6/転換点 其ノ一
リアルが忙しかったとはいえ、またも遅れて申し訳ないです。
これからはまた前と同じペースに徐々に戻していきますので、どうかよろしくお願いいたします。
――リチャードの家は、元々は大が付かない程度の、中堅商家だった。
有名商人と違って大きい金額を稼げる訳ではなかったが、かといって全く稼げない訳でもない。家族四人と何人かの従業員を養っていくには、充分な商売を営んでいた。
当時は気付かなかったが、リチャードはこの国の中でも、非常に恵まれている部類だったといえるだろう。
貧しい農家では身売り同然の扱いで方向に出されている子供もいる。
あまり良い意味ではない方での〝口減らし〟も珍しくは無かった。
それを思えば、姉に三時のおやつを取られたり、少し近所の子に虐められたりする程度は不幸とはいえなかっただろう。
……それに、本物の不幸はすぐにやってきた。
父親から領主の座を受け継いだ貴族は、絵本の中に登場する『悪い貴族』をそのまま出現させたような男だった。
意味の無い公共事業を行っていき、その所為で税金は天井知らずに上がっていった。国内の交易を生業にしていた父の商売は、一年も経たないうちに火の車になった。
税金を払えない者の家には、新領主の手先に成り下がった衛視や騎士達が押しかけ、ありったけの家財だけではなく、家人にまで手を出した。
リチャードの姉と母は新領主の屋敷に連れて行かれ、戻ってくる事はなかった。
父は仕事に家族、そして従業員や信用まで失っていった。最初は何とかしようと奮闘していたが、どれだけ努力しようと、状況は変わらないどころか悪化していく。
結局何もかも奪われ、最後には自分が育った家も追い出され、街の外に放置されていた廃屋に身を潜めるように暮らすようになった。
親子二人で日雇いで稼ぎ、一日一日何とか食べていけるだけの生活。
そんな生活に嫌気が差したのか、父は少ない金で買ってきた安酒を煽り、リチャードを殴った。
それが自分への怒りや憎しみからくるものではなく、追い詰められたその状況そのものへの、行き場の無い不満からくるものだと、リチャードも分かっていた。
分かっていたから、リチャードは父を恨みはしなかった。
――その代わりにリチャードが恨んだのは、貴族そのものだった。
貴族は豚だ。
金という餌を食い散らかし、もう充分なはずなのに、さらに肥え太ろうと手当たり次第に奪っていく。自分達の大切なものを、上から盗んでいる。
同義的にも、感情的にも、理論的にも、許せるはずが無かった。
父が死に、貴族の庭師をしている叔父夫婦に引き取られ、成人してからも、その憎しみはグツグツと心の奥底で煮えていた。
いつか雇い主の貴族を殺して、自分も死のう。そう心の中で思いながら、リチャードは働き続けた。
そんなある日、転機が訪れる。
家に匿名の手紙が送られてきた。内容は、極めて簡素。
『お前の働いている家の女主人は王の愛人で、令嬢は姫君だ。もし君がこの国を変えたいのであれば、協力しよう』
たったそれだけの文章で信じられるはずも無い。
しかし、その後何度か送られてくる手紙には説得力があるように思えた。
実際、度々屋敷に訪れている男は、一度一般公開された陛下の肖像画の顔に良く似ているように感じたし、何より――、
自分を騙した所で利点が無いし、本当ならば国を変えられる。
ついにリチャードは求めに応じた。
するとどうだろう。
その手紙の主は金や武器を用意してくれた。
この国に不満を持ちながらも燻っていたリチャードと同じような若者達と繋ぎを作ってくれた。
さらに、とうとう暗殺者まで派遣してくれた。
その手紙の人間がどのような立場の人間なのか、リチャードは知らない。だがしらなくても、様々な支援、情報、そして裏工作をしてくれているのだ、もう疑うような事はしたくはない。
彼は同志。
同志が国を変えようと動いているならば、
