其ノ三
自分は才能があり、それを理解して貰えない。
だから、自分は孤独である。孤独で良い。
――じゃあ、何か自分が出来る事をしたのか?
――他者に理解されるように行動したか?
――自分の感情をわかりやすく、言葉にしたか?
――ほんの少しでも、他者との溝を埋めようとしたか?
――ただ、泣き叫んで、請い願っただけで、何もしなかったんじゃないか?
――自分は、何もせずに諦めたんじゃないか?
ニコラの頭の中で、グルグルとそんな感情が渦巻く。
自分が今までした事はなんだったのか。いや、|何《》|もしてこなかったのは《》、いったいなんだったのか。
どこまでも自分は、怠惰だったのではないか。
もし頑張っていれば、彼女のように頑張っていれば。自分にももしかしたら、この孤独を打破出来る何かがあったのではないか。
(いや、いや、考えちゃいけない、)
その考えは、今までのニコラを打ち崩してしまう答えだ。
(何か別のこと、話を逸らさなきゃ、そう、きっと逸らしてしまえれば、彼女だって深くは聞いてこないはず、)
涙が溢れる顔を、必死に腕で隠しながら、ニコラは次にどうするべきかを考えていた。
このまま話せば、自分が壊れてしまうような気がして。
――だが、彼女は気づかない。
彼女は、サンシャイン・ロマネスという《勇者》は、そんな抵抗を気にする少女ではなかったという事を。
「――貴女は、優しいのね、ニコラ」
雷鳴のような勢いと、陽光のような暖かさを同時に備える言葉は、ニコラの抵抗を解いてしまうには十分だった。
「……何を言っているんですか? 私はただ、ワガママなだけです」
自分が何もしないまま、努力もしないまま、他者に理解されようと思っていたのが、そもそもの間違いなのだ。
涙に濡れたニコラの言葉に、サシャが首を振る気配を感じる。
「ううん、優しいわ。
だって私の論は、ぶっちゃけ穴だらけ。否定しようと思えば、とっくに否定出来たもの。特に賢い貴女なら。
それなのに、貴女は私を否定せず、拒否するだけに留めた……私を傷つけず、自分を傷つける事を選んだんだもの。優しいのよ」
サシャの言葉には、慈愛にも似たようなものを感じた。
「そんな、私は、」
自分は、ダメな人間だ。
他人に合わせる事もできず、ただそばにいて欲しいという身勝手な気持ちしか持っていない、誰とも仲良くなれない。
ニコラは、良い人間ではない。
「貴女は、すっごく良い人よ」
言葉は、何よりも強かった。
たった一言なはずなのに、何万もの言葉が流れ込んでくるような感覚。それは自然と冷たく固まったニコラの心を溶かし、柔らかくして言った。
たったそれだけの言葉が欲しくて、自分は抗っていたんだ。
思わず、口元が緩む。
「……根拠は?」
「う〜ん……勘?」
「それは、とても理論的とは言えませんね」
「そんな事ないわ。私の知ってる人が言ってた。
『勘ってのは意外と重要』ってね」
「その論も、また抽象的ですが」
「……素直じゃないのね」
笑顔で交わされる。
だが、ここで心酔できるほど、ニコラも素直ではない。
孤独感というのは、根を下ろした雑草のようなものだ。
何度引き抜こうと、根があればまた生えてくる。非常に厄介で、その戦いは長い。普通の人間ならば『面倒な子』と見えてしまう、悲しい病気。
だから、彼女はここで救われない。
たった一言で人生を変える事は確かにあるだろう。しかし、人間はそう変わらない。
ほんの少しずつ、ほんの少しずつ。なりたい自分になっていくしかないのだ。
――でも、ここに起点は出来た。
劇的な変化を生み出さなかったとしても、ここですぐに立ち上がる事は出来なかったとしても。
それでも彼女は変わり始める。
それでも彼女は、足をあげるのだ。
◆
「……ま、見えないもんに固執してるって意味じゃ、ウチのご主人様と、大凡変わらないからな」
工房の外で、オレはそう独り言ちる。
黒尽くめの野郎の証拠を持ってきたって言うのに、来てみりゃ中では青春物語の真っ最中だ。
防音魔術が張り巡らされている工房じゃ、普通は分からなかったが、窓の外にいりゃ、普通に声だって届くってもんだ。
だから、オレは結局、その窓の下で黙って待っててやってるって話だ
――片や、生きた罪悪感に従って、自ら孤高の存在になった少女。
――片や、才能という魔物に取り憑かれ、結果孤独になった少女。
字面にしてみりゃ違っても、本質は変わらない。《勇者》だろうが天才少女だろうが、二人はまだ思春期真っ盛りな少女で、孤独を抱えているという事実は変わらない。
いくら大人になるのが早いこの世界であっても、その事実は、割と大きい。
見透かす気はない。現に今回のオレは、基本的に何もしていない。
ショーンを助けたのはウーラチカだし、ニコラに手を差し伸べたのはサシャだ。
そこにはオレの力なんて、ほんのちょっとしか加わっていないんだから、あの二人もいい意味で成長しているんだろうな。
……ああ、いや、肉体的には、オレも大して変わらないんだけどね。
「にしても、〝才能〟ねぇ」
――才能という言葉を聞くと、オレは祖父さんの言葉を思い出す。
『お前、才能ないな!!』
快活な笑みで、随分酷い事を何度も言われた。
訓練中も、実戦訓練がてらの戦場や狩場でも。
他意はない、とは思う。祖父さんは才能がないと連呼しちゃいたが、オレの目的を知っていた所為か『やめちまえ』とだけは言わなかった。
才能ねぇなぁなんて笑いながら、オレを鍛え上げてくれた。
まぁ、実際才能はなかった。剣も槍も弓も、その他の一通りの武器の扱いを教えてもらいはしたが、結局オレには天賦の才ってもんがなかった。
どれもこれも二流止まり。
ギフト《全刃未刀》と《看破眼》のお陰で、いつもギリギリで生き残ってこれた。
どんな時でも、どんな状況でも。
ところが、だ。実際独り立ちして世界を回ってみれば、オレの事を才能の塊のように言ってくるやつはごまんといた。
『戦士として優秀』だの『傭兵になるために生まれてきた』だの言いやがる。
……自慢したいわけじゃない。結局のところ、才能なんて『この程度』なんだ。
人から見りゃ才能があるように見えるし、そう見えないって言う人間だっているんだよ。
人によって形を変える絵と、大して変わらない。
もっとも、人間ってのはバカばかりだ。そんな見えようでいくらでも変わっちまう絵に固執する。
ショーンも、ニコラも、見ている向きは違っても、その絵に固執した人間の一人。
……もしかしたら、前の世界の“俺”も、こんな風に悩んでいる事があったのかな?
