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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第二章 木々ノ守人
43/125

其ノ四






「『木々ヨ、近ヅク者ヲ足止メシソノ肉ヲ引キ裂ケ』ッ!」

「『大地ノ一端ニ願ウ、吾ヲ襲ウモノ達ヲ阻ミ賜エ』ッ!」


 呪文が周囲に存在する木々と大地を流動させ、両者の間で激突する。

 小規模な自然災害を彷彿とさせるその躍動は、外から見ればまさしく神話に登場する戦いを想起させる。

 《勇者》として世界から正当な祝福を受けているサシャ。

 悪逆ノ精霊(モルガナ)が奪い取った大我(マナ)を利用する呪師。

 大我の力は、無制限という意味においてサシャの方が上。だが、その効率と制御力は、呪師の方が上だった。

 時に数千年を生きる事もある悪魔系(デモンズ)系種族。その長い年月に裏打ちされた技術は、例え罪を重ね続けている悪人だったとしても本物だ。


「『風ヨ息吹ヨ、ソノ苛烈ナ吹キ荒ビヲ以チテ無頼ノ輩ヲ地ニ叩キ伏セ』!」


 しかしサシャも負けていない。

 大魔導師と謳われた師匠の下で修行し、そして今も研鑽し続ける魔導を披露する。


「ヒヒヒッ、流石ですな《勇者》殿! 『シカシ風ヨ、其レハ汝ノ真ノ姿ニ非ズ』」


 巨大な鉄槌のように颪を、言葉だけで解きほぐし、呪師に届く頃には微風に変えられる。

 相手の魔導に影響を与え、その効果を変える。魔導師同士の戦いの中では基本的な技術の一つ。魔術とは違い、元からあるものの力を利用している魔導だからこそ出来る芸当だ。

 勿論、完全に掌握する事は出来ない。本来であるならば、精々軌道を変える程度。それを、呪師は潤沢にある大我と魔導の腕で超えたのだ。


「魔導師としては一級品……余計に、あんたがこんな事している意味が分からない」


 それだけの技術と知識があれば、どこかの王宮や政府に仕える事は可能だろう。それなのに、野に下り こんな所で禁呪にまで手を染めている。


「言いましたでしょう。某は本物の悪魔、契約で仮初の礼をとったとしても、あくまで仮初。一所には住めぬ性分。何より国家などという大きなものに仕えようとは思いませぬ。

 ――それに、某は見たかったのですよ、上位にいる存在が、某に隷属する姿を」


 精霊は上位種。

 人類の常識、人類の力を超えた場所にいる存在。

 それを従え、その超えた力の一端をこうして自分の手中に収める。その優越感はなんと甘美なものだろうか。


「そう。その弱点やら、どうやって制御しているのか。ぜひお聞かせ願いたいものね」

「――ヒヒヒ、それはお答え出来かねますなぁ、

「……あっそ、じゃあコレだけ答えて――あれって生きているの?」


 トウヤとウーラチカに対抗している悪逆ノ精霊を指差すと、呪師はククッと喉の奥で嗤う。


「あぁ、それですか。――生きております。材料は鮮度を維持しないとなりませんからな。むしろ、だからこそ力がいるといっても過言ではないでしょう」

「……そっか、そういう事か」


 悪逆ノ精霊のあの力は、呪師が一から創った物ではない。

 精霊の力を利用(﹅﹅)していると。

 精霊が自分の体を維持するためには大我が必要だが、現在はその体を維持できていない状況だ。無理矢理ナニカに縛り付けられ、本来の姿とはかけ離れた姿に固定されている。

 それを元の状態に戻すために、精霊は本能的に大我を求める。しかしいくら大我を集めても戻れないので、もっと、もっとと欲している状態。

 それが、大我も小我(オド)も飲み込む能力の正体。


「さてさて、雑談はこの程度で――『砂塵ヨ舞エ! 風ト共ニ刃ヲ為セ』っ」


 その言葉と同時に、巨大な砂嵐が出現する。

 土と風を複合させた魔導。介入するのにも限界がある。


「ッ――『空気ノ層ヲ生ミ、ソノ流レヲ断チ切レ』!!」


 サシャの呪文で、周囲の空気が無風の壁を生み出し、その身を守る。

 守護の結界、多少の時間を稼ぐと同時に、自分が喋る言葉も相手には届かないだろう。


「さぁて、どうしようかしら」


 ――呪師の言葉で、弱点がある事は確定した。

 何故そう思うのか。それは先ほど呪師本人が言った言葉だ。

 『お答え出来かねる』と言ったのだ。弱点と制御方法を聞いた時、確かに呪師はそう言った。

 悪魔系種族は対象と契約する時にどうしても嘘を吐けない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)。どこまでも自分達の文化に純粋であればあるほど、その特徴は顕著になる。


 彼が答えられないといった限り、答えはあるのだ。

 弱点も、こちらが手を出せる制御方法も。


 そもそも、肉体同士にパスを繋げるのはリスクが大きい。

 自分より下位の動物や、《勇者》と《眷属》のつながりのように世界から認められた公然の反則でもない限り、上位の存在と繋がりを作るという事は、それだけで自分の命を削り取る要因になり得る。

