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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第二章 木々ノ守人
33/125

其ノ三






 夜明け前、空が白みだした頃。

 結局オレ達が落ち着く事が出来るのに、それくらいの時間が掛かった。泣きじゃくるウーラチカ、落ち込むサシャ。

 その両者を慰め、前者は既に泣き止んで眠ってしまい、後者は先程食事を取っていた岩の上に座り込んでいる。


「……おう、水、汲んできた。一度濾過して沸騰させているから、飲めるはずだ」


 革で作られた水筒を奥と、岩の上に体育座りしているサシャの隣に腰を下ろす。


「……今は、飲みたくない」

「さんざん泣いただろう? まだ夏には遠いとはいえ、脱水症状で倒れられても困る。

 嫌がるなら無理矢理にでも飲ませるけど、どうする?」

「………………」


 オレの言葉に納得したのか、それとも飲まされるのが単純に嫌だったからなのか。サシャは少し躊躇うように水筒の口を開け、少しずつ中の水を飲み始める。


「……樹人族(エント)の人、なんて言ってた?」

「……まぁ、話を聞くところによると、翁の木は、普通の樹人族のより二回り程小さいそうだ。やっぱり、あの〝影〟が吸収していったのは翁の小我(オド)。生命力そのものだったんだろうさ」


 他にも共通語を話せる樹人族にも話を聞けば分かってくる事だ。

 樹人族は息を引き取るその瞬間に、体にある生命力――ひいては小我を使って気を異常な速さで成長させる。故に千年も立ち続ける大樹を生み出す事が出来るのだ。


「正直樹人族の中でも怪我を負って死ぬ経験をした奴が少ないらしくて、比較は難しいが、千年生きるのかどうかも解らないって話だった」


「そう……」


 オレの言葉に、サシャの言葉はさらに重くなる。

 本当はもう少しマイルドな言い方をしても良かったのかもしれない。でもここで言葉を選んだところで状況は変わらない。だったら胡乱な言い方よりこっちの方がずっと話は早いだろう。


「……ねぇ、アレは結局なんだったの?」

「……さぁてね、なんだろうな」


 サシャの疑問に、オレはそう返した。

 〝影〟。

 便宜上そう表現したものの、結局何なのかわからない。能力も触手のように手を伸ばす事、その先を硬質化出来る事、大我(マナ)や小我を食する事意外は何も解っていない。


「だけど、手がかりが無いわけじゃない。ウーラチカは言っていた。「精霊に似ているけど違う」って。つまりあれこそ、禁呪の正体なんだろうよ」


 精霊と長く接し、感覚が獣並みのウーラチカだ。あいつのそういう感覚的な物言いに間違いは無いだろう。そうだとすれば、あれは樹ノ精霊(ドリアード)に近い何かなんだろう。

