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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第三章 秘密ノ姫君
54/125

其ノ三






「ちょっと、放して! いったい私をどうしようと、服を脱がさないで!!」


 エリザベスの声が部屋に響き渡る。


「だ、騙しましたわねトウヤ! このような無体を!」


 オレはその言葉に動揺しない。

 コレは必要な事だからだ。


「無礼者、恥知らず、無頼漢!!」


「――ちょいと、アタシはアンタと同じ女だよ! お兄さん、この子騒がしいけど良いのかい!?」


 ……まぁ、オレが無体を働いている訳じゃないし。


「ああ、大丈夫だから。服は適当に頼む。街娘っぽければ何でも良いから」

「こんな良いおべべ着ておいて、アンタの彼氏は本当に変な趣味だねぇ」

「彼氏じゃないわよ! って、話を聞きなさい!」


 着替えをする為に設けられている布一枚向こうでは、今も女将さんとエリザベスの攻防が繰り広げられている。

 そう、ここは被服店。しかも、貴族向けの高級店ではなく、古着や安い布地を使って服を作る平民用の店だ。

 朝早くから労働者向けに店を開いている定食屋で食事を済ませてからやってきたのはここだ。

 定食屋でも「美味しくない」「安っぽい」などの文句は多かったが、今以上の声ではなかった。まぁ元気に動いて腹が空いていればどんなものでも食えるからというのもあるんだろうが。


 この世界での服は前の世界異常に重要な〝看板〟の役割を果たす。


 高級な布地は市井にはあまり出回らず、着ているのは貴族や豪族、大商人といったようは金のある連中だけ。製品の良し悪しは素人が見ても解る物が多い。

 そんな中贅沢な服を着ていれば当然悪目立ちし、隠れるのに面倒だ。だから今、女将さんに頼んで服を見繕ってもらっているという所だ。


「こ、こんな安っぽい服を着て、もしリチャードに嫌われでもしたらどう責任を取るつもりなのトウヤ!」


 布の向こう側で暴れまわる音を伴いながら発せられた怒号に、もう今日何度目になるのか解らない溜息を吐きながら答える。


「今一番大事なのはリチャードに会う事だろう? ちょっと普通の服を着ているからってアンタの事を嫌いになるような男なら、初めからその程度だったってだけだ。

 それとも、その程度の男だと思っているのか?」

「そんな事ではありません! リチャードは懐の深い人です!」


 ……面倒くさい奴だとは言わないでおこう。


「なら大人しく着替えさせてもらえよ。お前さん一人で着替えられるなら、話は別だがな」


 基本的に貴族ってのは一人で服は着ない。

 前の世界の基準なら「いやそれどんだけ過保護にされてんだよ」と言う所だが、この世界では立派な職業、需要と供給が成り立っているんだからしょうがない話だ。


「う……わ、解ったわよ! 大人しくしてれば良いんでしょう? その代わり覗いたら絶対許さないんだから!」


「はいはい、そんなに飢えていないから大丈夫だよ――それに、こっちはこっちで忙しいんでね」


 会計に使うカウンターを借りているオレは、正面に向き直る。

 そこには、こちらにわざとらしい愛想笑いを浮かべた初老の男性と、エリザベスが大量に持ち込んだ服やら宝飾品の山だった。

 エリザベスに拠ると、これは元々リチャードとの結婚生活の為の資金として持ち出したものらしい。確かにどれも一級品。中古であってもかなりの値段で売れるのは確かだった。

 ただ、それだって問題はある。

 まず、普通に売ったら確実に足がつく。こんな高級品が大量に出回れば、不審に思われるだろう。それに、そもそもこれだけの大量の品を中古であっても買い付けられる資金力を持った業者が少ない。