 ならば別のナニカを間に挟み、そのリスクを分散させている可能性は高い。


「――考えられるなら、」


 呪師の杖に注視する。

 杖とは、魔導師や魔術師が世界に現象を生み出す際の触媒(カタリスト)になる。

 魔術や魔導の効力を高めるため、付与(エンチャント)した物もあれば、素材が魔力物質(エーテル)を通しやすい精銀(ミスリル)を使用したり、力のある宝玉を嵌めこんだりしている物も多い。

 そんな中、呪師の杖は実にシンプルなものだった。おそらく霊木を切り出したもので作られたその杖には、最初に見た時にはなかった若草色の宝玉が嵌められ、鼓動のように淡い光を明滅させていた。

 あれがおそらく制御術式の要。


「あからさま、隠す気なし……っていうのでもないか」


 あの悪逆ノ精霊を操作する上で直接肌に触れて、自身に何か合っては困る。

 さりとて、自身の近くに無ければそれはそれで危険。手元にあって注意を払いながら、尚且つ自分にも危険性を及ぼさないという意味ではあそこしかなかったのだろう。

 アレを奪うのが最上。

 だが、魔導師から杖を奪うなどというのは、戦士から剣を奪う以上に難しい。彼らの生命線を守る為の何重もの防御機構、制御術式、防止結界が張られているだろう。

 あれを手放させ、さらに無力化するには、――そう考えていて、一つ思い浮かぶ。強力にして絶対の業。


「……………一応、あれ切り札なんだけどなぁ」


 おいそれと使って良い業ではない。

 ……そして、それ以外に未熟な自分に使える手段が無いという事も、サシャ自身よく分かっている。

 ――全てを救う為ならば、何でもやろう。

 ゆっくりと、歪んでいた視界が正常に戻っていく。


「――時間稼ぎは終わりましたかな? それともなにか良案でも思い浮びましたかな?」


 呪師の言葉は、相変わらずこちらの神経を逆なでしてくる。

 殺さないという事は、それに関わる一切を放棄しているに等しい。どんなにサシャが否定しようとも、殺す事が最善で、最も素早く、簡単に事態を収拾する事に繋がる事も否定出来ない。

 しかしそれをサシャが選ばない事、選べない事も呪師には分かってる。それを選んでしまえば、その段階でサシャの信念は瓦解する。

 たった一回。

 そのたった一回で、致命的になってしまう事もあるのだ。

 ――呪師はそれを待っている。自分で自分の信念を打ち壊さざるを得ないとサシャに思わせたがっている。

 そんな彼に、サシャは笑みを浮かべる。


「ええ、取って置きの良案が思いついたわ。精々吠え面かきなさい」


 錫上を振るう。

 清涼な音で、清涼な気をその場に満たす。

 自身の中に渦巻いている、美しの泉から齎された大量の大我を周囲に振りまき、




「――『吾、世界(﹅﹅)ニ請イ願ウ』」




 その呪文を発した。







「だぁ!!」


 《竜尾》が、悪逆ノ精霊の胴を横薙ぎに、《顎》がその腕を輪切りにしようと迫る。

 しかし、その手ごたえは、汚泥に櫂を突っ込むように嫌な感触だった。


『■■■■■■!!』


 悪逆ノ体の大部分はずっとこんな感じだ。

 まともな食事をする必要性が無いから内臓も無く、そもそも人類のように肉の器に頼っているわけでもない。この姿も、物質界に影響を及ぼす為に大我を凝縮した仮初のモノ。だから、決定的なダメージにはならない。

 しかしそれを使ってオレ達に影響を与えるのだから、依存はしていなくても影響を請ける。だから、ひたすら攻撃を続ける。相手に攻撃する余裕を与えない。


「――ッ!!」


 ウーラチカはオレの少し広報に回って援護をしてくれている。オレの死角から攻撃してくる触手をその矢で弾き落とし、時に隙があれば相手の目を狙って悪逆ノ精霊の動きを止める。


「にしても、本当に底なしかよッ」


 決定的でなくてもダメージはある。少しずつその体を構成する大我を削り取っている。確実に、若干ではあるが、密度が高い分欠片の中に篭っている大我も膨大になってくる。

 しかし、膨大なそれ以上の膨大さの一部。

 ――ざっくり言えば、削っても削っても終りが全然見えてこない。まるで底なし沼と戦っているような、永遠にも続く戦いに思えてくる。


「弱点、弱点、」


 剣を振るい続けながら、オレは目を皿にして戦いを続ける。

 わざとらしく光り輝く、緑色の宝玉。胸に湛えられるそれを注視する。

 最初はこの精霊モドキを制御する為に呪師が取り付けたもので、それ以外の部分に中枢が存在するのかとも考えた。

 《看破眼》じゃ、何故かそこだけ不鮮明で見えなかったから、偽装しているんだと思っていた。

 けど、考えれば考えるほど、戦えば戦うほど分からない。

 何せこいつ、頭だろうが胸だろうが腹だろうが手足だろうが、どんな所だって形状を変化させ、時折蜥蜴の尻尾の如く切り離すくせに、そこ(﹅﹅)だけは変化しない。

 そもそも制御するならばもっと体の奥底にでも隠して守らせるくらいは、あの用意周到な呪師なら考えそうなものなのに。


 何かあるんだ。

 外に出しておかなきゃいけない理由が。


 ――というか、最初コイツを見た時ウーラチカは何ていった?

