2/面倒な鉢合わせ 其ノ一
――既にパーティーは終わり、王都に屋敷を持っている貴族たちは帰り、この城に逗留を許された人間は皆ベッドに入り眠っている。
灯りに魔術が使われている場所は極わずか。大半の場所で使われている蝋燭なども有限。
この世界の夜は少し暗く、そして早い。
そんな中、月光で多少明るく感じる中庭にオレはいた。
昼間は接待や荷物を解いたりで余り時間がなかったので、夜に鍛錬だ。幸い、俺は酒をあまり勧められなかったから、それほど眠くも感じない。
《顎》を振るいながら頭の中を整理する。
《シルヴァリア王国》の現状。今の所王城の中しか見せてもらえていないが、状況はあまり宜しくない。
二つの対立組織が権力争いに明け暮れ、諌める立場にある王様が今は不在。姫様が即位したとして、その手綱を握れるかも分からない。
ほんの数ヶ月前までは普通の令嬢だったんだ、政治に関する勉強さえまともに出来ていない娘に、どこまで出来るのか。
そして、オレ達の立ち位置。今の状況では傍観者と言った方が良いだろう。どんなに国家の中が不安定だったとしても、大義名分がなければ手が出せないのはどこも同じ。
では、手が出せるようになったら?
――臨機応変に、としか言えないだろう。
手が出せるって状況がどういうものになるのか次第で、いくらでも形は変わってくるし、政治そのものにオレが直接関わる事はない。解決方法に後ろ暗いものをサシャは使いたがらないだろうから余計に。
少なくとも、剣を振るような事態にはならないだろう。
そう思いながらも、オレは剣を振るう手を止めない。剣を振れなくなったら、それこそ《眷属》である意味もなくなる。
唐竹、袈裟斬り、横薙ぎ、切り上げ。
体は慣れた動きをなぞって行く。
――戦いとは『経験』だと、オレに傭兵行を叩き込んだ爺さんは言っていた。
武を磨く武人でも、儀礼と忠誠に則る騎士とも違う。ただ戦い、生き残る事に主眼を置いた戦士、その血脈を継ぐ傭兵とは、そうあるべきだと。
だから長生き出来る奴、長く生きていった奴ほど優秀な傭兵だとも。
頭で別の事を考えながらも、勝手に手が動くほど殺気になれ、体に戦う事を染み付かせる。その為に鍛錬を怠らず、慣れ過ぎないように定期的に鍛錬内容を変更する。今日はフル装備での訓練だ。
アレクセイに作って貰った篭手を着けて戦う事にも慣れたかった、というのもある。
「――ふう。月が綺麗だな」
一通り鍛錬を終えてから空を見上げれば、綺麗な双子月。
――『古伝』に記されている話によれば、あの双子月は元々精霊だったんだそうだ。
今日輝いているのと同じように、白銀の髪と目を持った双子の少女の姿をした精霊。
精霊にも様々な種類がある。魔術で表されるような四大属性、そこから派生する自然現象を体現する存在。この世界で起こりうる現象が形を持った存在、本当に様々だ。
その双子の精霊は、夜という時間を司っていた。片方が春と夏を担当し、片方が秋と冬を司る。それぞれの季節に合わせた星座をかけ、時には明るく、時には暗くする。
だから二人が同じ空に上がる事はなく、出会う事もない。お互いの存在を知ってはいても、それは知己だったという意味ではなく、ただ〝知っている〟だけ。
そんな二人は、ある日全く同じ男に恋をした。
毎日毎日、一年中空を眺める彼を、双子の精霊は愛してしまった。
容姿も話し方も何もかも似てしまった二人は、同時に恋をし、同時に愛されてしまった。同じ存在だと気付かれずに、何年も、何年も。
しかし精霊と人間が恋に落ちて、幸福な結末が待っている訳もない。
結局二人はお互いが同じ男を愛している事を知り、男は二人の女を同時に愛してしまった事に気付き、誰もが絶望する。
絶望した精霊たちは泣き腫らし、目と同じ色の涙はどんどん体に纏わりつき、とうとう月に変わってしまった。
神話ではよくある話。盲目な恋は人を狂わせる。
