1/大学園都市 其ノ一
本日更新二回目です!
楽しんでいただければ幸いです!
――学校制度を取り入れている国は、世権会議には意外と多い。
と言っても、それはあくまで計算や物書きを教える幼年学校と、領地運営や政治を担う貴族用の高等学校だけであり、それだけであれば大したものではない。
幼年学校は勿論、その国の中枢を任せる高等学校ですら、必要な事しか教えないのだから。
しかしそれでは当然知識が不足する場合が増えてくる。
かといって個々の国が勝手にしろというのも無情だ。経済的に裕福か貧乏かといった差は未だに存在するのだ。必要な資料を揃えるだけで、一国が無くなる可能性すらある。
特に希少な魔術師の育成は困難を極めるだろう。
そこで世権会議発足当初から作られたのは、まずはこの魔術師育成の、世権会議共通の学校を生み出す事から始まった。小さな町に小さな学校が生まれたのだ。
最初は小規模で、あくまで魔術師を育成するものだった。
だんだんと巨大になっていき、やがて魔術だけに及ばず凡ゆる知識が集約し始め、それを教える専門の学科が増えていった。
さらにそれは軍略などの他方分野に広がっていき、一国の王族や優秀な人材が、貴族やそうでないもの、種族差などといった壁を取っ払いやってくるようになった。
人が集まれば需要が生まれる。
小さくはないがお世辞にも有名ではなかった町がその学園を中心に人が集まり、発展し続け、最終的には都市と呼ばれるレベルになった。
世権会議からどこの国家にも所属しない、《勇者》の本拠地である《エレメンツ・フォレスト》と同じく特別自治区に指定されるのに、そう時間はかからなかった。
それこそが学園都市。
学術都市『ウニベルタス』である。
――黒板を、白墨が叩く音が、階段状に長机と椅子が並べられている講義室に響く。
「さて、魔術というものが生まれたのは、魔導というものが生まれてだいぶ経ってからだというのは、既に常識だよね?」
柔和な笑みを浮かべている眼鏡を掛けた瘦せぎすの教師がそう問いかけるように聞くが、講義室に座ってノートを取っている生徒達は誰も答えない。
常識的すぎて、答える気も起きないのだ。
それが教師も分かっているのか、それともその空気を感じたのか、笑みを崩さず数回首肯してから黒板に向き直る。
「まず、精霊や真竜、あるいは東方の浮島に住む龍、それに聖獣なんかが使っていた異能などを人間が再現したのが魔導だ。
大地のエネルギーたる大我に干渉し、魔力物質を生み出す。
しかし、これはとんでもなく人を選ぶものだったのは言うに及ばない。何せ元々自分達より高次元の存在が使っている技法なんだから。
だから先人達は、小規模ながらも安定しもっと簡単に使用出来る術式を考案する――それが魔術って事になる。
さて、ではこの魔術が発現するプロセス、魔導との違い、簡易になった理由を説明出来るかな?」
教師の言葉に、その場にいるほぼ全員が手を挙げた。
ここにいる人間の殆どが、故郷に将来を嘱望されてこの学術都市にやって来た人間ばかりだ。どの生徒達にもやる気があり、良い成績を取って卒業しようという意欲がある。
教師はそんな熱意溢れる生徒達の顔を一人一人眺めてから、一人の生徒に目を止めた。
天然のガラスを切り取ったかのように赤い目と、墨のように黒髪の少女に。
「それでは、今日は転校生に答えて貰おうかな――ミス・サシャ、立って」
「はい、」
教師の指示通りスクッと立ち上がると、サシャと呼ばれた少女は真っ直ぐに前を向きながら口を開く。
「魔術が発動するプロセスは、大まかには魔導と変わりがありません。根本で使用するエネルギーが大我から小我に変わっただけです。
何故そうなったかと言えば、魔導が習得困難な理由の大部分が、大我の操作が困難だという点であるからです。
外側にある認識出来るか分からない物よりも、内側に存在する力を認識し、コントロールする方が遥かに簡単だったでしょうから。
勿論、規模や威力は弱体化しましたが、その発展により画一的な魔術が完成しました」
その言葉に、教師は満足そうに頷くと、さらに質問を続ける。
「では、画一的になった特徴は?」
「……まず、その発動へのプロセスの論理化です。魔導はその大半を術者の感覚に委ねる形になる為効果にばらつきがあります。
その点魔術はその術式に数式や理論を使う事により、より安定して効果を発動する事が出来るようになりました」
「種類は?」
「詠唱と、記陣です。
詠唱は言葉を使って自身の小我に干渉し魔力物質を作り出し、記陣は円形の中に描かれる記号や文言を濾過装置として小我を魔力物質に変換します。
前者は即応性が高く実戦的ですが、大規模魔術を使用する事が難しい。後者は大魔術を編み易くコストは低いですが、反面即応性はぐんと下がる特徴を持っています」
教師の質問に、サシャはスラスラと答える。
基礎中の基礎。魔術を習う人間ならば珍しくはないが、唐突に名指しされても動揺しないその姿を、教師は評価した。
常に冷静さを保つ事も魔術師に必要な素養だからだ。
「素晴らしい。編入生ながら堂々とした返答でした、正解です。皆さん、ミス・サシャに盛大な拍手を」
教師に促され、教室にいた全員が不承不承ながらも拍手を送る。
初日から目立つ気に入らない生徒、と思っているのが丸わかりの態度と言っても良いだろう。
それに見向きもせず、サシャは一度大きく礼をしてから、涼しい顔で席に座り直す。
(――ちょっと先生やめてよ目立っちゃうじゃない!)
