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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第三章 秘密ノ姫君
77/125

エピローグ/少女の夜

ちょっと長くなりましたが、これにより第三章終了です。

楽しんでいただけたなら、幸いです。






 ――天気良いな。

 ここしばらく空を見上げる余裕なんてなかったオレは、馬車の中からゆっくりと空を見上げた。突き抜けるような青い空は、あの日からずっと変わらずその美しさを保っていた。

 このまま天気が良過ぎれば水不足も起こるだろうが、遠くの方を望んでみれば大きく黒い雲が動いているのが見える。きっと明日辺りは雨が降るんだろう。

 ――シルヴァリア王国の一連の事件が解決して既に三日経っていた。

 まさに怒涛の三日間だった。

 まずは、シルヴァリア王国民政議会を中心にした大勢の人間の解雇や失脚。


 オーレンの奴、今回の一連の事件に関わらず色々やらかしていたらしい。


 革命軍関連で甘い汁を啜った商人から、官僚によくある汚職関連の関係者。王女誘拐に協力し、革命にも一枚噛んでいた軍部のお偉いさん達。反フラグレント派の貴族連中まで、浅く幅広く

正式に女王になったエリザベスとフラグレント公爵が、たった一日半でそれらを纏めて粛清したのは彼らの手腕もそうだが、大部分はオーレンの残した書類のおかげだろう。

 あの御仁、どんな不正でも証拠として十分利用出来る書類を全部保管していたんだ。

 間の抜けた話だが、そういう裏稼業では証拠ってのは重要だ。

 『きっちり約束したんだからきっちり守れや』という拘束力であると同時に、何かあった時に、『これバレたら困っちゃうよね?』という脅しにも使える。

 その書類をありがたく利用して行われた大粛清で生まれた空席は、フラグレント公爵自らが選別した人員で補強される事になった。身分関係なく選ばれた彼らは、随分優秀だと聞く。

 きっと、シルヴァリア王国は、今よりもずっと良い国に変わってくれるに、


「ちょっと! ぼんやりしてないで手伝いなさいよ!!」


 ……なんて現実逃避は、サシャの大きな声で遮られる。

 口から溢れた溜息を溢れたままにして視線を馬車内に戻せば、相当酷い有様が広がっている。

 書類、書類、書類の山。

 移動中でガタガタと振動しているので、山は崩れてまた山を形成し、その山と格闘しながらサシャは必死にペンを走らせている。

 このような仕事に向いていないウーラチカは、馬車の屋根でのんびり日向ぼっこの最中。

 ……羨ましい。


「なにボケっとしてんの! アンタの所為でもあるんだから、とっとと手伝いなさいよ! エリザベス王女――ううん、エリザベス女王失踪時の詳細はアンタにしか書けないんだから!」

「はいはい分かってますよ……にしても、凄い量だ。今回は相当お冠ってところか」


 ちょうど目の前に降ってきた書類に目を通せば、高等教育を受けている人間特有のとても遠回しで慇懃な文面がその行間も無視してぎっちり並べられている。

 これを要約すると、



 『お前らちょっとやり過ぎ』




 だった。

 ――さて、ここで皆さん復習してみよう。

 この世権会議内の役職の一つとして設定されている《勇者》という存在には極めて厳密な決まり事がいくつもある。

 《勇者》が使用する権能幾つかにはそれぞれ制限が掛かっているし、《眷属》だってその動きを制限されている。ルールで雁字搦めにしてその行動をコントロールしようというのが目的だ。

