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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
104/125

其ノ二

更新遅れて申し訳ありません。

楽しんでいただければ幸いです。






 ――青年の人生は、普通のものだった。

 普通の家庭、普通の生活、普通に学校に通い、普通に子供らしかったし、成長過程だって普通そのものだった。

 その中に一点だけ違いを見出すとすれば、彼には魔術の才能があった事だろう。

 絶対数として少ない魔術師。その才能さえあれば、普通の人間とは違う生活が待っている。

 そう両親には言われたし、実際そうだと思っていた。何せ自分の周りには、自分と同じように魔術の才能を持っている子供など、一人もいなかったのだから。

 自分はきっと、凄い魔術師になる。いいや、なってみせる。

 大望……というより、そんな夢を抱くのは、当然だった。


 だが、現実とはそう上手くはいかない。


 魔術の才能を見出された普通の少年が大成する確率など、そうそう高くはないのだ。

 確かに総数として少なくても、魔術の才能を持っている人材はそれなりの数がいる。それなりの数がいるという事は、その中でも優劣がつくという事。

 少年から青年になるまでの間、彼はそれを痛いほど学んだ。

 魔術師としては〝普通〟だった青年は、最初に同じくらいだった筈のクラスメイト達から置いていかれ、地位と名誉を手に入れるその後ろ姿を見続けた。

 いや、それどころか、後ろからやってきた筈の後輩達にまで、彼はあっという間に追い抜かれ、その背中まで見守り続けていた。


 違った筈だ。


 彼は心の中で繰り返す。


 こんな筈じゃなかっただろう、と。


 心が、知識が大人になっていく過程で無くしていく筈の希望は絶望へと転じられ、青年は結局、諦める事だけは出来なかった。

 本来ならば褒められる事なのかもしれないが、人生を生きていく上で、諦めというものは重要なものだった。

 そうでなければ、人間は何度も立ち止まってしまうから。

 だから彼は、立ち止まってしまったのだ。

 ――あの男に会うまでは。


『ねぇ、珍しい植物があるんだけど、良かったら育ててみないかい? もしかしたら、面白いものが出来上がるかもしれないよ?』


 酒場への帰り道で知り合った、奇妙な男。

 黒っぽいローブを着ている、ちょうど今の彼のような格好をしていた男の名前も、どころか顔すらも、今はもう思い出せない。

 その男のもたらした植物は、確かに彼の言った通り珍しいものだった。

 いくつかの植物には、虫や動物の体に寄生し、その生命力を吸収して育つものもいる。手に入れた植物はそれらと同じ習性を持っていた。

 ――大きく違うのは、その植物が吸うのは、動物の魔力ではなかった。

 魔獣が吸収した大我(マナ)、それがこの植物の栄養だった。

 どのような原理なのか、その植物は魔獣の大我を吸収し、その歪んだ部分を吸収、比較的正常な大我に変換して排出するものらしい。

 これだけでも、既に学会で表彰されるレベルの成果だった。

 何せこれを量産し、魔獣が多発する場所に自生させる事が出来れば、魔獣が減らせる可能性すら出てくる。

 十分、今の世界情勢を変化させるものの一つだろう。

 ――しかし、青年はさらに一歩、踏み込んだ。

 その大我が空気に放出されてしまう前にこの花を収穫すれば、もしかしたら、薬剤として使用する事が可能かもしれない。

 大我の物質化。大我石(マナライト)の代用品。これがあれば、最初の発見など霞んでしまうほどの大成果。

 もしかしたら、この学園の教授に、いいや、もっと大きな地位を手に入れる事になるかもしれない。

 そう思い、彼は植物実用化の研究を始めたのだ。

 ……結論から言えば、実験は失敗だっただろう。

 人の魔獣化。コントロール出来ない変異と、その変異によって発生する接種者の凶暴化・人格歪曲。

 見過ごせないレベルの、デメリット。




『何を言っているんだい、この薬は完璧だよ。成功の中でも、大成功の部類だよ』




 黒いローブを纏った男が再び現れた時、全てを話した青年に、男はそう言ったのだ。

 何を言っているのかと最初は混乱したが、しかし聞き続けてみれば、納得出来る部分も多い……いいや、むしろ正論だと思った。

 〝まともなもの〟として考えるからダメなのだ。

 例えば、使い捨ての兵士に使ってみればいい。目覚ましい戦果を上げてくれるだろう。邪魔になってくれば適当に殺してしまえばいい。

 いや、魔獣化をコントロールすれば、魔術が使える以上のメリットになる。何せ魔獣は強大な敵だ。使ってみれば、その力の大きさを知れる。

 もはや、地位だ名誉だと、くだらない事に悩まずに済む。

 薬を使用した者には――自分には、力があるのだ。

 この力で、どんな存在だって殺す事が出来る。邪魔な奴は払いのければいい。邪魔じゃない奴も縊り殺せばいい。

 才能にあぐらをかき、自分たちを馬鹿にしていたクラスメイトも、無能と嘲笑っていた後輩や生徒達も、自分を一講師としてしか見ていなかった教授達も。

 全てを倒せる。全てを殺せる。

 これはもう、無敵になれる薬なのだから。




「――愚かです、あり得ません。

 そんな方法で才能を、力を手に入れてどうするというのですか? そんな事に、意味などないでしょう」


 ニコラの言葉は、驚きや悲しみなど吹き飛び、もはや恐怖すら浮かんでいる。

 常人の考えではない。理論などというものなど、存在しない。感情論ですらない。


 狂気しかない言葉。

 狂気しかない理論。


「……君には、そう思えるだろうね。

 最初から上に立つ事が決まっている君には、そうなんだろう。でも何もない僕には、それしかなかったんだ。

 僕が名を残すには、これしかなかった」


「そんな事、」


 ニコラが言い募っても、彼の態度は変わらない。


「だって、そうだろう? 今の僕が、

 君に名前を覚えられて(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)いない(﹅﹅﹅)僕程度は、そうでもしないと何も残せない」


