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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
81/125

其ノ三






 学食の賑わい方は、その辺の街にある酒場の喧騒とは、趣が違っていた。

 呑んだくれの傭兵や街の中年層が中心になって下品な話をしているってのが普通だが、この食堂では若さ特有のどこか浮き足立った雰囲気。

 そして授業の内容や、どの世界でも繰り広げられる学生間の青春じみた会話。

 そりゃあ、酒場のおっさん達とは毛色が違うよ。


「モグモグ……トウヤ、楽しそう」

「ん? そうか?」


 ウーラチカの口一杯に食べ物を頬張りながらの言葉に、オレは少し驚いて口元に手を当ててみる。

 確かに、口角は上がっていた。


「……そうだな。楽しいのかもな」


 傭兵時代は荒くれ者の中で、《眷属》になってからは国を動かすような仕事に追われる。

 楽しくない訳でも、やりたくない訳でもないが、こういう穏やかな空気の中で過ごす機会はあまり多くはない。

 だからきっと、心のどこかが緩んでいるのかもしれない。

 ……一応仕事だから、あんまり緩んじゃいけないんだけどな。

 そう思いながら、目の前にスープを一口、口の中で含んで転がす。

 うん、一流と名乗るだけの美味さだ。それでもリラの料理の方が美味しいと思ってしまう辺り、リラの力量は凄まじいものなのだろう。


「ね? 結構美味しいでしょう?」

「ああ、これを毎日食べられるなんて、贅沢だよなぁ」


 素直に感想を言うと、ショーンは自分が褒められているように、笑顔を深める。きっと彼にとって、この学園は故郷も同じなんだろう。故郷が褒められれば、嬉しいものだ。

 自分自身もグラタンのスプーンを動かしながら、話を続ける。


「この学校の名物みたいなものだからね。卒業生でも、ここの料理が恋しくなって、教員職や研究職として帰って来る人、結構いるみたいだし」

「それは頷けるな。どんな人間だって、美味い飯には惹かれるもんだ。

 ……ただ、さ、」


 そこで切って、ぐるりと辺りを見渡してから、言葉を続ける。



「――オレら、なんか嫌われてんの?」



 練兵学科の一団が座っている――つまり自分達の席は、まるでそこに壁でも存在するように周囲に人気がない。

 長椅子と長机が置かれているのだが、それが一つ分、不自然に空けられている。他の学科の生徒は遠巻きに見ているし、通り過ぎるのさえ、こちらに目を合わせず早歩きだ。

 完全に無視されているという訳ではないが、怖がられているような感じだ。


「あぁ〜……それは、僕らが練兵学科だから、じゃないかな」

「? どーいう意味?」


 ウーラチカがようやっと頬張った食べ物を嚥下してから(ちなみにもう五食目だ)質問すると、ショーンは少々困ったような顔をする。


