07 それは魔道書ではありません
墓場のことはソニア達に任せた。
本物の女神様がいれば、あとはどうにかなるだろう。
俺は化け物をやっつけるだけだ。
クレフのときは、拘束されたうえで化け物の前に差し出されたからな。
剣さえ持っていれば、どうにかなる……はずだ。
最悪は、この辞書より分厚い少年マンガ雑誌で闘うしかない。
ちなみに、ソニアに1冊あげた後、また袋から出して硬化の魔法をかけて持ち歩いている。
「あっ、どこへ行っていたんですか!? 今から儀式を行うというのに!」
引き続き武器を探して歩いていたら、また呼び止められた。
声をかけてきた神官は、俺と同じ衣を着ていたが縁取りの線は1本。
つまりは部下のようだ。
というか、どいつもこいつも……人を服の階級で判断しすぎだろ。
侵入者なのに、これほど疑われないと逆に拍子抜けする。
それほどまでに、人の入れ替わりが激しいんだろうな。
ほころびだらけというか、崩壊寸前といった感じがする。
まぁ、そのほうが好都合だが。
本日のいけにえは、すでに服を着替えさせられて、拘束されていた。
右目の下に青のエレメントがある、13歳くらいの少女。
見たことがあるなと思ったら、俺が前に助けた子だった。
折角逃がしたのに、捕まったのか。
けどまぁ、死んでなくてよかった。
彼女をつれて、部下に化け物のいる部屋の前まで案内してもらう。
「ここから先は、俺が彼女を案内する。念のため、武器をくれ」
部下は俺に剣を渡すと、これ幸いと去っていった。
神官のくせに、自分達が神様とあがめている化け物が怖いらしい。
扉の前に残されたのは、怯える少女と俺だけだ。
少女はすでに覚悟を決めたのか、大人しい。
「安心しろ。ちゃんと逃がしてやる」
「なっ……どうして服、脱ぐ!?」
フードを外し、いきなり神官の服を脱ぎはじめた俺に、少女が戸惑いの声をあげる。
「これ着て、図書館の隠し部屋へ行け。そしたらそこに二人組の女がいるから、助けを求めるんだ」
ほらと神官服を無理やり押しつける。
少女はどこに目をやっていいかわからないといった様子で、ほんのりと赤くなっていた。
そんな反応されると……俺が脱ぎたがりの変態みたいに思えてくるじゃないか。
「いっとくが、好きで脱いだわけじゃないからな。神官の服を着ていれば、怪しまれずに図書館までいけるからだ」
図書館までの道のりと、隠し部屋への入り方を説明しながらウィンドウを開く。
白の儀式服を取り出して、それを着用する。
これで化け物のほうも、俺を生け贄だと思ってくれるはずだ。
神官服の長い丈をビニール紐で調節してやり、図書室へ行くように少女を促す。
しかし、少女はその場を動かず、不安そうな顔で俺を見ていた。
「もしかして、一人で行くのが心細いのか?」
しかたないなと、持っていた少年マンガ雑誌を手渡す。
「これ……魔道書!」
少年マンガ雑誌を手渡せば、少女もソニアと同じ反応をする。
まぁこの世界に、こんな厚みのある本ないからな。
色とりどりな紙に謎の文字。
加えて、不思議なまでに硬いから魔法の品だと思うのも自然だ。
「お守りだ。言っておくが、魔法が出るわけじゃないからな。もしも敵が襲ってきたら、それで思いっきり殴りつけろ。その本を見せれば、隠し部屋にいる2人組も俺の知り合いだってわかるはずだから、神官の格好をしていても助けてくれる」
「……お兄さんは? 私の代わりに、食べられるつもりでいる?」
潤んだ瞳で、少女が尋ねてくる。
あぁ、なるほど。
それが心配で逃げようとしなかったのか。
……優しい子だな。
「心配しなくても、俺はこの先にいる神を騙っている化け物を退治するだけだ。食べられたりなんかしない」
二度も食われてたまるかという気持ちで、剣をにぎりしめる。
「絶対……勝てる?」
「……もちろんだ」
正直に言うと、言い切れるほどの自信はない。
あの化け物……動きが速いわけでもなさそうだったし、たぶん大丈夫なはずだ。
一応、キラの付けてくれた加護もあることだし。
たぶん、どうにかなるだろう。
安心させるように笑いかければ、少女はほっとしたようだった。
「お兄さんに助けられるの、二度目。この恩返し、いつか絶対にする。だから……また会えるよね?」
俺を見上げ、迫るように少女がいう。
「あ、あぁ……」
その一生懸命さと迫力に圧され、思わず頷く。
「約束……絶対。破ったらダメ」
「わかった。ここを無事に出られたら、また会おうな」
再会の約束を結べは、少女は嬉しそうに走り去っていった。
別に恩返しを期待して助けたわけじゃないが、悪い気はしない。
少女を見送り、偽神のいる部屋の扉に手をかけようとして……気づく。
前に彼女と会ったときは、クレフの姿だったはずだ。
なのにどうして彼女は――助けられるのは二度目だとわかったんだ?
