其ノ二
一方その頃、身分を偽っているサシャもまた、授業を終え一息入れようとしていた。
やはり一時間近く緊張していた所為なのだろう。お腹はもうペコペコ。昼休みを利用して協力者を探そうという前に、まずは腹拵えしなければ、と思っていた矢先、
「ホ〜ホッホッホッ! 貴女が噂に聞いていた転校生の方ですね!?」
……まるでどこかの物語に登場するような、見事な『高慢そうなお嬢様』が目の前に立っていた。
光に透かすと蜂蜜色に見えるような金髪は、まるでそれで何かを突く気なのだろうかと思えるほど鋭く弧を描いている。
――もしトウヤがこの場にいれば、『金ドリルだ……』と驚いていた事だろう。
サシャは心の中で思わず『頭にクロワッサンが二個もついている……』と思っただけだったが。
碧眼は勝気そうな色を持ち、その表情もどこからやって来たものなのか、自信たっぷりだった。スタイル良く見目も麗しいが、それも霞む程個性が強い。
「……そうですが、失礼ですが貴女は、」
絶対に関わりたくない。
普段ならそう思うが、つっけんどんな態度を取って悪目立ちするのが嫌だったサシャは、出来るだけ人 懐っこい笑みを浮かべて答える。
――のだが、どなたですか、と言葉が続く前に遮られた。
「私の名前は、デンバー・タクァービシャ!
ヘリエル王国の栄えあるタクァービシャ子爵の令嬢にして、魔術学科の次席を拝命しております! どうぞよろしく!!」
いちいち鼓膜を突き破らんばかりな大声での自己紹介に、サシャは内心戸惑いながらも笑みを浮かべる。
「こ、これは失礼致しました。私はサシャと申し」
「あら家名がないという事は、平民ご出身?――いいえ、責めるつもりは毛頭ございませんの! 平民でも貴族でも魔術の才を擁している方にこの学園は寛容です!
貴女も前例少ない転入生、もっと胸をお張りになって!!」
「……そ、そうですか、でも、」
「遠慮なんてなさなさらないで! いくら私があの有名なヘリエル王国の|子爵令嬢《》だったとしても、なんら遠慮する必要性はございませんわ!!」
――お願い話聞いて。
思わずそう口に上りそうになったのを理性で閉じ込めた。
そもそも世権学園加盟国の中で、ヘリエル王国はそう目立った国ではない。強いて言えば独特な模様を持った敷物がちょっと有名なくらいで、国力は中の中。
しかもそこの、子爵令嬢とは、それほど胸を張っていう事なのだろうか。どちらかと言えば、次席という点を誇るべきだろうに。
「あ、ありがとうございます……それで、私に何か御用でしょうか? 先ほどの授業にはタクァービシャ嬢はいらっしゃいませんでしたよね?」
こんな目立つ人間がいれば、自分の記憶に残っていないはずはない。
デンバーはサシャの言葉に自分の自慢を無視されて少々腑に落ちないのか、一瞬微妙な表情を浮かべるが、すぐにまた余裕綽々な笑みを浮かべる。
「確かに、私はこのような基礎的な授業は受けておりませんわ、次席ですから!」
そんな事は聞いていないと心の中で思いながらも、言葉を遮る事はしなかった。
「でも貴女の噂を聞いて、ぜひ一目会いたいと思っていましたの。前例少なき転入生、しかも聞く所によりますとかなり優秀だと。
もし宜しければ、懇意になりたいと思っておりますの」
どこか年相応の少女らしい言葉を使っているが、要約すると、
『貴女は優秀そうですし私の従僕にして差し上げますわ、ほら喜んで傅きなさい』
という意図がスケスケである。
(……本当に、なんでこう、普通の貴族ってこう、)
口に出してしまわないように、頭の中でも言及を控えた。
敬われる事を前提に生きている貴族という生き物の思考は、もはや変えようがない。シルヴァリア王国の現女王や枢密院院長が、だいぶ風変わりなだけだ。