「う〜ん、あんまり自分で言いたくはないんだけど……。

 ほら、練兵学科ってようは兵士を育てる学科だろう? それだけでも知らない人間には怖い存在だし、何より……入って来る人達には、事情があるから」

「……そういう事か」


 ようは、傭兵を普通の人間が嫌うのと同じだ。

 普段武器を操り、他の人達よりも戦う技術――ひいては人を殺す技術を学んでいる連中。しかも氏素性が定かでないどころか、きな臭い定かさがあれば尚更だろう。

 そんな人間が食堂の一角を占拠していれば、のんびり食事とはいかないのも、無理からぬ事だ。

 誰だって、人殺しと同じ飯は食いたくない。内実がどうであっても。

 しかもこの学校の制服はどの学科も殆どデザインが一緒だが、左肩だけはどこの学科か表す紋章が刺繍されている。

 つまりそれを見れば、オレ達が練兵学科だと知るのは簡単だ。


「つう事は、練兵学科はあんまり学校の中ですかれていないって事だな」

「うん。勿論、全員が全員そうだって訳じゃないよ? 分け隔てなく接してくれる人もいる。でも学校全体で見ると、やっぱり僕らはちょっとイレギュラーなんだよ」


 ほら、種族や年齢も違うしね、と、ショーンの表情もどこか悲しそうだ。

 道理で、一緒に食堂に来る人間が少ないはずだ。獰猛な珍獣のように扱われれば、美味い飯も不味くなる。


「ごめんね。先に説明しておけば良かった……」

「気にすんな。こればっかりは、お前が悪いんじゃないしな。余計な手出しをしなきゃ、ちょっと居心地が悪い程度さ。な?」

「うん。ご飯美味しいし、おれ(ウー)は気にしない」


 隣のウーラチカに同意を求めると、既に彼は六食目を食べ始めているところだった。


「――プッ、アハハハハ、ウーラチカくん凄い量食べてるね!」


 あまりにその光景が可笑しかったのか、食堂いっぱいにショーンの笑い声が響き渡り、オレも思わず笑いを堪えきれずに吹き出した。


「クククッ、おまっ、ウーラチカ、安いからって流石に食い過ぎだっつうの!」

「そうかな?」

「そうだよ! 僕がウーラチカくんと同じ量食べたら、お腹が破裂しちゃう! 午後の座学で眠くなっちゃうよ?」

「ムゥ……そうか、腹八分目、だね」

「そうそう、分かればい」


「じゃあデザート食べて終わりにする」


『いやまだ「食べるの」「食うのかよ」!?』


 思わずショーンと声が揃ってしまい、一瞬だけ三人でお互いを見合わせてから、笑い声を上げる。

 いつもは片言のくせに、最後の台詞だけ妙に流暢だったのが、オレ達の笑いをさらに誘う。しかも金属のフォークを口に咥えながら残念そうに言うんだから、なお可笑しい。

 ――うん、これはこれで楽しいもんだ。


「あぁ〜可笑しい……っと、そういえば、他に何かオレらが注意しなきゃいけない事ってあるか?

