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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第二章 木々ノ守人
35/125

5/憤怒の自傷 其ノ一






 大鬼族(オーガ)達が《倭桑ノ国》から逃げてきた理由は、「領土を奪われた」結果である。

 文字通りの乱世であるあの国内では、皆が領土とその土地で取れる食物、そして国での覇権を賭けて戦い続けている。

 そんな中、戦わないなんていう選択肢は選べない。選べばその土地の頭領一族は殺され、どんな無法が横行するか分からない。

 版図を広げるにしろ、版図を守るにしろ。結果戦いは避けられないのだ。

 そんな国の中で、戦いの中で生まれる誉れを尊ぶ大鬼族が大人しくしていられる訳もなく、大将とシュマリが治める土地、そしてその氏族達も皆戦いに明け暮れた。

 自分達の領土を広げ、より安定した暮らしを求め、あるいは国全土を治めようと。


 しかし、大鬼族はその国を挙げての陣取りゲームに負けたのだ。


 《倭桑ノ国》は、まず《皇天》という絶対的存在がいる。国を生んだ最初の移民団のリーダーであったその皇天は、いわば《倭桑ノ国》の心臓。いなくなれば国の威光はなくなる。

 そんな中心人物に位を授かり、今その国の頂点に立とうとしている男。

 現大将軍、聖川(ひじりかわ) 重真(しげま)――世権会議同盟国流に呼ぶのであれば、シゲマ・ヒジリカワ。

 その将軍が指揮する軍団に、大鬼族の一角であるシュマリの一族は敗れ、居場所が無い国を捨て、空中浮島から降り、この地表に降りてきた。


 シュマリの言葉をそのまま引用すると――『今にして思えば下策だった』だ。


 《倭桑ノ国》ではメジャーな種族でも、下の世界ではマイナーな種族だ。その容姿、荒っぽい性格もあって、馴染む事がどうしても出来なかった。

 田舎の村では余所者だと煙たがられ、その大きな体と大勢の仲間を抱えては宿一つ泊まる事は出来ない。

 食べ物に困って森に入ろうとしても、そこは地元の狩人達の縄張り。責められ、追い立てられもした。

 《倭桑ノ国》の事情に精通し恩を売りたい者達は、皆大鬼族達に襲い掛かった。

 その過程で多くの仲間が死んでいった。

 まず抵抗力や体力が無い子供、老人から死んでいった。

 盗賊、捕縛したい傭兵、そして魔獣に襲われ次から次へと兵士達が消えていった。

 最初は百人以上いた氏族は、今では三十を少し超す程度。

 皆絶望し、疲れきっていた。もう自分達を受け入れてくれる者などいないと諦め、途方にくれながらも、明日を生きる為にひたすら放浪を続けていた。


『自分達を受け入れてくれる国がないのであれば――自分達を受け入れる国を作れば良いでしょう。

 ヒヒヒ、微力ながら、お手伝いしますぞ?』


 たまたま知り合った呪師の言葉は、この生活に辟易し、どこか単純さを求めていた大将の耳には聞こえが良かったのだろう。

 呪師の研究を手伝う代わりに、国を取れるだけの大いなる力が手に入る。

 その言葉は疲れきった大鬼族達にとって救いのような提案だった。

 そして呪師の誘いに乗り、そいつの魔導でここまで誘導され、結果今の状況に落ち着いた、と。


「……言葉だけ聞くとお綺麗だが、やっている事は略奪とそう変わりないって訳か。

 しかも、呪師の登場タイミングも異常に良いな」


 サシャから又聞きしたシュマリの話を総合して出た感想を素直に言ってから、オレは器に盛られたスープを煽る。

 サシャが早速シュマリから情報を手に入れようと使い魔を飛ばしている間オレが何をしていたかといえば、料理だ。

 ……こういうと暢気に聞こえるだろうが、腹が減っては戦が出来ないというのは本当の話だ。空腹の状態では力が出せないし、これから先いつゆっくり食事を取れるか分からない。

