、天に昇っていくのが見える。

 派手な音はしない。

 派手な攻撃力もない。

 ただ相手の異常に膨れ上がり、混ざり合った小我が見る見る無くなっていく。

 同時に体に現れていた異形の変化も、まるで逆再生でもしているんじゃないかと思える程あっさりと消えていく。

 ――その時間は、もう分とすら数える事が出来ないほど短い時間。

 残されたのはオレの怪我と、訓練場の惨状、そしてゴウマの体に出来た変化の痕跡のような怪我。

 それだけが今までの戦闘を、現実のものだったと証明するものだった。

 ゴウマは訓練場の中心で、仰向けに横たわっている。胸が上下しているのを見ると、気を失っているだけのようだ。


「――ハッ、こりゃあ、」


 静かな妙技。

 アレだけ暴れまわった怪物を一瞬でなかったことに出来るその魔術は、門外漢のオレが見ても、何かしらの奥義のようなものなんじゃないかと思えるほどだった。

 視線を上げ、周囲を見渡しても、人影はウーラチカくらいしか見えない。

 ――何者なんだよ、〝協力者〟。

 そう聞こうと思っても、既に念話は通じず、オレはただその訓練場に立ち尽くすしかなかった。






次回の投稿は12月10日の0時に行います。

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