其ノ二
「そこを動くな!」
火炎が鞭のように変化し、縦横無尽の動きを見せながらオレの方に迫ってくる。
「んな無茶な注文あるか!!」
それをギリギリのところで回避する。それでもその熱量の所為で、攻撃に一番近かった肌の産毛が、チリチリと焦げていくのを感じた。
もう火炎っつうより、熱線の類だ。
「チッ、てめぇ、何すりゃんな事になるんだよ」
もう一度ゴウマを見れば、相変わらず吐き気を催す姿に舌打ちが自然と出る。
まるで魔獣だと言ったが、それは正しくないのかもしれない。
魔獣とは、大我を取り込み、個体レベルで進化してしまった存在。
賢く、人を襲う獰猛性を獲得する訳だが、ありゃあ魔“獣”という名前の通り、ありゃあ一応獣の部類。
だが、目の前のゴウマはどうだ。
《看破眼》で見たそれは、もはや生き物という形状とは大きくかけ離れているように見える。
まるで様々な動物の小我を切って貼り付けた、キルトのような気配は、生き物としてアウトな所まで来ている。
いきなりこうなった。
たった数分でこのような効果を発揮するのは、もはや裏技を通り越して反則だ。
しかも、あいつは自分で気づいていない。魔術を無詠唱で使ってるって状況がおかしいって事を。
サシャの受け売りだが、魔術っつうのは、言わばオレの出身世界で言う所のプログラミング言語に近い。
言葉や記号で世界にあり得ない動きをさせるってのが目的だが、そうなってくりゃ、どっちにしろ詠唱や記号が必要不可欠に近くなるって事だ。
腕の立つ、それこそ賢者と謳われるレベルの魔術師なら出来ない事ないんだろうが、その域にゴウマが達しているわけもない。
どれもこれも、人間に許されて良いもんじゃない。
「っ、おい、お前、何やらかしたか知らねぇが、これじゃあ決闘もクソもねぇぞ!
また後日仕切り直しにしようや! 病院でもなんでも行った方がいいぜ!」
「ハッ、またそうやって俺をコケにするのか!? 貴様の妄言に付き合っていられるほど、こちらは馬鹿ではないのだ!!」
ゴウマの声に反応してか、今度は炎の礫が矢継ぎ早に降り注いでくる。。
それを後方に引きながら回避して、オレはもう一度小さな舌打ちを打った。
さっきまでの挑発が裏目に出ている。もうオレの言葉じゃ、奴が諦める事はないだろう。
そうじゃなくても、奴はもう正気じゃない。
瞳孔は完全に開き切っていて、焦りどころか勝利を確信した笑みを浮かべ笑い続けている。
戦いの場でもこうやって狂っちまう事は珍しくはないが、ありゃあ反則技の影響に違いない。
――もう、手加減してられる状況じゃないな。
チラリと周囲を見渡す。
野次馬やってた生徒達はすでに悲鳴を上げながら退避し始め、教師陣もそれを誘導する為に抜け出している。
サシャは――いるにはいるが、生徒を誘導する事に専念しているようだ。こっちに大我の供給をしている余裕はないだろう。
まぁ、このまま普通に考えれば、それをやってもらっちゃ潜入捜査すら行えなくなる可能性が高い。ここは、一人でやるしかなさそうだ。
一瞬だけ手に力を込めると、《全刃未刀》の小我を持っていた模造剣に通す。
普段使ってる《顎》や《竜尾》に比べれば性能なんてあってないようなもんだが、ないよかずっとマシだ。
あいつが使っている魔術を切って捨てりゃ、あいつも多少動揺するだろう。その間に懐に潜り込めれば、もしかしたら無傷で捕まってくれるかもしれない。
死角――背後から回り込む。
そう腹を括ってから、オレは足に力を込めて走り出した。
相手から見れば、正面からバカみたいに突っ込んでくるように見えるだろう。
「ハッ、愚か者め!!」
案の定、炎はその嬉々とした感情に呼応して殺到する。