オレは、前の世界ではどうだったのだろう。少なくとも、この世界で暮らし始めて、恋に狂った事は一度もない。
……傭兵だから、そういう事がなかったかといえば嘘だ。一晩の逢瀬なんて綺麗な言葉で語れるものじゃないし、誇れるものでもないが。
傭兵は自分の命を掛け金に報酬を得る、その日暮しで、根無し草。そんな奴が本気で恋をすると、もうそれは傭兵としての自分を終わらせるか――死あるのみ。
「……こうやって考えると、随分危なっかしい仕事に就いたもんだ」
油断したら死ぬし、腑抜けたら死ぬし、かといってがむしゃら過ぎても死ぬ。雁字搦めだ。そんな人間が本気で恋をしよう、家族を持とうなんていう発想が既に異端なのだ。
悲しませる事が分かりきっている愛など、愛ではない。
……まぁ、《眷属》をやっている今も、状況としてはあんまり変わらない気もするが、
「――ん?」
気配を感じて、城がある方を見る。
夜も更け、既に一部の警備兵以外は眠っているような時間帯。そんな時間にズルッ、ズルッと、何かが擦れる音が聞こえる。そう、宛ら鞄でも引き摺っているような。
「……夜の城に盗人って事はないだろうけど、」
気になる。
《顎》を腰の鞘に収め、中庭と城を通じさせている通路に入り込む。
屋根が覆われている通路には月の光も届かず、あるのは警備兵が壁にぶつけないようにと配慮されている小さな灯りが点々とあるだけ。
これではサシャから大我を供給してもらい、視覚を強化でもしない限り見えないだろう。
しかし見えなくても気配と音、そして薄い影で、なんとなく状況を察する事は出来る。
「くっ、もう、なんで案内は早く来ないのよッ、コレを私一人で運ぶなんて、出来るわけ、」
暗闇の中に、オレよりも頭一つ分小さい人影が見える。ローブらしきもので体の線はぼやけてしまっているが、声を聞く限りきっと同年代の女だろう。
そんな少女の腰ほどまである大荷物二つは如何にも重そうだ。オレだったら運べなくもない荷物だが、明らかに細そうな彼女ではとてもではないが無理だろう。
「……ふむ、」
影の中の女にその音が聞こえないように、小さく溜息を吐いた。その影を観察しながら、しかし声をかけて良いものかと躊躇われたからだ。
この時間に、女一人で、大荷物。
この絵面だけでも大分怪しい。この城に住んでいる(あるいは現在逗留している)女性は、貴族か、あるいは侍従だ。
もし彼女が貴族であるならば、あんな荷物をひとりで持つ事はない。普通に侍従に持たせる。
もし彼女が侍従で、貴族のお嬢様あたりに面倒な命令をされ困っているならば放ってはおけないが、それなら引き摺るなんて事は死んでも許されないはずだ。
おまけにローブ。つまりどこか出かける気満々だ。
こんな時間に、警備兵も回っている夜中にこっそり。
話しかけると、高確率で厄介事に遭遇する可能性が高い。
……高いんだけど、なぁ。
もう一度、少女に聞こえないように溜息を吐く。
――それを無視したら、それこそ《眷属》として如何なものなのだろうと、サシャから言われかねないのだ。
ゆっくり彼女の元に近づく。
いくら足音を殺しても、オレはそういうのが特異な斥侯でも、ましてや暗殺者でもない。微かな足音と気配を感じたのか、すぐにこちらを見ているように見える。
警戒されているのが直ぐに分かるところを見るに、そういう心得はないようだ。
「――だれ?」
声は随分綺麗で、本当に歳がかなり近いんだなと、改めて分かる。
「……あぁ~、オレは、」
どう答えようか一瞬悩む。
《眷属》ですと堂々名乗るのも憚られる。かといって、「通りすがりの者です」なんて如何にも変質者の常套句だ。
そんな悩んでいるオレより先に、少女が口を開いた。
「――ああ! 貴方が〝案内〟ね!」
「ハァ? 案内?」
最大な声を上げる少女を制止する事も出来ず、オレも思わずいつものボリュームで喋る。
「そうよ、案内よ! 貴方、リチャードに頼まれて私を連れ出してくれる〝案内〟でしょ!?