自分もそうしなければ。
「そして僕はリズと仲良くなった。正直この国を腐らせている王族本人と恋愛ごっこなんていうのは、趣味じゃなかった。でも〝同志〟が必要だというのであれば、これもきっと必要な事なんだろう。
僕らは国を変える。その為に彼女と、彼女の王族としての地位はどうしても必要なんだ。これは正義の戦いなんだよ」
王族を拐かし、あまつさえ反乱を起こすと明言している彼の表情には、まるで悪びれた様子はない。どころか胸を張り、自分が正義であると完全に信じきっている、自信に満ち溢れた表情だ。
当然だ。連中が言っている事は間違っていないし、彼の抱えるこの国への憎悪や不満は、他人間が聞いても納得してしまう部分があるだろう。
弱者の金を巻き上げ続ける貴族、金どころか人生までも搾取され続ける平民。
平民側である彼らからすれば、我らが正義、そう思っても良いだろう。
(…………まぁ、それは理由だけなんだけどな)
口に出さないまま、オレは小さく嘆息する。
愚かだ。
リチャードも、他に乗せられているという平民の若者たちも、全員本当に頭の中に脳みそが入っているのかと疑いたくなるほど愚かだ。
だって目の前の男には、自主性なんて欠片もないんだから。
反乱軍(と呼称して良いのかすらも分からない連中)の活動拠点、武器などの物資、暗殺者などの人材、その全般にかかる費用。
その全てをリチャード達が言うところの“同志”が全てお膳立てしている。
そんなもの、オモチャを親に用意して貰った子供が始めるおままごと。彼らが高尚と思っている理想すらもその〝同志〟が火をつけなければ生まれなかった。
反乱軍なんていう名前は烏滸がましい。
リチャードは、そして反乱に関与している人間達は、その“同志”の操り人形だ。
「……ウソ、でしょう?」
リチャードの隣に立っていたエリザベスの肩が震えている。
先程まで愛おしく擦り寄っていた体を離し、目を見開いて、気丈に振る舞おうとする。
だが見ていれば分かる。
既にその目の奥には理性はなかったし、彼女が壊れる寸前だという事を。
「ウソ、ウソよ! だって言ってくれたじゃない! 二人で一緒に幸せになりましょうって! 愛してるって! それなのに、」
「それなのに、なんだい?」
エリザベスの絶叫を遮って、リチャードが優しく語り掛ける。
「君は本当に世間知らずなんだね、リズ。まさかこんなに簡単に引っかかるとは思っていなかったよ。ほら、貴族なんてあれくらい社交辞令だと思っていたから。
でも、君はあんなに素直に僕の言葉を聞いてくれていた。
本当に、扱いやすくて助かったよ」
「――――――」
もはや彼女の絶叫は声にならない。虚ろになった目には、きっとリチャードどころか誰も映っていないんだろう。音もなく涙を流しながら、その場に音もなく座り込む。
「――話はそれだけか、伊達男」
それを横目で見てから、オレはゆっくり口を開く。
「まぁ、アンタの話はよく分かったよ。共感はしないが、理解はしてやっても良い。
それを俺に話すメリットってのはなんなんだ? アンタは俺から言わせりゃ愚かだが、馬鹿じゃない。ここでオレにペラペラ実情を話す人間には、思えないんだがな」
確かにこの状況も反乱軍も〝同志〟も遊び道具のようなものなのだろう。
しかしそれでも、全てお膳立てして貰ったモノだったとしても、それを実質的に支持しているのはリチャード本人だ。無知な娘一人を操作するにしたってそれなりの賢さがないと出来るものではない。
つまり、ここで雇い主も目的も分からない人間に彼の知る限りの実情を話す理由が分からない。
「確かに君の言う通り……だから、これは勧誘なんだよ」
「勧誘?」
リチャードは堂々と、少し興奮気味に語り始める。
「僕らはこの国に革命を起こす! 貴族が虐げない、新しい平民の国をね! この世界ではまだそう多くはない、《商業連合都市》みたいなね!