そう自分位言い聞かせながら表情を変えずに、恭しく頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。タクァービシャ嬢に仲良くして頂きたいです」
「ええそうでしょう、そうでしょうとも! では早速、これから一緒にランチなど如何ですか? ここの学食はとっても美味しいんですの、きっと気に入りますわ!」
「そ、それはとても楽しみですね、」
「ああ、そのように他人行儀になさらないで! 私達はもう知り合いですし、何より歳も近いんですのよ! 呼び方も、ぜひデンバーとお呼びになって!!」
「あ、ありがとうございますデンバーさん」
――帰りたい。
村になどという贅沢は言わない。自分の決められた寮室でも構わない。せめてこの面倒臭い金髪お嬢様から早く離れたい。
そんな事を考えながらも、強引な程引っ張るタクァービシャ嬢の勢いに飲まれ続けた。
教室を出て、通路を渡って、別棟に作られている食堂へ歩き続ける。
歩き続ける中でも、タクァービシャ嬢の会話は止まらない。どこ出身なのか、どのような暮らしを続けていたのか、そもそもどうして転入してくるようになったのか。
そんな極めて平静な質問は一割程度で、残り九割は大方自分のお国と家の自慢ばかりだったが、それでもサシャは記憶していた自分の経歴を語っていく。
サシャは寒村の生まれだったが、魔術師の師匠に見初められ魔術の修行を五歳から始める。あまり世に出る事を好ましいと思ってはいない教師の元でこの年齢まで過ごしていた。
そんなある日師匠の知人である学園関係者が自分の事を学園に誘ってくれ、師匠の反対を押し切ってこの学園にやってきた。
自分を愛していた両親は数年前に他界して故郷に戻る事も出来ないし、師匠とも喧嘩別れ。だから自分は、ここで多くを学んでからどこかの国に仕官するつもりだ。
そんな、真実と虚偽を上手く織り交ぜた話をしたのだ。
興味を引くほど絶望的な話しでもないが、安易に話を聞こうとするようなものでもない。そうすれば、ボロが出るほど深く質問してくる人間がいないからだ。
それが功を奏したのか、そもそもタクァービシャ嬢はそれほど悪い人間でもなかったのか。どこか気まずそうに「あらそうですの」とだけ言って、自分の話を続けている。
その自慢話を背景に流れる音のように半分無視しながら、サシャは興味深げに周囲の景色を見渡す。
窓は上質なガラスを入れているのか、外の明るい景色を見渡せるほど澄んでいる。床の大理石も曇りなく陽光に光り輝き、ニスを塗られた木の壁はその年月を隠し切れない。
どこの貴族の豪邸にも見劣りしない、立派な学園だと言えるだろう。
……こんな中で、違法薬物が流行っているなどとは、信じたくはない話だったが。
「さて、ここを曲がって渡り廊下を通ればすぐに食堂ですわ。本当にとても美味しいんですのよ。私も故郷で珍味を食べ尽くしましたが、比べても劣らない程――」
くるりと曲がったその先で、タクァービシャ嬢の言葉も歩みも止まった。
「? どうしたんですかタ……デンバーさん。何かありましたか?」
サシャのその言葉にしばらく反応を返さなかったタクァービシャだったが、何を思ったのか急にこちらに振り返った。
その顔には、どこか忌々しいと言わんばかりの、苦々しい表情が張り付いていた。
「……サシャさん。この最高学府たる学園にも、良い人間悪い人間というものがいらっしゃいます。他人とのお付き合いは、慎重を期さねばなりません」
「はい、」
それは貴女には適用されないんですかという言葉は、既の所で止まってくれた。サシャの様子に気を止めるでもなく、タクァービシャは言葉を続ける。
「成績優秀であるないに関わらず、態度が悪い人間はどこにでもいるものです。