 さて、今回のシルヴァリア王国の一件。そういう意味でサシャやオレの行動は、――うん、まぁダメだよね。

 シルヴァリア王国の状態、緊急性を要する案件、おまけに第三者である《勇者》の行動が必要。そういう事情を含めればしょうがない部分もある。

 しかし勝手に他国の内政に干渉、姫を危険な状況で連れ回し、おまけに暗殺者(アサシン)と協力していた(これはフラグレント公爵が上手く誤魔化した)などなど。

 世権会議も見過ごせない点がいくつもある。

 何もお咎めなしかと言えば、当然そうもいかないわけで、現在サシャと渦中の人だったオレは反省文じみた報告書と格闘中。これが、一つ目の罰だった、


「まったく、全部上手くいったんだからちょっとお目溢しがあっても良いじゃない……」


 サシャは不満を隠しもせず、せかせかと膝の上で羽根ペンを動かし続ける。

 これでもまだ軽い方だ。

 本当の意味でやり過ぎた《勇者》や《眷属》の末路は、相当悲惨だ。《勇者》として解雇されて村に軟禁ならまだ良い方。下手をすれば物理的に首が飛ぶ事だってあり得るんだ。

 今回そうならなかったのは、結果が大きかった。

 世権会議でもシルヴァリア王国は問題視されていたようで、隙あらば干渉しようとする気だったのだから。先回りした《勇者》はある意味大手柄。

 ……ついでに利権を奪おう考えていた人間には不満だったようで、それが今回の判断に影響を与えたそうだ。


「でも、オレらが割食う程度なら、安いもんじゃないか」

「まぁ、そうね。これであの国も安泰でしょう。話した限り、エリザベス女王の人柄は良かったし。ギーヴ院長は性格に難ありだけど、悪人ではなかったしね」


 オレの言葉に、膨らませていた頬はすぐに引っ込んで満面の笑みが浮かんでいた。

 ――だがそれもすぐに消えて、急に真剣な顔でこちらを凝視する。


「? なんだよ? オレの顔に何か付いているか?」


 そう聞いてみても、サシャはしばらく何も言わなかった。

 羽根ペンを動かす手まで止めて、まるで何故か申し訳なさそうに視線を彷徨わせる。


「えっとね……これ、言って良いのかしら……」

「なんだよ、今更オレに遠慮か? もうオレとアンタはそういう感じの付き合いじゃなかったと思うがね」

「もう、からかわないで……良かったの? 私の《眷属》のままで」


 その言葉に、オレも思わず視線を上げ間の抜けた顔を晒してしまう。


「おいおい、今更その話? せめて《眷属》になった時に言ってくれれば、」

「ううん、そうじゃないの……何だったら、あの国に残ったままでも良かったのよ?」

「………………知ってたのか」


 ――気恥ずかしく思いながら、少しだけ目線を過去に向けてみる。





 事件が解決して二日目の夜。

 丸一日爆睡して疲れを癒したオレは、逃亡生活を始めた最初の夜と同じように中庭ににいた。いくら肉体的な疲労は取れたっていっても、精神的な疲労は残っていた。

 だから、日光浴もとい月光浴に勤しむ事にした。設けられたベンチに座って、手足の筋ほぐすように伸ばせば、気分も多少良くなる。

 サシャは部屋の中で世権会議から届く書類の山と格闘中、ウーラチカはその横で護衛と言う名のうたた寝中。気分転換に声をかけても良かったが……藪蛇はごめんだった。

 夜風は気持ちが良く、月も綺麗で、何より静か。ほんの数日前まで心労でざらついていた心は回復されつつあった。

 ほら、よく考えてみろよ。

 厄介で面倒な部類に入るご主人様(仮)と危険な旅をするなんて、精神衛生上よろしくない。

 しかもこのご主人様(仮)の態度は終始悪かったとくれば、その疲労も一入だ。

 我儘放題、自己中心的、世間知らずを自覚してないなどなど、地雷のオンパレードだったし、もし許されていたなら最初から御免被るような仕事だった、


「あら、それは大変失礼したわね。私も粗野な傭兵に同行されて本当に迷惑だったわ」


 ……ゆっくりと視線をあげると、旅の日々に来ていた服がボロ布に見えるような豪奢なドレスを着る、この国の女王様が立っていた。

 どうやらオレの文句は口に出ていたらしい。


「これはこれは、女王陛下。こんな夜半過ぎに如何しました?

