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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
83/125

其ノ二






「――絶対に手助けしないから」

「ですよね」


 昼休みを終え、準備をしているところに開口一番、サシャが言った言葉に、オレは頷いた。


「こいつはオレの喧嘩だ。別に手を貸してもらおうってつもりはないさ」


 しっかりと装備のチェックを行う。

 今回は自前の装備は使えない。一応寮に置いてはいるんだが、そもそもここに自前の装備なんか持って入学する奴は滅多にいないし、あれらは最高級品に等しいものだ。

 ほら、下手に見せびらかすのは悪いだろう。

 だから今回は、無料で支給される普通の……というには、あんまりにも使い込まれた革鎧と、刃引きされた剣を使う。

 向こうも同じく、騎士学科が一般的に訓練で使うような装備を揃えて来るだろう。そこはサシャに確認してみれば、先生に使用許可を貰ったと言っていたし。


「それなら良いけれど……それで?」

「? それでってなんだよ。何か他に話す事あったっけ?」

「あるに決まってんでしょ。なんで急に喧嘩なのよ」


 腕を組み、不機嫌そうに顔を歪めているサシャはいつも通りと言えばいつも通りだが、その目の奥には感情的なものではなく、どこか理知的なものが籠っているのが分かるだろう。

 もっとも、それはほんの少しの微細なもの。分かるのは、オレとウーラチカやなんかの、近しい人間くらいなのかも知れないが。


「貴方がこんな派手な事をするって、かなりちゃんとした理由があるんじゃないの?

 貴方は時々あり得ないくらい非理論的だけど、命令の意図が読めない人間じゃないわ?」


 今回の任務は、あくまで隠密にという御達しが出ているのだ。

 中途入学なのだから最初からそれは難しいのだが、出来るだけ目立ち過ぎない、というのが普通。

 そこを無視してまでオレが行動したのには、何か大きな理由があるんじゃないか……とサシャは思っているんだろう。

 思わず笑みを浮かべてしまう、多分、人から見れば苦笑に見えるだろう笑みを。


「いや、それなんだが……特に考えてない」

「ハァ!?」


 素っ頓狂な声を上げ、こちらに迫って来るサシャを宥める。


「まぁ待て待て、理由がないわけじゃないが、仕事と関係ないってだけで、オレなりの理由はちゃんとあるんだって」

「なにそれ……どうせ、あの巻貝男のやり口が気に入らないってだけでしょ?」


 ああ、やっぱり巻貝に見えるよな。

 そう思いながらも、オレはかぶりを振る。


「それだけじゃない……オレが気に入らないのは、それ“だけ”って訳じゃないんだ」

「? それはどういう、」


 サシャが何かを言いかけるが、扉が開く音でそれは中断される。


「あ、えっと、すいません、お邪魔でしたか?」


 扉を開けたのは、ショーンだった。どこか申し訳なさそうに眼鏡の奥にある目を細めているのを見ると、とても練兵学科の生徒とは思えないだろう。


「……いいえ、ルールの確認を行っていただけです。もう終わりました」


 どうやらサシャは、完璧に他人だという前提で行動しているようだ。

 先ほどの怒りは鳴りを潜め、今は魔術学科編入生となった才女の仮面を被って、人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、そのまま控え室代わりに使っている教室を出て行く。