 食えるうちは食っとくのが吉って事だ。

 だから、サシャが帰ってきたら直ぐ飯が食えるように、スープとパンはしっかり用意していた。サシャの報告も、結局食いながら聞いていた。

 オレの言葉に、サシャもちぎってスープに浸けたパンを口にしながら頷く。


「やっぱりそう思う? そこは正直、流石古参の悪魔系(デモンズ)種族って感じの手管だと思うわ。

 おそらく、呪師はずっと彼らに狙いをつけていたんでしょうね。最高の手足が、絶好のタイミングで自分の手の中に納まるのを」


 戦いに生き、しかもお国の現状を見れば、略奪・侵略への抵抗感は無いのは明らかな大鬼族。そいつらの判断能力が鈍り、自分の提案を呑む以外の選択肢を与えない。

 契約主義の悪魔ならではの阿漕なやり口だ。


「ッ……で? お前はあいつらの求めるものを用意出来そうなのか?」


 『安全な土地での定住』。

 『一時的な食料的・物資的援助』。


 それがシュマリの出した条件だ。多分他にも自治権やら何やら欲しいものはあったのだろうが、話を聞いている限りシュマリって男は頭が良い。自分達の立場を考え、最低限のものだけ提案したんだろう。

 スープとパンを平らげ、椀を片付けているオレに、サシャは小さく頷く。


「それくらいならね。むしろもっと大きい要求されるんじゃないかってヒヤヒヤしたわ。

 世権会議に加盟している国は、国土面積としてみればこの大陸の三分の二。出来ない事じゃないと思う」


 この大陸(名前は無いので大陸とだけ言おう)はそれなりの広さを持っている。厳密な測量がされていないから断言は出来ないが、ユーラシア大陸くらいはあるんじゃないだろうか。

 その中での人口密度は、千年前程ではないがそれなりに高い。

 ところが。この世界の技術力ってのは、魔術・魔導という便利なものがあったところで中世と近世の間くらい。人の手が入れられていない場所、また入れられない場所はまだまだある。

 そういう土地を難民用に提供する事は可能だ。

 つい最近まで事件を起こした連中だから、世権会議から監視と素行指導もかねて人員を派遣する事を考えても、世権会議の職員は多い。それなりに対処は可能だ。

 というところまで考えれば、そりゃあ、出来るわな。


「それに、そこまで難民問題が悪化しているにも拘らず、世権会議が手を差し伸べなかったっていうのは大きな問題よ。そこを引き合いに出せば、頭のお堅いお偉方もうんと言わざるを得ないでしょう。

 というか、うんと言わせるわ」


「こわっ。二ノ刻前までピーピー泣いてた女とは思えないぜ、《勇者》様」

「うっさい! あともっとパンないの!? 考えすぎてお腹空いちゃったのよっ」

「流石にこれ以上食われると困る。せめてクーキェで」

「あれ、私もあんまり好きじゃないんだけど……まぁ無いよりマシね」


 しょうがないとでも言うように鞄を漁っているが、さっきまでパンを二つ綺麗に食しておられるのだ。流石にこれ以上食われちゃとってある分が無くなってしまう。

 ちなみに二ノ刻ってのは時間。一ノ刻で一時間だ。


「だとすると、問題は大将にその条件で和平交渉呑ませんのと、呪師の拘束、それから精霊奪還なわけか。後ろ二つは確実に鉄火場コースだが、最初のやつはどうなるか微妙な所だなぁ」