 おっと、座ったままは無礼ですね。恭しく礼をしましょうか? 本日はお日柄も良く、なんて気取った口上をご披露いたしましょうか?」


「結構よ。それをする気がないのは分かっているし、そもそも私がそうされたら嫌がるって自覚しているでしょう?」


 胸に手を当てて慇懃に接するオレを、エリザベスは鼻で笑い飛ばす。

 そこには玉座に座って執務を行なっていた女王様の表情は、どこにもない。

 最初に出逢ったお転婆な我儘姫と同じようにも見えるが、それよりか幾分も落ち着いた表情を浮かべていた。

 きっとこれが、本来の彼女の表情なのだろう。


「分かっているじゃないか。そう、傭兵のオレに礼節を求められても困る」

「フフッ、いつまで演技しているつもり? 《眷属》様でしょう?」

「元傭兵ではあるだろう?」

「ああ言えばこう言うね」

「お互い様だな、そりゃあ」


 言葉の応酬の中に、お互い笑顔の花が咲く。

 最初からそうであれば、きっと今まで苦労もしなかったんだろうなと思えるほど、心穏やかだ。

 一通り話すと、『隣いいかしら』という彼女に、オレは無言で頷いて座っている位置をずらす。

 ハンカチなんて上等なものは持っていなかったが、彼女はそんなことを気にせず、礼を言いながら座った。

 ……しばらく無言だった。

 お互い言葉を尽くすべきはずだったのに、不思議とここでは話さなくても良いんじゃないかと思って、黙って双子月を見上げていた。

 男女二人だっていうのに甘ったるい空気は一つもない。むしろ空気の中にミントでも混ぜたかのような爽やかさを感じていた。


「……運命、だったのかもしれないわね」


 エリザベスは暫くそうしてから、オレに視線を戻した。


「貴方とここで出会ったのは」

「……さて、どうかな」


 その言葉に苦笑を浮かべる。


「オレがどうこうしなくても、多分アンタは助かってたよ」


 オレがここで彼女に出会わなかったとしても、今はもう仕事を終えていなくなってしまった『七節擬(スティック)』がなんとかしただろう。

 ギーヴ・フラグレントという人間は優秀だ。《勇者》という存在がいなかったとしても、きっと何とかしたに違いない。

 そう考えてみればきっとこの状況も、彼が構想していたモノと大筋は変わらない。

 むしろ《勇者》や《眷属》が関わった所為で……オレがエリザベスを連れ出した所為で、余計大事になったと言えなくもない。

 オレの言い様に、エリザベスは穏やかに、首を横に振った。


「貴方がいなければオーレンをここまで追い詰める事は出来なかったかもしれない……どこか痼りが残る終わり方をしていたでしょう。

 それに貴方の言葉が無ければ、私はこんなに素直に女王になろうとは思わなかった。きっと最後まで目を逸らし、逃げ続けていた筈だわ。貴方のおかげよ。《勇者》の一ノ《眷属》のおかげ」


 彼女の目を見ると、本気で言っているようだった。

 ――不思議だな。

 《眷属》としての義務感。そして自分の矜持で今回の県に関わった。正直国やらエリザベスの今後やら、オレには関係ないとどこかで思っていたのに。

 心の中にじんわりと暖かいナニカが溜まるように感じた。

 これが、嬉しいという事なんだと、不思議な達成感に満ちていた。


「……ああ、そうかよ」


 それを噛み殺すようにそれだけ言って、オレはもう一度視線を上に向ける。

 双子月の伝承と同じ境地に達しながら、彼女は月にならず女王様になった。

 物語としちゃ突飛だが、こんなのも悪くはない。


「……ねぇ、《眷属》って辞められないものなの?」

「……ハァ?」


 あまりにも唐突な言葉に勢いよく視線を下げてみれば、エリザベスは今度は俯くように視線を、フラフラと動く自分の足に向けていた。



「ほら、私今回でこの国の上層部の大半を粛清したじゃない? 軍部もそうなのは貴方も知ってるでしょうけど、いくつかポストが空いているってギーヴがね、ギーヴが言ってたわ。


 でも、軍を任せられるような人間はそれほど多くはない。ギーヴも、そこは難しいって言ってたのよ。だからこの際、この国の人間じゃなくても優秀な人間は重用すべきだって、ギーヴがね、ギーヴがね。


 貴方は元傭兵で軍の動向にも詳しいし、何より元《勇者》の《眷属》って拍がつくじゃない? 歴史を遡ればそうやってある国の重要ポストに収まった《眷属》もいるって聞くし。それでも足りないなら子供がいないギーヴの養子になるのもアリよ! いやギーヴが、ギーヴがそう言ってたのよ!」



「ああ、分かった。分かったから落ち着け」


 引き付けでも起こしているんじゃないかと思えるくらいコロコロ喋り続けるエリザベスの言葉を片手で制止する。

 えっと、つまりこれは、


「……オレを勧誘しているのか?」


 オレの言葉に、視線を合わせずエリザベスはコクコク頷く。勢いがあり過ぎて、そのまま首を落とさんばかりに。


「そ、そうよ! このまま私に仕えなさいって言ってるの!

