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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
82/125

2/喧嘩は決闘 其ノ一






 ――錬鉄族(ドワーフ)精謐族(エルフ)などが分類される妖精種(フェアル)が何故精霊種などと呼ばれているのかと言えば、それは彼らの先祖に精霊との血縁者がいるからだ。

 精霊は《魔力物質(エーテル)》で肉体を構築し、下位種族と子供を成す事が出来る。

 精霊との普通の種族との間に生まれた子供は得意な能力を持ち、普通の人種(ヒュマス)などよりずっと長命だ。

 故に選ばざるを得なくなる。精霊の世界に足を踏み入れるか、物質世界に残り続けるのか。

 その選択は当然彼らの自由だが、物質世界に残った精霊の血縁者……それが妖精種であるというのが、現在の定説だ。

 勿論神話よりも遥か昔の話であり、立証するものはどこにもない。御伽噺程度に受け止められており、未だ数多の論争が繰り広げられている。

 しかし、彼らが精霊の血を引いている存在なのは、紛れも無い事実だろう。人族より長命で、魔導や優れた技術、あるいは種族それぞれに与えられている特異な能力。

 それらは人族との違いを証明する良い証拠になる。

 ――その中でも、最も特殊な存在がいる。


 純粋種(ピュアブラッド)


 先祖である精霊により近い状態で生まれてくる、人間で言うところの先祖返り。

 それによって生まれる子供には、その種族の枠を飛び越えてしまうほどの特異な能力や才能を持って生まれる場合が多くいる。

 半種(デミ)渡世者(エグザイル)ほどではないが、やはり普通には扱って貰えない。差別でも特別扱いでも、自分とは違う異物扱いである事に、違いはないのだ。

 そう……魔導・魔術への才能を捨て、その全ての才能を金属加工技術に回している錬鉄族の中で、賢者になり得るほどの才能を持って生まれた彼女も、また同じだった。


「彼女は世権会議加盟国の最高学府、魔術の最先端を進んでいるこの魔術学科にあっても、変わった存在である事は間違いありませんわ。

 まぁ、それを抜きにしてもあの方は、ずぼらで協調性がありませんから浮いていますが」

「……大変、だったんでしょうね」


 タクァービシャの言葉に、サシャは本気の言葉を返す。

 魔術師としての才能を持っている人族。それだけでも、周囲から浮く存在になってしまうのは無理からぬ話だ。

 それが戦士や技術者としての道ばかりを求められる錬鉄族の中でだと言えば、なおさらだろう。

 サシャの本意を察したのか、タクァービシャもほんの少し視線を下げる。

 先程までの自信満々で自分本位な彼女ではない、普通の感性を持った少女の側面が浮かび上がっているように見えた。


「そうですわね……私達にはきっと想像出来ない孤独が、彼女の中にはあるのでしょう……いえ、だからと言ってあの自堕落さは看過しかねますけど!」


 そう言うと、すぐに最初の頃のタクァービシャの顔に戻っていた。


「……もしかして、」


 思わず、思った事がそのまま口に上る。


「リヒティンさんと、お友達になりたいんですか?」

「いいえ、違いますわ」


 予想以上に早く、断定的に否定された。


「良いです事、サシャさん。

 私は友人とは対等な立場でなるものだと思っておりますの。それは身分や実力ではなく、心が対等であると言う事ですわ。

 そういう意味で――甚だ遺憾ではありますが、私は彼の方に追いついていません。私がそうである以上、あの方とお友達になる事などありませんわ」


 自分はまだ未熟である。そんなどこか自分を卑下するような事を言っているののに、彼女は心なしか、背は真っ直ぐで、自信に満ち溢れているものだった。

 ――絶対的な自分への誇り。

 自分と同じ歳くらいなのにブレないその姿勢に、サシャは尊敬と、見誤っていた事への申し訳なさを感じる。


「……デンバーさん、かなり優しいんですね」


 サシャの少しからかうような言い回しにも、デンバーは動じず、胸を張って答える。


「あら、今更ですの? 最初に貴女に声をかけて差し上げた時点で気付くべきですわ」


 その言葉に、二人で可笑しくなってクスクスと笑みを深める。

 普段トウヤやウーラチカと一緒にいる所為か、同い年の同性と話す事に新鮮味を感じていた。今まで自分よりも年上の女性としか話していなかったのもあるかもしれない。

 ここまで楽しいものだったのか。

 普通の女の子は、こんなに楽しい事をしているのか。


(――別に、後悔はしてないけど、)