 まだ初日で全然慣れてないからな。タブーや暗黙の了解みたいなのあれば教えて欲しいんだけど」

「そうだね、これから通うなら大事だよね。

 と言っても、そんなにないよ。夜七時までに下校しろとか、魔術学科の工房棟にはあんまり不用意に近づくなとか、それから――、」


 ショーンが懇切丁寧に説明しながら、グラタンにスプーンを入れようとして、



 消えた。

 何故か机の上から吹き飛んだ。



 幸い飛んで行った先はちょうど壁。熱々のグラタンは誰にも火傷を負わせる事なく、無残な姿で壁に前衛アートを生み出していた。

 同じように飛んで行った水の入ったグラスは幸い木で作られていたからだろう、水をぶちまけながらも割れず、地面に高い音を響かせながら落ちた

 当人であるショーンだけではなく、オレもウーラチカも、いったい何が起こったのかすぐには理解できず、呆然としてしまう。


「あぁ、練兵学科の生徒か。すまんすまん、どうやら手が滑ってしまったようだ。許してくれるよな」


 妙に誠意が感じられない謝罪声の言葉に視線を上げると、そこには幾人かの生徒を従えるように、一人の男子生徒が立っていた。

 金髪碧眼の、顔が整った青年――と説明できれば良いのだが、もっと目を惹く要素があり、そこから目を離せない。


 それは――ドリルだった。


 自分でも訳が分からないんだが、ドリルだとしか言いようが無い。リーゼントのように固められ、綺麗な流線型を生み出して弧を描いている金髪は、ドリルと言う他ない。

 前の世界からの記憶だろうか、大きな工業重機を思い出した。

 素晴らしい程の金ドリル。一体どういう意図があってこんな髪型にしているのだろう。


「……手が滑った?」


 何とかその金ドリルから視線を逸らし、相手の目を見て睨みつける。

 手が滑ったなんてあり得るはずもない。ショーンのグラタンは料理と一緒に手渡された木製のお盆に乗っていたのだ。普通に手が滑って、あんな勢い良く飛ぶはずがない。


「ん? 見かけん顔だな……ああ、練兵学科に編入した転入生というのは君か。

 いや、本当に手が滑ったんだよ。別に他意はない。君ら練兵学科如き(﹅﹅)に他意などある訳ないじゃないか」


 謝っている態度どころか、その視線と言葉は明らかにこちらを見下している。

 胸がムカムカし始めると、ショーンが苦笑しながら頭を下げる。


「――いえ、こちらこそ邪魔をしてしまいました。申し訳ありません」


 ……信じられない言葉に、もう一度目を見開く。

 どう考えてもわざとなはずなのに、ショーンはむしろ申し訳ないと言わんばかりだ。そんなショーンに対して金ドリルの男も、さも当然と言わんばかりに横柄に頷く。


「ああ、こちらは気にしてはいないよ……さて、邪魔をして悪かったな」


 それだけ言うと、男はそのまま席を離れる。

 引き連れられている男達も、金ドリル自身も終始ニヤニヤと、気持ち悪い笑みを浮かべていた。


「おい、良いのか? 偶然かどうかは置いといて、ありゃああんまり「申し訳ない」って顔をしてないぜ」

「……うん、そうだね」


 オレの言葉にも、ショーンは苦笑を浮かべ続ける。

 そこに映っているのは、先程までの困ったようなものではない。もっと行き詰まった、達観と言う名の諦めのような表情だった。


「僕ら練兵学科一同の、暗黙の了解だよ――騎士学科に逆らうなってね」

「騎士学科……あいつらがそうなのか」


 騎士学科。

 各国の貴族階級の嫡子が通っている、この学園の中でもだいぶ上位に君臨する学科だと行っても良いだろう。

 定義は様々だが、世権会議加盟国での『騎士』は『貴族位を持つ軍人』のようなものだ。

 軍政治を司っている官僚貴族と、下に山ほどいる下っ端の中間に位置する、実質的軍指揮者。

 軍略などの大規模戦略を学ぶだけではなく、軍という有事の際の国の顔を育てるべく、礼儀作法や交渉術など、案外幅広いものを学ぶ。

 ……そう、貴族。

 ようはオレら平民に位置する人間より、身分からすれば上だ。いくらこの学園が『学ぶ者の身分の貴賎を問わぬ』としていても、中身はそうは言っていられない。

 しかも騎士学科からすれば、練兵学科に通っている人間はいずれ自分達が命令を下す存在。下に見るのは当然、なんて考えているんだろう。


「そんな暗黙の了解があるくらいだ。これまでも何かあったんだろう?」


 その質問に、ショーンは少し答え辛そうに口を動かしてから、口を開く。


「うん……創設当時から、ずっとこんな感じだそうだよ。僕らは目を付けられたら、いくつかの国での士官に差し障るしね。あまり大手を振って文句を言えないんだ。

 それが分かっているから、騎士学科の人達も遠慮はしない。勿論教官とか、職員に見つかったら面倒だから、あからさまな事はして来ないけど」

「へぇ。じゃあオレらも何かしたら、面倒になるのか」

「うん……もっとも練兵学科全員の士官を止めるのは難しいから、個人攻撃みたいにするらしいけど。

 十年か前にも騎士学科に逆らった練兵学科の生徒が、士官出来ずに学園に戻ってきたって聞くし。他の学科が僕らを遠巻きにするのも、それが理由の一端だよ」


 一つの揉め事が、一生を左右する。

 そりゃあ怖気付いて、何も言えなくなるだろう。

 人間はそういう雰囲気(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)に敏感だ。空気を読んで上手くいくならそうするだろう。特に一生の問題なら、守らなければならないと判断する。

