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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第二章 木々ノ守人
37/125

其ノ三






 ――森の中で、大鬼族(オーガ)の大将・ムカルは森の中で一人、祈りを捧げていた。

 大鬼族(オーガ)の信仰は、自然崇拝にかなり近い「祖霊信仰」だ。

 自然に還って行った血縁が世界の中から子孫を、身内を見守り続ける。祠などは作る時もあるが、何もない空間であっても、その空気の中に祖霊は根付いていると考えるが故に、大事な時は一人で祈る。

 その祖霊の中に眠る、妻の為にも。

 一日に一度はそう祈るようにしているムカルの習慣だった。

 難民として放浪していた苦汁の中でも。そして、国を興そうとしている今も。


『見ていてくれ、ピリカ』


 今は無き妻に、祈りを捧げる。


「――奥様の名前ですか。随分可愛らしい響きのお名前です」


 不意の声に戦士としての習性で剣柄を握り、勢いよく振り返る。

 一人の、人種(ヒュマス)の少女が立っていた。

 黄金の髪に、紅い目、白いフードつきのローブを身につけ、手には特徴的な錫杖を持つ少女。この森の中で人類らしい人類に遭遇する事など滅多に無く、遭遇する人間は限られた。

 一人は樹人族(エント)に与する精闇族(ダークエルフ)

 そして他に二人。

 世権会議の守護者たる《勇者》と、その剣である《眷属》。

 精闇族はもう見慣れた。《眷属》も二日前に〝影〟との戦闘で知っている。

 つまり目の前にいる少女は、


『――《勇者》が敵首領を暗殺にくるとは。

 名前や勇名と違い、狡っからい手を使いよるわ』


 剣を抜こうと、手に力が入る。

 その瞬間、樹を打ち鳴らす清清しい音が、その場に響いた。一本の矢が、警告と言わんばかりにムカルの横に生えている木に突き刺さったのだ。


「武器はお持ちになりませぬよう。私たちは戦いに来た訳ではありません」

『……そのわりには、伏兵を配しているようだが?』

「こちらの安全の為とご理解ください。なにぶん、《勇者》は無力で御座いますから」


 少女――サシャの言葉に、ムカルは忌々しそうに鼻を鳴らす。

 《勇者》自身は戦えない。噂話で何とはなしに聞いた話は、どうやら真実のようだ。少なくとも目の前の少女からは、人と戦える人間、人を殺せる人間特有の気配を微塵も感じなかった。


『で? 暗殺で無いなら何故俺が一人の時にやってきた? もしまともな話をするのならば、事前通知を行い、交渉の場を設けるのが礼儀であろう?

 《勇者》とは、無礼者を指す言葉か?』


「お怒りは重々承知しております。しかし、交渉の場を設ければ、当然あの呪師も入ってきましょう。正式な交渉の場の前に、一度だけ呪師抜きで話をしたかったのです。

 もしこの会見で貴方様が必要だと判断されるならば、その時に改めて交渉の場を設けさせていただきたく思います」


 敬意を表す言葉遣いと、ぴんと姿勢を正したお辞儀。本当に、ただ自分を殺すだけの無法者とは違う感覚を、ムカルは感じる。特に、あのどうにも信用出来ない呪師を抜きにしようという考えは、ムカルも望むところだった。