もう何よ、部屋の前まで来てくれるんだと思ったらちっとも来ないんですもの! 結局この重い荷物を一人で運んでくる事になってしまったじゃないッ。どうしてくれるの?」
「あ~、えっと、まずは声を落としてくれませんかお嬢さん」
自分の苦労が報われると言わんばかりの喜びように、とりあえず落ち着かせる為に止める。
――〝案内〟、リチャード(?)に頼まれた、少女を連れ出す。
きな臭さに一気に拍車が掛かってきた。
「なに、経路はもう決まっているのでしょう? さ、荷物を持って、私を案内して頂戴な」
少女はもう既にオレを案内と決めて掛かっている。荷物の後ろに立ち、さあ早くしなさいよという上から目線で言っているのが暗闇の中でも分かる。
……ここで一言「いいえ、人違いです」と言って部屋に戻るのは簡単だ。だけど、コレを無視するのも宜しくはないだろう。
「……了解しました。ただしちょっと待ってください。まず貴女が本当に例のお嬢さんなのか、オレは確認しないといけないんです」
まずは身元の確認をしなければいけない。
オレの言葉に「なッ!?」と憤慨するような奇声が暗闇の中で聞こえてくるが、彼女も流石にオレの言わんとしている事を理解してくれたのだろう。影の中でごそごそと音がなる。
「ほらっ、コレで満足!?」
いや、満足と言われてもなぁ。
さっきも説明した通り、通路には最低限の明かりしかない。何か身分を明かせるものを提示してもらったところで、明かせていない。明るくないからな。
……上手い事言ったつもりはないぞ。
「しょうがない、少なくとも中庭までは御一緒しないといけないな」
オレはとりあえず荷物を持ち上げる。
「フフッ、どうやら私が誰だか分かったようね」
……ダメだ、この子は分かっていない。
「このくらい中では流石に見えませんよ。多少明るい中庭に出ましょうといっているんです」
「…………し、知ってましたともそんな事! 今のは貴方の緊張を解す為の冗談です、察しなさいッ!」
――あ、ダメだわ。
オレ、多分こいつ好きになれない。
持てはするが、いったい何が中に詰め込まれているんだと思ってしまう程度には重い荷物を中庭まで運び込んでみれば、そのお嬢さんの姿もようやく露になる。
――金髪の少女と言う意味ではサシャと同じだが、こちらの金髪はサシャほど濃い色ではなく、どこか黄色い花のような色合いだ。おまけに目も青く、体を動かし元気にお喋りしたから疲れたのか、目じりは垂れ下がっている。
プロポーションは……うん、形容するとご主人に悪い。少なくとも均整が取れていると言っておこう。
ローブの下からは、シンプルだが贅沢な素材で作られている事が一目で分かる、青色のドレス。こんな上等な服を着ている侍従などいるはずもない。
先ほどまでの態度も含め、もう貴族という事で確定で良いだろう。
「ではお嬢さん、身分を証明するものを見せてもらえますかな?」
荷物を適当な場所に置いてから言うと、お嬢さんは不機嫌だというのを顔全体で表現するような表情を作り、無駄に胸を張る。
「ちょっと、さっきから不思議だったんですけども、貴方先ほどから態度が悪くありません? 貴方リチャードの遣いでしょう? ならばそれ相応の態度というものがあると思うんですけど?
そもそも、似顔絵などは見せてもらっているのでしょう。顔を見れば直ぐに分かると思いますけど?」
……どうやら、この連れ去り計画を考えたのはリチャードという男性で、オレはその部下のようなものだと、少なくともお嬢さんは思っているらしい。
リチャードがいったいどんな立場の人間か分からない以上、ちょっと下手な事はいえない。
「――礼儀に関しては、平民生まれだからと許しちゃ貰えませんか?
それに、残念ながら見せて貰っちゃいません。これは重要な事なんで」
――嘘は一つも言っていない。
平民、っていうかそもそもこの世界で生まれてないから身分がないし。
見せて貰っていないっていうか、会ってないし。
これが重要な事なのは確かだ。
――勘違いして貰いたくはないんだが、オレだってこんな詐欺師紛いの言葉選びなんざ、覚えたくなかったし、使いたくなかった。
だが今までオレが暮らしていた傭兵と言う世界では、契約と口約束ってのが結構重い。何を言った言わないで面倒になる分、実は一番言葉に敏感で繊細でなければいけない。
と爺さんに教わって、相手に揚げ足を取られないようにする喋り方は叩き込まれた。この場では、オレの本当の話はしない方が良いだろうしな。
ちなみにポイントは『出来るだけ嘘は言わない』『困った時は笑うか勢いで誤魔化せ』だ。
「むぅ、随分融通の利かない方をリチャードも案内にしたものね……良いわ、見せてあげる」
そう言って、彼女は他の荷物とは随分毛色の違う肩掛け鞄に手を入れ、先ほど見せてくれていたのであろう物を取り出す。
それは短剣だった。
この国の貴族は誰も彼もが必ず持っている、家紋がついている短剣。両刃のそれは豪奢に飾り立てはしていないものの、それなりに根が張る代物なのは直ぐに見て取れた。
そしてそこには――大鷲の家紋が彫られていた。
……待て、大鷲って確か、
「――失礼ですが、お名前を聞いても?」
少し戸惑いながら言った言葉に、お嬢さんは鼻高々の御様子だ。
「フフッ、ようやく誰と話しているか自覚したようね。
私の名はエリザベス――エリザベス・ショコラディエ・シルヴァリアよ」
――ああ、やっぱり厄介事だよ。
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