目の前は真っ赤、太陽の光に纏わり付かれるように眩く、それ以上に熱い。
それを、一刀のもと斬り伏せる。
ゴウマは相変わらず高笑いを続けている。
いくら操っている本人とはいえ、この光量の中でまともに目が利くとは思えない。オレの姿は、きっと光の中に溶け込んでいるんだろう。
オレはその光に紛れて、ほんの少し大回りにアイツの背後に回り込んだ。
背中は無防備だ。両の手を広げ、防御に回れる余裕すらないだろう。
オレは、そのままギフトを切って、模造剣のまま、背中から袈裟斬りに、
それは最初と同じように、阻まれた。
「――は?」
またも間抜けな声を上げてしまう。
そりゃそうだろう。いくら魔術っつっても万能じゃない。即応性に富んでいたとしても、今の攻撃に対応出来るはずがない。
だって見えねぇんだから。
そう思っていたのは、どうやらオレだけだったようだ。
――目がある
例え話でもなんでもない。首筋に真ん丸の、人間らしさの欠片もねぇ目が、ギョロリとこちらを視認する。
たった開かれたとでも言うように端から血の涙を流し、血走った目が。
「――ハハッ、死ね!!」
背中から、爆破が生まれる。
灼熱の業火と衝撃がオレの体を包もうとするのを、脊髄反射だけでギフトを起動して、防いだ。
完全には無理だ。頭や胴体、利き腕は守れたが、反対の手である左手には一瞬の空白と共に膨大な熱と痛みがやってくる。
「グッ――」
悲鳴を上げそうになって、なんとか堪えながら、急いで間合いを空けた。
体も痛みの警告を発し、頭の中は大混乱。こんな時に間合いを詰めて戦っていられる余裕はない。そうオレの冷静な部分が判断したのだ。
「くっそっ、なんだそれアリかよ!!」
オレの悲鳴にも近い悪態を笑いながら、ゴウマはこちらを振り返った。
それは、姿自体も人間ではない。
頬、首元、目に見える所に、生まれるはずもない“目”がニキビのようにプツプツを生まれは潰れを繰り返している。
見えている場所だけでもこれだ、鎧の中がどうなっているかなど、想像も出来ない。
――文字通り、ゴウマは“異形”になっていた。
「ハハハハハ! 最高の気分だ! これが魔術、これが魔術師! デンバーが傲慢になるというのも頷けるというものだ!!」
その変化に自分で気付いているのか……いいや、あれはもう気付いていない。
精神の異常と、魔術を使った事による高揚感で、周囲の状況どころか自分の今の状態すら把握出来ていない。
「……おいおい、お前、これヤバいだろう」
反則技、という言葉を使ったが、前言撤回だ。
こりゃもう、禁忌すらもかけ離れている〝ナニカ〟だ。
「そうだ、臆せ痴れ者が!! 貴族であるこのオレを、優秀であるこのおれヲ虚ケにした報イを受けルがイイ!!」
口が回らないのか、口の中にも何かが生まれて喋りづらいのか。話す言葉はどんどん不気味なものに変わっていく。
現状確認――足は動く。
利き手も無事。
唯一の負傷は左腕の火傷。火が燃え移ったとさえ思える程熱を持っているが、緊急時のお陰かそれほど気にはならない。ただ、もう使えないだろう。
普段使っている武器を取りに行っている時間も今はない。ここで目を離せば、背中から焼き殺される
対して相手にはもう死角というものが無いし、まだまだ魔術を扱えるのか、炎の勢いは弱まるどころか増すばかり。
オレが逃げれば焼き殺す、それでも死ななきゃ追ってくる気満々。
そんな奴を連れて学園中を練り歩けば、被害は拡大するだろう。魔術などで強化措置を施されているとは言えこの熱量じゃ、校舎は焼けちまうし、怪我人や死者も出る。
ここでオレが引き止めてなきゃマズい。
……ったく、なんでこう、無茶苦茶な状況が続くかなぁ。
「何ナら、そノ卑シいコウベを垂レ、許しヲ請ウか!?