 樹ノ精霊(ドリアード)と、似ているけど違う(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)って言わなかったか?

 最初は精霊を材料にした体と思ったし、精霊は完全にあの悪逆ノ精霊と融合しているものだと思っていたんだが……もし、それが違うとしたら、


『■■■■■■■■■!!』

「グッ!!」


 触手の束が巨大な腕となり、オレを押しつぶしにかかる。考えるのをやめ、咄嗟に《顎》を放って《竜尾》でそれを受けた。

 ズンッと腹の底に響く強烈な衝撃が、オレの体を苛み、こぼれたそれは足元を沈下させる。


「ったく、考え事もNGってかぁ!?」


 剣が金属特有の軋みを上げる。いくら特殊な鉱石を使い強化されているとはいえ、この膂力を押さえ込める程の硬度はないのかもしれない。


「トウヤ!」


 ウーラチカの声と同時に、矢が降り注ぐ。

 しかしそれも効力が無い。何せ精霊は空いている触手を膜のように張り巡らし、その矢を防いでいるんだからな。もはやご馳走を与えているのと変わらないだろう。


「――流石に潰されんのは、勘弁だ!!」


 一瞬だけ〝衝撃〟の機能を展開し、悪逆ノ精霊の腕を真上に弾き飛ばす。

 ゆっくりとした挙動――いや、オレの感覚が、時間を緩やかに流れているように感じさせてくれている。

その中で、それを見た。

 自身の同じ色の燐光を発する、緑色の石。

 ――何の脈絡もなかった。最初からそんな事をしようと考えていたわけではなかった。そもそも、コイツの体に触れようって、どうかしている。

 なのに、オレの体は自然とその黒い体の方に向かい、手は、その宝玉に、触れた、




『助けて助けて体が作れない痛い苦しい気持ちが悪い助けて援けて救けて足りない力が足りない大我が足りない小我が足りない魔力物質が足りないもっともっともっと集めないと作れない』


 酷くノイズ交じりの感情がオレの中に流れ込む。

 常時続く痛みと苦しみ、自分と違う存在が溶け込んでいる気色の悪さ、必死で自分達を正常な状態に戻そうとして戻れない苦悩、自分達をこう(﹅﹅)した敵への底なしの怒り。

 そういう感情が怒涛のように流れ込み、オレを内側から壊さんばかりに響き渡る。

 直感が教えてくれる。

 これは生きている。

 これは戻りたがっている。

 これが――、




「トウヤ!!」


 ウーラチカの絶叫で、意識が現実に返ってくる。

 最初に立っていた場所と風景が違った。既に悪逆ノ精霊は少し遠くにいて、オレの体は森の木やら草やらをなぎ倒して倒れこんでいた。

 吹っ飛ばされたんだ。

 もっと重く受け取るべきなのに、ぼんやりとそう思ってしまった。


「トウヤ、大丈夫なら早く前に! アイツ、おれ(ウー)だけじゃ止められない!」


 連続で弓を引き続けながら叫んでいる声が聞こえ、オレは上半身を起こしながら言う。


「――あれだ、ウーラチカ。あの玉だ」

「? トウヤ、もっと分かりやすく説明する! それだけじゃ分からない」


 ウーラチカの言葉に、オレは自分の頭の中を整理して、もう一度言う。




「あの玉そのもの(﹅﹅﹅﹅)が樹ノ精霊なんだよ」




 細切れにミンチされ、ぐちゃぐちゃに入り乱れて、それでいて生かされ続けている精霊そのもの。


「どうして、」

「どうしてもこうしても、聞こえたんだからそうなんだ、としかオレは言えない――頼む、ウーラチカ。これをサシャに教えに行って貰えないかな」


 辛うじて手に握っていた《竜尾》と、上手い事近くに吹き飛ばされていた《顎》を握る。

 ――オレとサシャには遠隔で話が出来る念話用の札だって結構高いから、今回は持ってこなかった。だから直接話しに行くしかない。


「――ここは、オレが一人で引き受ける」

「……大丈夫なの?」


 ウーラチカの心配そうな言葉に鼻で笑う。


「大丈夫。こんな黒ん坊、一人で何とか出来るって」


 ……嘘だけど、と心の中で続ける。

 流石に一人じゃ無理だし、下手したら死ぬ。


 けど、勝つために必要なんだからしょうがない。ウーラチカを一人で相手させるよりも、大我の加護を持っているオレのほうがまだ現実的だ。

 そんな分かりやすい答えが出ているならば、それ以外を選ぶ理由なんざない。


「――分かった。死なないで、トウヤ」


 そう言って走り出したウーラチカの背中を見送ってから、オレは悪逆ノ精霊の懐に突っ込んでいった。







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