 あ、あと、」

「え、まだあんの?」


 思わずそういうと、彼女がとうとう顔を上げる。

 その顔は、真っ赤だった。今にも爆発しそうなほど。


「あるわよ!

 ギーヴの養子になれば貴方は公爵よ! 腕が立つ上に元《勇者》の《眷属》でさらにこの国の公爵! それなら身分的にも立場的にも十分私と釣り合いが――、あ、」


 そこでとうとう止まってしまった。

 自分で何を口走っているのか分かったのだろう。

 オレも鈍感じゃないつもりだから、何が言いたいかも、それが誰の差し金かも分かっている。

 ……蛇蝎公爵(あのやろう)……。

 ようは、オレを王配にする気って事だ。

 幸い一連の事件のおかげで、エリザベスはオレに対して抵抗感がない。下手な貴族を押し付けるよりもずっとマシってところだろう。


「……ダメ、かしら」


 エリザベスの固まっていた口が動く。

 もはや女王様でも我儘なお嬢様でも、さっきまでの穏やかな淑女の顔でもない。

 何度かお見かけした――恋する少女の顔だった。


「……ハァ、お前、その恋心で痛い目見てるの、全然後悔してないな」

「ナッ、失礼ね! してるわよ!! でも、私はどっちにしても結婚しなきゃいけないし、それだったら私の事を知ってるアンタの方が良いに決まってるじゃない!」


 呆れが多分に含まれているオレに、エリザベスは顔を真っ赤にしながら怒る。

 言いたい事はまぁ、分からなくもない。オレなら、裏表なくエリザベスに接する事が出来る。

 デカい権威が付けられて、ついでに王家に軍部の力も取り込ませりゃ、エリザベスが内政で負ける事はない。そこもまるっと含めた、お誘いなんだろう。

 恋に目が曇っている……部分もない訳じゃないが、そこら辺だってエリザベスが分からないはずもない。事前にフラグレント公爵に説明されているだろう。


「……そうだなぁ。もしオレが最初から傭兵だったら、話を受けていたかもしれないな」


 何の柵も無かったら。

 小国とはいえ一国の軍部上層部に食い込み、おまけに貴族になれて、しかも他人から見れば美人な女王様の旦那になれる。傭兵暮らしとは比べ物にならない程高待遇。

 乗らない傭兵はよっぽどの馬鹿か、自由が好き過ぎだろうってもんだ。

 エリザベスに関して言えば――まぁ見てくれは悪くないし、馬も合う。結婚しちまえばどうにでもなるかもしれない。

 もっとも《眷属》だからこそ誘われているんだけどな。




「――でも、悪いな」




 明るかったエリザベスの表情が、曇る。


「……理由を聞いても、良いかしら」


 オレの目は自然とエリザベスを離れ、空を見ていた。

 オレは臆病者だから……顔を見る事が出来なかった。


「まず、オレには荷が重い。軍を指揮した事がない人間が実権を握るのはまずいし、貴族にも向かない。王配なら尚更だ。

 それにオレは《勇者》に忠誠を誓った。地位や名誉よりも大事な事だ。欲しい物をくれる約束もしているしな。

 そんで――お前がオレに向けているのは、恋じゃない。錯覚だよ。危ない状況で生まれた、ただの幻想だ。無いものに答える事は、出来ない」


 命の危険に苛まれ、頼れるのはオレだけ。

 ああいう風に話したのも、多分オレだけ。

 自意識過剰かもしれないが、それじゃ誰だって相手を『特別な存在』だと誤認するだろう。オレが逆の立場だったら、きっとオレがエリザベスに錯覚を抱いていたのかもしれない。

 だから、無理だ。

 オレにはその錯覚を本物にする気も、力もない。


「――そうかもしれないわね」


 エリザベスの声が響く。

 ほんの少し、掠れていた。


「でもね、私にとっては本物なのよ?