だけどその為には戦力が必要だ。〝同志〟に派遣して貰った『群体蟻』も悪くはないが、ここから先戦争になる可能性がある以上、暗殺者だけじゃ心許ない」
「……つまり、〝戦士〟としてオレを雇いたいと?」
「その通り! 聞いたよ、『群体蟻』を一組、簡単に撃破したそうじゃないか。戦力的には十分だし、僕の護衛に最適だと思ったんだよ。
君も傭兵なら、金は欲しいだろう? 僕につけば、今の雇い主の倍支払う事を約束しよう」
……悪くない提案だな。
目的はどうあれ、相手はパトロンを抱えた上客だ。きっと金は惜しまないだろうし、最後まで付き合えば新しい国の重鎮になる人間とのコネが生まれる。
最終的にメリットが多いように聞こえる。
――だがそれは、
「断る」
〝傭兵〟ならって話で、オレは違う。
「……理由を聞かせて貰っても?」
笑顔を浮かべながらも目が笑っていないリチャードの言葉に、オレは肩を竦める。
「まず、アンタが無事反乱を成功させるかどうか分からないってのが一点。
それに、確かに雇い主って考えればメリットはあるが、主人としてのメリットはあんまり感じないってのが一点。
最後に――俺はアンタみたいな屑が嫌いだ」
拘り、矜持、誓約、仁義。
金の為に人を殺し、時には騎士や武者には使わない汚い手を平気で使うのが傭兵。そしてだからこそ、そういうものを大事にするのも傭兵だ。
多少の屑野郎だったら、傭兵としてのオレは求めに応じていただろう。勝つ為に何でもするってのは何も悪くはない。
だが、目の前の男は女を泣かせた。
最後まで騙しきり、幸せな夢を見続けさせる事も出来たはずだ。結婚しろとまでは言わないが、相手が前に進めるようにフってやる事だって出来たはずだ。無駄に傷つける必要性はなかったはずだ。
目の前の男は、憎しみで余計な傷を、苦しませる為だけの傷を負わせた。
それはオレの矜持が許さない。
もう傭兵でもなんでもない、《眷属》のオレだけど、それはどうあっても許せない。
「じゃあどうする? 彼女を救う為に殺し合いでも始めるかい?」
リチャードはオレの怒気の篭った視線も柳のように受け流し、笑みを浮かべ続ける。
その余裕は、虚勢でもなんでもないだろう。実際、周囲の木々の中にかなり多い気配を感じる。
リチャードは名目上とはいえ反乱軍のリーダーだ。『群体蟻』を護衛に大勢引き連れていることは当然だろう。
目を使わずに感じられる気配は六人。きっともっと大勢いるだろう。
「……いいや。生憎リスクは背負わない質なんでね」
《顎》と《竜尾》の鞘が括り付けてある帯の金具を外し、地面に落とす。
それだけで、リチャードの眉が動く。
「意外だな。君ならこのくらいの人数でも相手に出来ると思っていたけど」
「否定はしないがね。言っただろう、リスクは背負わない」
未だに放心し、座り込んでいるエリザベスをチラリと見る。
ここで『群体蟻』達相手に切った張った可能だ。正確に何人いるのか知らないが、逃げるだけなら問題にならないと思う。
……エリザベスがいなければ。
オレがいくら戦おうが、エリザベスを殺されてしまえば終わりだ。リチャードは殺す気がなくとも、〝同志〟に雇われた『群体蟻』がどう動くか分からない。エリザベスとの物理的な距離が離れている以上、無茶は出来ない。
それに、良い機会だ。
「オレの雇い主を知りたいなら、オレをこのまま人質にするのがベストだぜ?」
このまま、アジトに案内してもらおうか。
◇
そのダイニングも、出てくる料理も、何もかもが豪華絢爛。
ランドルフ・オーレンのダイニングもかなりのものだったが、ここはそれとは違う空気を持っていた。
オーレンの使っていた部屋の内装は、良く言えば質実剛健、悪く言えば泥臭い。叩き上げの商人ならでは。自分の財力を堅持し、どこか相手より優位に立つ為のもの。
しかし、ここはもはやそんなものを見せる必要性はない。