内面は外面ほど平静とはしていなかった。
世権会議からの次の指令は『学術都市に潜入して違法薬物の捜査をせよ』というものだった。
――イヤイヤ無理でしょ。
サシャが最初に感じた感想だった。
世界的に有名な《勇者》が潜入捜査なんて、冗談にしたって笑えないと。
しかし世権会議の考えは違った。
まだサシャの顔は世界的に知られているとは言い辛く、尚且つ今回の案件は魔術に大きく関係するものだ。魔術師であり魔導師でもあるサシャはまさにうってつけ。
多少姿を変えてしまえば正体がバレる事はないし、自分の正体を知っているものを少数にすれば何の問題もない。
魔術に疎い封権騎士団の騎士を派遣したり、荒事には向かない魔術師などを派遣するよりも、ずっと安全で確実。
――というのが、表向きの理由。
実際これは、罰としての側面が強い。
前回のシルヴァリア王国の一件に対して未だにご立腹な世権会議から、反省の意味も込めて振られたのだ。
断れる筈もない。
仕方なく髪色を魔術で変え(此れくらいなら普通の魔術師ならやるから、違和感を持たれる危険性はない)、《眷属》とも離れて潜入捜査を始めたのだ。
知っているのは会議との交渉役に立っている魔術科の教授を筆頭にした上層部数人と、まだ対面を果たしていない協力者のみ。
ハラハラする状況で、味方もいない。そんな中始まった初日は、早くも不安でいっぱいだった。
(……まず、居心地が悪い。視線が痛い……)
ノートを取るふりをして周囲に意識を向けてみれば、大勢の視線が身体中に突き刺さっているのを感じる。
その視線の内容は好奇であったり、興味であったり、もしくは嫉妬や不信感という後ろ暗い感情など様々だ。
仕方のない話だ。
ウニベルタスの中でも最高の教育機関と謳われる魔術学科に、ほとんど前例のない転入生が入ってきたのだから。
目立つな、という方がどうかしている。
……もっとも、これくらい目立った方が都合が良いのも確か。
まさかこんなに目立っている人間が捜査員だとは誰も思わないだろう。この教室の何処かにいるかもしれない、薬をばら撒いている犯人も含めて。
(……いや、どちらにしろ嫌なんだけどね)
小さく溜息を吐く。
彼女が緊張しているのは、それだけではない。この学園特有の空気だ。
在籍しているものの大半が、サシャと同じかそれより下の若者達ばかりだ。彼らが発する、十代特有の浮ついた空気というものに、全く慣れる気がしない。
止まり木の村『パーチ』には自分と同年代など殆どいなかったサシャにとって、学園の中は針の筵に等しい。
いても良いのだろうか、と不安になってくるのだ。
しかも、情報で最初に顔合わせする筈だった協力者。
――これがまさか、ばっくれた。
約束の時間、約束の場所にいても来ない。仕方なく寮の自室にも寄れず荷物だけ預けてこの教室に直接やってきてしまった。
(初日から幸先悪いなぁ……)
サシャはもう一度溜息を吐く。
「……トウヤとウーラチカは、大丈夫かしら」
不安を紛らわす為に、もう一つの不安材料を零すしか、サシャにする事はなかった。
◆
学園内部に作られた巨大な運動場で、教官の怒号が響く。
「オラオラ、ちんたら走るな! 顎上げて走れ!!」
筋肉の塊に憤怒の面でも貼り付けたような厳つい教官に怒鳴られれば、従わざるを得ない。おまけに金属鎧を着てデカさが増しているんだから。
疲労でうな垂れていた生徒も、ハイ!としっかりとした返事をして指示に従う。
授業時間が始まって一時間。既に生徒達の疲労はピークに達していると言って良いだろう。
走る速度は遅くても構わないものの、問題はその背中に背負われている重りだろう。優に健康な成人男性一人分ほどの重さを持つそれを持って走れば誰でも根を上げる。
行軍の訓練は生徒達の中でも一、二を争う不人気授業だった。
だが、その中でもそれほど疲労を見せずに走っている生徒がいた。
闇を切り取ったような黒髪、白銀の目を持つ青年。
――と、ここまで他人行儀に説明していたオレ、トウヤ・ツクヨミです。
