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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
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其ノ二






「……違い、とはどういう事でしょうか?

 違うものを否定してしまうのは、人間の性だと思われるのですが?」


 夜風が静かに通る工房内で、ニコラの声は凛と響く。

 よく言えば理知的な、悪く言えばどこか無感情な瞳が胸を突き刺すが、それすらも無視して、サシャは言葉を続ける。


「まぁ、そういう面が人間にあるのは、否定しないわ。どんな種族だって、分からないモノに恐怖するのは当然よ。

 ――だって、どうすれば良いか分からないんだもの」


 未知の存在には、いったいどういう対処をすれば良いのか分からない。

 もしそれと何か決定的な決裂があった場合、どうすれば良いのか分からない。そもそも、何に怒るのか、すら理解出来ないのだ。

 触らぬ神に祟りなし、というのは、トウヤと同じ【渡世者(エグザイル)】から伝わって来た彼方の言葉。

 ようは、『よく分からないものには近づかない方がいい』という意味らしいが、否定は出来ない。

 何をされるか、どうなるのか分からないなら、何もしなければいい。

 その考えを、サシャも否定は出来ない。同じ人間だからこそ。

 だけど、


「でも、そればかりが人間の本質だって思ってしまうのは、私違うと思うわ。むしろ、真逆の事を考える人もいると思うの」

「……真逆?」




「――『分からないから(﹅﹅)、知りたい』と思う心よ」




 どんな感情が原点だったとしても、人は未知を知りたいと思う気持ちもある。

 もしかしたら、それは本当に何かを知るためなのかもしれない。

 あるいは、もっと知る事で何かが変わると信じているのかもしれない。

 ――もっと言えば、近づきたいからこそ、知ろうとするのかもしれない。

 理由を挙げればきりがない。そのような感情は千差万別で、他人の感情など人間が理解できるはずがない。

 そんなものを理解できる技術なりなんなりがあれば、サシャとニコラの捜査も簡単に事が運ぶだろう。

 でも、人間はそうじゃない。

 どんなに魔術や魔導を極めようと、どこまで人間心理を学ぼうとも、全ての人間に通用する正解など、どだい無理な話なのだ。


「……では、貴女もそうだと言うのですか?