サすレバ苦痛なク焼キ殺しテやロウ!!」
「ああ、死ぬ事は前提なのね……まぁ、普段だったらそれもありかなぁと思うけど」
死ぬのは嫌だが、オレがくたばってコイツが大人しくなるなら、その提案だって悪い話じゃないけどな。
でも、流石にそんな上手くはいかないだろう。
「お断りだ。こっちは増援来てくれるまでテメェの相手してるのが仕事だからな」
「ハッ、こコの雑兵なド何ニン来ようガ、」
「違うよ――もっと頼りになる奴だ」
その途端――矢が飛翔する。
小我で作られた光の矢が、何重にも重なり、分裂し、炸裂する。
「むゥ!!」
即座にそれを察したゴウマは、再び魔術の盾を生み出しその矢を防ぐが、その所為で新たに生まれた目も攻撃に集中している。
その間に――結構な勢いで、オレの目の前に剣が突き刺さった。
宝珠の嵌ったオレの愛剣の内の一つ、《顎》だ。
「……来んの遅ぇよ。あと、《竜尾》やら他の装備どうした?」
模造剣を捨て、《顎》を拾い上げると、隣に立った仲間に告げる。
「――一つ持ってくるので精一杯。それに、トウヤ、どうせ一本しか持てない」
隣に立った仲間――ウーラチカは、どこか面倒臭そうに言いながら、相手に矢を射かけ続ける。
それはもう、見ているだけで神業だって分かるレベルだ。
話しながら弦に触れたと思ったらもう放ってる。《矢要らずの弓》だからこそというのもあるが、それ以上にウーラチカの腕が良いのだ。
牽制と言うにはあまりにも強力な弾幕が、ゴウマを釘付けにし続ける。
「というか、トウヤ、あれなに。目玉沢山」
「オレが知るかよ、とにかく異常過ぎるから、どっちにしろオレらの案件だ」
《顎》を地面から抜くと、小我を通して魔刃を生み出す。
「サシャがこっちに来れる状況になって、人目が避けられりゃ、後は大我の供給でごり押し出来るだろう。
それまで、オレらは足止めだ」
「――了解」
それだけ言うと、弾幕を一旦止め、ウーラチカはオレの元から離れ、校舎の方に走り始めた。
弓兵らしく、遠方からオレを援護するのだろう。そっちの方が、最悪どっちかが生き残れる。
「何処ダ! アノ忌々シイ矢ヲ射カケタ者ハ何処ダ!!」
弾幕の煙が晴れてみれば、奴は傷一つ負わずピンピンしている。
いくら目眩し目的とはいえ、ウーラチカの攻撃が効いていないというのは、あんまり信じたくはない。
……事実だけど。
「おい、ザコ巻貝!!」
怒らせるのを承知で、大声を上げる。
そのたった一言で、ゴウマの生来の目と、新たに生み出された禍々しい目が、殺意を伴って同時にこちらを向いた。
避難が完了するまで、どっちにしろオレだけを見てて貰わないとな。
……まったく、男相手にこれを言わなきゃいけねぇとはな。
相手に聞こえないように小さく溜息をつくと、出来るだけ目に力を込める。
相手の眼力に負けないように。
「まだパーティーは終わってねぇぞお嬢さん――ダンスはこれからだ」
◇
(早く、早くトウヤとウーラチカの元に、)
逸る思いを胸の奥で押し留めながら、混乱する生徒達の誘導を手伝う。
いくら慌てたところで、一番大事なのは生徒達の安全だし、任務優先だ。大事な仲間が戦っている所に行きたい気持ちは人として正解だが、《勇者》としては許されない。
……なにより、この段階で抜け出してしまっては、誰かに見咎められる可能性がある。そうなってしまえば、今度こそこの潜入捜査は意味を成さない。
状況はあまりにも酷い。
今まで水面下で広まっていたはずの魔高薬が、大勢の前で披露された。
あれを見て、大半の人間は恐怖を感じるだろう。使いたいと進んで思わない。
――問題は、その大半に含まれない連中だ。
あれを見て、自分も魔術を使える、絶大な力を手に入れる事が出来るという大きな勘違いをする人間がいないとも限らない。
たった一人ならば説得出来るかもしれないが、それが何十人何百人になってしまえば話は変わる。そこまで広がってしまったら、被害は学園の中だけで収まらない。
学園都市全体に広まり、そうなれば今度は国境を越えて広がり始めるだろう。