理由を聞こうにも、少女はすでに立ち去った後だ。
気持ちを切り替えて、俺は目の前の扉を開けた。
◆◇◆
「あぁ、ようやく来てくれたのね。待ちくたびれたわ」
俺が中に入れば、涼やかな色のドレスを着た女性がほほえみかけてくる。
波打つような金髪に、豊満な女性らしい体、少々太めの眉。
今気づいたが、この女……俺がさっき会った本物のソニアによく似ている。
街中にも神殿にも、女神ソニアの像はあるが、俺は顔なんて記憶しちゃいなかった。
神様なんていないと思っていたし、そんなものに願っている暇なんてなかったからだ。
熱に浮かされたような瞳は、白目の部分が黒く、その瞳は赤く染まっていた。
その額には、闇色に染まったエレメントがある。
「さぁ、いらっしゃい……」
細い指先で俺を招いたかと思うと、彼女の肉体が膨れあがり、赤黒い肉だるまのようになる。
真ん中から縦にぱっくりと裂ける。
中央部には底の見えない闇色の空間。
それを縁取るように、縦にびっしりと細かな歯が並び、肉だるまの背後からタコのような触手が伸びてうねっていた。
大きな口を開け、化け物が顔の前まで迫る。
後ろ手に持っていた剣で、口の中を深々と突き刺した。
「ぐっ……ぎゃぁぁぁ!!」
化け物がくぐもった絶叫を上げ、触手を振り回す。
決して遅い速度ではなかったと思う。
なのに、簡単に目で捕らえることができたし、体が自分で思い描く以上に機敏に動いた。
触手を切り落し、再度口の中に剣を突きつける。
「や、やめ……ほら、これをあげるカラ……」
辛うじて残った短い触手で、化け物が近くにあった花瓶に触れる。
花瓶とそこに生けられた花までもが、金へと変わった。
「私を見逃せバ、もっとアゲル。好きなダケ、金に変えてアゲル!」
どうやらモノを金へと変える、それがこの化け物の能力らしい。
「好きデショ、お金。お金さえあれば、なんでもデキル!」
「……どうして、選ばれし者達を殺してたんだ?」
くぐもった化け物の声。
会話が成り立つならと、尋ねてみる。
「私、神様。崇拝もその魂もエレメントも……全て私に捧げられるモノ。自分のモノをどうしようと自由ダ!!」
お前なんかにどうこう言われる筋合いはないと、化け物が叫ぶ。
当然の権利を主張するかのようだった。
聞いても、ムダだったみたいだな。
目の前の化け物は、あまり賢くないらしい。
自分の置かれている状況も立場も、全く理解してないようだ。
「お前は、神様なんかじゃない。ただの化け物だ」
剣を化け物の口の中にねじ込み、一閃させる。
「ぐァァァッ!」
化け物の体が横に真っ二つに裂け、悲鳴が響き渡った。
その体は灰になり、空気に溶けて消えゆく。
そこに残されたのは、黒いエレメントだけだった。
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