「……さっきも思ったけど、凄い美人だね。おまけに魔術学科に編入出来るなんて、彼女頭も良いんだ」

「まぁ、そうだな……で?」


 ボロが出ないようにショーンの言葉に曖昧に頷いてから、剣帯に手を掛けてショーンを見る。


「どういう要件だ? そろそろ出ないと、約束の時間に遅れそうなんだがな〜」

「……っ」


 オレの言葉に、ショーンの表情は硬くなる。

 言いづらい事を言うように、気不味い表情を浮かべてから口を開き、すぐにやっぱりと思い直して口を閉ざす。

 それを何度か繰り返すと、ようやくショーンの口から言葉が出た。


「――トウヤ。決闘なんて辞めないかい?」


 ショーンの言葉は、意外、と言うほどものもでもなかった。

 なんとなくあの決闘騒ぎからずっと喋らなかった彼は、『もしかしたら、辞めて欲しいとでも思ってるのかもなぁ』というのがありありと感じられる態度だったからだ。

 ……ショーンは優しい男だ。

 まだそう多くを語り合っている訳ではないが、その物腰は如何にも柔らかく、練兵学科に入っている事が不思議でならないくらい、柔和な表情を浮かべる。

 そんな人間が、今回の件を気にしていない……なんて都合のいい風にかんがえられるほど、オレも人間を見てこなかった訳じゃないからな。


「……悪りぃけど、それは無理な話だ。もう剣は抜かれたんだ。振るわれ、決着をつけない限り、そいつを鞘に収めるってのは、無理そうだ」

「そんなっ――だって、君は関係ないだろう? 最初に嫌がらせを受けたのは僕なんだ。僕の事を気にしているなら、こんな事やめてほしいに決まっているじゃないか!!」


 優男からは想像出来ないほど必死で大きな声が、教室の中を反響する。

 ショーンの表情は、必死だった。

 まるでこれから友が自分の為に戦場に行くように(まぁ半分は間違いじゃない)、きっと彼の中では責任感や罪悪感で一杯なんだろう。

 本当に優しい男だ。

 優しくて――軟弱で、反吐が出る。


「――何を勘違いしてんだ、テメェは。

 オレは確かにあのゴウマとかいう野郎が心底気にいらねぇが、別にそれ〝だけ〟って訳じゃないんだぜ」


 模造剣を引き抜いて、その切っ先をショーンに向ける。

 刃引きされているそれは、殺傷能力がだいぶ落ちているが、しかしそれでも鋭い鉄の塊である事に変わりわない。

 突けば刺さるし、殴ればそこら辺の鈍器よりも殺傷能力が高い。

 それが分かっているのか、それとも軽くとは言えオレの殺気に当てられているのか、どこかの小動物を思わせる震え方をする。


「え、トウヤ、冗談は、」

「冗談じゃねぇ」


 ショーンの媚びた声に、オレは逆にハッキリと声を張り上げる。


「――なぁ、戦場で1番嫌われるのは、どんな奴だか知ってるか?」

「……強い、敵」


「違う――『臆病な味方』だよ」


 強い敵、こちらを殺しに来る人間、そんな存在は、言ってしまえば『当たり前』のものだ。それを殺す為にこちらも戦っているのだから、出てくるのは必定と言って良い。

 だが、こんな世界にもいるのだ。


 『話し合えば分かるはず』と、既に手遅れな状況で平和を叫ぶ馬鹿。

 住民に舐められる事を良しとし、結局糧食確保出来ずに兵を飢えさせる阿呆。

 此処一番という所で動揺し、混乱し、狂乱し、味方の命まで道連れにする臆病者。


 それらが、戦場では一等の邪魔者だ。強い敵、卑怯な敵よりなお質が悪い、身の内に巣食っている害悪だ。


「お前の――いいや、お前ら(﹅﹅﹅)の気弱は、いずれ周りに感染する。兵士だけじゃねぇ、守ってるはずの国民の不安だって煽っちまう。

 もはや本当の意味での病気だ。テメェらはその温床だって言うのが、自分らで分かってねぇ。だから質が悪い」

 練兵学科(こいつら)は、弱い。

 肉体がとか、兵士としての技量が、ではない。

 心が、意思が弱いのだ。

 騎士学科に目をつけられれば将来がないとか、大人しくしていれば何もされないとか、そんなのは結局言い訳だ。

 保身。閉じこもり身を守ることしか考えない、弱気な戦略。

 そこしか考えていないから、今までの練兵学科は散々舐められたのだ。

 勿論、外野からの意見だ。オレは別に将来かかってねぇし、こいつらみたいに国に仕官したいとは欠片も思っていない。

 そもそも、こんな場所、事件が解決すればさっさと出て行く場所だ。どうなろうと知った事じゃない。

 だが――将来、こいつらと肩を並べるかもしれないなんて事があると考えると、見過ごしてる訳にはいかないのも、本当だしな。


「っ――君に、何が、僕らだって、」


 ショーンの言葉はぶつ切りで、どうにか言い返そうとしているのが分かるが、――だが、それでも本人が1番分かっている事だろう。

 図星を突かれれば、人間は文字通り、返す言葉もなくなってしまうもんだ。


「――僕らだって、なんだ?

