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《勇者》ト《眷属》ノ物語  作者: 鎌太郎
第四章 学舎ノ才媛
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7/友達とは 其ノ一






 純種(ピュア・ブラッド)

 先祖である精霊の力を持った先祖返り。

 故に個々人によって性質は変化するものの、膂力も魔力も高く、元の種族の寿命を超える場合も多い彼らは、奇跡といっても良いだろう。


 ――だが、ギフトは時に呪いになる。


 ニコラッティエ・リヒティンにも、そういうものだった。

 『リヒティン』という氏族は、技術と強力な戦士を排出する錬鉄族(ドワーフ)の中でも、装飾品などの細かい作業に特化した種族だった。

 他の氏族や種族、あるいは国が掘り出した貴金属を加工し、市場に流すのが彼らの仕事であり、その精巧さは世界に認められているといっても過言ではない。

 実際、世権会議から貨幣鋳造の認可を受け、その細かい細工の所為で偽造防止を行なっている。

 ニコラの両親は、そんな貨幣の検品係だった。

 職人としても優秀だったが、何より特筆すべきなのか、彼らが錬鉄族らしからぬ温厚さと大らかさを持ち合わせていた事だろう。

 柔和な表情を浮かべ、常に誰に対しても物腰柔らかく接する彼らは錬鉄族としては変わった部類ではあったが、結果ニコラは不遇に扱われずに済んだ。


 ……もっとも、『じゃあ幸せじゃないか』と断言出来るほど、人生というものは甘くない。


 豪快であるが偏屈で、あまり多種族を信用する風潮がない錬鉄族。精謐族(エルフ)程ではないものの、排他的な印象は強いだろう。

 たった1人先祖返りを起こしてしまった同胞など、良い目で見てくれるわけがない。

 嫌うという程ではないが、鬱陶しいと思う程度には、彼らの感情は良い方向に向かわなかった。

 虐められこそしなかったが、結局は孤独だった。たった1人いた友人だって、四六時中自分のそばにいられるわけもなく、ただただ孤独だった。

 孤独を紛らわせる為に、あらゆる本を読んだ。

 他の同胞ほど手先が器用ではない(それでも他種族基準から見れば、非常に器用だ)自分は、他の子供と同じような遊びは出来なかった所為、というのも大きかった。




 それが、彼女の運命を変えるとは知らずに。




 ある日、とある一冊の本が、共同図書室の中にあったのを見つけた。

 埃を被っていて、氏族の歴史書よりもなお使われていなさそうな一冊の本。ニコラはそれを読み込み、本の中にあるそれを、両親の目の前で実践した。


 誰が思うだろうか。

 魔術を使えない錬鉄族の共同図書室の中に、魔術書が一冊紛れ込んでいると。


 誰が思うだろうか。

 それを自分の娘が読み、使えると。


『彼女は逸材だ。きっと大魔術師になれるに違いない』


 彼女の検査を担当した魔術師は、そう興奮気味に言っていたのだが、ニコラは全く嬉しいとは思っていなかった。

 何故、出来ないのか。

 読めば、誰でも出来るのに(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)、と思っていたからだ。

 結果として、さらに同胞から距離を置かれるようになるとは、ニコラも予想出来ていなかった。

 自分としては大した事がないと思っていた事が、より大きな壁になるなど。


『しょうがない、『違う』という事は、それだけで脅威になるからね』


 父が慰めるように言った言葉ですら、もはやニコラには自分を傷つける荊にも思えた。

 自分が『違う』から、皆自分を嫌うのだ、と。

 閉鎖的な国の中では比べようがない物を持っている。それが重しになって、ニコラを苦しめた。

 だからたまたま出会った師匠に付き従い、学術都市にやって来たのだ。

 多くの智と才が、世権会議中から集まるここであれば、もしかしたら自分と同じような人間もいるかもしれない。

 そんな淡い期待は、やっぱり、淡い期待でしかなかった。


『才能がある』

『他の誰よりも賢く、』

『他の誰よりも魔力があり、』

『他の誰よりも魔術師らしい』




『彼女は、他の誰とも違う、ただ一人の存在だ』




 ……違う。

 ニコラは最初から、そんなものを欲しているわけではなかった。

 ただ、理解してくれる人が欲しかった。共感してくれる人が欲しかった。同意し、一緒に泣いて笑ってくれる、そんな存在が欲しかっただけなのだ。