 話に聞く呪師が、和平交渉が締結されたからって自分の研究成果をバラバラにされるのを赦すような、そんな生易しい奴には思えない。

 当然、アイツの切り札である〝影〟を使った戦闘になる。

 つまり、オレの出番だ。

 だがオレの役割ではない交渉の場でも気を抜けるわけじゃない。その事情を加味すれば、対象も素直にこっちの話に頷くとは思えないからだ。

 誇り高い大鬼族。

 考えなしにこの条件を出せば、「舐められている」「施されている」と思って怒り狂うに決まってんだ。

 その時に交渉の場で乱闘騒ぎになれば、どうにかしなきゃいけないのは、サシャを傍に控えているオレだろう。


「出来るだけ穏便に済まそうと思うけど……もし何かあれば、」

「分かってるよ。「殺さずに無力化」だろう?」


 サシャの申し訳なさそうな口ぶりに、オレは何でもないというように手を振る。

 出来るだけ血を見ない結末に。それが自分の主であるサシャの望みならば、《眷属》であるオレはそうする。

 まぁきついし、殺さずってのは結構大変なんだが、そこは腕の見せ所だ。


「ありがとう。やっぱり貴方、頼りになるわね」

「よせやい、お前がお世辞なんて。

 どんなにお世辞を言われようと、きっちり仕事はこなすし、――」


 笑顔で言いながら、スープを掬うお玉に触れようとするサシャの手を軽く叩く。


「――スープはこれ以上食わせない」

「ッ~~~、何するのよ!!」

「それはこっちのセリフだっての。何さらっと食おうとしてんだよ、もう終わりだよ」


 よほど神経を使ったのだろう。さっきまでの間にクーキェの大きな欠片を二つ三つ胃の中に消す奇術でも使っているのかってくらいの速度で食っている。

 でも、これ以上は流石に食い過ぎだ。


「良いじゃない、まだ三分の一残ってるんだから食べても! ケチ! 悪魔! 元傭兵!」

「最後のそれを悪口だって言うなら怒るぞ~。

 それにそのスープは……ウーラチカの分だ」


 その言葉でようやく気付いたのか、サシャの表情は一瞬で暗くなる。


「……あの子、食べてないの? てっきり私より先に何か口にしているものだとばっかり、」

「一応、声はかけたんだが……やっぱり、まだ無理みたいだ」


 ウーラチカの寝床は、樹人族(エント)の集落から離れた大きな木の上。そこに貰った太い枝を組み、ちょっとしたツリーハウスのようなものを作って眠っていた。

 登ってアイツがいる事を確認し、食事に誘いはしたんだが、返事はなかった。

 顔は見えなかったが、寝ている様子でもなかった。つまり、返事をしなかったという所だ。それを無理に連れ出せず、結局オレはこっちに戻ってきたというわけだ。


「……どう、声を掛ければ良いかしら」

「さぁな。少なくとも、オレ達がどうこうしてもしょうがない」


 悲しんでいる奴に出来る対処法なんて、そっとしておくくらい。

 どんなに話をしたところで悲しみは癒えない。親を失ったという点ではサシャが共感出来るが、相手に共感した所で、救いに繋がるかは難しい。

 オレなんざ、そもそも前の世界で家族とどういう関係だったのか、そもそも生きているのか死んでいるのかも曖昧だ。そんな人間が声をかけても意味はない。


「酷い言い方になるだろうが、今この状況であれば落ち込んでくれていた方が良い。大鬼族との交渉どころじゃなくなるし、あいつの感情が収まるのを待っている余裕は、多分こっちにはないだろう」