 だが、それでも信用も信頼も置けないのに変わりはない。


『剣から手を離す気はない。もし何か素振りを見せようなら、この場でおぬしを真っ二つにしてくれよう。もしそれに恐怖しないのであれば、――話すが良い』


 勿論、そんなものは脅しだ。

 血気盛んな大鬼族らしい性格をしているムカルでも、もしここで《勇者》に手をかければ、後々行おうと考えている世権会議との関係に罅が入る。

 《勇者》がどれほど世権会議内で重要視されているかは知らないが、面子を潰されれば何かしらの報復をしなければいけないのは、どの国でも同じだ。

 ようは、どれほど度胸があるのか試しているのだ。

 ここで恐怖に体を震わせるような小娘なら、話を聞く必要性はない。そのような覚悟すら持ち合わせない小童ならば、和平交渉に乗らずとも脅威にはならない。


「――ええ、構いません。もしこれで私に非があったなら、命を奪われても当然。ここで体を切り裂こうが、首を刎ねようが、好きにしていただいて結構です」


 ムカルの予想に反して、サシャの反応は淡白だった。

 覚悟からなのか、押し込めているだけなのか――サシャの目は、透明度が高すぎて透けてしまいそうなほど、どんな感情も移していない。

 人形なのではないか。

 その容姿もあいまって、ついムカルはそう幻視してしまいそうになった。


『――良かろう、話を聞こう』


 それだけムカルが言うと、サシャは小さく頭を下げてから口を開く。


「であれば、申し上げます。

 ――この戦い、我らには平和的に終了させる用意が御座います」


 やはりそれか。

 ムカルは大きく、相手に分かるように溜息を吐いた。


『なんだ。そんな話をしに来たのか――くだらん。

 平和的に終了? そんなものに一体何の意味があるという。既に戦いは終結しているも同然というのに』


 自分達の新たな住まいを手に入れた。

 呪師が創り出した〝影〟は兵器として優秀。

 ここで和平を結ぶメリットが、こちらにはない。


「そのお言葉はご尤もです。

 ですが、今の状態は、あまり大将殿にも喜ばしいものではないと愚考します」

『どこがだ。何もかも順風満帆、どう足掻こうと我が勝利が覆る事はないと、俺は思うているがな?』


「はい――この戦いでは(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)


 ――ムカルはその言葉に、何も答えない。

 答えないのを気にせず、サシャは話し続ける。


「もし、もしの話です。

 この戦い、このままいけば確かに大将殿の勝利。樹人族は貴方に蹂躙されるか、この地を離れるしか道はなくなり、この森一体は貴方の手の中に入りましょう。

戦う力を持たない樹人族の民と、精強な大鬼族達を従え、あの〝影〟をお持ちになっている貴方。予想するまでもありません。

 ですが、その後は? もし世権会議が貴方の要求を呑まなければ? もし、呪師が貴方を裏切り、〝影〟の矛先を貴方に向ける事があれば? もし、貴方の私兵が倒れれば、どうなりましょう?」


 世権会議とて甘くはない。

 例え《勇者》を人質に取り、〝影〟という強大な兵器を運用していたとしても、言ってしまえばただの難民、盗賊に毛が生えたような立場のムカルの話を、全面的に呑むような事があるだろうか。

 ないだろう。

 受け入れるとしても、それはある程度の戦争の後、和平交渉の場での話しだ。〝影〟で一国か二国潰してからだ。

 その間に、何人自分の部下が死ぬだろう。

 その間に、呪師がムカルの背中を狙わないと、一体誰が保証出来ると言えるだろう。

 実際の起こっていなかったとしても、ムカルの頭に不安の影をおとすには充分なものだった。


「どんなに万全を期している最優の将であったとしても、そのようなところまで気が回るはずもありません。

 なにより、呪師と〝影〟は諸刃の剣です。そんなものを持っていては、大将殿も安心して眠ることは難しいでしょう。

 それを目的が達成されるその日まで、抱え込んでいる事が出来ましょうか?」


『……であれば、貴様にそれが解消出来るというのか?』


 確かに不安だ。

 信用出来るはずもない悪魔系(デモンズ)種族である呪師が、最強の兵器を操っている。こんな状況でいつまでもいられる訳がない。

 当然、呪師は用済みになった時に殺す。それは〝影〟をもっと創らせ、ムカルの部下、あるいはムカル自身が制御方法を知ってから。つまりいつになるのか、正確に予想する事が出来ない。