 実際禁呪の材料に精霊を使っていると言う情報はサシャが手に入れているのだから、これは大正解と言わずとも、間違った考え方ではないはずだ。

 尤も、アレを精霊と断言するには、あまりにも異常だ。

 確かに大我を糧に長い時を生きるのが精霊という生き物だ。

 あんな無理矢理生き物や植物に影響を与える食い方はしない。世界という大きな箱庭に揺蕩う精霊が、その世界の中に生きる存在を自分から傷つけにいった前例は少ない。

 良くも悪くも周囲の環境に影響を受けやすい精霊だ、力を貸した者に手を貸した結果、あるいは自分を故意に傷つけようとした存在を排除しようとした結果傷つける事はあるが。

 だとすれば、精霊を材料として精霊に似た〝ナニカ〟を生み出す事こそあの呪師が使った〝禁呪〟なのだろう。


「……だとすれば、精霊を救い出す任務は失敗したのね、私達」


 余計に暗い雰囲気を出し始めたサシャに、オレは苦笑する。


「やれやれ、普段のがむしゃらなご主人はどこに行ったのやら……そうとも言えないんじゃないか、と俺は思っている」

「どういう、事?」


「精霊ってのは、ある意味有って無いような存在。大我というエネルギーを使ってこの世界に自分の存在を固定しているだけで、オレ達と違い肉の器を持たないし依存もしない。

 なら、救い出せる可能性はまだ残っているんじゃないか?」


 最初から形を自分の力で生み出しているだけなら、今の状態はソレを無理矢理ゆがめているに等しい状況なのではないだろうか。

 もしそうなのだとしたら、そのように出来る方法を解析すれば、逆に元に戻す方法もあるのではないだろうか。

 狙い所としてはあの胸に宿していた若草色の宝玉だろう。

 かなりあからまさに反応していたし、術式の基点となる部分なんだろうな。だとすれば、アレを引き剥がせば……なんて簡単にはいかないだろうが、鍵になるのは間違いない。


「――こうやって話していると、貴方ってやっぱり元傭兵なんだなって実感させられるわ」

「? 何だよ突然」


 不意に呟かれた言葉に、オレは首をひねる。

 そんなオレの姿を、サシャは少し羨ましそうに見ていた。


「……知ってるでしょ? 私は死体を見慣れていた。

 《勇者》になって全部救おうとは思っていたけど、それでも死なせないのは無理なんだって事も、心のどこかで分かってる。死なせないのと救う事は違うから。

 でも、初めてだったの――人が死ぬ瞬間を見るのも、人を救えなかったのも」


 ……サンシャイン・ロマネス。

 故郷と愛する人たちを失い、失った事を自分の罪とし、それを使命にした《勇者》。普通の人間なら折れて逃げても良いような絶望を感じても、それでも立って、前に進める強い女。

 中立中庸を護り、世界の天秤を持つ《勇者》。

 ――それでも彼女も人間だ。

 目の前で誰かの命の炎が燃え尽き、それに対して何も出来ない自分。

 その無力感と喪失感は、きっと彼女が覚悟していたものより上で、想像よりも酷いものだったんだろう。

 サシャは苦い笑みを浮かべる。


「でも、貴方は冷静だから……正直、羨ましい」

「……冷静、ではあるんだろうな。だがそれは結局見せ掛けだ。慣れているのでも鈍くなっているのでもない。

 言っただろう――ハッタリってのは、重要なんだよ」


 こういう事に慣れる、鈍くなるって言うのは「人の死に感情を向けなくなる」って事。

 そうなれば心が死に、ただ人を殺すだけの機械になっていく。それは傭兵だろうが《勇者》だろうが良い事ではないだろう。


 護れなかった。

 助ける事が出来なかった。


 そういうのは心の中に、記憶の中に残るものだ。

 何故か『護る』事に、自分でも理由が分からないくらい固執するオレは特に、だ。

 でもそんなものを見せてどうなる。

 周りに悲しい、辛いとわめき倒したところで状況は変わらない。オレなんかよりずっと辛いウーラチカがいて、オレ以上に責任を感じてしまっているサシャがいるこの状況でソレは最悪の選択だ。