普通に学生生活を送っていたのかどうかすらも曖昧だが、もしかしたらこんな風に普通に悩んで、誰かの言葉で救われる事もあったのかもしれない。
もしかしたら、その逆も。
「……あほらし」
思わずそう言って、顔には苦笑いが浮かぶ。
この短い期間、記憶の枝が揺れる事があっても、思い出す事が出来なかった記憶を夢想するなんて、馬鹿話にもなりはしない。
いつか記憶を思い出せるようになった時に、また考えれば良い。
「……さぁて、そろそろかな」
ほんの少し上部にある窓を見上げて、オレは工房が入っている建物の中に入っていった。
青春物語も重要じゃないなんて言わないが、この事件の本分じゃないからな。
仕事をキッチリさせるようにするのも、《眷属》の仕事。
水を差すのが仕事なんて、笑える話だがな。
◇
トウヤがノックをして入っていた時、サシャもニコラもそれほど動揺しなかった。
もう話は終わったところだったし、二人とも一気にヒートアップしていた感情が、ちょうど落ち着いて来たところだったからだ。
それがトウヤの気遣いだったと、気づく人間はここにはいない。サシャは少しその可能性に思い至ったが、敢えて確認する事はせず、曖昧なままにしておいた。
あの姿を、ニコラに見せた女の子としてのサシャの姿を見せるのが、なんとなく恥ずかしかったからだ。
「で、これが収穫ですか……思ったほどのものではありませんね。ハッキリとした敵対行動をした割には、証拠としては小さい」
「……あのなぁ、こっちは結構頑張ったんだぞ、この格好見ろよ、酷いもんだ」
そう言うトウヤは、かなりボロボロだ。
大きな怪我こそないものの、小さな擦り傷は無数にあるし、制服はほつれたり、土埃などが付いて、酷い有様だ。
一応借り物という形になっている制服だが、これでは弁償しなければいけないかもしれない。
「そもそも、現場の状況的に、逃せなかったんだよ」
「にしたって、証拠がこれだけでは、話になりませんよ」
そう言って、チラリとトウヤが持って来た証拠として提出した布切れを確認する。
素人が一見しただけでは何もないように見えるが、自分の正体を悟られないように施された隠密系術式の一部が刻まれている。
それを見れば一級品の魔術具だと分かるが、しかし自分で製作しているものならば、購入記録から足がつく事もない。
相手が魔術師である。
それだけで、こうも捜査が思うようにいかないとは。
「魔術でどうにかならないかな?」
「出来なくはありません。持ち主の元に誘導するなどの魔術をかけたりすれば、あるいは犯人特定などに繋がる可能性はあります。
ですが、犯人だって移動していますし、それを四六時中追いかける訳にも行きません。授業がありますしね」
学生という身分で潜入している以上、怪しまれないようにするのは当たり前。
メインで捜査をしているわけではないトウヤやウーラチカはさておくとしても、サシャとニコラが不審な動きをすれば、犯人に警戒される可能性があるのだ。
ニコラの言葉に、トウヤはどこか悔しそうに黙る。
彼も、魔術師としての知識がない以上、ニコラに言われればそれでお終いなのだ。
「他に何か特徴でもあれば、もっと違ったと思いますが」
「何か、何かねぇ……ああ、そう言えば、」
そこで何かに気付いたようにトウヤは布切れを手に取り、サシャの目の前に差し出した。
本当に目の前、どころか目と鼻の先だ。
「……なに? 顔に何か付いてる?」
「証拠品で拭けなんて、言うはずないだろうが……嗅いでみろよ。香水なのか何なのかは知らねえけど、変わった匂いがするんだ」
「変わった匂い?」
そう言われて、その布切れ恐る恐る嗅いでみる。
感じたのは、甘い匂い。
花の匂いにしては独特で、鼻腔の奥に張り付くような粘り気を帯びているような気がする。
――それは、どこかで嗅いだ事がある匂いだった。
「……ねぇ、ニコラ。持ち主ではなく、指定を、『その物が本来あった場所』に指定できる?」
「……可能ですね。
しかしそれをした所で、処分されていれば無駄ではないでしょうか。実際千切れている以上、コートは使い物にならないでしょうし」
「いいえ、そういう意味じゃない」
サシャは布切れを握り締めながら言った。
「――この、匂いの元へよ」
次回の投稿は、二月八日を予定しております。
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