表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
103/125

8/真実証明 其ノ一






 部屋の中は、甘い匂いで充満していた。

 人間が呼吸出来ないのではないかと思えるほどの、強く、鼻が蕩けるほどの匂い。窓がなく、完全に締め切られたこの部屋の中で、匂いは逃げる事がない。

 温室の一角にある、完全に煉瓦造りの一室。

 本来なら病気に罹った植物などを隔離したり、試験的に育成する為の場所なそこは、異界そのものに成り下がっていた。


 獣の骸。


 多くの檻が積み重ねられ、小さな魔獣達の骸が一つ一つ納められている。

 そのどれも、腐敗などは起こっていない。まるでさっきまで起きていたかのような健康そのものの姿で、檻の中で蹲っている。

 原因は、そこに咲く大輪の花だろう。


 ――そう、死体の上に咲いているその花は、異常と言って良いだろう。


 その花は、不思議な色合いをしている。

 まるで全ての色を綯交ぜにしたかのような深みのある色は、まるで極光(オーロラ)のように、刻一刻とその色合いを変化させ、暗い部屋を発光で照らしている。

 それは不思議と、大我(マナ)の色合いに酷似していた。

 腐っていないはずの魔獣の遺骸から放たれる異臭。

 そこに咲く花から香る薫香。

 そして、大我が原因で起こる空気の以上。

 全てが合わさる事で、その匂いが作られていた。

 ……ギィ、と木で作られた扉が開き、外の光が部屋の中に入ってくる。

 とはいえ、時間はすでに真夜中。入ってくるのは月光と、どこか硬い、魔術灯で作られた人工的な光のみだった。

 その光の中から、人影が生み出される。

 影以上に濃いフードを被った男の人影。

 それが音もなく部屋に入り、その仕草と同じく、静かに扉を閉めた。


「――起動(incipe)