 余計に心の暗いものを助長する結果になる。

 そんなもん、百害あって一利なし。

 だったら、少しでも平気な風を装わなければいけない。

 皆の為に。


「それでも充分よ……私は、無理。というより、まだ無理だわ。

 自分の未熟さを噛み締めてる。本当は、私がウーラチカを慰めなきゃいけないのに貴方に任せて……情けないわ、本当に」


 唇を、血が出るのではないかという程噛み締め、指の先が白くなるほど強く握り締められているのが見える。

 サシャの全身から、悔しいと言う感情が出てくる。

 どんな役割を担うとしても、本当の意味でその現実を知るのはなった〝後〟。その辛さと苦痛は、実際にそれを見なければ理解出来ない。

 それを、「覚悟が足りない」と叱責するのは簡単だ。

 ――オレには、到底出来ないし、する必要性は無いと思っている。


「良いじゃねぇか。それで」

「良くないわよ……《勇者》がこんなじゃ、皆不安がるわ」

「そりゃあ状況によりけり、だよ。

 一刻を争う戦場のど真ん中で指揮官たる《勇者》がビービー泣いてちゃ困るが……こういう時にヘラヘラしてちゃ、それこそ不安がるだろうよ」


 むしろ直前まで仲良くしていた人間が死んで普通にしていたら、信用されるものもされなくなっていく。

 人間は変な所で冷淡さを求めるくせに、そういう所で人間的でない者を嫌うから。


「だから、まぁ、その、なんだ……落ち込みたい時は全力で落ち込めば良い。

 んで泣き止んだら、その時また頑張れば良い」


 サシャの顔が見えないように、背中合わせに座り直した。

 サシャは……まぁ短い付き合い云々を差し引いたって、強情で気の強い女だって分かっている。人の前で泣くのは苦手だろう。

 だからって、傍を離れる訳にもいかない。先程まで襲撃があったこの状況でってのもそうだが、




「オレはお前の《眷属》だ。

 辛い時くらい、傍にいさせてくれ」




「……格好つけちゃって、本当に、バカみたい」


 憎まれ口の中に、涙が混じる。

 背中越しに震えているのを感じ、小さな嗚咽が聞こえてくる。

 それでも、オレは何も言わない。

 今は黙って一緒にいるくらいしか出来ない。

 乗り越えるのは、サシャの役割だ。

 オレはただ――《勇者》の背中を護る事に徹した。






 一時間ほどだっただろうか。

 嗚咽もなくなり、ようやっと涙もなくなったのだろう。少し嗄れた声で、サシャは言う。


「どちらにしろ、やる事はあんまり変わらないわね。

 一つ、大鬼族(オーガ)を説得する。二つ、呪師を拘束する。三つ、精霊を助ける……って項目が、あの化け物を何とかするのと一緒になっただけで」


 その言葉に、オレは頷いた。

 〝影〟という要素は確かに脅威だが、平和的解決に必要なものは変わらない。〝影〟を操っている呪師をどうにかする為には、まず大鬼族を何とかしなければいけない。

 この場合戦闘は下策。数は多いわ強いわで、とても殺さずになんていう事は出来ない。


「であれば交渉だろうが……勝算はあるのか? どうもあの大鬼族達、話しする気なさそうだったけど?」


 動くな! の一言もなく襲ってきたりする連中だ。どうも話し合いで解決とはいかないような気もする。


「そうでもない。私達人種が十人十色であるように、大鬼族にも平和的な考えを持っている人間がいるはずよ」

「いやに断定的だなぁ。心当たりでも?」


 サシャは少し水筒の水を口にしてから言う。


「あの大鬼族のリーダー、〝大将〟の息子……名前はシュマリよ」

「ああ、中に潜入した時にお前の使い魔(ファミリア)を助けた大鬼族だっけか。そいつがそれだと」

「断言するには証拠が足りないけど、あの感じを見る限り平和的かは別にしても、大将と呪師のやり方に良い印象は持っていないような気がするの。実際、あれは大鬼族の気風にはあっていないし」


 ふむ……まぁ確かに。

 大鬼族とは何度か会っているが、あいつらは良く言えば豪放磊落、悪く言えばあんまり頭を働かせる事が得意な種族じゃない。猪頭族(オーク)とどっこいどっこいの単純さだ。

 そんな連中が、まず精霊を捕まえて研究し、強力な兵器を生み出してこの森の敵を一掃、占拠なんてのは――柄じゃない(﹅﹅﹅﹅﹅)