既に自分たちの立場が違うものだと理解しているという意思が根底にある。だから豪華絢爛といっても、底が見えない部分がある。
気の弱い人間であれば、それだけで飲まれてしまう可能性もあっただろう。
目の前に、爬虫類のような姿をしたこの国の貴族の実質的頂点、ギーヴ・フラグレント公爵が余裕ありげにワイングラスを持っていれば、尚更だ。
それでもサシャは出来るだけ表情を崩さず、さも余裕綽々であると言わんばかりに、静かに食事をとっていた。
勿論、内面は違う。
何せこれからある種の尋問と交渉が待ち受けているのだから、余裕でいられるはずもない。許されるのであれば、このまま逃げ出したいと思える程。
……そうは出来ないのだが。
「食事の所作も見事と言わざるを得ません。流石、今代《勇者》、アンクロ様の時代を引き継ぐお方だ」
変わらない表情の所為で、お世辞なのか本音なのかも分からない言葉に、サシャは対外向けの笑みを浮かべて答える。
「侯爵様にそう言っていただければ、不器用な私がテーブルマナーを必死で覚えた事が報われるような思いです。そういえば、この国には前代の《勇者》がいらっしゃったのですね。
我が師、アンクロとはお知り合いですか?」
「ええ、幼少期に一度……と言っても、ほんの少し話しただけですが。無礼を承知で言えば、清楚な見た目からは想像出来ないほど、はっきり物を言う、行動的な女性だったのを覚えています」
その言葉に一瞬だけ何かしらの感情が乗ったように思えたが、それがどんな感情なのか判別できないうちに、言葉の色はまたも白蛇の体皮のように失われていく。
「ところで。かなりこの城の中を楽しんでいただいたようですね。貴女様も前代《勇者》に負けず劣らず、どうやら随分行動的なご令嬢のようだ」
――来た。
随分胡乱な言い回しではあるものの、貴族としては当然といえる。軽い牽制のような言葉を、柳に風と言わんばかり(に見えるよう)に答える。
「私もまだまだ《勇者》としては未熟者。このような立派な王城に来るのも初めてですので、見るもの全てが物珍しく……シルヴァリア王国に対して、失礼な事をしたと、今では反省しております」
「いえいえ、別に私に謝る必要性はありません。《勇者》の行動を縛れるのは、《世権会議》の決定のみ。私個人がどうこう言う問題ではない。
ですが、……あくまでこれは私の興味本位なのですが、……何故ですか?」
獲物を狙う目。
蛇が口を大きく開け、獲物を今に飲み込まんばかりの鋭い警戒心と気魄が、見えない氷となってサシャの肌をチクチクと刺す。
オーレンの手腕が、公明正大な両手剣とするならば。
フラグレント侯爵の手腕は、しなやかに撓り、鋭く突き刺す槍だろう。
相手の攻撃や手足を縫い、狙ったところを突き刺す。あくまでサシャの脳内でいう事だからはっきり言うが、いやらしい所に突き刺さってくるから尚性質が悪い。
彼の言葉を直訳するならば、『白を勝手に歩き回り、影武者に仕立てていた『七節擬』に接触したのは本人から聞いた。理由をとっとと吐け』という意味。
《勇者》は《世権会議》に特権で守られているものの、地位があるわけではない。
国の重鎮が跪いているのは《世権会議》そのものに対してで、《勇者》には伝説の役職であるからという意味での敬意以外に無い。
国によっては、もっと酷い扱いをする国もあるのだから、話をしようというだけ、彼はまだマシな部類だろう。
――そしてだからこそ、話が進むのだ。
「いいえ。ここで説明義務があるのは、私ではなく貴方では?」
「……ほう、それはどのような?」
小揺るぎもしない相手の表情に動揺せずに、話を続ける。
「まず、姫の出奔を私達に伏せた理由。影武者に反社会組織である『七節擬』を雇った理由。
そして、貴方がこの国を、そして王族を守ろうとする理由です」
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