 《勇者》としての使命を忘れているわけでも、普通の人生を送れなかった事を嘆くわけでもない。

 それでも、やはり楽しい事は、楽しいのだ。

 理論的な言葉では説明出来ないかもしれないけど、そういうものなのだ。そしてそういう輝かしいものを壊すような人間に、容赦してはいけない。

 ――今回の違法薬物の犯人も、ちゃんと捕まえて裁かなければいけない。

 改めて、胸の中で誓――、




 そんな風に考えていると、いきなり大きな物音が響く。




 まるで重たい物が吹き飛んだような大きな物音に、笑い合っていた二人の視線が音のした方向に向き直る。

 さっきまで向かっていたはずの、食堂の方だった。


「随分大きな音ですね……心なしか、人も騒がしいようですし……」


 今までも相当喧騒に包まれていたのがこちらでも分かったが、その種類は楽しいものから困惑するようなものに様変わりしていた。

 これは、何かあったに違いない。


「行きましょう、サシャさん!」

「え、ちょっとデンバーさん!? 危なそうですから近づかない方が良いんじゃ?」

「馬鹿を仰いなさい。もし何かあるならば、事態を収拾するのも栄えある学園生の務めですわ!」


 そう言って強引に引っ張っていくデンバーの力は、サシャ一人ではどうしようもないほど強い。

 本当は目立たない方が良い。

 心の中でそう思いながらも、抗いようが無いほどだった。




 ……結論から言えば。

 サシャがどう言ったところで、どう抗ったところで、拘ってしまう事は目に見えていた。

 だって騒動を起こしているのが――自分の《眷属(ぶか)》なのだから。


(ちょっとあんた何してんの!?)


 言葉には出さないものの、心の中で叫んでしまうのも仕方がない。状況は酷いものだった。

 食堂に鎮座していたはずの長机が壁に立てかけられ、置いてあったのであろう食べ物が床に散乱している。ついでに、何故かフォークが壁に突き刺さっていた。

 本来机が置いてあったであろう場所には空白が生まれ、そこで二人の青年が睨み合っていた。

 片方は、自分の部下で大人しくしているはずだった、トウヤ・ツクヨミ。

 そしてもう片方は……かなり奇抜な、金色の巻貝を頭に括り付けているような髪型をしている青年だった。本来は端正な顔立ちをしているだろうに、今は怒りの所為で歪んでいる。