 理由は? 動機は? 根拠は?」


 そんなことをする、理由が、動機が、根拠が分からない。

 ニコラから見れば、サシャという存在は、《勇者》だ。普通の人達の上に立つ“平等”の体現だ。

 そんな人間が個人的に自分に近づきたい理由など、想像がつかなかった。

 ニコラの言葉に、サシャは苦笑する。


「ねぇ、気付いてる? ニコラ。

 私に対して『《勇者》だから』って思うのって、貴女に対して、『天才だから』って言うのと、何も変わらないのよ?」

「――――――っ」


 サシャの言葉は、あまりにも衝撃的なものだった。

 自分が、言われて嫌なことを、他人にも言っていたのかというのも、勿論ある。

 だがそれ以上に、




 人間からかけ離れた《勇者》という存在が、どうしようもなく人間臭い事に、驚いた。




「勿論、私のこれは、貴女のとは違う。私は望んでこれを手に入れたわ。デメリットも承知の上。

 でも、だからこそ――独りという事がどれくらい辛い事なのかも、知ってるつもり」


 自分の知っている人間は、死んだ。昔の自分を知っている人間は、もう存在しないし、自分の名前も、ある意味では無くなってしまった。

 そこから先は、自分で勝手に独りになった。それが正解だと、自分でも納得していたから。

 だって、幸せになったら、独りでなくなったら、それこそ自分が生き残る為に死んでいった人に、申し訳ないと思ってしまったから。

 修行時代、【止まり木村(パーチ)】の中で対等な友人がいなかったのも、別に気にしてはいなかった。

 寒さに、慣れきっていたんだろう。

 でも、もうそれを我慢する事は、出来なくなってしまった。




 もうサシャは、独りではないから。

 もうサシャの隣は、埋まってしまっているから。




 軽薄な傭兵だった。

 口を開けば上手く言葉を使ってくるお調子者で、ヘラヘラと笑みを浮かべている。最初は面倒な奴で、理解したいとも思わず、とっととどこかに行かないかなと思っていた。

 でも、少し話して見れば、彼こそまさに『人間』だった。

 傭兵としてのトウヤ、自分よりも大人としてのトウヤ、時々見せる、子供っぽさや男らしさという多面的な部分が、トウヤの魅力だった。

 彼が話していれば、自然と笑える。

 きつい事も、一緒になら耐えられる。

 独りの時よりも、何十倍も力が出せるようになった。

 それだけじゃない。もう一人の大切な仲間、ウーラチカが入って来た事で、さらに自分の周りは賑やかになった。

 もう、孤独なんて感じている余裕もないほど、賑やかで騒がしい。

 でも、それも良いと思った。

 それが良いと思った。


「逆に、それが辛い事だっていう事も、理解しているつもりではある」

「……同情ですか?」


 ニコラの表情には、冷笑が浮かんでいた。

 同情。

 サシャの言葉に類する感情を、ニコラはそれ以外に知らなかった。それ以外を、学ぶ機会がなかったのだ。

 サシャは、静かに首を振った。


「いいえ、違うわ。私はあなたに同情しているんじゃないの。」


 白々しい。

 サシャの言葉に、ニコラは今まで浮かんでこなかった感情が浮かび上がってくる。

 怒りに似たそれは、初めて他者に向けられる。

 憤り。

 怒りというほど強くはなく、しかし気にしないでいられるほど滑らかでもないその感情が、ニコラの口を急き立てる。

 言いたくない言葉を吐かせる。


「ふざけないでください。寂しそうな私を見て、貴女は同情したのでしょう? 誤魔化さないでください。

 同情される謂れはありまでん……いいえ、貴女の中にあったとしても、私には一切関係がありません。お門違いな感情を、私に向けないでください」


 小石のような拒絶の言葉だけを投げつけると、ニコラは立ち上がって、その部屋から出ようとした。

 これ以上話す事はない。

 これ以上、話してはいけない。

 なぜか自分の中で、誰かが言ったような気がしたから。

 だから、この部屋を出ようとしたのに。


「ニコラ、これは同情じゃないわ。

 ――これはね、〝共感〟っていうの」


 まったくあり得ない言葉に、ニコラの体は硬直した。

 共感。

 言葉の意味は理解できる。他者が抱いている感情を、自分も同じものがあると感じる事だ。

 そういう説明がされている、単なる錯覚だ。


「あり得ません。人間が他者の気持ちと、同じ感覚を持っているなど、あり得ないです」

「そうね、完全なものは、無理だと思う。

 けど、似たような感情を共有する事は出来ると思うの」


 やめろ、


「私と貴女の孤独は、まるで別物よ。

 貴女はその才能の所為で、私は過去の理不尽からどうしても、それを選ばなければいけなかった」


 やめろ、


「その感情は、きっと別種でしょう。貴女は自分を責めて、私は結局それを飲み込んで選択をした。

同じじゃないのは、確かよね」


 やめてくれ、


「でも、全く同じでなくとも、似ている部分は必ずあるわ。それを、無理に共有しようとは思わない。

 ――それでも私は、私は貴女の友達に、」




「やめて!!」




 怒声が、外まで響く。

 サシャのみならず、まるで部屋そのものがその怒声に驚いたかのように、黙り込み、静寂を生み出す。


「なんなんですか、なんなんですか貴女は!」


 慟哭が響く。

 悲鳴をあげる。

 絶叫が木霊する。

 聞いただけで、他者の心を引き裂けるほどの、強い感情が反響する。


「そんな事を言って、本当は何が狙いなんですか!? お金ですか、私の才能ですか、研究材料にしますか!?

 いいえ、この際なんでも良いです、理由なんてどうでも良いんです、少なくとも、その煩わしい、私に理解出来ない言葉を使わないでください!!」


 腕で、自分の顔を守る。

 必死に、隠す。

 自分の感情が、サシャに見えないように、必死で誤魔化す。

 たとえ、誤魔化しきれていなかったとしても。


「やめてください! 私を否定しないで、今の私を否定しないでください!!」


 だって、そうだろう?

 今彼女の言葉を認めてしまえば。

 今口走った彼女の言葉をそのまま飲み込んで仕舞えば、




「〝私〟を、否定しないでください!!」




今までの自分が一体なんのために存在したのか、分からなくなるから。






次回の投稿は、二月五日を予定しております。

感想・ブックマーク・評価など、どうかよろしくお願い致します。

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