 今まで何もしてこなかったのは、我慢してたからとでも言うつもりか? そうじゃねぇだろ。舐められたら、その舐めてくる舌も喰いちぎって放ってやるのが〝兵士〟の矜持だ、戦場の道理だ。

 それすら分かっていない奴は、野犬みたいに野垂れ死ぬか……背中からの傷をつくる」


 背中からの傷――その言葉に、ショーンの肩がさらに強く震え始める。意味を理解してくれているようだ。

 士気を下げるような馬鹿共を飼っておける軍はない。

 良くて、軍を免職されるか――悪ければ、『戦場で華々しく散った』|という事にする(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)

 普通の人間は、そんな非人道的なと言うかもしれないが、この世界の軍隊じゃそれが案外罷り通り、受け入れている。

 使えない味方は、金を払ってでも切り捨てたいのさ、どこでも。

 正規兵はもうちょっとマシだが、傭兵はなお酷い。どうせ金を払っているだけのならず者、使い捨てやスケープゴートなんて、珍しい話じゃない。それは、戦場じゃないどこかでも同じだった。

 オレは一番近くで、それを見ていたんだから、保証する。

 こいつらは死ぬ。

 今の練兵学科全員が、大きな、あるいは小さな戦場であっさり死ぬ。きっと死ぬ時は、屠殺される豚のような悲鳴しか上げられない。一方的に死ぬだろう。


「――ここが戦場なら、オレがそうしているところ……なんだが、まぁ戦場じゃねぇし、オレにその義理はない」


 模造剣を鞘に収め、肩を竦める。

 味方を殺すほど急を要する現場じゃないし、ショーンはそこを抜きにすれば、それなりに良い奴だ。

良い奴を殺すのは避けたい――出来るだけ。

 こんな小さな事でと思うだろうが、こんな小さな事でもこの体たらくでは、大きい問題でもだいたい何かしでかすものだ。

 弱気の芽は、早めに摘み取っちまうのが、良策ってもんだろう。


「おい、ショーン」

「え、あ、うん……」


 オレが声をかけると、先程まで小型犬の如く震えていたショーンが顔を上げ、思ったより早く返事をする。

 どうやら、別に練兵学科としての教育が全くなっていない訳ではないらしい。恐怖からの立ち直りが早いのには、少し感心させられた。


「オレの戦いをよく見ておけ。

 お高く止まってる貴族や騎士が、戦場でどうやって殺されるのか、擬似的にだが、見せてやるからよ」


 出来るだけ暖かい笑みを浮かべたつもりだったのだが、ショーンの表情は引きつった。




 ……あ、やべ、戦場モードのままだったわ、オレ。







 決闘の舞台は、この学園の訓練場だった。

 それなりに広々としていたその場所は、今や多くの生徒達で埋め尽くされている。

 騎士学科と練兵学科の生徒が戦う。

 なかなか見る事が出来ないこの模擬戦を見逃すわけにはいかないと、両学科以外の学科生達も集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 普通学科や、学術系学科の生徒は興味本位に観戦し、制作学科の生徒達はどのような武器が出てくるのかとワクワクしている。

 経営学などの商売に関する学科の所属生は、事もあろうに売店やら飲み物の歩き売りなど始めている。

 ……お祭り騒ぎというより、もはやお祭りそのものだ。


「……あの、先生。本当によろしいんですか、このような集まりになって」


 隣で仁王立ちしているハンコック教官にサシャが声をかけると、教官はフンッと荒く鼻息を鳴らしながら、酒焼けしている声を張る。


「そもそも、決闘の校則など書かれているだけで、実践する輩はそう多くはない。一種の娯楽にでも思ってるんだろう。

 放っておけ、学園長も許可をしているし、何より、決闘そのものに実害がなければ一向に構わん」

「それはそうですけども……」


 周囲を見渡せば、呑気に談笑していたり、出店の料理を食べているような人間んばかり。

 ――これから曲がりなりにも戦いが起こるというのに。


(……これ、今度報告しようかしら)