ですからご用心を――これから出会す方は、あまり良い御仁とは言えませんので」
それだけ言い捨てて、再び前を向くと、姿勢が変わったからだろうか。彼女の背中で隠れていた進行方向への視界が開ける。
そこには、一人の少女がいた。
渡り廊下から少し離れた芝生にいる彼女は、少女と呼んでも差し支えない容姿をしている。
寝そべっている所為で正確な事は分からないが、それ程高い訳ではないサシャの身長よりも低いだろう。
手入れを怠っている、跳ね毛混じりの三つ編み、まるで夏の日に外で遊びまわったような小麦色の肌、そしてそのあどけない寝顔が、余計にその幼さを引き立てている。
制服を着ているから間違いはないはずなのに、それがひどく場違いなもののような印象すら与えてしまう。
だが、それは今の状況を見れば打ち消されるものだろう。
彼女は寝そべっているが、それは芝生にではない――ふわふわと柔らかそうに浮かんでいる浮き雲の上で眠っているのだ。
――魔術師は、魔術を見るだけでその魔術の効果や術式を看破する事がある。
それは魔術を学んでいる人間に必要な素養のようなもので、看破といっても類推に近い。
一見してどのような術式を使っているのか知るのは、学術的にも戦闘的にもとても有用なスキルだ。だからこそ、魔術師が最初に学ぶ技能のうち、その一つに含まれるのだ。
しかし、理解すれば絶望しか来ないものも存在する。空間に維持し続けられる雲は、それだけで高度な術式を使用している事が理解出来る。
その上、あの少女は微睡みながらそれを制御し、調整を続けているのだ。
その技術は、もはや一介の魔術師の域を超えている、と言っても良いだろう。
サシャの動揺と驚愕をよそに、タクァービシャは鋭い表情を浮かべながら渡り廊下を外れ、その少女の元に近寄った。
「――ニコラッティエ・リヒティンさん。こんな所で呑気にお昼寝とは、随分悠長な事ですわね」
タクァービシャの言葉には、避難と皮肉が混じり合っていた。
その言葉にほんの少しの静寂が訪れると、ニラッティエと呼ばれた少女は雲に顔を擦り付けてむずがってから、ゆっくりと目を開けてタクァービシャの方を見る。
右目には髪の毛と同じ藍色を。左目には鋼のような煌めく灰色を抱いている。
――虹色の瞳。魔術師の中にも最高の素質を持った人間にしか現出しない特徴の一つを、ニコラッティエは持っていた。
「――んぅ、ゴメン、徹夜で研究してたから眠くて、……質問なら、あとで、」
どうやら未だ眠気が晴れないせいで、声をかけた人間がどんな人だか分かっていないらしい。モニャモニャと寝言のように口走るが、その言葉にタクァービシャは不満そうだ。
「貴女に教えを請う謂れはありませんわ。ほら、さっさと目を覚ましてください、私ですわ」
もう一度はっきりと聞こえるように言うと、ニコラッティエは寝ぼけ眼でタクァービシャをじっと見てから、不思議そうに溢す。
「――だれ?」
……どうやら、寝ぼけていなくても分かっていなかったようだ。
少々失礼なその言葉に、抑えていただろうタクァービシャの怒りが爆発する。
「テンバー・タクァービシャですわ! ヘリエル王国の子爵令嬢にして、魔術学科次席、そしていずれ貴女を追い落とし、主席の座に座るタクァービシャですわ!!」
「ああ、うん、そうだったね、うん、今思い出した、起きた、起きたよ」
タクァービシャの怒号も、彼女にとっては朝の鶏と同じ程度にしか感じていないのかもしれない。どこ吹く風で起き上がり、目を擦る。
擦っても、目は半開きのままだった。それがきっと普段どおりなのだろう。普通の時に見れば物憂げに見えなくもないが、今の状況から見ていると普通に眠いのではないかとしか思えない。
というか、
(それ以前に、なんか聞き逃せない言葉が聞こえたわね――魔術学科の主席?)