 ――だが、それは両方解決できる問題だ。


 正規の商人では難しいのであれば、信用出来なくても多少薄暗い所がある業者に頼むのが一番。国の外に売りに出ているような大きな規模を持ち、それなりに融通が訊くところ。

 そういう所は、決まって良い噂は聞かない。特に平民の間では。

 だから食堂で適当に何か奢って話しかければ、アッサリとそういう業者は見つかるもんだ。

 目の前の男は、近隣の盗賊と競合し、盗品を周辺国で売り捌いている男だ。経済力はしっかりしているし、尚且つ民政議会とパイプを持ちながらも、それに服従している訳ではない。

 丁度良い商談相手だと言えるだろう。

 それに、もう一つ重要なおまけを持っている。


「へへへ、旦那、本当に宜しいんですか? 普通に売り払えば金貨三十枚も夢じゃない上等な品を、半額で譲っていただけるなんて」


 目の前の大きな商談に、目の前の男は鴨が葱と鍋を持ってしかも下拵えまでしてやってきた、と言わんばかり。隠す気のない下卑な下心が目から零れている。


「ああ、ちょいと事情があってな。急ぎ仕事をさせるんだ、コレくらいは譲歩しないとな」

「旦那は良いお客様だ! 何かサービス出来るならば宜しいのですが。替わりに何か御入用なものは御座いますか?」


 大金の香りで、どんな人間でも多少豪気になるものだ。

 その言葉を待っていた。


「そうかい? じゃあ、一個頼みがあるんだ。アンタ、一人娘が城で働いているんだろう。確か、客人の世話をする給仕だとか」

「え、ええ、そうですが……旦那、流石に城に忍び込みたいってんなら他を、」

「早とちりしないでくれ。オレは犯罪者じゃないんだ。

 今この城に《勇者》様がいらっしゃっているだろう? オレは依頼で、ちょいとこの手紙の配送を頼まれているんだ」


 懐から、一枚の封筒を取り出す。食堂で食事ついでに書いたオレの手紙だ。

 目的地が決まれば、自ずと途中で拠る中型都市や街道も制限されてくる。ルートが分かれば、サシャに連絡を取れる場所も限られる。ようはそこへのリストだ。


「ただ、この手紙はちょいと機密に引っかかってな。城の兵士に中を改められちゃ困るわけだ。

 そこで、アンタの娘さんにこっそり渡してくるように頼んじゃくれないかい? 出来れば今日中に」

「手紙を渡すだけ、ですかい? そりゃあ出来なくはないですが、」

「なら良いじゃないか。アンタはちょっとした頼みを聞いて大金を得て、オレは用事を済ませられる。何か問題でもあるかな? 勿論、こいつは内密に頼みたいがね」


 金で転ぶ奴は、もっと大きな金で転ぶのは確かだが、金で動いている事を知られなければ問題ない。

 他人の金を使っているのは少々心苦しいが、経費としておちなきゃオレが破産……つうか、サシャにバレれば怒られるだろうなぁ。

 男は一瞬逡巡するように目を泳がせるが、目の前の大金を無視する事も出来ず、最初から後ろ暗いところがある。手紙を届ける程度のズル(﹅﹅)くらいは目を瞑るだろう。

 小さく溜息を吐いて、男が頷く。


「……分かりました。手紙をお預かりしましょう」

「ああ、助かるよ。注文つけるようで悪いが、金貨は少なめで良い。銀貨、特に銅貨や銅銭貨を多くしておいてくれ」


 証拠を残さない為に、手紙を渡して握手する。商談成立だ。






「全く、荷物を安値で売ってしまうとは! これから私とリチャードの生活に必要な資金だったのに!」

「しょうがないだろう。あんな大荷物もって長旅はどう考えても建設的じゃあない。多少譲歩しても、直ぐに金に変えるのは手っ取り早い。

 黙っててくれる手間賃と思えば、これ位は安いもんさ」


 町の中を怒りから繰る力強さで歩いているエリザベスについて行きながら言う。


「おまけにこんなみすぼらしい格好……これからリチャードと会うのに、」

「そう悲観するもんじゃない。充分似合っているよ」