 そうなると当然考えたのは呪師で大将はそれを部下に命令しているんだろうが、


「そこに不満が出てもおかしくない、と」

「実際、その息子シュマリには不満がある。そこを狙って交渉してみようと思うの」

「まぁ悪くないが、具体的にはどうするんだ? まさか裏切れなんて言わないだろうな?」


 大鬼族も血筋というのは大事にする種族だと聞いた。特に父という存在は、親としても戦士としても尊敬している場合が多い。

 そんな中、「お父さん裏切らない?」とバカ正直に言っても反感を買うだけだろう。


「あら、失礼ね。そこら辺の事は、ちゃんと考えているわよ」


 いつも通りのサシャの言葉に安心しつつも……ちょっと怖い。

 サシャは頭は良いんだが、妙な所でガッツがあるわ発想が変わっているわで、時々、とんでもない策を練る時がある。

 それは必ずしもダメな訳じゃない。むしろスゲェ事を考えると感心させられる時があるんだが……大概、とんでもなくて大変なんだよなぁ。

 特に、サシャがこういう局面で笑顔を見せると。




「まぁ策を弄するのは苦手だから――真正面から懐柔してくるわ」







 シュマリは小さな小屋の中に座り込み、剣を抱きかかえながら窓の外の、白んだ空を眺める。

 結局一睡も出来なかった。

 これから自分の一族がどうすれば良いのか。今の父のやり方が気に入らないのであれば、ではどのような方法が代替案として提示出来るのか、またそれを父にどうすれば飲み込ませる事が出来る。

 こういう時の為に、他の大鬼族とは違い勉学にも励んでいたのだと自分に言い聞かせ、シュマリは一晩中考えた。

 結果出た答えは、『一人では無理だ』という身も蓋もなく、またどうしようもない事だった。

 百歩譲って代替案を提示出来て、その考えに父が賛同したとしてみよう。そうするとまず何をするべきなのか。

 それは今いる配下、自分達の血族への説得だ。

 彼らは今、期待に胸膨らませている。


 故郷を追い出され遠いかの地に辿り着いてもう一年。


 その間の放浪生活はとても辛く、食べる物も少なく、多くの場所で迫害された。荒っぽい性格の大鬼族、しかもそれが沢山いて難民化しているのだ。受け入れられる街も国も無かった。

 《倭桑ノ国》と貿易を行っている国では、むしろ捕らえられそうになった事もある。

 そんな苦しい生活の中で、ようやく見つけた安住の地。森の自然豊かで水が美味く、自分達を攻撃してくる敵もいない。

 そんな場所を後一歩で自分達の物に出来るというこの状況で、それを手放せと言う。


 それはあまりにも無情だ。


 長としてしてはいけない事だし、例え長く仕えている配下だったとしても、こちらの非を指摘するだろう。命令を聞いてくれない可能性だってある。

 そうすれば、今問題の中心にいる呪師を自分達の手で捕まえ、それを《勇者》に渡す事で赦しを請う事も叶わない。

 耳障りな言葉では膨れない。

 そういう意味でも、代替案の存在は大きいが、それも確約できる状況ではない今は、


(……無理、なのか?)


 この状況を打破する事は不可能なのだろうか。

 不安が、諦めがシュマリの心の中に広がる。

 そんな時に、小さな羽ばたきの音と共に、小さな黄色い何かが目の前に飛び込んできた。

 金色の羽毛を持つ、紅い目の鳥。


『お前は、昨日助けた小鳥じゃないか。もう捕まるような飛び方をするなと言ったのに、また来てしまったんだね。しょうがない子だ』


 少し困った顔をしながらも、シュマリは少し安堵していた。

 動物は自分達とは全く関係なく、自由に生きている。その愛らしい姿も含めたその姿勢に、シュマリは心に春風のような爽やかさを感じた。


『それとも、お礼にきてくれたのかい?』


 昔母から聞いた昔話で、助けた動物がお礼をしにやってくるなんて話があった。ソレを思い出して、ついそんな軽口を叩く。

 そんな事はあり得ないと分かっていながらも。

 しかし、


『――ええ、そうよ、シュマリ』


 そのなんでもない独り言として呟いた言葉に返事が返ってきて、シュマリは目を見開く。

 もし見間違いでないならば――目の前の小鳥が話したのだから。

 小鳥はそんなシュマリを無視して、言葉を続ける。




『貴方を助けられるかもしれない……だから、話しましょう』




 小鳥の――《勇者》サシャの初めての交渉が、今始まった。






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