 私に怒って、諭して、それでもそばに居てくれた。純粋に貴方って存在だけで話してくれた。誤魔化しはあったかもしれないけど、嘘を言わなかった」


「……ああ、」


 頷く事しか出来ない。

 徐々に震えるエリザベスの声を止める事は、オレには出来ない。


「不思議ね。振られるのって辛いって聞いていたのに……それだけじゃないの。

 むしろ安心したの。貴方だったら、きっと断ってくれるって。私を諭してくれるって思ったから――私が恋をしたのは、《勇者》の《眷属》だったのね、きっと」


「……ああ。そうなのかもしれないな、」


 ここでオレが彼女を慰めてしまったら、彼女に失礼だったから。

 だから視線を向けず、それに対して何も言わない。

 涙声で、嗚咽が漏れながらも、流暢に言葉を紡ぐ彼女に、オレは何もしない。




「もう、私はこういう事は言わないわ。

 女王様としても、女としても、幸せになってやる。私がそう国民に約束したんだもの。そういう国にするって。だからもう、あとはずっと笑顔なの。幸せに生きれるように私が変えてやる。




 だから、今だけ――今だけ、貴方の隣で泣いて良い?」




 もう既に涙は溢れているだろう彼女に、




「――ああ」




 それだけを言った。

 子供のように泣き噦る彼女。

 それに何もしないオレ。

 ……訂正しないとな。

 全部が全部大団円、とはいかなかった。一人の女の子の涙は拭えなかった。





 馬車の物音が、耳の奥にようやく届く。


「……良いんだよ。エリザベスのアレは叶っちゃいけないもんだったし。契約破棄なんて、言語道断。最後までお供するさ」


 そう言うと、向かいに座っているサシャが少し複雑な顔をしているのが見えた。

 お人好しのこの女の事だ。きっと女王様の失恋に悲しみでも抱いているんだろうなと思いながらも、オレはそれに何も言わなかった。

 オレにとって、もう終わった話だ。薄情にかもしれないが、むしろズルズル引き摺っている方が失礼だ。誰に対しても。


「そうね。貴方の言う通りかもしれないわね――それにしても、」


 サシャの表情が変わる。

 さっきまでは嫌に憂いに満ちた表情だったくせに、今度はまるでそういう話が大好きな村のオバさんみたいな顔だ。


「前の樹ノ精霊(ドリアード)達もそうだったけど、貴方随分モテるのね。意外だったわ。

 もしかして私に会う前は、沢山そういう話(﹅﹅﹅﹅﹅)があったのかしら? 貴方の雇用主としてえは、是非お聞きしたいわね」


 ……女ってのはなんでこう。


「おいおい《勇者》様、まさか一傭兵の下半身事情がお知りになりたいと? アンタも意外とおぼこ娘みたいな所があるんだなぁ」


「なっ――誰がそんな卑猥な話に興味を持ちますか!!