タクァービシャが言ったように、またサシャ自身が認識している通り、この学園の魔術学科はまさに最高学府と言っても過言ではないレベルに到達している。
その中で頂点を取るというのは容易な事ではなく、取ればそれだけで魔術師の最高位である《賢者》の称号は間違いなしと言っても嘘ではない。
目の前の少女がそれだと言われると、その幼さを含めて、動揺はより濃くなった。
「で、えっと、天パさん」
「デンバーですわ! 私の髪の毛は毎朝三時間でセットしている、タクァービシャ家の伝統的髪型です! 馬鹿になさらないで!」
「ごめん、デンバーさん。私に何か用かな? いつものお小言?」
「お小言ではなく、忠告と仰っていただけますか? 栄えある魔術学科主席の貴女がそのような態度では学園の品位を損なうんですの、分かっていらっしゃいます!?」
「う〜ん、私は別に欲しくて手に入れた訳じゃないからなぁ……それに、大事なのは中身だよ」
「分かりますが、貴女のその態度と服装は酷過ぎます! 髪型くらいまともになさったら如何ですか……まさか貴女、お風呂にも入ってらっしゃらないのではないでしょうね?」
「そんな事ないよ――三日前くらいに入ったばっかりだよ」
「三日〝も〟ですわ! 〝も〟!! そもそも、何故こんな昼間から寝ていらっしゃるんですか!? 講義はどうしたんですの!?」
「もう教える事はないって単位認定されるから、午前の授業はないよ。今日は暖かそうだし、外でお昼寝しようと思ったんだ……ダメだった?」
「ダメに決まっているではありませんか!! 魔術師たる者、研鑽を怠ってはいけませんわ!」
「と言われてもねぇ。私はもう覚えちゃったし」
「ッ、このっ、ああ言えばこう言う!」
繰り広げられる口論(というより一方的な口撃)の様相は、さながら大嵐の中で飛ぶ葉っぱが幻視出来るような不毛なものだった。
タクァービシャはニコラッティエの態度も言葉も何もかもに嫌悪を示し、対するニコラッティエはタクァービシャの言葉にまるで興味を示していない。
話し掛けられているから返事をしている。その程度しか考えていないのではないか、と邪推してしまうほどだ。
「――それより、天パさん」
「デンバーですわ!」
「ああ、うん、デンバーさん――その子、誰?」
二色の視線は、いつの間にかサシャに注がれていた。
物珍しい動物でも見つけたと言わんばかりの観察するような目は、体の内側まで見られている気がして、どこか居心地が悪い。
タクァービシャは「しまった」という顔をあからさまに見せるが、すぐに余裕綽々の笑みを浮かべる。
「今日転校していらっしゃったサシャさんですわ。授業にいらっしゃらない貴女には無理でしょうが、私はすぐに仲良くなりましたの」
貴女も授業には出てなかったじゃない、と言わないのは、優しさの一種だろう。
「――転校生、へぇ、貴女が」
そんなタクァービシャの自信満々な言葉に小揺ぎもしないニコラッティエは、浮いている雲とともに移動してきて、サシャの目の前にやってくる。
やはり、酷く小さい。十一、ニ歳にも見えるその姿は、ひ弱いさすら感じさせる。
「は、初めまして、リヒティンさん」
そう言ってみるものの、返事はない。それよりも熱心にこちらを見る事に、集中力を割いているようだ。
じっくりと観察するその目には、知的好奇心のようなもので染まっている。
「――貴女、変わった色してるね」
「? ああ、目ですか? 確かに少し赤いですが、」
「そうじゃない髪の毛と中身が」
「――――――」
染めた髪と、精霊王との契約。
自分が一番触れられたくないその二つを小声で言い当てられ、サシャの体は緊張で竦み、頭の中で『何故』と『どうして』という言葉が反響する。
そんな自分の動揺を、知っていて無視しているのか、すぐに興味をは逸らされ、雲と一緒に渡り廊下の方へ浮遊する。
「このままいると、天……デンバーさんにまた何か言われそうだから、もう工房に帰るよ。サシャさん、またいつか」
「あ、ちょっと待ちなさい! まだ話は終わっていませんわよ!!」
「私にはもう終わっている話なんだよ」
タクァービジャの制止する声にも耳を傾けず、先ほどまでの騒がしさとは打って変わって音も立てずに、彼女は校舎内に姿を消していった。
「まったくあの方は、主席の自覚というのが無いんですのね……大丈夫ですか、サシャさん。最後に何か仰ったようですが」
どうやら最後の言葉はタクァービジャには聞こえなかったようだ。どこか心配そうに訊いてくる彼女に、サシャは取り繕うように笑みを浮かべた。
「いいえ、これからよろしく程度しか言われませんでした。にしても、凄いですね。あんな小さいのに、虹色の瞳を持っていて、魔術学科の主席なんて」
誤魔化す為に言った言葉に、今度はタクァービシャが驚いた。
「あら、サシャさん見ていなかったんですの?……いえ、それも当然ですわね。最初は皆気付きませんでしたもの」
「? それはどういう……」
どこか躊躇するように口を何度か開きかけると、タクァービシャは観念したように言葉を取り出す。
「あの方は、錬鉄族の純種ですわ」
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