 しかし、それ以外に今のところ方法がない。

 それ以外の方法が、


「それを知る為には、まずこちらをご覧ください」


 サシャはゆっくりと、ムカルに警戒されないように懐に手を入れると、二枚の紙を取り出す。

 一枚目は、升目上に線が引かれ、奇怪な形状の線が引かれている、どこかの地図。

 そして二枚目は、何かしらの書類。一番上には、《勇者》の紋章である歪な天秤と、簡略化した大陸と、オリーブ、そしてそれを銜えて大陸を囲む蛇の紋章。

 世権会議の紋章だ。


「まず、こちらの地図をご覧ください。これは西方にある《ティングランド王国》の地図で御座います」


 《ティングランド王国》。

 西に構える鉄鋼国家。錬鉄族ドワーフの氏族が治める中堅国家。国土の大半が荒野であるものの、地脈から齎される資源と、熱に強い穀物類の栽培を国家事業としている国だ。

 ムカルも、この大陸で難民をしていた折に聞いた事がある国名だった。


「この国の国土は多くが荒野ですが、土地そのものは豊富です。水源には乏しいですが、大きな運河があり、そこから水を調達する事は可能です。

 さらに言えば、まだ発掘されていない鉱脈も多くありますし、玉蜀黍の生産などにも適している地方です。

 採掘と収穫が安定するまで税金免除の確約も頂きました、」


『――待て。それは一体何の話だ?』


 地面に《勇者》がしゃがみこみ、地図を広げ、矢継ぎ早に説明する姿を見てムカルは当惑した。

 土地?

 水?

 鉱脈?

 玉蜀黍?

 採掘と収穫? 免税?

 唐突で、今までの自分にはまるで関係のない言葉が飛び交う。

 そんなムカルに、サシャは小さく微笑んだ。

 慈愛に満ちた聖母の笑顔。




「貴方達、大将殿も含めた計三十三人の大鬼族を受け入れる場所。

 貴方達の〝土地〟です」




『そんなっ――あり得ない!!』


 怒声を張り上げる。

 さんざん邪険にされ、疎まれ、罵られ、時には石を、時には刃を振り翳されてきた。もう既に自分達を受け入れる国などどこにもない。自分達が定住し生きて行く為には奪うしかない。

 そう思っていたからこそここまで来たのだ。

 だからあり得ない。

 あってはならない。


「いいえ、事実です」


 ムカルの動揺に、それでもサシャは笑顔を向ける。


「勿論、条件は幾つかあります。しかしそれさえ呑んでくだされば、この土地に行くまで《勇者》である私と《眷属》が、貴方の一族を護衛いたします。

 当座の食料や水、生活必需品、農耕や鉱山採掘の道具。それを教えてくださる指導員も、世権会議から派遣されます。

 自治区……とまではいきませんが、大将殿をその一帯の領主に任命する事も付け加えさせていただきます」


『いつのまに、どうやって、』


「私も《勇者》ですから。新米でも影響力はあるつもりです……まぁ、ちょっとだけ先代様のお力をお借りしましたし、ここまで整えるのに丸二日掛かってしまいました。

 これは、世権会議からの書類です。急ごしらえでしたので、まだこちらの共通語でしか書かれていませんが」


 もう一枚の書類を、呆然として見つめる。

 一体どういう事だ。

 何が起こっている。


『何故、そんなものを、』

「この事件を〝平和的に解決〟させる為に必要だと判断しました。

 そもそも戦災難民に該当される貴方方の〝亡命〟を正式な形で支援しなかったのは、世権会議の落ち度ではありますから」


 ――言葉は優しく、望むべくもない好条件。


『――条件は?』


 それ故に、ムカルの言葉は重い。

 樹人族の自治区を襲撃、禁呪を使い、さらにこれ以上に混乱を広めようとしていた者達への破格な条件。

 もう自分やシュマリの首で見合うものではなくなっている。

 良くて一生飼い殺し。悪くて、世権会議の実質的奴隷だ。

 奴隷を認めていない世権会議とはいえ、それくらいしなければ釣り合いが取れない……いや、それですらまだ破格と言って良い。


「……そうですね、まずそこからでしょう。

 まず第一に、呪師捕獲の全面協力。それから、当然これを先導した大将殿も罰を受ける事になります。領主となる権利は、貴方にではなく名義は貴方の息子様宛てにしております」