 誤魔化さないでよ! 随分アッサリしてるから、てっきりそういう経験があるのかなと、」


「聞きたいか? 聞きたいなら話してやろうっ。あれはオレがまだ傭兵として独り立ちしていない時にオレを育ててくれた人に連れて行って貰った娼館での話で、」


「うわぁ聞きたくない聞きたくない!! この破廉恥!!」


 さっきまでのしみったれた雰囲気なんて無かったかのように、馬車の中は騒々しくなる。

 ――全部は拾えない。大団円とは言い辛い。

 エリザベスとの事だけじゃない。未だ裁定が下せないオーレンの事もあるし、何より今回は膿出しが済んだだけ(﹅﹅)だ。

 まだシルヴァリア王国の大改革は始まったばかりで、どこから手をつけたら良いものか。

 エリザベスもきっとそこで悩むだろう。

 それだけじゃない。きっと問題は次から次へと湧いてくる。何度綺麗にしたって、綺麗にならない所もあるだろう。

 全てを救うなんていうのは、難しい。というか無理無茶無謀ってもんだ。

 ――それでも、エリザベスなら何とかするだろう。

 あそこまで大きな事件を乗り越えた彼女なら上手くいく。

 いつか全てが変わった国を見せ、ついでに結婚して子供まで作っているかもしれない。そして、久しぶりに国を見に行ったオレに言うんだ。

 『どうだ、あの話を蹴ったのを後悔しろ』と。

 オレが眩しく思える程の笑顔を浮かべて。

 そいつは、まぁ、きっとかなり幸せな事だ。


「ほら、んな事より報告書とっとと書き上げて次の仕事の資料読もうぜ。聞けば随分な無茶振りだって言うじゃないか」

「あ、そうだった……あぁ〜もう、世権会議もどうしてあんな仕事を〜」

「文句言わない言わない、むしろ面白そうじゃん」

「呑気な事、」

「サシャ、トウヤ――お腹空いた」

「後で甘いもん買うから取り敢えず屋根から身を乗り出すのやめろよウーラチカ」


 馬車は止まらない。

 オレ達の足も止まらない。

 ゆっくりと、だがハッキリと、オレ達はシルヴァリア王国から離れて行った。

 城の屋根は名前の通り、その赤い屋根でもってオレ達を見送っていた。







 ――そこは、本来オーレンがいる場所では無かった。

 首都の外れに造られた薄暗く、湿気っていて見窄らしい地下牢は、元々重罪人を幽閉する為の牢獄だった。

 どこの国でもそうだが、軽犯罪・重犯罪・政治犯は別々に牢獄が用意されている。

 平民の反乱であれば確かにここが正しいが、仮にも民政議会の頂点だった男だ。政治犯の、しかも貴族に与えられる監禁用の、牢獄とは言い切れない豪奢な部屋で過ごすはずだった。

 しかし女王を直接襲った男を、城に造られた政治犯用の部屋に入れるのは危険と判断したのだ。

 堅牢に造られた石の壁。

 寝る為に申し訳程度に設置された木のベンチ。

 寒さを凌ぐには薄過ぎる毛布が一枚。

 冷たい格子。

 オーレン以外にそこに存在するのは、あとは暗がりに溜まる闇と、さもしい鼠だけだった。


「なぜ、どうして、こんなことに、ちがう、わたしは、」


 壁を睨みつけ爪を噛みながら、オーレンはブツブツと呟き続ける。

 もはやかつての面影はない。貴族が仕立てる物にも見劣りしない服はボロボロで、質素よりもなお下回る食事も拒否した彼は幽鬼の如く痩せ細っている。

 これがつい数日前まで国の中枢に立っていた人間、誰も思わないだろう。

 計画は上手くいっていた。

 ――《勇者》が手を出し、生意気な王女(こむすめ)が反抗しなければ上手くいっていたはずだった。

 そもそも、自分が彼女を襲ったのがおかしい(﹅﹅﹅﹅)

 上手く挽回しなかったとしても、後になればいくらでも言い訳は出来た。出来なかったとしても、あの場さえ乗り越えれば雲隠れのチャンスはあった。

 自分の財力と手腕さえあれば、どの国でも上手くやっていけた。世権会議加盟国では難しくとも、その勢力外に出て仕舞えば自由だった。

 だから、余計に何故あんな事(﹅﹅﹅﹅)をしてしまったのか分からなかった。

 そう何度目になるのか分からない思考を廻らせていると、――闇が蠢いた(﹅﹅﹅﹅﹅)


「ヒッ――貴方は、貴方様は、」


 ばね仕掛けのように飛び上がると、オーレンは闇に向かって話しかける。

 彼以外の声はしていない。万が一重罪人達を焚きつけられては困ると隔離されている彼に話しかけられる人間はいない。

 だがソレ(﹅﹅)は声にもならない声で話しかけ、オーレンはそれに答えていた。


「何故、何故私をあのような兇行に走らせたのですか!? あれさえなければ私は、私ハァ!」


 その言葉に、闇は答える。それは、オーレンにとっては侮辱以上の言葉だった。


「――し、死ねば良かったと仰るのか!? 金を融通し、貴方に忠義を尽くした私を!!

 私をこの国の王にするという言葉を反故にして、全てを奪うおつもりですか!?」


 ――闇の言葉はさらに続く。


「た、確かに、失敗は致しました――ですがもう一度機会頂ければ、この国を取り戻します! 次は貴方の権能をお使いになれば簡単でしょうッ。まだ安定していない今こそ、」


 オーレンの必死な言葉を遮るように、闇が広がる。

 滴る水よりも早く。

 広がる布よりも静かに。

 飢えた魔獣よりも獰猛に。


「なに、を、――」


 オーレンの困惑を無視して、闇は彼を優しく包み込む。

 この場に他の人間がいたのであれば、きっとこの言葉だけは聞こえただろう。




 『お前は用済みだ』という言葉だけは。




 食事を持ってきた看守が発見した時、既にオーレンは息をしていなかった。

 両手両足に首があらぬ方向に曲りくねり、見た者を恐怖させる苦悶に満ちた表情は、異常といっても差し支えない。

 まるでその所業は、嘗ての暗黒時代、《魔王》が行なっていた行いに、酷似していた。
















第四章へ続く







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