 オレだってそうだ……普段なら。


「つまり、何かしたところで練兵学科全員に咎が及ぶ事はないんだな?」

「え?」


 ショーンのキョトン顔に笑顔を向けると、ウーラチカに向き直る。


「ウーラチカ、やるぞ」

「……良いの? 怒られるよ?」


 誰に、とは言わない。

 ショーン辺りは教官に、とか思うかもしれないが、ウーラチカとオレに怒る人間なんて、一人しかいない。

 だがこの状況を黙って見過ごす方が、うちのご主人は怒りそうだ。


「オレ一人が怒られるように言っておく。お前が参加するかはどうかは、お前の自由だしな」

「……それは、いや。やるなら、ウーも怒られる。正直あいつら、ウーも嫌い」


 普段ぼんやりしているくせに、ハッキリと断言してくれたその姿に嬉しくなって、オレは少し気持ちが良くなった。

 そのまま席を立ち上がり、ショーンの制止の声をBGMに、騎士学科の連中が座っている席に進む。


「? なんだね、何か用かな?」


 金ドリルがこちらを見咎めると、またも余裕の笑みでこちらを向く。

 食べているのは、上等そうなステーキ……まぁ、飛び散りづらいもんで良かった。オレはそのまま彼の質問には応えず、



 思いっきり長机を蹴り上げた。



 普段鍛えているおかげか、長机は思ったより簡単に持ち上がった。

 幸い、持ち上がった方向は壁。さっきのショーンのグラタンと同じように、しかし被害は騎士学科全員分だ。前衛アートの大きさも、比ではない。

 ……自分の立場の事を考えると、これは良い方法ではない。激しく目立っているんだから、潜入捜査って意味じゃ危ない行動だろう。

 だけど、



「――わりぃ。足が滑った」



 売られた喧嘩は買うのが礼儀だ。

 まぁ、別に理由もあるんだけど、今はあんま関係ないし。


「ッ、貴様――」


 取り巻きの一人がこちらに食ってかかろうとする。

 だが、それも直ぐに――彼の目の前を凄い勢いで飛んで行ったフォークが妨害する。それはそのまま、壁に立てかけられたような状態の長机に突き刺さった。


「………………」


 取り巻き連中も、金ドリルも、少しだけオレも黙る。

 そんな様子を意にも返さず、フォークを投げた張本人――ウーラチカは、随分態とらしく頭を掻く。


「ウーも手滑った。フォーク、意外と難しい」


 ……うん、当てなかっただけマシだろう。

 直ぐに調子を取り戻した金ドリルは、ハッと余裕を見せるように笑い、ゆっくり立ち上がってオレを睨みつける。

 それほど距離を詰めている訳では無いのに、髪の所為で圧迫感がある。


「これは宣戦布告と受け取って良いのかな転入生。僕らに喧嘩を売れば、自分の将来を捨てると分かっているのか? このゴウマ・タクァービシャに喧嘩を売るという事が」


 その言葉を、今度はオレが笑い飛ばした。


「ハッ。生憎こっちは将来気にするようなもんでもないんでね。兵士として、敵になめられちゃダメだと思ってさ。御託は良いから、掛かってこいよ、この巻貝野郎(﹅﹅﹅﹅)


 一瞬金ドリルと言おうとして、流石にそれじゃあ通じないと思って、分かりやすい言葉に変えた。

空気が凍りつくのを感じる。

 主に取り巻き連中と、タクァービシャと名乗った巻貝野郎の空気が。


「……すまない、聞き間違いかな? 今巻貝と言わなかったか?

 〝あの〟ヘリエル王国の由緒正しきタクァービシャ子爵家代々伝わるこの髪型を、巻貝といったかね?」


 必死で冷静そうに見せてはいるが、怒りで顔が赤くなっているのが分かる。

 敢えてそれを無視して話す。


「知らねぇよ。俺からすれば金色の巻貝にしか見えねぇや。

 つうかあのヘリエル王国ってどこ? 行った事ないから分かんねぇや」


 これは嘘。傭兵時代に行った事がある。

 敷物が綺麗だなぁって記憶しかない、あんま特徴のない国だったけど。


「ッ――祖国を馬鹿にする事は許さんぞ、一兵士風情が、」

「ああ? 馬鹿にしたように聞こえちまった? 悪いなぁ、教養がないもんだから、つい失礼な事言っちまったわ……でも許してくれるよな。なんたって次期子爵様だもん。

 ――あ、そういえば子爵って下から数えた方が早いんだっけ? 上からだっけ?」


 オレがそう言った瞬間だった。

 タクァービシャは手に付けられていた白い手袋をこちらに投げつける。布な事もあってそれ程強くぶつけられたわけではなく、へにゃりと軽い感触が頬を打った。

 ――世界が変わろうとも、こういう作法は変わらない。




「――拾え。貴様に決闘を申し込む!!」




 騎士風の決闘の合図だ。







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