 ……どこかで見覚えのある顔だった。


「ちょっと、これはいったい何の騒ぎですの!?――ゴウマお兄様!」


 サシャの予感は的中し、デンバーはその奇抜な髪型の青年――ゴウマに駆け寄る。


「近づくな妹よ! 今この忌々しい平民が、私の家系を冒涜したのだ! 誅罰を与えなければならぬ!」


 ゴウマの荒々しい言葉に眉を顰めながらも、デンバーは今度はトウヤに話を振る。


「……本当ですの? 答えによっては、私も加勢しなくてはいけないようですが」

「間違ってねぇ。

 だが一応言っておくと、始めたのはこいつが先。オレは由緒正しい格言のまま従ったまでだ」


 デンバーの詰問にも、トウヤは冷静に(大変腹立たしいが)答える。


「……『優しさに恩返しを、誹謗には報いを』ですか?」

「ああ、その通り。さっきこいつに同じような事をされたから、やり返した。しかも話を聞いてみれば、理由は単純、『オレ達が気に入らない』ってだけらしい。

 軽い理由でもって人を罵倒するなら、当然その責任を取ってもらう」


 トウヤの言葉で、大方の状況を察する。

 きっとゴウマは、トウヤが見咎めるぐらい態度が悪かったのだろう。

 かなり冷静で頭の回転が速いように見えるが、トウヤは何年もの間傭兵家業に勤しんでいた男だ。

喧嘩を売られれば買う、舐められれば潰す。

 単純で野蛮のように思えるが、肉体的、精神的強さを信頼に作り変える職業の人間には、それが当たり前だ。

 ……それにどうせ、自分が標的になったわけではないんだろうな。

 自分自身の事であれば、相手の愚かさを笑って流していたんだろうが、そうでないなら許しがたい行動だったのかもしれない。

 あるいはもっと深い考えがあったのかもしれないが、そこまで理解出来る程、サシャも察しの良い方ではない。


「お兄様……まさか、また練兵学科の人達に失礼を?」


 デンバーもトウヤの態度と言葉で何が起こったか理解したのだろう。またという言葉が入るという事は、そういう行動を自分の兄が取る事もまた、珍しい事ではないらしい。

 妹の呆れにも似た視線にも、ゴウマは理不尽だと言わんばかりに目を顰める。


「フンッ、練兵学科は何れ俺達の部下になる、謂わば駒のようなものだ。

 駒に礼儀を払う者がいるというのか?」

「同意しかねます。そもそも、彼らは今は同じ学園に通う同窓。親しく話す上での冗談なら笑って許されるものですが、悪意あるものでは看過出来ませんわ」

「チッ、出しゃばるなよデンバー。お前もタクァービシャ家の女ならば、このような下賤の者共とヘラヘラ付き合っているな。

 いずれ我が王国の宮廷魔術師筆頭になる貴様がそれでは、国の安泰を脅かす」

「お兄様こそ分かっていらっしゃいません! このような事をしている方が、国の恥ですわ」


 どうやら、二人は似たような容姿を持っていても、性格がだいぶ違うらしい。トウヤや他の面々を置き去りにし、二人で口論を始めてしまう。


「どちらにしろ、お前には関係のない話だ……既に賽は投げられたのだ」

「お兄様――まさか、」


 デンバーの視線が下がる。本来両手に嵌められているはずの手袋はその片方だけが無くなっていて、トウヤの足元に落ちていた。

 騎士や騎士見習いが相手に手袋を投げつける時、それは決闘の申し込みだ。自分の誇りを著しく貶められた時や、何かを奪い合う際に行われる儀礼の一つ。

 申し込む側が手袋を投げつけ決闘を宣言、相手がそれを受け取って了承すれば、決闘の段取りをつける手筈になっている。

 決闘内容は当人同士か、仲裁人が決めるものだが、概ねの流れは変わらないだろう。


「さっさと拾え転入生!」


 ゴウマの荒々しい言葉に、トウヤは困ったように肩をすくめる。


「ちょっと待てよ。オレ自身は決闘そのものも吝かじゃないんだが……アンタ、するからにはキッチリ準備してくれるんだろうな? ここじゃ私闘は厳禁だろう?」


 ――様々な文化を持つ国々からやってくるこの学園では、このレベルの問題は、実は割りかし起こり得るものである。

 だから学園側も、決闘そのものは禁じていない。随分緩い校則に思えるが、問題解決に直接的な方法を取った方が簡単だという場合もあるのだ。

 しかし、ルールは存在する。

 ちゃんとした決闘の体裁を取る事。仲裁人を置くや、厳密に内容を決めるなどだ。

 そして仲裁人に任命された者以外に、教師や教官を最低二人、見届け人として置かねばならないという事。

 当然、殺し合いに発展しないような内容で行う事。

 それ以外の私闘は一切認めず、もし行えば学園からの罰則がある。安く済んでも数週間の謹慎――悪ければ退学。


「フッ、小賢しい男め。保身が大事か?」

「そういう訳じゃない――勝った後文句を言われちゃ困るだけだ」

「貴様ァ!」


 トウヤの挑発するような言葉に、ゴウマは掴みかかろうとして、


「ちょっと待った!」


 サシャの一喝で静止する。

 誰だこいつ。

 この食堂にいる大部分の人間がそう思っている中、サシャは気にせず前に進み出て、二人の間に入るように立った。


「仲裁人ならば、私が引き受けましょう。デンバーさんのお兄様とも、そこの練兵学科の方(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)とも面識のない私であれば、仲裁人として公正な筈です」


 そう言いながら、チラリとトウヤを見る。

 ――よくもこんな面倒臭い事に巻き込んでくれたな。

 そんな恨み節のこもった目で睨み付けてみれば、トウヤはちょっと気まずそうに視線を逸らした。悪い事をしているという自覚があるだけタチが悪い。


「両者とも、同意してくださいますか?」

「……良いだろう。どことも知らぬ奴の方が、こちらにも都合が良い」

「そうだな……まぁ、了解。じゃあ次は見届け人だな。最低二人だっけか?」




「それは俺が引き受けよう」




 入り口から聞こえてくる濁声に、その場にいる全員が振り返る。

 金属鎧の音を響かせながら、厳つい顔をしている男性が入って来た。


「練兵学科教官のハンコックだ。あとで騎士学科の教官にもお声がけして、一緒に見届け人をやれば、公平さは保たれるだろう。

 学校側にも、俺から口添えする……文句はないな、転入生その一!」


 酒焼けしているようなガラガラとした怒鳴り声で言うと、トウヤは苦笑いを浮かべて頷いた。


「はい、それでこっちは構いません」

「うむ……貴様はどうだ、騎士学科生徒!」


 自分に向かって不躾な言葉を投げかけられた事に一瞬怒りを覚えたようだが、仮にも教官相手に何か言い返す度胸はないらしい。ゴウマも渋い顔をしながら頷く。


「良かろう! ならば時間は早くて午後一、遅くとも今日中に決着をつける事とする!

 それから転入生一……貴様はどちらにしろ、共用部で騒いだ罰があるからな。決闘後罰を言い渡す!」

「え」

「え、とはなんだ! 文句でもあるのか!!」

「いえないですすいません」


 教官の怒号に、流石のトウヤもタジタジだ。

 割といい気味だと思っている事は内緒にしておこう。

 ……本当は止めたい所だが、なってしまった以上どうしようもない。学園のルールに則るならば、まだマシな部類だろう。

 ――むしろこれを機に、出来る事もあるのだから。






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