08 エレメントには色んな色があるようです
思っていたよりもあっさりと倒せたな。
拍子抜けする俺の目の前には、黒いエレメントが転がっている。
見るからに禍々しく、あまり触れたくはなかった。
けど……キラを元の姿にするためには、回収しなくちゃいけないしな。
拾い上げようとしゃがんで、触れて。
瞬間、強烈なめまいに襲われた。
「ぐっ……あ……!」
俺のものじゃない、知らない黒い感情が、濁流のように頭に流れ込んでくる。
まずいと本能的が告げる。
必死に抵抗を試みたが、頭の中がかき回されるようで、気持ちが悪い。
わけがわからなくなって、俺はその場に倒れ込んだ。
◆◇◆
「失われたエレメントを探して、私はシスカと旅に出ます。後のことは任せましたよ」
「もちろんです、お任せ下さい。ソニア様」
目の前のソニア様に答えて、深々と頭を下げる。
この国は遠い昔に、ソニア様が作り上げた国だ。
だから誰もが彼女を崇拝し、頭を下げる。
この国の人々にとって唯一無二の存在であり、敬われる対象だ。
そして俺――いや、私はソニア様の神殿を守る神子だった。
神官よりも上にいるソニア様の側近であり、彼女から不死の力を授かった特別な存在。
ソニア様がシスカを連れて出ていったということは、この神殿で今一番偉いのは私だ。
なのに、どうして人間共ときたら、私のいうことを聞かないのか。
女神・ソニアが不在の今、お前達が頭を下げるべきは私だろう。
あぁ――苛々とする。
「私達神官は、ソニア様に仕えているのです。決してあなたを崇めているわけじゃない」
「あなたは権力を手にして変わってしまわれた。今のあなたについていく気はありません」
私に対して生意気な口を聞いた神官共は、神に背いたということで処刑してやった。
――どいつもこいつも、ソニア様、ソニア様って。
今この場所に私がいるのに、何が不満なんだ。
その日は、ソニア様の聖誕祭だった。
なのに神官共ときたら結託して、私を聖誕祭の会場から追い出したのだ。
部屋に帰って、ベッドの縁に腰掛け、灯りも付けずに酒を飲む。
窓が開いていて、そこから風が吹き込んでくる。
満月の夜だからわりと明るかった。
「本当、皆あなたの素晴らしさをわかっていないのよね!」
幻聴が聞こえたかと思えば、窓際に少女が立っていた。
シルエットしか見えないが、頭につけた大きな子供っぽいリボンと声から察するに、10歳前後といったところだろう。
「誰だ、お前」
「私はね、元人間の神様だよ。あなた、神様になりたいんじゃない?」
少女は、私の横に座ってくる。
「人が――神になれるのか?」
ずっとあの立場がねたましかった。
ただ神様であるというだけで、ちやほやされ、崇めてもらえる。
そこにいるだけで大切にされる。
私が――神様だったなら。
それはソニア様の側で、何度も思ったことだった。
「もちろんよ。神様になりたい?」
沈黙を肯定と取ったのか、少女は――にぃっと口元を吊り上げる。
「なら、あなたにはこのエレメントをあげる。この力があれば、あなたの味方になってくれる人はいっぱいいるわ!」
私の口元に、彼女がエレメントを押しつけた。
「待て、エレメントを食わせる気か!」
ぐいっと彼女の肩を押し、その体を突き放す。
エレメントは奇跡の力だ。
私達神子は、ときおり神様からその力を借り受け、人間のために使う。
しかし、エレメントは同時に危険なものでもあった。
その力に飲み込まれれば、エレメントの持つ『願い』や『執念』を叶えるだけの人形と化してしまうのだ。
だから神子は『真透球』という特別な球の中にエレメントを閉じ込め、その力を制御して使っていた。
そのエレメントの色が青なら、力に飲み込まれることはない。
意識を乗っ取られる可能性が高くなると黄色に、そして完全に乗っ取られてしまうと赤色になる。
『真透球』を使っていても、その色には常に気を払う必要があった。
「相性がよければエレメントを体内に取り込んでも問題ないんだよ? 神子なら知ってるでしょう? このエレメントはあなたを主に選んでいるから、意識を乗っ取られる恐れもないよ」
怯える私に、少女はクスクスと笑う。
無用の心配をするのがおかしいというように。
彼女が私の手のひらに、エレメントを置く。
そのエレメントは薄闇の中、ほんのりとした光を放っていた。
その色は赤でも黄色でも、青でもない。
闇色の輝きとでもいうのだろうか……怪しげなその色に、とても惹きつけられた。
「黒のエレメント……」
思わず呟けば、彼女がそうだよと肯定する。