「貴様ら! 転入生に越されて悔しくないのか!!」
教官の言葉は厳しい。
その言葉で他の生徒に嫌な視線を向けられているが、無視しておく。これを気にし始めちゃキリがない。
……というか、教官もまさかオレが戦争経験もある元傭兵だとは知らないのだからアレだが、そんなオレと生徒達を比べんなよ、と言いたいくらいだ。
それに、
「おら、転入生その二! 貴様たるんでるぞ!!」
……オレの《眷属》仲間であるウーラチカさんが最後尾なんだから、他の奴らにやいのやいの言えた立場ではないわけで。
今回の『魔高薬』関連の捜査は、サシャ中心に動く。
そう最初に話された時、オレもウーラチカも異議はなかった。
魔術学科を中心に広まっている薬の事を調べるならば、魔術学科に乗り込むのが最上なのは分かっていたし、オレもウーラチカも魔術には疎い。配役は妥当だった。
しかしそうなると、今度はオレとウーラチカをどうするかという問題になる。
同じ魔術学科には入れないが、学校内・寮内でもサシャとは接触・護衛は行わなければいけない。そう考えると、職員などより生徒の方がよっぽど自由に動ける。
そこでオレ達が入ったのが『練兵学科』だった。
実に多種多様な学問分野を保有するウニベルタスの中にも、こういう学科があるのは意外だった。
国の政治的な部分に関与する『騎士学科』とは違って、練兵学科は下士官のような存在、つまり現場での指揮権を持つ、平兵士より上の存在を育てる学科だ。
世権会議加盟国の大半の軍部の構造は、
まず兵部卿という、言わば将軍を頂点として、その間に様々な役職を持つ騎士、その下に下士官のような兵士を置き、その下に大半の兵士を置く、というのが一般的だ。
つまり中間管理職のようなもので、騎士の無茶な命令を実現しながら下に文句を言わせない役職を育てる。
こんな中途半端な職業を育成するのは、今の教育方法じゃ難しい。
だったらいっそ最高学府で学ばせた方がいいんじゃないか、という結論に達して生み出されたのがこの練兵学科だ。
ここの最大の利点……いや、オレ達にとっての利点は、『細かい事情は聞かない』という部分だろう。
邪魔者扱いの豪農の次男三男、のちのち貴族に取り立ててもらえるかもと淡い期待をもっている商人や中流平民、傭兵上がり、騎士になり損ねた奴。
やってきた連中は事情様々で、おまけに話しづらい内容ばかり。
教官も、生徒同士もそれを察して下手に過去をほじくり返さないので、あくまでサシャの付き添いで紛れ込んだオレやウーラチカにとっては気が楽だ。
オレはさておき、ウーラチカは話すとボロが出そうだしな。
今日から初日。さて皆と仲良く出来るかなと思っていた矢先に、練兵学科の地獄のトレーニングで招かれたのは、果たして幸先が良いのかどうか。
走り終えてクールダウン代わりにストレッチをしていると、何周か遅れでゴールしたウーラチカが息を切らせながら近づいてきた。
「す、凄いね、トウヤ……体力、ある……」
「取り敢えず、息整ってないのに無理に話すなよ」
その姿はこっちが哀れに思えてしまうほど辟易していた。
無理からぬ事だろう。森を軽業よろしく走り回るのと、大きな荷物を持って行軍擬きをするのとじゃ、必要となる筋力・体力に大きな違いが出る。
オレはこういうのも育て親に教わってなれてはいるが、もしもう少し距離があったら根を上げていただろう。
俺の仕事は戦争屋じゃなくて、護衛屋や狩人が中心だったし。
ほんの少し安堵の気持ちを心の中に浮かべながらも、ゼェゼェと変な呼吸になっているウーラチカの背中を撫でてやる。
「――本当に凄いね。まるで本物の兵士を見ているようだったよ」
そんなオレ達に唐突に話しかけてきたのは、同じクラスに所属している生徒だった。
名前をショーン。
この世界ではそこそこ高額な眼鏡を掛け、練兵学科に所属しているとは思えないほどほっそりとした、オレと同い年くらいの少年だった。
「僕なんて、ウーラチカくんと同じ、こういうのは慣れていなくって」