そうなれば、短期的に力を手に入れてしまった短慮な人間が、何をしでかすか分かったものではない。今後の対応も考えなければいけないのだ。
そうする為には、早く、早く、事態を納めなければ。
それだけで、心の中に焦りが生まれる。
『――少し落ち着いていただけますか、《勇者》様』
――誘導を行っていた手が止まる。
耳元で、少女の声が聞こえれば、誰でも動揺するだろう。それでもサシャはほんの数秒でその動揺から抜け出し、さも何も聞こえないと言わんばかりに行動する。
「……貴女、何者?」
混乱の雑踏に紛れるように声を発する。相手が聞こえているかは分からなかったが、言わずにはいられなかった。
『そうですね……学園から任命された協力者と言ったところでしょう。甚だ不本意ではありますが』
ところがどこから聞いているのか、相手は面倒臭そうにであっても返事を返してくれる。
協力者……内部にいて、学園上層部からの推薦だという、まだ対面していない生徒だ。
「お顔も拝見していないこの状況で、その言葉を信じられると思いますか?」
『ええ、その杞憂は非常に道理です。しかし、杞憂は杞憂でしかありません。この状況では信じていただくしかない、と思いますけど?』
サシャの言葉に返事をする彼女は、同い年くらいのように思える。
最初は聞きなれないと思っていたが、つい最近あった事があるような気がしてならないし、疑念は尽きないが、今はそんな事を気にしていられる余裕はない。
「申し訳ないけど、今忙しいの。終わったらどこかで落ち合いましょう。私は、」
『避難誘導を終えたら、《眷属》様の所に行く、と?』
「……ええ、そうよ」
見事に言い当てられた言葉に同意すると、少女はまたも面倒臭そうな色合いを持った溜息をこぼす。
『あまり良い考えとは思えません。この状況は、もしかしたら薬を広めている犯人の意図的な犯行である可能性もあります。もしかしたら、監視されているかも。
そんな状況で《勇者》様が権能を使ってしまえば、潜入の意味がなくなるのでは?』
「そんなの……」
分かっている。
この状況は酷い。酷い、と同時に可笑しい。
今まで潜伏するように薬を広めていたのに、こんなに大勢の衆目に晒すというのは唐突が過ぎる。
そろそろ潜伏をやめ、大々的に宣伝する気なのか。
それとも、こういう戦闘面での情報収集なのか。
あるいは、単なる愉快犯なのか。
そのどれであるにしろ、主犯はあれを見ているだろう。状況把握、観察、観戦、どれも言葉の意味は違いがあるが、観ているという事実に変わりはない。
このままのこのこ出れば、サシャの正体は犯人に露見する
『今の状況であれば、ギリギリ『優秀な生徒が戦った』程度に誤認してくれる可能性があります。どちらにしろ、貴女が出張るのは悪手です』
「……へぇ、そう。でもあの二人だけで状況がどうにか出来るとは思えないわ」
魔高薬の効能は、今を持ってしても理解している部分が少ない。
今までは摂取してすぐに対象を拘束出来たが、下手に暴れ、サシャの権能なしで戦っている《眷属》達にどこまで傷付けずにやれるのか分からない。
そんな時に《勇者》が出ないというのは、そっちこそ悪手のように思える。
『ええ、あの二人〝だけ〟ならそうかもしれませんね』
「……嫌に含みがあるわね。貴女、協力したくないんじゃないの?」
甚だ不本意だとかなんだとか言っている割に、彼女は随分積極的に話しているように思える。
そんなサシャの予想に、またしても耳元で大きな溜息が聞こえた。
『そうです。正直、面倒ですし、やりたくありません。でも、仕方がない部分はあります。このままでは学園の全域に被害が出そうな勢いですし。
研究室にまで被害が行ったら、私も困りますから』
億劫だ。
そういう感情を隠しもしない彼女の声には、しかし見えない部分での自信が窺い知れた。
次回の投稿は12月3日の0時に行います。
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