 彼女の姿は、ザ・町娘と言わんばかりの姿だった。

 地味な赤茶色のロングスカート、深緑色の上着と少し煤けているシャツ。暖かい季節とはいえまだ寒いと、女将さんがくれたチェック柄のストール。

 一番目立つであろう金髪はきちんと三つ編み巻きされ、頭巾で隠されている。

 おまけにあのちょっと埃っぽい店で暴れたからだろう、程よく薄汚れている感じが出て、まさかコレがこの国の王女だとは誰も思うまい。

 一応参考までに言っておけば、別に町娘を馬鹿にしている訳じゃない。世権会議加盟国の大半は風呂文化なんてなくて、良くてサウナ、悪くて水風呂だ。

 町娘が汚いんじゃない。

 皆総じてだいたいこんなもんって事だ。


「これでバレる心配もなくなったな」

「そういう問題じゃありません!」


 オレの言葉に、エリザベス様の言葉は鋭く突き刺さってくる。

 まぁ避けるけどね。こんなお嬢様の我侭を毎回聞いていたらキリがない。


「そんなことより! 勝手に私の荷物を売ったのは、この際目を瞑るわ。

 でも、そのお金を私に渡さないって、貴方どういう事!? まさか手間賃だ何て言うんじゃないでしょうねッ!」


 振り返ったエリザベスの視線の先には、さっき買った旅に必要な道具が纏めて入ったボンサックを睨み付ける。

 随分でかい声で言ってくれるものだ。エリザベスはどうやら、鞄を盗まれるという事を想定していないらしい。


「別にそういうわけじゃない。アンタから貰うもんなんざ、何もないよ。だが、問題はアンタ自身の話だ。アンタに金を渡したって、宝の持ち腐れってもんだろう?」

「私を馬鹿にしないで! 確かに私は外でお買い物などはした事がありませんが、お金の遣い方くらい知っています」


 いい加減怒るのも疲れてくるはずだろうに、彼女の怒りは収まらない。心外だ、解せぬといわんばかりの態度。

 お姫様にする扱いじゃないのは確かだ。そもそもこれはエリザベスの持ち物を払った事で手に入れた金。大本(﹅﹅)を辿っていくならいざ知らず、直近では所有権は彼女にある。

 だけど、……問題はそこじゃないんだよ、そこじゃ。


「じゃあ、試してみよう」


 オレは胸甲から自分の財布を取り出し、エリザベスに投げ渡す。落とすんじゃないかと言う危なっかしい手付きだったが、何とかそれを受け止めてくれた。

 それに内心胸を撫で下ろしながら言葉を続ける。


「アンタがちゃんと金の遣い方を理解しているというなら、これで何か一つ買ってくると良い。何でも、好きな物をな」


 幸い、ここはこの都市の中心街。道には多くの露店が並び、朝の時間帯だからこそ見られる市場が形成されている。

 新鮮な野菜、魚、肉、その場で食べられる出来合いの料理から、生活必需品、この土地では珍しい物まで何でも揃う時間帯だと言って良いだろう。

 勿論、それはあくまで平民(﹅﹅)基準でだがな。


「貴方のお金なんか要りません。使うならば私のお金を、」

「言っただろう、試してみるって。つまりこいつは試験だ。試験なんだから、お前の金は使わせられない。

 ほら、良いから行った行った」

「むぅ、そこまで貴方がお願いするんでしたら」


 いいや、一言もお願いはしていないんだがな。

 なんて余計な一言は押し込めていると、エリザベスは恐る恐るといった感じで市場の中を歩き始め、俺は黙ってそれに追随する。

 初めての、自分の手での買い物だろう。

 王というこの国の最高権力者に隠されていたならば、外の世界に出たのだって初めてだろう。そうじゃなくても、貴族のご令嬢は自分で買い物なんかしない。

 大方が高級店の店主が自ら売り込みに来るのが通例だから。

 エリザベスの目は、後ろから横顔を見るだけでも分かるくらい輝いていた。知らないもの、目新しい物を瞳の中に映し込んでいる。きっとどれもこれもが、オレが見るよりも何倍も輝いているんだ。