一度人の魂を食らったエレメントは黒く染まり、魂を食べるようになる。
人や動物、あらゆるものに宿り、魂を食らい続けるのだ。
そのエレメントは黒のエレメントと呼ばれ、忌み嫌われ、恐れられていた。
黒いエレメントは見つけたら即、神様に頼んで《エレメント分解》をし、消去してもらうことになっていた。
それが出来なければ、速やかに《刻印》を施し封印するのがルールだ。
そうでなければ、世の中に混乱をもたらす。
「なぜ……こんなものを私に渡す」
「これは神様達が隠していることなんだけどね。魂を食べ続けたエレメントは、いずれ神の力を持つの。あなたがこのエレメントの主になって、たくさんの魂を集めれば――すぐに神様になれるわ」
彼女の告白は、衝撃的だった。
まさかと否定する気持ちと、本当に私でも神になれるのかという期待。
それを見透かすように、彼女は笑う。
「……そんな話、聞いたこともない」
「神様達は必死に隠しているからね。魂を食らって神になったってことを知られたくないし、皆が自分でも神になれるって知ったら、世の中が混乱するでしょう? 神様達は新しい神様の誕生をあまり喜ばないのよ」
秘密を打ち明けるように、彼女が私の耳元に口をよせる。
その言い分は、筋が通っている気がした。
「神様も、元々は私達と同じだった。その証拠に、神様の額には必ず紫色の星の石がある。神星って呼ばれているこれも、エレメントの一種なの」
ダメ押しというように、彼女は自分の額に埋まる紫の石を指しながら言う。
けれど、それが真実だったとして。
自分が神になんて――なれるのだろうか。
「このエレメントがあなたを主に迎えたいと望んだから、導きにきたのよ。私も同じように神様になったんだから、大丈夫。あなたは神様になるべき存在だよ」
「私が神になって……お前に何の得があるんだ」
賢い私は、この少女が怪しいと感づいていた。
しかし、少女は私が特別だということを知っていて、認めている。
他のバカ共とはどこか違うようだ。
それだけで、十分に話しを聞く価値はある気がした。
「私ね、お友達がほしいの。お友達がいっぱいほしい! ハンナには神様になってもらって、私のためにエレメントを集めてほしいの。私はそのエレメントを使って、もっとお友達を増やすのよ。もちろん私も、ハンナが神様になれるように協力する!」
まるで子供のように、無邪気な声で彼女は言う。
かなり興奮した様子だった。
物事には裏がある。
大人の世界は利用するかされるかだ。
だが、ソニア様も含め、神様という生き物はどこかズレている奴が多い。
この少女は、精神が子供のまま神様になってしまったんだろう。
暗い中で、澄みきっている彼女の瞳だけが見えて――そこに狂気を感じた。
無邪気さの中には、確かな残酷さが潜んでいる。
「私と友達になってくれるよね、ハンナ?」
おねだりをするように、彼女は言う。
これを食べて、魂を集めれば神様になれる。
私が望んだものがそこにある。
馬鹿にした奴らを見返すことができる。
私は選ばれた。
神になるべき者だ。
そのお迎えが、今来ただけというだけの話しだ。
黒いエレメントを、自らの口へと放り込む。
咀嚼して飲み込めば、にぃっと嬉しそうに彼女は笑った。
「これでハンナも、お友達――だね?」
◆◇◆
「だぁっ!」
後頭部にごつんとキラの頭が当たり、我に返る。
なんだ、今のは……。
ハンナという女神官になって、この神殿で働く夢を見ていた。
白昼夢っていう奴だろうか。
どこまでも満たされない苦しさと、胸の中に渦巻く嫉妬心。
第三者の視点じゃなくて、自分が体験したことのように鮮明で。
夢から覚めたような今でも……心臓がドクドクと早い音を刻んでいた。
多分今のは、このエレメントに宿った記憶だよな。
こんな感覚、前にも覚えがある。
あれは確か前世の記憶を思い出した……というか、幼い頃に仁太の記憶を読み込んだときだ。
どうやらエレメントに触れたことで、俺の《同調》スキルが発動してしまったらしい。
迷惑な話だ。
でも、おかげでどうしてこんな事態になっていたのかがわかった。
少女の話がどこまで本当なのかも少し気になるが、今大切なのはこの黒いエレメントの対処法だな。
《エレメント分解》してみて、できなかったら《刻印》のスキルを使うって言ってたような気がする。
さっそく、スキル《エレメント分解》を黒いエレメントに使ってみることにした。
★8/21 誤字修正しました! 報告ありがとうございます。助かります!