「……冷たい言葉ね」

「もう関わらないといっているわけじゃない。今はそっとしておこうって話だ」


 オレの言葉に、サシャは少し躊躇しながら、それでも頷いてくれた。

 サシャも分かっているんだ。今優先すべきは、ウーラチカの心の傷を癒す事じゃない。この事件を早く解決させる事だと。

 それは結果、ウーラチカを救う事にもなると。


「……まぁ、けど、食べないと死んじまうしな。温かいスープを口に入れれば、多少は元気が出るだろう」

「――貴方、やっぱりそこら辺は優しいわよね。ひねくれた言葉を使う割には」

「ほっとけっての」


 温かいスープを飲んで少し気が休まったのは、オレ達も同じ。

 ようやく険の取れた笑い声を出す事が出来た。

 ――だが、オレ達が気を休められる時間ってのはそう無かった。


「――? なぁ、妙じゃないか? 風も無いのに木が軋んでる」


 少し離れた場所、樹人族の集落の方からやけに騒がしく、木の鳴る音が聞こえてきた。


「これは、樹人族達の話し声よ。何かあったのかしら……ちょっと待って」


 オレに断りを入れてから、サシャは耳に着けている魔術具を起動し、目を閉じる。

 樹人族の話す言葉すら理解できるそれで、内容を察しているのだろう。

 少しだけそうしていると、サシャは目を開けた。

 その目には、動揺と恐れの色が複雑に混ざり合う。


「――何があった?」


 傍にあった装備を付け直しながら訊く。




「――『ウーラチカが、武器を持って消えた』って、」




 その言葉と同時に、オレは森の中に駆け出していた。







 ――ウーラチカにとって、《苔生ノ翁(ジイジ)》という存在は、文字通り〝祖父〟だった。

 年齢差の感覚をあまり持ってない樹人族の翁にとっては、八百歳の歳の差でも親子という感覚だったらしく、翁はずっと自分の事を〝息子〟として接していたが。

 それでも、ウーラチカにとって、翁は優しい〝祖父〟だった。

 憶えてはいないが、赤ん坊の頃は良く抱き上げてくれていたらしい。

 幼少期には、食べ物の採り方を教えてくれていた。ウーラチカは天性の才能で狩りを覚えていたし、翁は狩りを知らなかったので、他の事を教わった。

 歴史、外の世界で使われている共通語、そして算術など、外の世界でも必要なありとあらゆる知識をウーラチカにくれた。正直要らないと思えるものも多々あったが、新しい事を覚えるのは楽しく、翁のする伝承の話は寝物語だった。

 一緒に森の中を散策した事もある。池の水で遊んだ事もある。樹ノ精霊(ドリアード)も他の樹人族も自分を慈しんでくれたが、一番傍にいてくれたのは翁だった。


 多くの事を教わり、

 多くの時間を過ごし、

 多くの愛情を授けてくれた。


 《苔生ノ翁》。

 翁。

 ――ジイジ。




――――――――――――――――――――――――それが死んだのは、一体誰の所為だ。



 自分の愛する者を奪ったのは、殺したのは誰だ。

 もう二度と話す事が出来ない、もう何も教われない、もう一緒の時間を過ごせないようにしたのは誰だ。

 分かっている。




 アイツラだ。




 大鬼族(アイツラ)だ。

 呪師(アイツ)だ。

 ――〝影〟(アイツ)だ。

 ウーラチカの胸の中には、今まで味わった事がない感情で溢れていた。

 汚泥よりもぐちゃぐちゃで、動物の屍骸よりも醜く、今まで手に入れ、見てきたどんなものよりも強い感情。


 怒り。そして、憎悪。

 それが胸の内からウーラチカの心を苛む。


 『殺してしまえ』『仇を取れ』『復讐しろ』。


 その心がウーラチカの足を速め、指を疼かせる。

 『もっと早く、憎き相手(アイツラ)の元へ』『アイツラの眉間に矢を突き立てよう』。

 その激情に心を委ねる事は、苦痛であると同時に快楽にも近かった。

 もう何を見る事もない。もう何にも縛られず、遠慮をする事がない。


 殺せば良い。


 憎い相手は殺せば良い。その血が流れる度、その肉が裂ける度、その骨が砕ける度、その尊厳が汚され、惨めに死んでいく度にウーラチカの溜飲は下がり、快楽はより強くなる。

 知らない感情な筈なのに、強い確信がある。

 森の中を疾走し、目に付く枝を何本か拾っていく。

 己が小我(オド)を矢に出来ても限度はある。

 少しでも多く殺す為に、少しでも苦しめて殺す為に、矢玉は多い方が良い。

 森の中を疾走しながら、その笑みは歪んでいた。

 もう少しで、サシャとトウヤを連れて行った小高い丘にたどり着く。そこからなら、集落の大鬼族を狙い放題だ。

 そう狙いをつけて走る。


 走る、走る、走る。


 ついに森の中の木陰は晴れていき、小さな穴のように空いた木の隙間から出る。

 小高い丘はあいも変わらず拓けている。

 だが、ウーラチカの表情は驚愕に染まった。

 何故、どうして、




「ああ、良かった。先回り成功だな」




 何故――トウヤ《この男》がいるんだ。






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