 そういう純粋さは、見ていて微笑ましさを感じる。実害を伴わなければ。


「さぁさぁお嬢さん! 新鮮な野鳥の肉だよ! 美味しいよ!」

「林檎に梨、無花果に李、色んな果物が売っているよ! 砂漠地方でよく食されている甘蕉(バナナ)なんてものも好評だ!」

「お嬢さん、川で取れる美しい宝石はどうだい!? 今なら銀貨十枚でお買い得!」


 様々な商人が、気軽にエリザベスに話しかけている。それを微笑ましそうに見ている彼女は本当に楽しそうで――どうにも危なっかしい。

 商人もピンキリだが、商売できている人間の大半は商品の目利きだけじゃなく、人間(﹅﹅)の目利きも出来るもんだ。

 そいつらが、きっとエリザベスを鴨だと判断したのだろう。


 まず、肉屋の肉は明らかに質が悪い。アレを食ったら数日腹痛、最悪死ぬ。


 果物を売っている人間のそれも同じだ。手に自慢げに持っている甘蕉は黒く、よく見ればその熟し過ぎた匂いで小蝿を誘っているのが分かる。


 珍品売りのおっさんなんてなお性質が悪い。何せあれは火山近くの川であれば案外簡単に見つかる、天然ガラスの欠片だ。勿論、貴重だが本の一握りで銀貨十枚はぼったくり過ぎだ。


 もっとも、エリザベスはお嬢様気質が抜けていない所があるものの、馬鹿ではない。

 まず、食材の類は手をつけなかった。これから旅をしようと言う人間がそういうものを使わないことは頭に入っていたようだ。また、そのキラキラした欠片もガラスだと直ぐに分かったんだろう。目が肥えている彼女は一瞥しただけだった。

 そうして商人に声を掛けられ、一瞥し、素通りする。そんな事を決まった事であるように行っていきながら市場の中を進み続ける。人ごみの中に紛れないか、こっちはヒヤヒヤしながら後ろをついていく。

 そんな中で、彼女が目を留めたのは、


「果物の美味しい絞り汁は如何かね! 今朝取り立ての新鮮なものだよ! 仕事の乾きに一杯どうかね!!」


 恰幅の良さそうな女将さんが受け付けに立って宣伝しているのは、どこの国の中でも見かける、ジュース屋だ。冷水などで冷やした果物を搾り、それを客に売る。

 前の世界だったらコンビニで買えるんだろうが、ここじゃこういう風に店を出している所でしか買えない。

 この市場の中では比較的簡単に出来る仕事であり、同時にボッタクリがしにくい商売だ。何せ果物を搾って、その汁を売るだけなんだから。

 果物を見る限り、果物も謳い文句と同じように新鮮そうだ。

 その店を興味深げに覗き込んでいたエリザベスは、少し戸惑いながらも受付に近づく。


「あ、あの、一――いえ、二つ頂けますか?」

「ああ、構わないよ。銅銭貨十六枚だよ!」


 ――女将さんの言葉に、澱みはなかった。参ったな、経済難だとは言われていたが、ここまでだったのか。

 オレのそんな思いとは裏腹に、エリザベスはオレの財布を取り出し中身を見て――固まった。

 そう、気付いたのだ。

 自分が一種類の硬貨しか知らないのを。

 だから、どれが銅銭貨なのかそもそも分からない。分からないものは支払う事が出来ない。

 さて、どう出るか。ここがこの試験の大事な――、




「……お釣りは結構です」

「結構なんて事あるかドアホ!!」




 したり顔で金貨を出そうとしたエリザベスを必死で止めた。






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