『息子の事まで知っているとはな……で? 他には』


「税金免除は最大でも五年。それを終えると、利子がついて返ってきます。当然一括ではなく、法律に則った利息率分、毎年の税金に上乗せされます。

 大鬼族は免除解禁までその行動に制限が掛かります。国内でも二つ先の街以上は行けず、行く時も世権会議への申請、監視の目がつきます。

 それから、――ここからは、貴方個人への条件です」


『俺、の?』


 呆然とするムカルに、サシャは大きく頷く。


「貴方への処罰は、『投降した』『呪師の逮捕協力』で減刑していくつもりですが、それでも良くて終身刑。悪くて死罪。

 そこに加えて、貴方が持っている呪師と禁呪の情報。まぁこちらはおまけです。

 最も重要なのは、――現在の《倭桑ノ国》の情勢を洗い浚い世権会議に報告する事です」


 ――いくつかの国で貿易を行っているものの、それは《倭桑ノ国》の極ごく一部の商人が行っているに過ぎず、国全体から見れば外側からどうなっているかは分からないという状況だ。

 政治的な側面になってくると商人達の口が重いところを見ると、きっと緘口令が敷かれているのだろう。

 《倭桑ノ国》がいったいこれからどうなっていくのか。

 仮に乱世が終わり、全土が統一されたとして、世権会議に加盟する意思はあるのか。加盟する意思はなくても、経済通商は可能か、もしくは、……戦争を仕掛けてくるのか。

 現在の状況、将軍の考え、世論。有力諸侯などの動向。

 そういう情報(もの)がなければ、どういう顔をして接すればいいのか分からない

 世権会議上層部は、そういう情報を喉から手が出るほど欲していた。


「それを話していただければ大幅な減刑をしても良いと、上層部は判断したようです。情報次第ですが、重くても二十年、世権会議管理の牢獄で過ごすだけです」

『……尻尾を振り、媚を売り、赦しを請えと?』

「……口さがなく言ってしまえば」


 ――戦意旺盛、血の気の多い大鬼族らしく生きてきたムカルにも分かる。

 これは破格の条件だ。

 おそらく、こんな良い条件は二度と出てはこないだろう。今このタイミングでそれを蹴れば、世権会議は温情不要と判断し、禁呪を使って戦おうとするムカル達を全力で殲滅しに掛かる。

 いくら強い〝影〟とはいえ、世権会議に加盟している国々、そして世権会議が独自にもつ軍を合わせた兵力は天上知らず。あちらに痛撃を与えるまでに、こちらの陣営が保たないのは目に見えている。

 その段階で赦しを請うても、今度はこちらが鼻で笑われ、蹂躙される事だろう。

 今までの苦労は全て水泡に帰し、自分も息子・シュマリも死に、大鬼族の氏族が一つこの世界から消える。

 この段階で破格の和平条件を持ってくる……これはある意味目の前にいる《勇者》の計らいであると同時に、策略だ。


 『これを無碍にするならば、次はない』と。


 ……戦っているわけではないのに。

 剣を振るい、軍勢と戦っているわけではないのに。

 背に巨大な裂け目を背負い万軍を目の前にしているような、既に打つ手はないという確かな感情が涌く。


「ここで答えを出す必要性はありません。一度持ち帰り、息子殿とも協議して考える事をお勧めします」


 《勇者》サシャの言葉は優しい。

 優しいが、冷たい。

 まさしくどころか、最後通知そのものを突きつけていても、サシャの言葉には感情が薄皮のように着いているだけに思えた。

 ――たった二日の時間でこれを全て揃えたというのか。

 ただこれ以上、血を流させない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)為だけに。

 優しく人を救おうと考えながら、その次の瞬間には手を離すと、そう言外に言っている事が伝わってくる。

 その事実と異常な信念に、感謝も喜びも沸かず、ただ困惑とどこか背中に薄ら寒さを感じる。

 目の前の人形と見紛おう美しい少女は、ただの少女ではない。

 これが《勇者》という化け物の正体かと。


「――いいや、答えは今しよう」


 ムカルの拳に無意識に力が入る。




「――断る」




 大それた言葉を口にする為に。






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