 学園の情操教育はどうなっているんだ、とクレームでも入れようと思ったが、すぐに辞めた。いくら《勇者》だって、世権会議お抱えの教育機関に指示を出せるような事はない。

 精々、『留意しておきます』と穏便に却下されるだけだ。


「――それより、大事な事はあるわよね」


 口の中で聞こえないようにそう呟くと、ゆっくりとサシャは周囲を見渡した。

 ――トウヤほと直接的でないにしろ、サシャ自身、大我(マナ)小我(オド)を感じる感覚がある。

魔術や魔導を使用するのだから当然なのだが、感じ方は個々人によって様々だ。

 様々な匂いのように人間もいるが、耳鳴りの大小で感じる者もいれば、感触や舌に受けた空気の味で察するなど、他の五感で認識出来るようになっている。

 サシャにはそれがいくつかあるが、その一つが、影。

 属性によって変色する影が、足元から溢れ出ている。その大きさや濃さで、その特徴を把握出来る。

 これで異常がある人間が分かれば、それが魔高薬(エリクシル)を使用した人間……つまり重要参考人だ。

 幸い、学校の殆どの生徒がここにいるようだし、これで学校中を歩き回る必要性はなくなった。

 彼らの話から、広めている人間を特定すれば、一気に抑える事も不可能ではない。

 何より、自分よりもはっきり大我と小我を見極められるトウヤがこの場に立つのだ。もしかしたら、特定出来る可能性は一気に跳ね上がる。

 ……もっとも、彼が戦いに夢中にならないという保証は、どこにもないのだが。


「――ほう、随分盛況ですな、ハンコック教官殿」


 人混みをかき分けて中央にやってきた中年男性は、どこか慇懃無礼に話しかけてくる。

 金髪碧眼、髪を肩にかかる程伸ばした、ゴウマ以上の陰険さを、その言葉と表情から醸し出している。

 名前は知らないが、確か騎士学科の教官だった筈だ。


「おぉ、これは騎士学科教官殿。ご足労痛み入る」

「いやはや、全くもって。聞く所によれば、貴方の所の生徒が、私の生徒にケチをつけたそうじゃないか。どういう事か、私はまだ説明も釈明も聞かされていないのですがね」


 率直に頭を下げるハンコックに、まるでナメクジのように陰険な言葉を投げる教官にサシャは眉をしかめるが、ハンコックの笑顔は崩れない。


「いや、それはまた失礼を。なにぶん急を要する事でしたので。

 それに、説明はさておき釈明は、決闘の結果次第でしょうな。勝った者こそ正義です」

「おぉ、さすが練兵学科の教官殿、随分野蛮な論理ですな。

 ですが、そんなに余裕綽々でよろしいのですか? あとで頭を下げる時に、屈辱で生徒に八つ当たりされては、侮蔑は免れませんのに」

「ご心配なく――負ける気はしませんのでな、ガハハハハハ!!」


 慇懃無礼どころか、もはや無礼にしかなっていない騎士学科教官の言葉に、ハンコックは豪快な笑い声をあげて受け流す。

 本当に気にしていないのか、もしくは騎士学科の立場が怖くて日和っているのか。


 ……と、普通の人間なら思うだろう。


 だが、横でその目をはっきりと見ているサシャには分かる。あれは、トウヤが偶に見せる笑顔だ。

 笑顔というより――獰猛なナニカ。

 全然目が笑っていないどころではない、溜め込んだ怒り血走り、もし理性が働いていなければ、今にもその喉元に掴みかかるだろう。

 練兵学科教官。

 兵士を鍛え上げる彼も、やっぱり兵士なのだ。


(本当、傭兵やら兵士やらに突き抜けちゃった奴は、何でこんなんばっかなのよ……)


 面倒臭い両者に挟まれながら、サシャは小さく、だがはっきりと、憂鬱の溜息を溢した。






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