「――――――」


 絶句する。そんなニコラに、彼は言葉を続けた。


「覚えているかい? この薬を作ろうと思い立つ前に、君に声をかけたよね。君の論文が素晴らしいと思って、ぜひ意見交換をしたかったんだ。

 ――でも、君はそんな僕に、なんて言ったと思う?




 『すいません、先生。貴方の名前はなんでしたっけ?』




 そう言ったんだ。君が僕の背中を押したんだ。君の視界にすら入っていない僕が視界に入るためには、これくらいやらないと意味がなかったんだ!」


 絶叫が、広くはない部屋の中で反響する。

 ……講師など何十人といる。

 その全員の名前を覚えておける生徒などいない。『先生』と言ってしまえば会話が成立するし、魔術師の卵である生徒達に、そんな無駄な事を覚えている余裕はない。

 ニコラなど、特にそうだった。

 だって自分の師匠以外の魔術師は、自分の事を理解してくれないのだから。

 自分の事を理解してくれない人間の名前を、覚えておく必要性などないのだから。講師に限らず、そもそも彼女は人の名前と顔を一致させるのは苦手だった。

 ――だが、そんな事は彼には分からなかった。

 ただ『名前を覚える価値もない存在だと証明された』だけのように思えた。


 すれ違い。


 人の心を理解できない、自分の心を理解されないニコラッティエ・リヒティンの落ち度。

 この事件は、自分の――ニコラの所為で、、




「――ちょっと、それは暴論すぎるでしょ」




 凛とした少女が、ニコラの罪悪感を晴らす。

 ――サシャの姿は、まさしく《勇者》だった。

 悪意ある理不尽、迷いなき暴言に屈する事はしない。真っ直ぐで強く、綺麗な目で、目の前に立っている青年を睨みつける。


「確かに、それがきっかけだったかもしれない。

 でも、それはきっかけであって、理由ではないし、ニコラの責任ではないはずよ。責任転嫁はやめて」


「だが、それでも僕は、」


自分の弱さ(﹅﹅﹅﹅﹅)を、勝手に他人の所為にしないで」


 ――サシャの言葉に、青年の動きが止まった。


「貴方は、他人を巻き込まないと自分の才能がない、自分の居場所がないと、弱い自分を納得させていただけ。

 その理由まで他人の所為にするなんて、恥を知りなさい」

「――《勇者》にそんな事を言われても、」

「ふざけないで!!」


 叫んだ。

 サシャは、どちらかと言えば感情的な少女だ。何かに怒りを覚える事が出来る、情熱を持った女性だ。

 それでも、今回の件では必死に耐えてきた。

 冷静でいなければいけない。冷静に事件を解決しなければいけない。

 《眷属》ではなく自分自身が前に出るならば、それくらいの厳しさが必要だと思っていたから。


 それでも、それは許せなかった。

 それだけは、許せなかった。


「私は、あんたの言う〝才能〟だけで《勇者》になったわけじゃない! 努力だって、辛い事だって沢山あったし、命を危険に晒しながら使命を全うしているつもりよ。

 それを、たった一言で片付けて、自分ばっかり犠牲者ぶるんじゃないわよ!!




 〝才能〟なんて言葉で、私のそれ以外を否定すんな! このアホ!!」




 ――その言葉でやってきて静寂を、


「ふ、くくく……サシャさん、アホって、まるで子供みたいな、アハハハハ!!」


 ニコラの絶笑が破壊した。

 《勇者》にしてはあまりにも独善的で、笑える言い回しだった。てっきり正論をぶつけるのかと思っていたら、本当に彼女の個人的な“怒り”だった。

 これはもう、笑うしかないだろう。


「ちょ、何よ、だって悔しいじゃない! こっちが努力してないみたいに言われたら!」


 まさかサシャ本人も笑われるとは思っていなかったのだろう、ほんのりと顔を赤らめながらニコラに叫ぶ。


(……ああ、でもそうだった)


 その顔を見て笑いながらも、ニコラは思った。

 ニコラだって、沢山努力してきたじゃないか。

 魔術を極めるために徹夜したり、友達を作る為に話しかけてみたりしていたじゃないか。

 〝才能〟だけを再現する、人形じゃなかったじゃないか。

 その事実が再確認出来るだけ、嬉しかった。

 それをサシャが言ってくれただけ、嬉しかった。


「……全く、話にならない。やはり君らを潰すには、個人授業を施さなきゃいけないらしいね」


 そう言って、講師だった青年は、ポケットから薬瓶を取り出した。

 生徒達に配り歩いた物と同じに見えて、その異様な雰囲気を持った薬を。






次回の投稿は、二月十五日を予定しております。

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