 ――だが、理解出来ないものと仲良く出来るほど、人という存在は懐が深くはない。同じジャンルで活動している人間であれば、むしろ嫉妬心すら抱いてしまうだろう。

 それすら理解出来ないニコラには、もう恨めるものがなかった。

 周囲を恨む事は理不尽で、状況や環境、あるいは神などといういるのかいないのかすらわからない存在を恨むのは、非生産的だと、彼女の賢い頭脳は導き出したから。


 だから彼女は、自分を恨んだ。

 正しくは、自分の才能を恨んだ。


 そもそも欲して手に入れたものではない、死に物狂いで努力して得た物でもない。そんな事は、もうどうでも良い。

 むしろ自分にとって、それは欲しいものを得られないように阻害する、極めて邪魔なものでしかなかった。

 才能なんて、いらない。

 ただ一人の存在なんて、望んで手に入れたものではなかったんだ。

 孤独である事に、一体何の意味があるのだろう。皆が簡単に手に入れているはずの それを、ニコラは手に入れられないのだ。




 ああ、もし、私が普通の存在だったなら。

 才能がない、ただの普通の、錬鉄族の少女だったならば。

 自分にも、友達がいたのだろうか。







 光源として備え付けられている蝋燭の火が、ニコラの心を体現するかのように、不安定に揺らいだ。


「才能なんて、私には要らなかった……私はただ、普通に友達が欲しかったんです」


 静かで空気が沈んでいる工房の中で、ニコラは静かに話す。

 それは感情を押し殺しているようにも、感情がないようにも聞こえる不思議な声色。

 もはやそれが当たり前。

 そう言わんばかりに、彼女は言葉を続けた。


「だけど、そんな事を言ってもどうしようもありません。実際自分にはそのような才能があり、こうなるのは必然でした。

 だから、逆説的に、友人を諦めるしかありません。友達が欲しいと思わなければ、苦しむ必要性すらありませんから」


 断腸の思い。

 きっと、その感情を切り捨てるのには、相当の痛みが生じたのだろう。肉体的なものではない、心の苦しみ。

 体のそれと違ってそう簡単に治りはしないそれは、グジグジと乾かない粘度の強い血を静かに流しながら、鈍痛に耐えている。

 きっと、彼女自身は治っていると思っているのだろう。

 だがそういう傷は、自身よりも他者の方が、よく見えているものだ。


「――だから、貴女とも友達にはなれません。

 本当の意味で理解し合っているのが友というものなのでしょう?」


 ――その言葉に、サシャはすぐに答える事が出来なかった。

 何をどう答えれば『正解』なのか分からなかったからだ。

 彼女をどう救えば良いか分からない。どう声をかければ良いのか、分からない。

 どうすれば、どうすれば、


(――ん? あれ、これ、)


 頭の中でぐるぐると、迷走しつつ考えていると、一つの天啓のようなものが、ふと頭を過ぎった。


(別に、助けなくても良くない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)?)


 そのような上から目線で、《勇者》として助けられるはずがないのだ。それは結局、彼女が求めているものではないのだから。

 彼女に必要なのは、彼女に対して話す言葉は、




 友達(﹅﹅)に対してのものでなければ、いけないのでは?




 そう気づいた瞬間、視界は開ける。衝動的に、サシャは口を開いた。


「……窓、開けても良い? 換気したいんだけど」


 あまりにも唐突な提案に、普段も、そして今までも表情を変えていなかった一瞬ニコラは眉を顰めた。

 大事な話をしていたのに、いきなりペースを乱されるのは、どんな人間でも嫌がる事だろう。

 ……だが、それを拒否する理由は、彼女にはない。


「はい、どうぞ」


 同意を確認してから、サシャはゆっくりと近くの窓を開ける。

 外気は工房の中よりも涼しく、頭をスッキリさせるにはちょうど良い。

 その空気を肺の中いっぱいに吸い込んで、古い空気を吐く。それだけでスッキリしていく脳みその中を整理して、サシャはゆっくりと振り返った。


(出来るだけ堂々と、自分で自分の言葉に疑いを持たずに、)


 自分の一の《眷属》と同じように。

 時々風船玉のように軽くなる彼の言葉だが、だからこそ、大事な部分での言葉は重い。

 そのような言葉を、真似て、




「ねぇ、ニコラ――私と貴女の友達の定義には、大きな違いがあるわ」




 はっきりと宣言するように、彼女に話す。






次回の投稿は、二月二日を予定しております。

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