「まぁ、こればっかりは体力が物を言うからな」
どこか羨まし気な言葉に、苦笑いを浮かべながら答える。
半ば経歴を偽っている状態なので、少々答えづらい。
「そうなのかな。見てたらトウヤくん、体の軸がぶれていなかったし、もしかしたら武術でもやっていたのかと思ってたよ。名前的に、『扶桑ノ国』出身みたいだし……」
彼もこの学科の暗黙の了解は理解しているようで、少し聞き辛そうに、しかし興味を隠せないように聞いてきた。
「あ〜、そうなのかも知れない。実はオレもよく分からないんだ。気づいたら養父に育てられてたから。鍛えて貰ったから、武術やってるってのも、間違いじゃないんだけどな」
嘘でも事実でもない事を言ってみると、ショーンの表情はすぐに暗くなる。
「あ、それは、……ごめん」
「ああ、いや、別に気にする事ないよ。だいぶ変わってるし、興味があるのはしょうがないさ」
そう言いながら、オレは立っている場所から景色を見る。
学術都市『ウニベルタス』の形を一言で例えると、砂で作られた山のような形状をしている。
頂上に、下手をすれば小さな街くらいすっぽり収まるんじゃないかってサイズの学園を置き、その下には学園に必要な商店やそれに関係する人たちの住居が並んでいる。
その中には生徒の金銭事情に合わせた学生寮が何個も設置され、様相はまさしく学園都市。この学園そのものを維持する為だけに作られた街そのものだった。
ここから見るとその街並みはこちらに駆け上がる階段のようにも見え、壮観だった。
「何度見ても不思議な気分だ……いや、そもそもオレが学生ってのが、笑えない話だよな」
ショーンに聞こえないように、ボソリと溢してみる。
――前の世界の記憶を失ってここにいるオレには、学生だった頃の自分が思い出せない。
そもそも何歳でここにきたのか覚えていないが、それなりに知識があるところを見るに、通ってはいたんだろう。
だが、それだけだ。
学校というものがどういう物なのかは理解しているけど、自分にはその想いでも何も残っていない。だからある意味、この学校が初めての学生生活のような気がする。
傭兵として鍛えて、傭兵として生き、そのまま《勇者》の《眷属》になった。そんな人生送っていると、学生生活なんていうのに、縁遠くなっていった。
それを恋しいと、経験したいと思っていた……というのを、偽装とはいえやってみて初めて気付くなんて、笑い話だなと思った。
「あ、そういえば、さっき教官が言ってたけど、今日は早めに昼休みに入って良いって。
トウヤくん達、まだ食堂に行った事がないだろう? もし良かったら一緒に食事でもって思ったんだけど……どうかな?」
どこか気恥ずかしそうに誘ってくるその姿から、あぁこの為に話しかけて来たんだなと気付く。
練兵学科なんて殺伐とした学科でも、やっぱり友達と食事はしたいだろう。
オレが答える前に、さっきまでグロッキーになっていたのが嘘かのように、ウーラチカが物凄い勢いで立ち上がり、ショーンに詰め寄った。
「――そこ、甘い物、ある?」
……目の色が変わるって言葉の意味がウーラチカを見ればよく理解できるだろう。
「う、うん、あるけど……甘い物、好きなの?」
「うん――おれ、三食甘い物でも大丈夫なくらい、好き」
「そ、それは体に悪いから、普通のご飯も食べようよ」
「……普通のご飯も、美味しい?」
「美味しいよ。自慢じゃないけど、学園の食堂には一流のシェフが揃ってて、安価で美味しいが売りだから」
「……じゃあ食べる。早く行こう」
「え、ちょっと待って引っ張らないで!」
コントさながらの会話を終え、ショーンをグイグイ引っ張っていくウーラチカを見ていると、顔には自然と笑みが浮かんでくる。
――まぁ、ちょっと学生ライフを楽しんだって、バチは当たらないはずだ。
「おぉい、オレを置いていくなよ〜」
訓練に使っていた荷物を背負って、駆け足で二人を追いかけた。
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