 その言葉だけで、部屋の中に人工的な灯りが満たされる。

 光とは、どんな存在でも安心させるのだろう。男は小さく、しかし長い溜息をこぼすと、すぐ近くに置いてあった簡素な机に向かう。

 机上には、薬の生成に使われる機材だけではなく、多くの資料と、メモ用の羊皮紙に埋め尽くされている。

 全てが、男の研究成果だ。

 しかし今の男に、それを眺めている余裕はなかった。慌ただしくまだ使われていない羊皮紙を取り出すと、何かを書き始める。

 顔すら見えていない状態でも、彼の異常性は分かるだろう。

 背中から染み出す狂気は、文字通り人間をやめてしまった“人外”。

 それに、




「こんな夜中にお仕事とは、熱心ですね、先生」




 ――声をかける人間がいた。


「ッ!?」


 机を押しのけながら、黒尽くめの男が振り返る。

 檻の裏側。魔術灯でも光が届かない薄暗い部屋の隅から、ゆっくりとした足音と共に、人影がゆっくりと姿を現す。

 その姿は、墨のような黒い髪――ではない。

 金糸のような金髪に、燃え上がる紅い眼を持った少女。既に制服を脱ぎ捨て、普段着ている服装に身を包む、世界でたった一人の少女。

 《勇者》サンシャイン・ロマネスが立っていた。




「この匂いの元へよ」


 そう言った時、魔術に精通しているニコラは勿論、トウヤすら「何を言っているんだろう」という顔をしたのは、言うまでもない。

 何せ匂いの元に必ずしも黒尽くめの男がいるとは限らないし、その匂いがそこにしか存在しないとは限らない。

 いや、むしろ匂いなのだから、凡ゆる場所に拡散している事だって考えられるのだ。

 非効率的という言葉がぴったりの捜査方法だろう。


 ――だが、サシャにも考えがあった。


 その匂いがしている全てを当たれば、犯人の行動範囲が明らかになるのだ。その場所を記録し、教師・生徒の行動と重ね合わせる。

 勿論、それだけならば膨大になっていただろう――これが、普通の学科だったならば。

 魔術科。それは専門領域に特化していけばいくほど、どの学校施設を利用するのか限定されて行くものだ。

 まず、生徒と教師で入れる場所は違うだろう。

 次に、その人物の研究範囲を限定させる事が出来れば、その人物すら浮き彫りになってくる。

 つまり、歩いてきた道こそ、その人物を証明する事になるのだ。

 ……勿論、滅茶苦茶な方法なのは分かっているし、そんな事が出来るなら、最初からやれよと思うだろう。

 理由は二つ。

 一つは、その人物と縁の深いものや、本人の関係性があると断言出来うる物がなければ、そもそも前提条件をクリア出来ないという事。

 そしてそれを行おうとしたのは――なんのことはない、サシャの〝勘〟だった。

 今まで広く浅く学んできたサシャの〝勘〟。

 いくつかの事件を解決してきた《勇者》の〝勘〟。

 勘の重要性を説いたトウヤがそれを否定できるはずも無く、ニコラも結果としては折れた。




 それから、捜査に要した時間は、三日。

 しかも授業にも出ず、基本的に睡眠と食事以外を全て捜査に費やしたので本当にまる三日だ。




 まずは学園都市全体。

 街の中を練り歩き、ひたすら匂いが強くなっている場所を見つけ。そこで聞き込みを行う。学園のどのような人間がやってくるのか。


 次に学園内。

 匂いの残っている場所を探し、そこで該当する人間を絞っていった。


 ――最後に、温室の、この部屋を探し当てた。


 部屋を見たときはぞっとしたものだが、そこは流石に《勇者》であるサシャと、普段冷静なニコラだ。

 最終的には冷静になり、部屋の魔術防壁を協力して突破し、もう一度内側からそれを掛け直して、部屋の中で犯人が帰ってくるのを待ったのだ。

 サシャの決断力と判断力、ニコラの情報管理能力と魔術的才能。

 そして、二人の姿からは想像出来ないほどの根性と努力のおかげで、この結果を無理やり引っ張り出したと言って良いだろう。

 もはや、推理とは言えない力技ではあるが、別にサシャは推理したいわけでも、得意げにそれを披露したいわけでもない。




 ただ、これ以上多くの犠牲者を出したくはない。

 ただ、それだけ。




「……お見事です」


 束の間の静寂を突き破ったのは、黒尽くめの男の疲れ切った言葉だった。

 まるで一瞬で数十年の時を経験したかのような疲労を醸し出している彼には、しかしバレた事に焦った様子はない。

 この結末を、彼自身想像していなかったわけではないのだろう。


「まさかこんなに早く捜査の手が伸びるとは、思っていませんでした。しかも、わざわざ生徒のふりをして潜入しているとはね。

 という事は、数日前にお会いしたあの生徒も、君の手先だったという事ですか?」


「……ええ、残念ながら」


 サシャの重苦しい口調に帰ってきたのは、冷たさと苦々しさが混ざり合った鼻笑いだった。


「いやはや、まさかここまでとは……いえ、嫌なわけではないんです。

 この学園が、いえ、この世権会議という大きな国家群が! 私の薬を高く評価しているのと同義ですからね!」


「評価? 警戒の間違いでは?」

「どちらでも同じ事です! 君は見て分からないのかい!?」


 サシャに披露するように、男は手を広げる。

 多くの魔獣の骸が横たわる一室で恍惚の声を上げている男の姿は、古の悪魔系種族デモンズすら彷彿とさせる狂気が見て取れる。

 サシャにとっては恐怖の体現にしか見えないこの光景が、彼にはきっと天国なのだろう。


「これは革新(﹅﹅)です! この薬があれば、もっと多くを救い、もっと多くの人間が壁を超える事が可能でしょう! これは人々の未来を作る代物なのです!」

「……人を傷つけて得られる未来など、本末転倒です」


 人を異形に変異させ、その周囲の人間を悲しませる薬。

 そんなものに未来を託すのか。

 そんなものに、未来を創らせるのか。

 湧き上がってくる怒りを、男がまたも鼻で笑う。

 今度は、冷たさも苦々しさもない。『まったくしょうがない』と言わんばかりの、蔑視と嘲りの笑いだった。


「これだから研究をしていない人間は、分かっていない!

 実験に犠牲は付き物です。戦争で多くの国が生まれるように。異形の技である魔導ですら、多くの生き物の盛衰によって生み出されているというのに!」


「……そういう意味でもありません」


 はぐらかされている。

 というより、噛み合っていない。

 彼の言葉を一から十まで否定する事は出来ないが、前提条件が間違っている。これは、そんな人間の根幹を揺るがすような事件ではない。

 これは単なる、犯罪。

 単なる一個人の虚栄心が生み出した、傲慢な犯罪なのだ。


「――何故でしょうか」


 第三者の声に、男は顔を上げる。

 一人の少女。

 サシャにしてみれば協力者だが、男からすれば共犯者。

 ニコラッティエ・リヒティンだ。彼女の平静さは、普段以上に崩れていた。

 そう、悲しみだ。悲劇を目の前にしたのと等しい歪みを見せ、男を見つめている。


「何故、貴方がそうなってしまったんでしょう。

 貴方は、普通の人でした。模範的で、礼儀正しく……故に私を傷つける事はありましたが、それでも貴方は優しかったじゃないですか。

 何故、どうして、」


 悲痛という言葉は、きっと彼女の言葉にこそふさわしい。

 肺に、喉に、心に大量の傷をつけ、血を吐き出すような言葉は、こちらの胸に風穴を空けてしまったかのような痛みを伴う。

 ――だが、そんな嘆きにも、男は小馬鹿にしたように言った。


「……『普通』、『模範的』『優しい』。

 愚かだね、君は才能を無駄にしていると思えるほど、愚かだよ、ニコラッティエ・リヒティン。そもそも、僕はその言葉が嫌いだ。僕がどうしようもない程の非才だという証明のようなものじゃないか」


 手を振り上げる。

 目の前にある〝ナニカ〟。自分を普通だと断ずる世間を、殴りつけるかのように。


「僕は、そんなものが欲しい訳じゃなかった!

 僕は『普通』よりも『特別』になりたかったんだ! 『模範的』ではなく『逸脱』したかったんだ! 『優しい』より『畏怖するべき』ものに憧れたんだ!

 そんなどこにでも転がっている評価など、欲しくはなかった!!」


 こちらの言葉も、また血に濡れていた。

 どこまでも救われぬ、男の言葉。

 何よりも欲したものを得られなかった、哀れな貧者の言葉。



「教えてあげよう――君の知りたい〝何故か〟を」


 温室を管理する、温厚な、大勢いる講師の中の一人。

 そんな青年が、悲鳴とともに、過去を顧みる。






次回の投稿は、二月十一日を予定しております。

感想・ブックマーク・評価など、どうかよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